隊長、私が結婚するって本当でありますか!!
星彼方
前編 隊長、私が結婚するって本当でありますか!!
私がまだ
私がまだケツの青いクソガキで、文句を垂れながら中等部に通っていた頃、貴方は既に王立防衛軍士官大学の首席でした。
私がまだ頭の中が桃色に染まったバカ女で、
私がやっと青雲の志を抱いた大人になり、死に物狂いで王立防衛軍に入隊した頃、貴方は既に王立防衛軍の英雄でした。
私もすでに腹黒く世間に擦れたアラサーで、酸いも甘いも知り尽くしたお局になった頃、貴方はようやく私の上司になりました。
ああ、なのに。
なのに、何故。
貴方は私に結婚しろと仰るのですか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
朝一番、出勤してから聞いてしまった私の噂。
そりゃあ三十路ですよ?
それなりに地獄も見てきましたよ?
汚い大人の事情も知り尽くしていますよ?
最近の若者はって発言に違和感を感じませんよ?
でも私、一途なんです。
これでも真面目に軍人やってきたんです。
軍に骨を埋める覚悟でひたすら働いてるんです。
生まれて今まで32年間、独身を貫いてきたこの私、ヒルデガルト・シュメルツァー曹長は、どうやら結婚するようです。
私の噂、その一
A「ねえねえ、知ってる? シュメルツァーのオバハン、お見合いするらしいよ」
B「マジ? あり得ねー。私が男なら泣いて断るよ」
C「それ言えてるー。お見合い相手って誰よ? 」
A「それがマジウケるんだって。今度軍を退職する男だってよ」
C「何それ、オジサンじゃん」
B「退職ってことは56歳? ジジイだよそれ」
ABC「キャハハハハハハハハ!! 」
私の噂、その二
D「シュメルツァーのお局が見合いするって聞いたか? 」
E「マジすか先輩?! 」
F「俺も聞いたぜその話。相手はスレイマン准将なんだろ? 」
E「玉の輿っすね、お局曹長」
F「准将やもめだもんな。かなり乗り気らしいぜ」
D「結婚相手っつうか、介護要員じゃねーの?」
F「それシャレになんねぇぜ」
私の噂、その三
G「スレイマン准将が結婚されるとは本当ですかな」
H「何でもあの、サンクティス少佐が勧めたそうですよ」
G「サンクティスか……准将が退職する前の胡麻すりか? 」
H「准将のお気に入りですからね、少佐も」
噂を聞いた当初は流石の私も落ち込みましたよ。
私の知らないところで私のお見合い結婚話が進められているんですからね。
しかも、私の嘴が黄色い頃から一途に想い続けてきた、私の現上司であるディーノ・デ・サンクティス少佐……隊長が言い出しっぺですよ。
そりゃあ泣きたいですよ。
極めつけはこの秋退職されるスレイマン准将が相手だっていうんですから尚更です。
でも、スレイマン准将は隊長の恩師なんです。
隊長は、退職されるスレイマン准将のことを思って話を進められているんです。
隊長の大事な恩師の結婚相手として私が選ばれたことは光栄に思います。
介護要員でも大いに結構。
スレイマン准将も乗り気というなら、喜んでこの身を捧げるべきなんです。
でも。
でもですよ?
例えそれが真実でも、隊長の口から直接聞きたいじゃないですか。
隊長がそう言うなら私も諦めがつくってものですよ。
シュメルツァー曹長、玉砕覚悟で隊長に会いに行ってきます!!
「隊長、私が結婚するって本当でありますか?」
隊長の出勤直後を狙って私は隊長室に突撃しました。
隊長はもちろん驚いているようです。
私が知っているとは思っていなかったのでしょう。
いつもの冷静な隊長はどこへやら、カフェカップを取り落としたくらいですから。
「お前、それを、どこで……」
「トイレとかカフェルームで聞いてしまいました」
隊長、かなり動揺しています。
私とちっとも目を合わせてくれません。
いつも人の目を見て話せって言ってるの、隊長なのに。
「私、隊長が本気なら、それでいいです」
隊長はやっと私の目を見てくれました。
「お前は、お前も本気で言っているのか? 」
真剣ですね、隊長。
ということは本当なんですね。
私はスレイマン准将とお見合いをして、結婚しなければならないんですね。
私は隊長の未来の為に覚悟を決めます。
「隊長が本気なら、私、結婚します」
私も隊長を真剣に見ました。
隊長はまだまだ上に行かなければならない人なんです。
だから私も隊長の役に立ちたいんです。
少しでもいいから隊長の未来に関わっていたいんです。
「そうか。ありがとう、ヒルデガルト」
普段呼ばない名前で呼んで、見たこともないような微笑でお礼なんて言わないでくださいよ、隊長。
「それで、だな。スレイマン准将がお見合いをすると言ってきかないんだ。すまんが、何も知らないふりをしてお見合いしてくれないか?」
ええ、わかりました。
お見合い、すればいいんですよね。
隊長の為ならなんでもいたしますよ。
「了解しました」
私は涙を飲んで敬礼しました。
シュメルツァー曹長、見事玉砕してしまいました。
誰か慰めてください。
それからお見合いの日時や場所なんかを聞いて私は隊長室を退出しましたが、正直この日は仕事に手が付きませんでした。
噂は本当に本当だったんですね。
三十路過ぎの、しかも軍人で戦闘部隊にいる私なんかを相手にしてくれる男なんて誰もいやしないんですもの。
ありがたいと思わないと。
カミサマのバカヤロー。
隊長のバカヤロー……でも好きでしたよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
お見合い当日。
私は予約していた美容室に朝早くから行きました。
いつもは化粧なんかしないし、髪型も気にしないけれど、お見合いですから。
隊長に恥をかかせないためにも綺麗にならなければならなりません。
この日のためにドレススーツだって買ったんです。
私の栗色の巻き毛と緑の目を引き立たせる為に、フェアリーハンドメイドの上品な光沢のある妖精のより糸で作られた、緑のドレススーツ。
ブランドのバッグは高級ウィングリザード革のクラシックタイプ。
マーメイディア社の落ち着きある虹色真珠のアクセサリー。
凄く高い買い物だったけど、私は今まで余計なお金を使う生活とは皆無だったから一括で支払いました。
鏡の向こうの見知らぬ私が微笑みます。
美容師が腕によりをかけて完成させたメイクのお陰で、私が私じゃないみたい。
これならいけます。
大丈夫、隊長に恥はかかせませんから。
「あらあらあらあら、ヒルデちゃん。すっかり洗練されちゃって」
遅れて到着したブリギッテ・シュメルツァーが私を見て歓声をあげています。
ブリギッテ叔母は私の父の妹で、王立防衛軍の事務員をしている方です。
隊長から、今日のお見合いの付添人としてブリギッテ叔母を連れてくるよう要請がありました。
ブリギッテ叔母なら私の軍人生活をよく知ってるし、軍のことにも精通しているから余計な心配はしなくても大丈夫です。
流石は隊長、抜かりありませんね。
「叔母様も素敵です」
ブリギッテ叔母は生成り色の上品なドレススーツで、化粧もいつもより華やかです。
叔母には正直にすべてを話しました。
はじめは戸惑っていた叔母も、私の固い決意を聞いてなんとか了承してくれたのです。
スレイマン准将側の付添人である隊長と打合せをしてからは叔母も乗り気になったようで、買い物に付き合ってくれたのも叔母でした。
いざ、お見合いへ……本当の本当は、行きたくないけど、隊長の為だからと、気合いを入れます。
必ずや、良き結果を!
◇◇◇◇◇◇◇◇
「本日はお日柄もよく……」
お見合いの定番の文言から始まって、洒落た料理が運ばれてきました。
私の希望で、個室ではなくレストランの一角を低い衝立てで囲っただけの席なので、少し首を伸ばせばお客さんが見えます。
料理は美味しいんでしょうがけど、私には味なんてわかりません。
目の前にはシックなスーツ姿のスレイマン准将とサンクティス隊長が座っています。
スレイマン准将もそれなりに格好はいいんですが、隊長が半端なく格好いいんです。
隊長の濃く深い色合いの金髪に宝石のような碧眼。
鍛えられた身体を包む、ダークグレーのスーツ。
ずっと隊長を見ていたいのですが、私の相手はスレイマン准将なのでぐっと我慢です。
それからブリギッテ叔母のリードもあり、食事は順調に進んで行きました。
いよいよ食事も終わり、デザートと飲み物が運ばれてきます。
いよいよここからが本番です。
スレイマン准将から一歩踏み入った質問がくるはずです。
「ヒルデさん、とお呼びしても? 」
「はい」
その愛称、まだ隊長だって呼んでくれたことないんですよ。
しかもさん付けって、気持ち悪い。
貴方准将なんですから呼び捨てで結構です、むしろ呼び捨てにしてください。
「了承してくれたんだって? 」
「はい」
だって貴方、まだ退職してないじゃないですか。
貴方が乗り気なのに、ここまできて断ろうものなら隊長の将来が潰れてしまうじゃないですか。
「どんなところがよかったのか、聞いてもいいかね?」
「……いつも、見てました。それで、その……」
ええ、ええ、いつも見ていますとも。
穴が開くくらい凝視していますよ。
視閲の時とか訓示の時に貴方を見ていないと私が怒られるじゃないですか。
「ははは、すまんすまん。君は年上でも構わないのかね? 」
「ええ、年上の方に魅力を感じます」
年上、好きですよ?
ただし、10歳位までが限度ですけど。
貴方と私のじゃ、親子ほど離れていますけどね。
「性格もよく気難しいと言われているんだが」
「いいえ、そんなこと思ったこともありません」
気難しいっていうより頑固一徹ですよね、貴方。
絵に描いたような頑固親父です。
「そうか、よかったよかった」
「はい、こちらこそ」
よくないですよ。
むしろ、嫌ですよ。
でも階級的に断れないじゃないですか。
貴方准将なんですから。
「では、結婚を前提としたお付き合いということでよろしいのですかな? 」
「はい、よろしくお願いします」
だからよくないですって。
結婚前にポックリ逝ってくれませんかね。
なんなら、職務中に殉職していただけませんかっていうか、殉職させて差し上げますよ。
スレイマン准将が席を立つ素振りを見せます。
これはいよいよ、庭園お散歩デートでしょうか。
「それでは、後は若いもんにまかせましょうかね」
「そうですわね」
スレイマン准将は何故かブリギッテ叔母の椅子を引きました。
あれ?
叔母もスレイマン准将に手を取られて立ち上がります。
あれれ?
「ヒルデちゃん、頑張るのよ」
叔母様、そのしたり顔はなんですか?
なんで叔母様がスレイマン准将と行ってしまうんですか?
「ディーノ、よかったな」
スレイマン准将も、お見合い相手を置いてどこにいかれるんですか?
ちょっと、誰か説明してください!!
き、気まずい。
なんで私と隊長が取り残されているんですか。
隊長は付添人ですよね。
おかしいと思わないんでしょうか。
それとも私が知らないだけで、お見合いとはこういうものだったんですか?
「あの隊長……よろしいんですか? 」
隊長はテーブルをジッと見つめたままで何も答えてはくれません。
「あの、隊長? 」
「あ、ああ。ヒルデガルト、俺は嬉しいぞ」
これはお見合いが成功したと思ってもいいんでしょうか。
「式はいつにしようか」
「相談しないと、なんとも」
時期的にはスレイマン准将の退職前が最良だと思います。
忙しくなりますね。
「そ、そうだな。まずは両家に報告しないと」
隊長、仲人ですからね。
そういえば、スレイマン准将のご両親もまだご存命だと聞いています。
うちの親ならともかく、スレイマン准将のご両親はこんな小娘がいきなり来たら、ショックでポックリ逝ってしまうんじゃないかしら。
「絶対に幸せにするから」
それはスレイマン准将の台詞ですよ、隊長。
初めての仲人役で柄にもなく緊張してるんですね……。
隊長、私、辛いんですよ?
本当は泣きたいんですよ?
私は一途なんです。
今までも、これからもずっと、ずっと。
隊長を好きでいていいですか?
心の中でなら言ってもいいですよね?
隊長、愛してます。
何故か、目の前の隊長がフリーズしました。
私、魔法なんて使ってませんが、まさか無意識に?
「俺も、愛してる」
は?
幻聴ですか、ですよね?
「ヒルデガルト、お前を愛してる」
な、な、な、な、なんで隊長がひざまずいてるんです?!
一体何が起こっているんですか!?
「俺と、結婚してくれ」
来たコレ略奪愛!!
スレイマン准将、ヤバイですよ。
貴方の愛すべき教え子が、反逆してますよー!!
というか、ドッキリ?
仕組まれた罠?
寂しい三十路過ぎ独身お局曹長を陥れるための罠ですかー!!
「返事は?」
「例えそれが嘘であろうと、私はイエスと答えます」
隊長は何故か苦笑しました。
だって、嘘ですよね。
一途な私は、こんな陳腐な嘘でも舞い上がるほど嬉しいんですよ。
「お前らしい、答えだな」
隊長、もういいです。
もう充分です。
「お前がほんの小さな子供のころからずっと見ていた。愛し続けてきた。一緒に幸せになろう」
「子供のころから……」
そんな昔から?
もし、それが本当なら……。
「隊長」
「うん? 」
「それ犯罪チックですね」
私たちの会話を聞いていたらしいお客さんと給仕さんたちが、派手にずっこけた音が聞こえました。
私、何かおかしなこと言いましたっけ?
◇◇◇◇◇◇◇◇
「上手くいきましたわね」
「うむ、流石はブリギッテちゃん。姪っ子の勘違いを利用するとは、相変わらずの策士だな」
「あの子はちょっと単純ですが、一途ですからねぇ」
「いじらしいではないか。そういうことならディーノも同じだぞ? ご近所さんの可愛い娘の為に英雄と呼ばれるまでになったんだからなぁ」
「昔からヒルデちゃんは軍人さんが大好きでしたから」
「ブリギッテちゃんがあの子を連れてくる度に、何某隊長かっこいい〜とか、何某大佐と結婚するとか息巻いていたから、彼奴も随分焦っていたよ」
「それにしても、ムルシド。この話が上手くいかなかったら貴方、あの子と結婚していましたの? 」
「まさか。もしそうなれば、心を偽ってまで愛する者の為に尽くす優しい娘さんに真実を伝えていたよ。ディーノを半殺しにした後にね」
「ふふふふ。今頃どうしていますことやら」
「何、心配は入りませんよ。それよりブリギッテちゃん、これからデートをしていただけませんか? 」
「まあ珍しい。ふふ、よろこんで」
40歳になったのに一向に結婚をしないディーノを心配したスレイマンが、ディーノを酔いつぶして無理やり想い人を聞き出したのがことの発端。
彼の想い人であるヒルデガルトとのお見合いを画策している内に、彼女の叔母であるブリギッテからの連絡によって、どうやら盛大な勘違いをして思い詰めているという可哀想なヒルデガルトの決意を知ることになったスレイマン。
不器用な二人の為に一肌脱いだ往年の英雄たちであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私がよりによって盛大な勘違いをぶちかまし、真っ青になって平謝りをしたあのお見合い劇から半年後、貴方は私の愛しい旦那様になりました。
お互いに想い想われ続けた二人が結婚するまでに一悶着も二悶着もあったことは、また別の話。
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