番外編 八雲友人記

番外編 八雲友人記 1

 僕、水城八雲は父親を知らずに育った。

 物心をついた時、家にいたのは母さんと、五つ年の離れた姉、水城皐月の二人だけだった。父さんは僕が生まれてすぐに、病気で亡くなったらしい。


 この事を話すとよく『大変だねえ』とか『寂しくないかい』とか言われるけど、正直そんな事を思ったことは一度も無い。

 父さんはいないのが当たり前だと思っていたし、母さんの帰りが遅くても、小学生にしては家事を任されることが多くても、それを苦と感じることはなくて、みんなの言っている事の意味が正直よく分からなかった。


 それが分かったのは……分かってしまったのは、去年の十二月。女手一つで僕と姉さんを育ててくれた、母さんが交通事故で亡くなった時だった。

 病院からの電話で僕と姉さんが駆け付けた時、母さんはすでに息を引き取った後だった。

 それはあまりに突然で、お別れの言葉も言えなくて。起こってしまったことに理解が追い付かないまま、葬儀の日を迎えた。

 柩の中に眠る物言わぬ母さんを見て。笑っているのに、少しも嬉しそうにない遺影を見て。僕はようやく、これが皆の言っていた寂しいという事かと理解した。


 あれから五か月。五年生になった僕と高校に進学した姉さんは、母さんの親友だった原田さんの経営するアパートに住まわせてもらっている。

 日々の生活は大変で辛いこともあったけど、皆の言っていた『寂しい』や『大変』がどういう事か理解したけど、それでも僕は自分が不幸だとは思っていない。なぜなら……


「八雲、忘れ物ない?」


 学校に行く準備を終えた姉さんが聞いてくる。僕はランドセルを背負いながら笑って頷いた。


「大丈夫。姉さん、今日はバイト無いんだよね」

「うん。今日は早く帰ってくるから、勉強見てあげるね」

「いいよ。いつも忙しいんだから、今日くらい友達と遊んでくれば?」

「ありがと。でも大丈夫。私は八雲といたいの」

 そう言って姉さんは僕の頭を撫でた。

 僕は決して不幸ではない。父さんも母さんもいないけど、こんな風に笑ってくれる姉さんもいるし、困った時は力になってくれる優しい人達だって周りにいるのだから。

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