エピローグ

皐月side

エピローグ 1

 ゴールデンウィークも終わり、今日からまた学校が始まる。

 この日はいつもと違い、だいぶゆっくり家を出た。朝、少しでも八雲と一緒にいたかったからだ。


「八雲、忘れ物は無い?」

「無いよ。姉さんこそ大丈夫?頭が痛かったりしてない?」


 八雲が心配そうに尋ねてくる。あんなことがあったばかりだから、不安になるのも当然だ。私はそんな八雲の頭をそっと撫でる。


「大丈夫、私はもう平気だから」


 とたんに八雲の顔に笑顔が戻り、それを見た私も穏やかな気持ちになる。こうした何でも無いやり取りが、今はとても愛おしい。

 あの事件の後、私は基山によって八雲が待っている警察病院まで運ばれた。

 空から人間が降りてきたことで病院内は一時騒然となったけど、事象を説明した私はすぐに病室へと運び込まれ、速やかに治療は行われた。


 貧血は起こしていたものの大したものではなかった為、八雲と面会するまでそう時間はかからなかった。

 母が死んだ時も心配かけまいと泣くのを我慢していた八雲だったけど、病室で再開した時は目に涙を浮かべ、姿を見るなり私に駆け寄ってきた。それを見た私も、ようやく帰ってきたことを実感し、八雲と同じように泣いてしまった。

 八雲の話では基山や香奈や西牟田(確かクラスにそんな男子いたな)、ペリカンの店長も病院に残っているそうだけど、気を使って二人にしてくれたそうだ。

 正直助かった。泣いたところを見られるのは、やっぱり恥ずかしい。

 私は検査のために次の日まで入院することとなり、話によれば基山も検査入院することになったらしい。

 八雲は店長が責任もって家まで送ると言ってくれたので、お世話になることにした。


 そして次の日になると、もう退院だというのに騒ぎを聞きつけた原田さんや霞が朝からお見舞いに来てくれて。私は改めていろんな人に支えられて生きていることを実感した。


「皐月ちゃんはこんなにたくさんの人から愛されているのだから、もっと周りを頼りなさい」


 原田さんにそう言われてしまった。

 全くその通りだ。今回の事を抜きにしても、ただの高校生にすぎない私では、出来る事に限界がある。

 八雲と二人で暮らし始めた時は周りに迷惑をかけないように頑張っていこうと思っていたけれど、それだけじゃだめだ。時には周りに迷惑をかけることも覚悟しなければならない。その事をよく分かっていなかったあたり、やっぱり私はまだまだ子供なのだ。

 お見舞いに来てくれた人達に感謝の言葉を述べるとともに、これからも迷惑をかけるけどよろしくお願いしますと頭を下げていった。


 沢山迷惑をかけて良いよと笑っていた霞、愚痴くらい聞くからいつでもメールしなさいと言ってくれた香奈。どれくらい力になれるかわからないけど、困ったことがあれば相談してと言った西牟田……ごめん西牟田、クラス委員なのに名前もよく覚えていなくて。これからは男子の名前も覚えるよう頑張るから。

 店長はお店の片付けが終わったらまた働いてもらうから、今はゆっくり休むようにと言ってくれた。

 バイト中に起きた事件だから見舞金を払うとも言ってくれたけど、店長の事だ。必要以上のお金を包んでくれそうなので、私は慎んで辞退した。これからもっと迷惑をかけるかもしれないのだ。今甘えすぎるわけにはいかない。


 検査に問題がなかった私は、その日の夕方迎えに来てくれた八雲や原田さんと一緒に八福荘に帰って行った。

 さすがにその日は夕飯を作る気にもなれず、コンビニ弁当で夕飯を済ませ、更にその次の日は家に帰ってきたことによる安心感からか、私も八雲も目覚ましを振り切って寝ってしまい、目が覚めた時にはもう午後になっていた。


 そんなわけで毎日が慌ただしく過ぎていき、今回のコンビニ強盗から始まった一連の事件がどうなったか私が詳しく知ったのは、ゴールデンウィーク最終日だった。

 もっと前からテレビや新聞では大々的に取り上げられていたのだけれど、自分のことだけでいっぱいいっぱいだった私は、それらを見る機会がそれまで無かったのだ。

 もしかしたら無意識のうちに見るのを避けていたのかもしれないけど。やっぱり、あまり思い出したくはない出来事だし。


 ペリカンで置き去りにされた立てこもり犯二人は勿論、基山にやられた傷の男も無事逮捕され、事件は無事解決していた。

 事件で注目されたのは、やはり犯人が吸血鬼だと言う事だった。報道では私が魔力体質だという事は伏せられていたけれど、それでも血を吸った吸血鬼が人間離れした力を出し、警察のみならず一般人(私や基山のことだ)に負傷者を出したことが問題視されていた。


 だけどこの事件で吸血鬼が危険だと言う印象だけが広まったわけではない。後で知った事だけど、事件の翌日の新聞の見出しは『吸血鬼の犯人を吸血鬼が捕まえる』だったそうだ。

 民間人の吸血鬼が善意で警察に協力し、犯人逮捕に大きく貢献したとして称賛を浴びており、ヒーローのような報道がされていた。


 基山の名前はニュースで見ることがなかったから、おそらく報道しないよう頼んだのだろう。

 良いことをしたのだからテレビや新聞で褒められても罰は当たらないような気もしたけど、そうしないのが基山らしい。


 かくして、私のゴールデンウィークはあっという間に過ぎ去ってしまった。本当は八雲と一緒にどこかに出かけようかとも思っていたのだけど仕方がない。その代わり今朝はぎりぎりの時間まで家にいて、八雲と一緒に家を出ることにしたのだ。

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