オセローグ

湯けむり子ネコ

オセローグ

プロローグ

「今から約五百年前に大きな事件が起こりました。それが一体何なのか知っているわね?」


 室内に女性の凛とした声が響く。

 窓を背に佇む彼女は、来客用ソファに腰掛ける少年を見据えていた。


「……世界を支配していた魔王と勇者オセローの戦いです。

 魔王を倒した勇者を称え、この世界に初めて『オセローグ』と名前が付きました」


 緊張した面持ちのまま、問われた彼は答えを返す。


「正確にはまだ封印されている状態、とされているわ。

 そしてすべてが終わった後、そこには巨大な塔だけが残されていた」


「『オセローの塔』ですね。

 人の手も入らないような深い森に、瞬く間に建造されたものと伝えられています。

 オセローも行方不明となり、一切の真相は不明だと幼い頃に聞かされました」


 彼の視界の端、窓を通してその存在を主張してくる堅牢そうな楼閣。

 遥か遠くにそびえる太く巨大な建造物は、この場からでさえ頂上を視認することを許さない。

 もしも塔と知らずに近付いたのなら、それは天にまで達する壁としか思えないだろう。


「継ぎ目はなく材質も不明、何より内部構造を調べる術がない。

 調査を進めたくてもあの辺りの魔物は強度も段違いで、土地を切り拓くにもまだ時間が掛かるの」


 少年の言葉に軽く頷き、女性は話を続ける。


「さらに最近は各地で多数の魔物による被害が報告されていて、現在オセロアカデミーは人手が不足しています。

 だから訓練を修了次第、すぐに部隊に配属されて召集に備えてもらうことになるわ。

 例え実戦経験が少なかったとしても、危険な任務に就くことになるかもしれない。

 努力を怠らなかったとしても、報われることなく後悔する日が来るかもしれない。

 もしかしたら、志半ばで命を落とすことになるかもしれない。

 それでもなお、あなたには世界を救う覚悟があるかしら?」


 彼女の厳しい目付きが真っ向から少年を捉える。


「僕は――」


 刺すような視線を受け止め、彼はゆっくりと口を開いた。

 ただ一言、躊躇いではなく決意を告げるために。


「僕は、その為に来ました」


 そんな飾り気のないまっすぐな意志を聞き、女性は先ほどまでの表情を崩す。

 些細な変化ではあったが、張り詰めていた空気が緩んだように感じられた。


「まだ訓練生とはいえ、今日からあなたもオセロアカデミーの一員です。

 規則としてこれを渡しておくわね」


 そう言うと彼女は少年の元へと向かい、彼に一つの小さなバッジを手渡した。


「階級章よ。

 任務外だと外している学徒も多いけれど、本当は常に身に付けていないと駄目なのよ?」


 女性は苦笑しつつ着用を促す。

 どうやら確認出来るのなら場所は問わないらしい。


「それでは改めて。オセロアカデミーにようこそ、あなたを歓迎します」


 少年の胸元で光る輪郭を見届けて、彼女は優しく柔らかな笑みを浮かべた。

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