第5話
抑制剤が体に馴染むのを感じる。
そっと目を開くと、もう幻覚は消えていた。
校舎はもとの廃墟にもどり、整えられたダイアモンドも凹凸の激しい荒地に戻っていた。
校舎の屋上を見上げる。そこにはもう天使達はいない。
僕は空になった注射器を投げ捨て、それを踏みつける。バキバキとした乾いた音が大きくなり、より意識が汚濁から覚醒へと近づいた気がした。
僕はよたよたと足を動かし始める。
嫌な記憶を思い出した。
兄のこと、周囲の目線、クソみたいな日々。
目的の場所、兄が堕ちたと思わしき場所へと付いた。わかっていた事だが、やはり何もない。幻覚でみたような血の滲んだ土なんて無かった。
「なにをしてるんだ……僕は」
思わずそんなつぶやきが漏れる。
自分でもかなりバカだと思う。こんな寿命を削るような真似をして、俺は何を。
傍から見れば、無意味でこっけいで、全部がアホ臭い……
「なんでそんな無意味な事をしてるの?」
僕が小学6年生の時、一度兄にそう問うたことがある。
兄は勉強机の上で巨大な練り消しを練っていた。大人の握りこぶしほどはあるだろう、巨大な消しカスの塊を。
「面白いだろ?」
兄はさも当然のようにそう答える。
僕はとても不愉快だった、なぜなら丁度その日の昼、いまだに練り消しで遊んでる同級生を友人達とバカにしたばかりだったからだ。
「面白くもなんともないよ」
兄の視線は、再び僕からこ汚い消しカスの山へと戻った。
「あっそう。俺は面白いんだがな」
兄のそっけない態度に、僕はかなり苛立った。
「面白くないっていってんじゃん。やめてよ」
「なんで俺がやめなくちゃいけないんだ」
「ガキっぽいからだよ。幼稚園児かよ」
気に入らない同級生にぶつけた言葉を、そのまま兄にぶつけた。
でもその同級生と違って、兄は澄ました表情で余裕げだった。
「お前は人に『ガキっぽい』って言われたら、それで物事をやめるのかよ?」
僕は何も言い返せない、そんな様子をみてシニカルな笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「俺はやめないよ、納得できないからなそれじゃあ」
「納得……できないか……」
兄が自殺、馬鹿げてる。
天使になって消えた? ありえない。
兄の最後が知りたかった、いろいろ僕なりに調べてみた。でも、どれも納得のいく答えにはならなかった。
もう、何か残っているとしたら、ここにしか。
「……だから、来たのか。そうだったな」
僕はその場を離れ、今度は高等部の校舎へとあるきだした
中等部の校舎と違い、高等部の校舎は屋上に当時簡単に行くことができた。そこは兄が飛び降りた場所でもあり、先ほど天使達が群れていた場所でもある。
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