3 天国の如く白き氾濫

「させないよ!」


 サナギが飛び出す。後を追って駆け出すルキ。アルティアは両手に持ったバトンを軽く打ち鳴らし、周囲を物色するように睥睨へいげいしている。


「アルティア、なんだそれ」

「モバイル・エーテロニック・ブラスター・マークⅡ。改良版携帯型霊子出力砲。〈魔悪痛まあくつう〉と呼んでくれ」

「マークⅡ?」

「違う、〈〉〈あく〉〈つう〉。万葉集の昔から現代の珍走団に至るまで、漢字を当てるのは日本の伝統であると聞く。郷に入りては方式」


『この非常時に、何楽しそうに語ってんだか』


 一言一句違わず、お前と意見が一致した。


「〈〉〈〉〈〉〈つう〉も捨てがたい。山田はどっちがいいと思う?」

「どっちでもいいよ! だから、なんなんだよそれ」

「バスの中でも言ったろう。保健室のあれのメジャーアップデート版」

『やばっ、さっさとズラかろうぜ』


 それにも同意だ。爆風に巻き込まれるのはもうたくさんだ。


「待て山田。これを持っていってくれ」


 俺はアルティアが抱えていた大きめのバッグを投げ渡された。さほど重くはないものの、何かが入っているゴツゴツした感触。


「待て待て。こいつらの狙いはこれなんだろ? お前俺をおとりにする気かよ」

「中身は自由に使って構わない。役に立つ物ばかり。ワチキが保証する」


 アルティアは手にした機器からバチバチと危険な音を発して、付近の黒服たちを威嚇し始めた。


『置いてけ、んなもん邪魔なだけだ』


 そう言うな。役に立つとはさすがに思わないが、この程度の重量なら逃げる妨げにならない。


『ま、お前の勝手だけどさ。逃げ遅れても知らねーぞ』


 俺は走りながら最も有効と思われる逃走経路を探した。左も右も無理っぽいな。となると、ルキとは距離を置きつつサナギの後を追うのが最善策か?


「ぬがっ……!」

「お、おのれ、やりおるな」


 黒服たちが舌を巻くほど、サナギの体術は強烈なものだった。


ッ!」


 気合一閃。

 サナギの裏拳を鳩尾みぞおちに受けた男がどうと倒れ伏した。昔から男勝りで攻撃的なのは知っていたが、あいつあんなに強かったのかよ。


『うひゃー、お前あんなのとずっとケンカしながら接してきたのか。なかなか勇気あるじゃねーか』


 これからは接し方を改めよう。そうしよう。逆鱗に触れて殺される前に。


「追一、あんた、少しは手伝いなさいよね!」


 怒気を含んだ声が前方から飛んできた。無茶言うなって。


『せっかく鞄持ってんだ。試しに何か使ってみろや』


 無理だっての、使い方も聞いてないのに。お前さ、口だけは達者だけど何か能力ないの? 俺の腕力を上げるとか、気功術みたいなやつで気を飛ばすとか。


『ない! 一切ない。だからお前が頑張れ』


 自信満々に言うことじゃないだろ。


「キャッ!」


 悲鳴を上げてルキが転んだ。


「ルキちゃん! 大丈夫?」


 近くに黒服は見当たらない。道の凸凹に足を取られただけらしい。だがしかし、それがまずかった。


「見よ、あの小娘が持っておるのは……」

「布切れで隠してはいるが、神宝の一、八握剣やつかのつるぎに違いあるまい。者ども、なんとしても奪い返せ!」


 サナギを後回しにして殺到する黒服たち。

 ルキはまだ起き上がれない。サナギも急いで引き返すが、別の黒服に行く手を阻まれた。


「ちょっと、どきなさいよ! ルキちゃん逃げて!」

「や、山田さん?」


 気がつくと、俺はルキの間近に立って黒服たちと対峙していた。

 あれ……なんで俺こんな所にいるんだ。


『何ボケてんだ』脳内に声が響く。『あのねーちゃんを追ってたらこのお嬢ちゃんがすっ転んで、そこにお前がのこのこ近づいてきたんじゃねーか。ボヤボヤしてっと斬られっぞ』


 そうだ、この間合いはまずいんだ。ギリギリ刃が当たる距離。

 がしかし、俺はどういうわけかここから動いてはいけない気がして、その場に立ち竦んでしまう。


「山田さん、に、逃げて……」


 ルキの左腕が大きく撓る。布が捲れ、刀の尖端が剥き出しになった。


「ルキちゃん!!」


 黒服たちは目前に迫っていたが、我関せずとばかりにルキの腕は空を薙いだ。見事な弧を描いた切っ先は、俺の胴体……ではなく、俺が手にしていたバッグに打ち当たり、直後、

 ……白の氾濫はんらん

 村雨は、淡い光に包まれた。

 その光が糸のように細い筋となって放射状に放たれ、寄り集まって束となり、一層輝きを増して辺りを白く照らし始めたのをぼんやりと眺めながら、そして一人、また一人と周囲の黒服たちが膝を屈し倒れていくのを遠い世界の出来事のように思いながら、俺は、


『なんだなんだ、このクソ眩しいのは。天国にでも来ちまったんか?』


 というすっかり聞き慣れた声を、これまたぼんやりと聞き流していたのだった。

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