沈没船
ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ。
警報音が鳴り響いた。メンテナンスが終わったばかりのヴァッサーツォイクに出陣の命令が下りた。
今日の発動は、漁業潜航艇が沈没船が見つけたので、その捜査の為だった。
「今日は沈没船の捜査だ。三人とも荷が重いかもしれんが頼むぞ」と管制官は言った。
「了解です」三人は異口同音に答えた。
沈没船は雪町三丁目の更に先ということだった。
捜索にはヴァッサーツォイク三機と膨圧潜水服を着た屈強な男たち十人で行くことになっていた。それぞれ有線と酸素ホースで潜水士とヴァッサーツォイクが結ばれて行くことになった。章介が四人、後の二人が三人ずつを受け持つことになった。
大きなリールを背負った潜水士が各々取り付いた。その取り付いた格好のままで沈没船まで行くことになっていた。
菜穂子はヴァッサーツォイクに乗り込み、注水を待った。
サブカメラにはヴァッサーツォイクに取り付いたゴテゴテした潜水服を着た潜水夫たちが見えた。菜穂子は漁業潜航艇で潜水夫たちを引っ張って行って欲しかったが漁業潜航艇は他の海域で潜水漁業するのに使われているし、潜水夫達も有線で直接指示を出したいらしく、有線で繋がれたままの発進となった。
「お嬢さん、頼んだで」注水を待っている間、潜水夫の一人が有線で菜穂子に言った。
「任せて下さい。それよりホースと電線が絡まないように注意して下さい」と菜穂子がいうと、
「俺らはプロだから安心しら」と訛りのある口調で潜水夫は言った。
「私は菜穂子。宜しくお願いします」
「俺は今泉だら」と潜水夫は言った。
菜穂子はふと、今泉が何故女の自分が乗っているのが解ったのか不思議に思っているうちに注水が終了した。
漁業をしている時も同じ様に潜航艇とパイプと電線で繋がれているらしい。
注水を終え、ウォーターロックから外に出ると章介と麻里絵を待った。
ウォーターロックが開き、麻里絵と章介が現れた。共に潜水夫たちに繋がれて
いた。
「───お待たせ、菜穂ちゃん」章介が言った。
「───待った?」麻里絵が訊ねた。
「ううん。今出たところ」
沈没船は深町一丁目から一時間くらい掛かる所に沈んでいた。居住区とは百メートル近く低いところだ。また、巨大で全長は三百メートルはあるかと思われた。
船腹に長い亀裂が走っており、それが沈没原因と思われた。分厚い艤装が施されていて、潜水夫達のゴツい服装では亀裂から中に入ることは出来ず、ハッチも閉まっていたので、そこから入ることも出来なかった。
菜穂子たちはヴァッサーツォイクの強力な腕で亀裂を引き剥がしてやっと入ることが出来た。
ヴァッサーツォイクが呼ばれた理由はそこにあるようだった。
人型ロボットであるヴァッサーツォイクなら甲板を引き剥がす事ができる。
菜穂子たちは器用にオムニコントローラーを動かし、二の腕で亀裂を押し広げた。
今泉たちは不格好な姿に似合わず、魚のように綺麗に泳ぎ、沈没船に入っていった。
「章介さんは大学で何を専攻しているの?」今泉たちを待っている間、突然、麻里絵が聞いてきた。
「近代史だよ」と章介が答えた。
「地殻上昇計画のあたり?」
「そう、科学文明撲滅隊がコンピューターや飛行機を破壊し、僕らを海底に追いやったあたりかな」章介が答えた。
「地上は本当に放射能に汚染されているんですか?」菜穂子が訊ねた。
「ああ、本当だよ」章介が答えた。
「じゃあ、本当に地上に人間はいないんですね」菜穂子がまたも訊ねた。
「ああ、地上で生き残れる訳はないさ。戦術核が使われたんだからね」
「センジュツカク……。大陸間弾道弾のこと?」
「いや、大陸間弾道弾よりは規模が小さいけど、要は同じだ。核が使われたんだものね」章介がそう答えると、
「そう……」菜穂子は呟いた。
小一時間ほどして今泉たちが戻ってきた。手に手に戦利品を抱えていた。
「何か訳の分からん物だらけだったら」戻ってきた今泉が少し残念そうに言った。
今泉たちが手にしていたのは、銀色の包にくるまれていたものや見たこともない円柱形のもの、銀色の箱のような物などだった。中に何が入っているのか解らなかったが、深町一丁目に帰ってから中を検めることにした。
菜穂子たちはスラスターを吹かして深町一丁目に戻った。
深町一丁目居住区に帰ってくると、早速戦利品を調べてみることにした。
銀色の包を開いてみると、なんだか黒くてドロドロしたものが出てきたが、それが何だかは解らなかった。
銀色の箱型のものは、中に透明でガラス片のようなものが入っていたが、こちらも何のために使うのかは解らなかった。宝石の一種じゃないかという声もあったが、それにしては大きさも大きいし、数も沢山あり過ぎる。結局は何す解らずに終わった。
他にも何に使うのか分からない物ばかりだった。
最後に円柱形のものを調べてみたが、こちらはどうやっても開くことが出来ず、終いには今泉が「良いからヴァッサーツォイクの指で押し潰してしまえ」と乱暴なことを言ってきた。
それには流石に乱暴なので、「何か爆発性の物かもしれません」という章介の忠告に従い、時間をかけて調べてみることになった。
「なあに、まだ色んなものが沢山あるだども、こんつめて探しゃ役に立つものも出てくるかもしれんら」と今泉が間延びした声で言った。
結局、昼から夕方までかけて、何か有効なものは見つけられなかった。
「菜穂ちゃん、食事でもしていかないか」ヴァッサーツォイク発信基地から帰る途中、章介が声を掛けた。
千鶴が手を回したとすぐに気づいた。菜穂子は、余計なことを、と思いつつも嬉しかった。
「家で食べなくても良いんですか?」
「ああ、今日は外で食べてくるって言ってあるんだ。システィナ横丁でも行こう」
菜穂子は正直嬉しかった。章介と一緒に夕飯を食べれるなんて夢のようだった。
「じゃあ、割り勘で」
「そんな。僕が奢るよ。一応先輩なんだし」
「良いんですか?」
「勿論」
「じゃあ、ご馳走になろうかな」
「うん、良いセンゲン料理の店を知ってるんだ」
二人はシスティナ横丁へ向かった。
システィナ横丁は人混みで一杯で、賑わっていた。
「章介さん、地上にいた人達はどうなったの?」菜穂子はデザートを食べながら訊ねた。
「どうって、さっき言ったじゃないか。みんな滅んだって」章介が答えた。
「センジュツカクが使われたってシェルターか何かに入って生き延びた人はいるんじゃないかしら?」
「確かに先の大戦は生き延びたが、内戦で完全に焼き尽くされたはずだ」
「それでも生き残った人達はいるんじゃないかしら?」菜穂子は食いついて離れない。
「じゃあ何故、僕たちは海底で隠れ住んでるのかい?」今度は逆に章介が訊ねた。
「それは……。分からない」菜穂子は首を横に振った。「だからこそ知りたいの」
「僕にも分からないよ」章介は正直に答えた。「地上に出るしか知る方法はない。しかし。地上には出ることは出来ない」
「それってなんか聞いたことがある」菜穂子はスプーンでデザートのアイスクリーム掬いながら言った。
「シュレーディンガーの猫だ」章介が答えた。「僕らにとって地上の世界はシュレーディンガーの猫だ。僕らにとって地上の人は生きていると同時に死んでいるんだ」
「生きていると同時に死んでいる……」菜穂子はオウム返しに訊ねた。
「あまりロマンティックな話題じゃないな」章介が感想を述べた。
「そうね。もう辞めましょう」と菜穂子は諦めた。
システィナ横丁の空は紫色に暮れていった。
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