略奪団
「皆さん、戻られたようなので出発いたします」アサルトライフルをマイクに持ち替えた友江が運転席の横で笑顔でアナウンスした。
低いエンジン音とキャタピラの金属音をたてて、再び装甲バスが動き出した。
道はどんどん悪くなり、穴だらけの道になっていった。アスファルトやコンクリートの舗装は僅かに地面にこびりついているような状態で、砲撃や爆撃で道が穴だらけにされたのは明らかだった。
それでもこの装甲バスは特殊なサスペンションを装備しているらしく、激しい悪路の割には揺れは少なく、油圧シリンダーがキャビンを水平に保っていた。
一時間ほど悪路に揺られてゆっくり走ると、やがて白い舗装道路に出た。明らかにコンクリートでもアスファルトでもなく、見たこともない材質の舗装道路だった。
道に穴や裂け目は一切なかったが、何故かデコボコしていた。穴ぼこだらけの道を穴を埋めないまま、ゴム質の漆喰のようなものでコーティングした舗装道みたいだった。それまでの舗装に穴が空き、土がむき出しの道よりはマシだったが、凸凹道には変わりなかった。
やがて、その道の両脇に、白くて平べったい長方体が幾つも並べられている所に出た。長方体はどれも一辺かそれ以上が短かったり、長かったりと歪んでいた。一つとして同じ形のものはなく、並べられる順番に規則性やパターンもなく、間隔も一メートルから二メートルくらいでマチマチだった。
一見、墓標のように見えたが、その表面には文字や絵柄などは全く無くて、スベスベだった。一番奇異に見えたのが、どれも全く汚れておらず、風雨に晒された形跡はおろか、つい昨日造られたかのような真新しさだった。それなのに何故か古いものを感じさせるところがある。これは一体何なのかと思っていると、前の方の座席から声が上がった。
「すいません。これはお墓なんですか?」中年の男の声だったが、生徒が先生に質問するような口調だった。
「よくわからないんですよ」姉崎友江がマイクを手にとって困ったように答えた。「このルートを見つけてから半年も経ってませんし、まだ調査も入れないもので…」
白い物体は、不良品のドミノのように、うねる道の両脇に何百メートルも続いていた。そして、白い墓石群が徐々に無くなり、暫くすると、友江が言った『調査が入れない』理由も判ってきた。
暫くすると突然、運転席のスピーカーから男の声が聞こえてきた。
「四時の方向、車両多数発見。略奪団と思われる」スピーカーの声はノイズだらけで割れていた。
「距離と数は?」運転手がマイクに向かって言った。
「二輪車二十台から三十台。四輪車十数台。距離、二百。徐々に接近中」スピーカーの男の声の背景には、けたたましいエンジン音が混じっていた。車内が一気に不安でざわつき始めた。
友江が客席の真ん中くらいの客がいない右側の席に駆け寄り、外がよく見える様にガラス窓に張り付いた。だが、道の左右は小さな丘が畝のようにいくつも走っていて、その影になってよく見えない。
「全員、武装している。略奪団だ。緊急走行に備えよ」別の男の声がスピーカーから流れた。
「了解」運転手が低い声で答えた。
すると突然、バババッ、カカカッと物凄い音がして窓ガラスに何かが当たった。乗客は一斉に悲鳴を上げて、パニックに陥った。
賊が手にした自動小銃やサブマシンガンで撃ってきたのだ。
「皆さん、落ち着いてください。この装甲バスは重戦車より頑丈にできてます。このくらいの攻撃では傷一つ付きません」友江が大声で怒鳴った。全て言い終わる前に天井の前と後ろからヴィィイイインと物凄い音が伝わってきた。
右の車窓を見ると、百メートルくらい先の土手に二メートル以上の土埃のカーテンが勢い良く広がっていた。二十五ミリ高速機関砲だ。連射速度が速すぎて、発射音が連続せずに一続きになって聞こえるのが特徴だ。
装甲バスは完全防音されていたが、あまりの轟音の所為と、車体の金属部分から振動となって音が伝わる程大きな音と振動を発生させている所為で車内まで音が聞こえるのだろう。
土煙のカーテンが襲いかかっているのは数台の防弾板を貼り付けた改造四輪車だ。シャーシと車軸とエンジンは全くべのものを繋ぎ合わせたものばかりで、皆、大きなタイヤを履いている。巨大な散弾銃のように振りかかる二十五ミリ爆裂弾の雨は一撃でその装甲された四輪車を粉々にし、オレンジ色の炎の花を咲かせて爆発した。
道の左右に広がる土手のような長細い丘に隠れて何十台もの四輪車や二輪車が並走していた。バスの機関砲が火を噴くと、略奪団は丘の向こうに隠れながらも並走していた。その数、十台…二十台以上、バイクはもっと多かった。
略奪団の連中は全員黒っぽい服を着ており、頭にはそれぞれ色とりどりの布のようなものを巻きつけており、どうやら奇声を上げながら機関銃を撃ちまくっているらしい。口をパクパクさせながらバレルの先に炎の花を立て続けに咲かせている。しかし、丘の上を跳ね走りながら撃っているので、滅多に命中しない。当人は命中させようと必死なのかもしれないが、どれもが威嚇射撃になってしまっている。
奴らが手にしている銃はどれも丸っこくてずんぐりして注射器や医療鋏をくっつけたようなチープなデザインで、武器というより手術器具のように見える西政府特有の形だった。おそらく西側が武器を流しているのだろう。
屋根の上の狙撃手達は丘から飛び出てきた四輪車や二輪車を確実に撃破していた。高く吹き上がる土煙の連なりが敵の車両へ伸びていき、燃料タンクを貫通し、オレンジ色の炎を作っていった。
四輪車はまるで土塊で作った車のように粉々に粉砕してオレンジと黄色の炎をまとわせ、運転手や乗員を車外に放り出した。ある四輪車はフロント部分を根本から大鉈で断ち切ったように切断され、そのまま頭から地面に激突し、数秒経ってから思い出したように爆発した。
二輪車となるともっと眼の当てられない状況になった。燃料タンクとエンジンをほぼ同時に爆発され、オレンジ色の炎からは切断された手足や頭が吹き飛び、真っ赤な液体とドス黒いものと灰色のものが大量にバシャッと四散した。
バスを攻撃しようと、少しでも姿を露わにするとその度に破片と肉塊と液体にされて炎に焼かれてしまうので、略奪団は丘の向こうに姿を隠したままバスと並行して走行を続けた。スピードを上げると丘から飛び上がり、狙い撃ちにされてしまうので、スピードを上げることが出来ず、少しずつバスから遅れて行った。
漸く諦めたかと思ったその時、突然、畝と畝の間から二輪車を先頭に車列が飛び出してきた。皆、手にしているのは今まで持っていた丸っこい自動小銃やサブマシンガンではなく、銃身が野太い、単発の迫撃弾発射銃だ。
すかさず屋根の上の高速機関砲が唸りを上げたが、略奪団の車両を粉砕する前に奴らは次々に迫撃弾を発射した。
鉄パイプのようなバレルから白煙を上げて発射された迫撃弾は放物線を描いてバスの前方に飛んでいき、地面に着弾すると、真黄色の煙を吹き上げて破裂した。
「石化ガスだ!サンペイ!ヒヤマ!BCアーマー着てる?」友江がバスの中程から運転席に向かって叫んだ。
運転席についているマイクに向かって言っているのであろう。
「サンペイも俺も装着済みだ」運転席のスピーカーから男の声が聞こえた。それと同時に略奪団の車の轟音に紛れて、スポーン、スポーンという迫撃弾発射銃のなんだかマヌケな音が聞こえてきた。
運転席の上部にあるスピーカーはそのままオープンになったままで、車内には乗客のざわめきが広がっていった。
略奪団はやはり奇声を発していた。マフラーの壊れたような車の凄まじい音の間に鳥の鳴き声や怒号のような声がスピーカーから流れていた。そのエンジン音より凄まじいのが高速機関砲の発射音だ。今度はスピーカーを通して伝わってくるので、その物凄い音がより鮮明に聞こえる。
ヴリリリリイィィィィィンと激しすぎて甲高く聞こえる爆裂音がレーザー砲のような曳光弾の光とともに発射されると、その先で略奪団の何車両かが同時に土煙を吹き上げて粉砕されていく。
やがて数発の迫撃弾が作り出した黄色い煙が霧のように広がる空気の中に装甲バスが突っ込むと、乗客の何人かは口や鼻を手で覆ったが、密閉されて外気と遮断されている車内に何かが起こるということはなかった。
それでもスピーカーから聞こえてくる銃撃戦の音は恐怖以外の何物でもなく、装甲バスが防弾・防爆仕様だと判ってはいても、誰もが時々思わず頭を抱えて屈みこんでしまう。
「後ろだ!後ろへ回ったよ」突然、前の方にいた茶色いゴーグルのおばさんが後部窓を指差して叫んだ。穴ゴンスのように前に突き出た凸レンズがギラリと光り、農家のおばさんの割にはぎょっとするほど迫力があった。
後ろを見ると三台の二人乗りバイクが後をついてきており、バスの後部銃座が急いで攻撃したが、バイクは右へ左へと器用に弾幕を交わした。
よく見ると後部窓は窓ガラスではなく、巨大な液晶モニターで、後ろに引っ張ったコンテナの後部についたカメラの映像を写しているようだった。勘八は「こんなものがまだ残ってたんだ」と意外なところで驚いてしまった。
「奴ら、後ろから取り付くつもりだよ」ゴーグルのおばさんが前方を振り返り、軋んだ声でそう言った。
再び後部の高速機関砲が唸るとバイクは左右の畝の向こう側へ隠れてしまった。
「一台バイクが右へ回ったぞ」
スピーカから後部銃座の男と思われる声が聞こえた。
「了解。前からはバリゲードだ。そのまま踏み潰すぞ。みんな捕まれぇ」運転手が歌うように叫んだ。
「みなさん、シートベルトをしっかり付けて何かに捕まってください!」姉崎友江が大声で乗客に叫んだ。
前を見ると、道幅いっぱいにスクラップ同然の車が乱雑に並べられ、何十メートルも先へ続いていた。
「行くぞぉぉぉぉお」運転手の雄叫びとともに装甲バスはバリゲードの車の山に突っ込んだ。
装甲バスの思いキャタピラは廃車の車をアルミ箔のようにペシャンコにしていったが、バスは上下左右に激しく揺れ、スピードは確実に落ちていった。
装甲バスの二連エンジンをウォンウォンと唸らせながら、運転手は器用なアクセルワークで揺れが少なくなるよう走らせた。しかし、かなりスピードが落ちると、後方に取り残された足の遅い略奪団の重たい車両が何台かバスに追いついてきたようで、畝の向こうのエンジン音が大きくなっていった。
やがて畝の合間から、二台の重そうな装甲鉄板を無理やり貼り付けたような改造ピックアップトラックが現れ、荷台の回転砲座から発砲してきた。
無論、装甲バスはそんな弾は全て弾き飛ばしてしまい、屋根の上の高速機関砲が報復発砲したが、今度はピックアップトラックの装甲がバスの銃弾を跳ね返した。トラックの装甲板に無数の小さなクレーターが次々と出来ていくが、トラックは破壊されることなく、また撃ち返してきた。
「また、後ろに回ったよ」ゴーグルのおばさんが後部大型モニターを指差して叫んだ。
モニターを見ると五台の二人乗りバイクが機関砲を警戒して間合いを取りながらジグザグ走行して後ろからついてきた。
すぐに後部銃座が後方を一掃し、土煙が高々と上がった。
「また、何台か左側に移ったよ」再びおばさんが大きな声を出した。
「奴ら、三方から囲むつもりだわ」上下左右と揺れる中、姉崎友江が座席の手すりにつかまりながら運転席の方へ進んだ。「策股さん、もっとスピードでないの?」
「バリゲードを抜けりゃあ出せる。あと少しだ」策股運転手がステアリングを回しながら大きく、妙にゆっくりした声で答えた。
「武器を貸してください。僕が援護します」礼装軍服を着たまだ幼さの残る顔の青年が運転席の方へ叫んだ。
「座ってなさい。大丈夫です!」姉崎が鋭い声で言った。
バスがバリゲードの最後の固まりを乗り切ると、突然、畝の合間から二台の二人乗りバイクがバスの前に飛び出してきた。後ろに乗った二人はどちらも後ろ向きにバイクに跨り、一人は迫撃銃、もう一人はなんだかバカでかくて強力そうなライフルを手にしていた。
「対戦車ライフルよ!」
姉崎が全て言い終わる前に策股運転手は「フンッ」という掛け声とともにアクセルを目一杯踏んだ。
勘八達乗客は全員シートの背もたれに押し付けられた。
バスは一気にバイクの男達が銃を構えるより前にバイクに突っ込み、そのまま二台を轢いてしまった。
ガラガラ、メキメキっという音がバスの下から聞こえ、振動とともに後部モニターにオレンジ色の炎が映った。そしてバスの下から前方へ白煙を引きながら迫撃弾が弧を描いて飛んでいき、バスの前方で弾けると、黄色い煙を噴き上げたが、バスは平気でその中へも突っ込んでいった。
勘八が右側の窓を見ると、装甲ピックアップの側面はは二台とも小さなクレーターが無数に出来ていて、何箇所かは貫通していた。一台の荷台には、何人か乗っていた黒装束はいつの間にか消え、荷台が赤く染まっていた。もう一台は前輪をバーストさせたらしく、タイヤをゆがんで回しながら右の奥の方へ逃げていった。
やがて銃撃は散発的になっていき、とうとう車もバイクも見えなくなると、銃撃はなくなった。
「奴ら、いなくなったぞ」スピーカーから男の声が聞こえた。
「気を抜くな。どこかで待ち伏せしてるかもしれねぇ」策股がちょっと乱暴な口調でマイクに喋った。
「了解」
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