長距離寝台装甲バス
バスターミナル
野村勘八は唖然とした。
電車を二本乗り継ぎ、辿り着いたバスターミナルは、バスターミナルとは名ばかりの、バスが三台も並べばいっぱいになりそうな小さな裏寂れたバスターミナルだった。
周りは空き地や畑ばかりで何もなく、バラックの小さな待合小屋が一つあるだけでコンクリート造りの建物は駅前にちらほらあるだけだった。
野村勘八が引き摺っている巨大なトランクの中は本や資料の紙ばかりだったので、かなりの重量になっていて、電車の乗り継ぎ時間が長かったから、休み休みどうにかここまで来れたが、それでもターミナルに着く頃にはヘトヘトになっていた。
三・四階建てのビルが数件並ぶだけの首都郊外の駅についた時は、本当にここでいいのかと疑問に思った。
しかし、薄汚く小さなターミナルに巨大で壮麗な装甲バスが停車しているのを見て、勘八は驚いてしまった。バスの前面には「
綺麗に洗車された、装甲バスの高級感溢れるメタルレッドの深い赤の車体は、全体的に丸いデザインで、目の細かいヤスリで丁寧に擦られたような綺麗な丸さだった。しかし、運転席や客席の窓は直線的で全て黒い縁が付いている。他にもよく見ると直線的なデザインも多数あるが、全て曲線で隠すようなデザインになっていて、丸みだらけなのに何故が重厚な印象を受ける。実際、普通のバスより明らかに車高が高いし、車幅も広い。
重戦車なみの装甲のようだ。
丸みを帯びた形なので小さく見えるが、大型トレーラーを遥かに超えるの大きさで、それ一台でターミナルを占拠していた。
車輪の代わりに4つのキャタピラが付いていて、どれも重戦車以上に分厚く広いキャタピラだった。
屋根の上には前後二箇所に二十五ミリ機関砲の銃座が置かれ、後ろには同じくメタルレッドで丸みを帯びたコンテナのようなものを牽引していて、こちらにもキャタピラが履かされていた。
バスに近づくと、もう搭乗は始まっているようで、運転席の横にあるドアの前に運転手の男とガイドのような髪の長い美しい女が立っていた。
バスの横っ腹の下部にある荷物室のハッチも開けられ、その前には二人のアーマースーツを着た二人の男が自動小銃を肩に掛けて立っていた。二人の内一人は鼻の赤い痩せぎすの小男で、ギョロリとした目が狡猾な爬虫類を思わせた。
もう一人はそれとは対照的に二重顎の太った大男で、左のこめかみに金属製の平たい円筒形のものを埋め込んでいた。右のこめかみは二人共大きな軍用のジャックインコネクターを埋め込んでいることから、二人共傭兵上がりのようだった。
勘八がバスに近づくと、バスガイドらしい女が「ご搭乗のお客様ですか」と尋ねた。勘八は急いで総務からもらった搭乗券を胸ポケットから引っ張りだして女に見せた。
女は券を見るとにっこり笑って「神無月交通へようこそ。こちら下野毛連峰経由、龍前山行きの長距離バスです」と言って勘八が差し出した搭乗券の半券をもぎった。
「わたくし、ガイドを務めさせて頂きます、姉崎友江と申します」
女はそう言って勘八の重たいスーツケースを軽々と引っ張って「お荷物は貨物室で預からせて頂きます」と言ってアーマースーツの二人にスーツケースを渡した。
女は二十代半ばくらいの美人で背も低く線も細いのによくそんな力があるな、と勘八は感心した。
東洋人にしては色が白く、目が赤かった。
瞳が赤いのは、装飾義眼などではなく、元々赤いようであった。装飾義眼ならピカピカと点滅してなければおかしいが、そんな様子はまるでなかった。
荷物を預けると姉崎友江が先頭に立ち、勘八の席に案内してくれた。前部のドアを通るとき、分厚いパッキンが何重にも付いた引き回し込み式のドアを見て、このバスは与圧されるのだなと気付いた。ふと運転席を見るとタコメーターと筒内温度計が二つあるのを見て縦列二連エンジンだと分かった。このバスは相当な馬力があり相当高い山を登って行くのだろう。
思った通り、車内は広く椅子も通路も広かったが、天井は外観より高くないようだった。勘八の席はかなり後ろの方の左の窓際の席だった。窓も嵌め殺しの分厚い多重防弾ガラスでかなりの減圧にも耐えられそうだ。反対の右側の窓際には三十代くらいで薄いサングラスを掛けた落ち着きのなさそうな男が座っていた。勘八の右前は四十か五十くらいの着古したスーツを着た大人しそうな小男だった。前の方には手拭いを頭に巻き、レンズ入りの茶色いゴーグルを着けた農家のお婆さん風の人が乗っていた。他にも何人か乗っていたが、乗客はその時点で十人にも満たなかった。
その後十分ほど待ったが、三十代後半くらいのスーツ姿の女が急いで乗り込んでくると、バスは発車した。
バスガイドのお姉さんのアナウンスが延々続くのかなと思っていたが、「定刻ですので発車いたします」と言ったきり姉崎はマイクを手放してしまった。勘八にとっても静かな旅のほうが嬉しかった。
装甲バスが動き出すと、防音処置された車内にキャリキャリと小さな音が聞こえてきた。キャタピラなのに思っていたよりずっと速かった。
希望通りの転属ではあったが、本社も随分と離れたところに新工場を建ててくれたものだ、と勘八はうんざりとした顔で口の端を歪めた。本社は首都中心部にあり、首都近郊に大きな工場を幾つも持っていた。
しかし、新業種に着手するにあたって、既存の工場では対処できないので新工場を建設することにしたのだが、それが寄りよって西の共和国との国境だというのだ。
何故、会社のお偉方は敵に近いところに工場を建てることにしたのか、勘八にはまるで見当がつかなかった。
しかも、まだ良く調査もされていない下野毛連峰を越えなければ首都から辿りつけない僻地に何故工場を作ったのだろう。
勘八も先の大戦前の原因の一つとなった地殻改変計画の思わぬ影響で隆起した下野毛連峰の事はよく知っていたが、与圧しなければ登れないほどの高山だとは全く知らなかった。
キャタピラ式の装甲バスは以外にも乗り心地は悪くなかった。キャタピラにゴムか樹脂が巻かれているらしく、アスファルトを削ることもないようだ。数時間ほど途中のバス停に停まることもなく順調に装甲バスは進んでいった。
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