旧友
庁舎を出ると碧嘉が門にもたれているのが見えた。
綿の詰めた暖かそうな
「待ったか」
「いや、ちょうど出てきたばかりだ。その恰好、寒くないのか。
陵荘がまとっているのは朝から着ていた、
「まぁ、寒い。だが
「風邪ひくぞ」
「知らん」
郡府の門を出てすぐ右に曲がり、道なりに進むと開陽の大通りに出る。通りの雪はいつの間にか交差点の角へ除雪されており、登庁したときより断然歩きやすい。
班諒の庵へは西の
冬は日没が早い。できれば昔そうしたように、東大路に面した開陽随一の繁華街で買い食いをしながら旧交を温めたかったが、時間がなかった。
南大路をそのまま南下していると、寒さが厳しいにもかかわらず間断なく人とすれ違うようになった。
なかでも二人、三人で徒党を組んだ少女たちがあちこちで散見されるのは、開陽の特筆すべき治安の良さを端的に表しているといえるだろう。
陵荘は時折彼女たちから好ましい視線を感じたが、それが自分に向けられたものでないことくらいは理解していた。
――なにしろ顔面がこのありさまだ。はたから見れば良家の御曹司と、いかつい家来にしか見えないだろう。
そうした想像の半分は紛れもない事実であることが、あとで陵荘の苦笑を誘った。
通りの両辺にも、人と活気が絶えなかった。
無数に並ぶ露店では肉や魚、なぜか根菜までもが吊るされている。そうした食料品はもちろん、熊の毛皮や香といった嗜好品、日用品などが、けたたましい客引きの声がやまぬ中で、次々と陳列されては売れていった。
客の中には開陽近郊の
暑い、暑いといいながら路上でうつぶせになって動かない者や、酒家のせり出した軒の下で酒に雪を入れて乾杯する者まであらわれた。
歩く二人の左側では、ろれつの回らない罵倒に激昂した男が、つかみかかっては投げられ、つかみかかっては投げられしている。あげくは侮辱されたその男のほうが
「いつ来ても、この通りのにぎわいぶりはすごいな。見ていて圧倒される
陵荘はいまさらながら感嘆した。
「あぁ。ここに肩を並べるといえば
「そうかおまえ、
「どうもこうも、あれはおまえ、すごいよ」
「ちっともわからん」
歩き続けて桜門に近づくにつれ通行人もまばらになっていく。日はまだ城壁から三寸ばかり高いが、今日は早めに閉門するようだ。
門のそばで
「おい、徐史よ。走るぞ」
門兵の動きに気づいた碧嘉が口を開いた。
遅まきながら事態を察知した陵荘が、意地の悪い顔を浮かべる。
「…名家の力で何とかできないのか」
「あいにく、自己紹介は得意じゃない。つべこべいうな。ゆくぞ。」
路上が凍っているため、ぎこちない走りとはなったが、ともかく二人は駆け始めた。
門までは半里(200メートル)ほどだが、悪い路面環境で前進するしかない二人にとっては倍の距離に感じられる。
門兵の一人が、陵荘と碧嘉に気づき、おもわず噴き出した。
鬼のような形相で、互いの衣服を引っ張りながら、すべり転んでは起きて、相手を転ばせて、まるで踊るように走る様は、想像しただけでも滑稽である。
さすがに哀れに思ったのか幕門侯吏も閉門作業を中断して再び開門の指示を出した。中には向かってくる二人に向けて励声をかけるものまでいる。
急な運動で頬を紅潮させて、ぜーぜー言いながら二人が門に到達したのは、太陽が、奥に見える山の
「ひいきにしてくださって、ありがとうございます」
碧嘉が膝に手をつきながら、やっとの思いで幕門侯吏に感謝する。
「ひいきとは、人聞きが悪いですな。まだ日は出ているでしょう。さぁ、あなたたちが最後です。あしたも通常通り日の出から開きますから。そこの御仁も、下手に汗かいて風邪など召さぬように」
陵荘は、少し自分が恥ずかしかった。
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