天才少女
まろうソフトウェア工房
第1話 出会い
ある日の夜のことだった。僕は、いつものように、研究室に鍵をかけると、いつもより早足で、雪道を歩いていた。クリスマス・イブの夜に一人でいるところを見られたら、負けだ。僕は、大学の正面玄関を避けて、くるっと左折した。雪の積もる、自転車置き場を通り過ぎたあたりで、僕は坂道を転げ落ちた。イテテ・・・。ここは?・・・そうか、隣接する医学部か。僕は立ち上がろうとして、また転んだ。そこからも転げ落ちると、僕は第7病院の夜間通用口の入り口で、新手の雪だるまになっていた。
「あはっ♪ 雪だるま? つんつん♪」
「君は?」
「あ、しゃべった~♪ 君の名は?」
「僕は、神学部の学生です。」
「そう、学生さん。よろしくね!」
「君は、医学部の?」
「ええ、患者さんです。」
「あ、・・・。」
「なんでって思ったでしょ?」
「いや、深入りはしないよ。僕はそろそろ行かなきゃ・・・」
「私は、脱走を嗜みます。これまでも、そしてこれからも・・・」
「病院に帰りなさいって。」
「だってここは・・・、私の居るべきところじゃないから。」
「誰だって、居るべきところを探しているんだよ。これまでも、そしてこれからも。」
「・・・・・・。じゃあ、ちょっと一緒に歩きましょうか。」
「ちょっとだけな。だから、大学構内を一周したら、ここに戻ろう。」
「デートですね。」
「あのな君、ちょっとは受け答えの練習が必要なんじゃないのか?」
「私は、天才科に入院してるんです。天才を病んでしまって。」
「そうか。」
経済学部の正面玄関を通り過ぎた。僕は、ちょっと聞いてみた。
「天才を病むって、どういうこと?」
「私も分かりません。でも、出力を下げてますから、人間とも会話できます。ほら、こんなに。」
「・・・・・・。そうか。」
「天才だから分かります。その言葉は、言語上の拒絶。・・・と、同時に、存在の全面肯定。」
「わかる、か。悲しい表現だね。」
「ええ、私は、感じるんじゃなくて、頭でわかる、そんな感じです。」
「ああ、僕も、分からないや。けど、言ってることが何となく分かる、そんな感じだ。」
「一緒ですね。変人同士。すてき。」
「君ほどでもないけどね。でも。医学部が治すべきは心や体の病気だけど、神学部が治すべき病気はもっと重いんだ。」
「不公平ですぅ~。学部間不公平!」
そうだ、自動販売機で、ホットココアでも買うか。あ、小銭が足りない。仕方がないな、1本しか買えない。自動販売機が、カタンと言った。
「はい、君。ホットココアだ。」
「私の分だけですか? 不公平ですぅ~。」
「じゃあ、先に半分飲んで。」
「それって、間接・・・」
「ああ゙!? いや、そんなつもりは!! 今まで、どういう教育を受けてきたんだよ。」
「英才教育よ? 外国で7年。日本で5年。」
「もう、なんとでも言いたまえ。まったく。」
理学部から工学部のほうへ、近道がある。だが僕は、遠回りになる道を選んでしまった。
「ねぇ、あなたは、どんなことを勉強しているのかしら?」
「僕の研究は、罪の研究だね。面白いことはないよ、何ひとつ。」
「具体的には?」
「ああ、ある事件の研究だ。それまで勤勉で敬虔だった神父さんが、交通事故で脳を損傷したんだ。」
「・・・・・・。」
「その神父さんは、大量の人を・・・やめよう、こういうのはデートでする話じゃないから。」
「やっぱりデートなのね。」
「・・・・・・。」
それから少しの間、二人は静かに道を歩いていた。そして、神学部の前に出てきた。この橋の向こうが、第7病院の敷地なのだ。ここで、お別れか。やっぱり、この子は、ちゃんと天才を治療して、可能であれば元気になって欲しい。心からそう思う。その目的のために、僕はむしろ邪魔なのだ。
「なあ君。ここが橋の中間地点だ。僕は、神学部の方向へ戻る。君は、第7病院の方向に進む。いいね?」
大学の中心にある教会の鐘がどこまでも鳴り響き、凍結防止用の噴水が噴き上がった。
-THE END-
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