第278話 交代式

 帰宅する途中で公主邸の前を通る。

 現在公主邸は半分を記念館として使っており、残りの半分を迎賓館と公主の住居として使っている。

 公主の住居といっても、常時住んでいる訳ではなく、お客様が見えられたときなど、迎賓館で歓迎の宴が催された時に泊まる程度だ。

 いつもはトウキョーの自宅に居る方が多い。

 そんな公主邸の前に人だかりがしている。しかも、若い女の子がプレゼントや花束を持っている。

 何があるのか怪訝に思って見ていると、衛兵の交代式が始まった。

 今までの軍にはなかったが、住民へのアピールや観光の目玉にでもなればと思って、軍が始めたものだ。

 その意識改革は、今までの軍では考えられない。

 もちろん、この衛兵に選ばれるのは、軍の中でも非常に厳しい審査をパスしなければならず、選ばれる事は名誉になり、昇進も早まる。

 その衛兵の交代者を先導する二人に見覚えがある。

 ホーゲンとウォルフだ。

 ホーゲンが左、ウォルフが右に立ち、独特の歩き方で歩いて来る。

「キャー、ホーゲンさまー、ウォルフさまー」

 来ていた女性の間から黄色い声が飛ぶ。

 一定の位置まで来ると、ホーゲンが向きを変え、右手を挙げた。

 すると衛兵たちが左右に展開する。

 今度は、ウォルフが手で指示をすると、衛兵たちは剣を抜いて、上に掲げる。これは、忠誠を示す形なんだそうな。

 次にウォルフが合図すると今度は剣をしまった。

 再びホーゲンが合図を出すと、公主邸入り口に立っていた、衛兵が見張り台を降り、新しく来た衛兵と交代の式を行う。

 衛兵の交代が終わると、また平然と並び、ホーゲンとウォルフが先導して、奥にある詰め所まで行進して行く。

 今まで気が付かなかったが、一番後方を務めているのはポールだ。

 一人だけごつい身体が居ると思ったが、煌びやかな前の方に目を奪われてポールまでは気が付かなかった。

 交代式が終わると、別の兵士が袋を持って現れた。何だろうと思っていたら、集まった女子が持っていたプレゼントを回収しだした。

 良く見ると、送る相手先の名が書いてある。

「ホーゲンさま」、「ウォルフさま」、「ホーゲンさま」これも「ホーゲンさま」だ。

 ホーゲンは人気高いな。

「ポールさま」、おっ、ポールも一つはあった。

 そんなところにホーゲン、ウォルフ、ポールが走ってきた。

 来ていた女子から黄色い声が上がる。

「キャー」「ホーゲンさまー」「ウォルフさまー」「ポールさまー」「三獣士さま」

 その場に居た者は、観光客も含めて大喜びだ。

 だが、一般人は門より中には入れない。

 すると、門を開け、ホーゲンたちが出てきたが、人々はホーゲンたちの近くから見ているだけで、揉みくちゃにされるという事はない。

 ホーゲンたちは、真っ直ぐにこっちに歩いて来る。

 周りの人々は何事だろうと思って、固唾を飲んで見ている。

 ホーゲンたちは俺の前に来ると、さっと片膝を付いた。

「ご領主さま、よくぞいらして下さいました」

 周りに居た人間も驚き、全員が俺たちから離れ、片膝を付いた。

 普段、微動だにしない交代したばかりの衛兵も、見張り台から降りて片膝をついている。

 連絡が行ったのか、奥の詰め所からも人が出て来た。先ほど立っていた衛兵も、そのままの格好で来て,跪いている。

「ホーゲン、折角、街を散策していたのにバレてしまったじゃないか。ちょっとは気を利かせろ」

「え、えっ、これは失礼しました。まさかそんな事とは露知らず」

「そうか、まあいい。ところで、ホーゲンたちが衛兵の先導をしているのか?」

「いえ、いつもという訳ではありません。この時間だけ、3人で努めよとのオイキミル提督の指示でございます」

「ははあ、オイキミルめ、ホーゲンたちを客寄せパンダに使ったな」

「いえ、僕はパンタ族では無く、獅子族でございます」

「そんな事、分かってるわい」

 思わず、突っ込みを入れてしまう。

 俺たちの会話を聞いていた人たちからも、笑い声が上がる。

「「「ははは、たしかに」」」

「ホーゲンさまって意外と天然なのね」

「剣の腕がすごいから怖い人かと思っていたけど、意外と面白い人だわ」

「私、ますますファンになっちゃった」

 おい、ホーゲンだけかよ、俺の事はどうした?

 そして、この事は普段大したニュースがないエルバンテでは、夕方のトップニュースとして報じられた。

 どうやら、たまたま非番だった女性記者が居たらしく、その事でニュースの内容も盛られた感がある。

 正体がバレた以上、そのまま街を歩けないので、公主邸内の公式な方の自宅に戻る。

 部屋に居るとホーゲンたちが来た。

「シンヤ兄さま、先ほどは失礼しました。まさか、お忍びとは知らず、公衆の面前で正体をバラすなんて…」

「まあ、いいさ。誰かは気づく事だったろう」

「トウキョーに、お戻りになられるのなら車を用意させますが…」

「あっ、不要だ。エリス、頼めるか」

「じゃ、今日はトウキョーの自宅で夕食ね。アヤカたちやご隠居さまもお腹を空かせているかもしれないから、さっさと帰りましょうか」

 エリスが魔法陣を広げる。

「それじゃな、またトウキョーの方にも来いよ」

 俺の目の前が白くなった。

 気が付くと、トウキョーの自宅の寝室に転移していた。

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