第209話 西の国

 人数を抑さえたとは言え、内紛に関わろうと言うのだから、隊列も馬車、いやこの場合は鳥車だが、7輌になった。

 この7輌の中は輜重車と武器車も含む。

 全てが騎馬となり、歩兵はいない。これで移動速度は増すハズだ。

 しかも鳥車は全て2頭立て、いや2羽立て鳥車である。

 1号車以外の御者には、ジェコビッチさん推薦の愛弟子が、あたることになっている。

 こうして、夏真っただ中の暑い日に俺たちは、キバヤシ領を出発した。

 行程としては、モン・ハン領から王国領へ入り、王都へ向かう。国王陛下に出兵の許可を得てからヴェルサルジュ領へ向かう。

 こうしないと私兵を動かしたという事になり兼ねない。

 ただ、こうした行為は既に昔の行いであり、他領を攻めようとする輩はこんな手続きを取る事はない。

 俺としては国王陛下に仁義を示したことになる。

 キバヤシ領からモン・ハン領に入ると、この男が待っていた。

「シンヤ殿、この度はヴェルサルジュ領へ行かれるということで、私エルハンドラもご同行いたします」

 見ると5人程が後ろに控えている。

 うち、一人は女性だ。女性がベールを脱ぐとミドゥーシャだった。

「ミドゥーシャも一緒に行くのか?」

「この人だけでは心配で…」

「まあ、そうだな」

 その場が笑いに包まれる。

 エルハンドラたちも全員キチンに乗っている。

 エルバンテで飼育していたキチンを持ち帰り、繁殖させている最中との事だが、まだ5羽しか成鳥になっていない。

 ここにいる5羽はモン・ハンでの全てのキチンなのだろう。先の元ツェンバレン領への遠征といい、持てる限りの勢力を出してくれるのは頭が下がる。

 見送りにはローランド夫妻が来ていた。

「キバヤシ殿、息子夫婦を頼みましたぞ」

「ミドゥーシャの方もよろしくお願いします」

「エルハンドラもミドゥーシャも剣の腕はたしかです。心配はいらないでしょう」

 いくつになっても、親から見れば子供は子供だ。


 王国領に入ってしばくすると、今度はこの男が迎えに来ていた。エドバルドだ。

「シンヤさま、お久しぶりでございます」

「先の戦いではあまり話す機会もなかったですが、元気でしたか」

「ええ、あの戦いはキバヤシ軍の戦力が無かったら、王国軍と言えども危ない場面でした。今では、感謝しています」

 エドバルドたちは騎馬のため、エドバルドたちに合わせて進行する。

 エドバルドたちと合流して3日後に王都に入った。早速、国王陛下に挨拶に行く。

「陛下、お久しぶりでございます」

「シンヤ殿、話は聞いている。また、世話をかけるが、よろしく頼む」

 国王陛下へはこれから、ヴェルサルジュ領へ向かう許可を取っただけのことなので、挨拶程度で王宮を後にした。

 エリスの影武者がバレるというリスクがあるから、今回、教会へは行かずに、王都を出る。

 エドバルドが王国の西まで見送りに来てくれることになった。

「エドバルドさん、王国の西は直ぐヴェルサルジュ領になるんでしょうか?」

「いえ、王国の隣は『プロギス』という領土です。ここは今は、女王陛下が統治されております」

「ほう、女王陛下がですか?」

 俺の頭の中には、眼鏡をかけた化粧の濃い、口うるさいおばさんがイメージされる。

「では、そのプロギスを抜けると、ヴェルサルジュ領になるのですね。プロギス領というのは大きいのでしょうか?」

「正直、私も行った事がないので、聞いた話ですが、プロギス領を抜けるのに10日間ほど掛かるそうです。

 それからヴェルサルジュ公都まで、さらに7日ほど掛かるそうです」

「かなり遠いですね」

「プロギス公都は領内を流れるハーロイツ川の畔にあり、川面に映る公主邸の姿は白鳥のようとも言われています。

 プロギス領自体も森と湖が多く美しい領です」

「それは楽しみです。ヴェルサルジュ領について、何かご存知ではないですか?」

「ヴェルサルジュ領は西の海に面しているそうで、公都は港町になっていると聞いた事があります」

「海洋国家なのですか?」

「いえ、それ以上の詳しい情報はありません。なにせ、遠い領土なので、王国としても、どちらかというと自治に近い感じでして、あまり干渉しない領土になります」

「それが何故、ハルロイドの平定に出て来たんでしょうか?」

「さあ、そこは分かりません。王国から見ればほとんど異国のようなものですから。ハルロイドの件にしてもダメ元で使者を送ったら出てきたので、国王陛下の方がびっくりしていたぐらいのものですから」

「それ以外に何か、知ってる事はありますか?}

「公都は山に囲まれているそうです。その山の中に1本の谷があり、そこが公都への出入り口になっているそうで、軍隊が来てもそこの門を閉めれば攻め入る事は不可能との事です。

 もちろん、山を越えればいいのですが、この山は険しくて、道もなく軍を展開できるところではないそうです」

 エドバルドの話をアリストテレスさんも黙って聞いている。

 攻め入るにはなかなか大変なようで、天然の要塞と言っていいだろう。

 人質も脱出しようにも、出口が一か所しかないことになる。

 住民を人質に取れるという話が最初信じられなかったが、公都の出口を封じれば、領民は逃げる事ができない。

 そうなると人質に取る事は簡単だ。

 我々も入ったはいいが、出る事ができない蟻地獄だと考えた方が良いかもしれない。

「アリストテレスさん、今の話からからすると、なかなか一筋縄ではいかないと思いますが…」

「脱出の方法を考えていた方が良さそうです。エリスさまの転移魔法があるとは言え、一度に転移できるのは10名ぐらいまで。我々は侍女も合わせて50名とキチンがいます。

 それにキチン車輛もあります。あれの技術を易々と呉れてやる訳にはいきません」

 夕方、宿に着いた。ここでエドバルドたちとは、お別れである。

 また、今宵は一席設けねばなるまい。

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