第142話 老夫婦

 モン・ハン領に入った。

 モン・ハン領の西側にあるこの地は、ローランド伯爵領ということだが、エルハンドラはどうしているだろうか?

 領土に入り、宿を探すが、

「シ、シンヤ・キバヤシさま……。こ、こちらへどうぞ」

 俺たちが怪訝な顔をしていると、宿の主人とか言う人が出てきて、丁寧に挨拶をする。

「今、ご領主さまのところに使いを出しております。しばらくお待ち下さい」

 部屋で荷物を解いていると、扉をノックする音がする。

 ラピスが応対すると、そこに居たのはローランド伯爵だった。

 後ろには護衛5人程が見える。

「シンヤ殿、ようこそ我が領地にお越し頂きました。それと我が息子、エルハンドラをお連れ下さり、ありがとうございます」

「エルハンドラ殿から連絡はありましたか?」

「いえ、何もありません。シンヤ殿が来られたのなら、もしやと思ったのですが……」

 エルハンドラと盗人姉妹は情報収集のため、ハルロイド領に向かった事を教えた。

「そうですか、ハルロイド領まで……。いや、あの息子がシンヤ殿の役に立っているなら言う事はありません。

 立派に仕事をこなしてくれれば、それで充分です」

 ローランド伯爵も人の親と言う事だろう。

 今の自分には、父親の気持ちが良く分かる。

「私が見ても彼は成長しました。恐らく憂えるような事はないでしょう」

「おお、そう言って頂ければ、親としてこれ以上、嬉しい事はありません。

 親から見ても、あいつは馬鹿息子でしたから」

 エルハンドラ、お前は父親からもそう見られていたのか。

 ちょっと、同情する。

「それでは、いかがでしょうか?今夜は邸宅の方で、夕食などをお召し上がり頂くというのは?」

 アリストテレスさんと嫁たちを見るが、全員首を縦に振った。

「分かりました、お受け致しましょう。お世話になります」

「なんの、なんの。旅の事などをお聞かせ下さい」


 夕方、夕食をご馳走になるため、出掛ける用意をしていると、ローランド家より迎えが来た。

 ジェコビッチさんも客の一人として呼ばれたようだ。

 ジェコビッチさんは恐縮して、

「私などは場違いです」

 とか、言っていたが、使者が是非にと言うので、俺たちが一緒に連れて行く事になった。

 いつもは御者台に座るジェコビッチさんが、車内に居るのは可笑しな感じで、それは本人も、

「なんか、車内というのは落ち着きませんな」

 とか言っている。

 ローランド邸はそれほど大きくない。

 玄関を入ると左側に客間があり、そこが夕食会場だ。

 俺たちが6人座り、反対側にはローランド伯爵とその奥さまと思われる人が着席した。

 この世界は多夫多妻制なのに、奥さまは一人のようだ。

 食事をしていると、いろいろ話が出る。

「エルハンドラは一人っ子でな、儂もどうやって育てたらいいか分からずに、勉学と武芸だけはやらせてみたものの、素直ではあるが、どうもアホなところがあって、どうしたもんかと思っていたところですな」

 父親の悩みはどこも同じなのか、俺も子供たちをどうやって育てたらいいか、分からない。

「エルハンドラの実の母は、あれが10歳の時に亡くなってな、ミルバァは後妻なんじゃが、最初はなかなか母上と呼ばずに、苦労したもんじゃ」

「あら、今でも呼んでくれませんわ。ホホホ」

「そうだったかの?」

 この人、後妻だというのに暗い感じはしない。

「ミルバァは元々、前の妻の侍女だったから、いきなり母となっても気持ちが切り替えられないかもしれんが」

「侍女の方は、お方さまが亡くなられた場合、元の国に戻るのでは?」

「ミルバァは孤児院育ちでな、それを前の妻の親が友達にと引き取って育てたそうな。

 それで妻についてこの地まで来たんじゃが、妻も亡くなり、妻の親御さんも亡くなって帰る場所がなくなったので、ここに置いてくれと言ってきたのじゃよ」

 代わってミルバァさんが話す。

「奥さまの遊び友だちとして引き取られた私ですが、勉強もお稽古事も奥さまと同じように躾けられました。

 それについては、旦那さまたちに感謝しております」

「ミルバァは伯爵の妻として十分に務めを果たせると思って、後妻に迎えたのじゃよ」

「さあ、私は駄目な妻ですからね。実際は全然、務めを果たせておりませんわ」

 ミルバァさんが謙遜する。

「ああ、もう、だいぶ夜も更けた。あまりお引止めする訳にも行くまい」

「そうですわね。なにせ二人暮らしだから、お客さまが来るとつい話が弾んでしまって」

 俺たちは清々しい気持ちでローランド邸を後にした。

「シンヤさま、あんな老夫婦になりたいですわ」

「そうです、旦那さま。あのご夫婦に憧れます」

「私はご主人さまと一緒なら、それでいいです」

 ミュらしい言葉だな。

 帰りの馬車の中から空を見上げると、大きな満月が見える。

「今日は満月か、満月は俺の世界のものと変わらないな」

「ご主人さまと会った時も満月でした。覚えておいでですか?」

「ああ、覚えているとも。ミュは満月を背にして岩の上に立っていた。

 それがとても美しかったのを覚えている」

「それで、その後、襲ったのね」

「エリス、その言い方はないだろう」

「ミュが綺麗なのは認めるわ。でも、たまには私にも『エリス、綺麗だよ』って言って欲しいわ」

 俺は言葉に出さずに、エリスを抱きしめた。

「ま、まあ、許してあげるわ」

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