サッカー少年が吹奏楽部に入ったら
夏目碧央
第1話入学式
和馬は、ふと空を見上げた。眩しさに思わず目を細める。
公園の桜の木から、花びらが次々と舞い降りる。今日は稜賀高校の入学式である。駅から学校へ向かう学ランの少年たち。その列に花びらが降り注いでおり、薄紅と黒のコントラストが美しかった。
稜賀高校は、都内にある私立の男子校である。1学年300人、10クラス。ラグビー部、サッカー部、柔道部、バスケットボール部の強豪校で、9組10組はスポーツ推薦者が集まる体育クラスだ。
この物語の主人公、渡辺和馬はスポーツ推薦ではない。彼は去年の秋、家から通いやすく手の届きやすい進学校ということで、稜賀高校の文化祭を見に来た。そこで、吹奏楽部の演奏を聴いて憧れ、受験し、晴れてこの高校に合格したのだった。吹奏楽部と言うと共学校では女子が多く、小学校から続けている人が多いが、ここは男子ばかりで(当然だが)初心者が多いらしく、気後れせずに入れると思ったのだ。他にも男子校だからこその、調理、編み物、ダンスの同好会などがあった。
和馬は、中学ではサッカー部のゴールキーパーだった。サッカーは小学校の頃からずっと続けていた。キーパーは試合経験がものを言う。それなりに場数を踏んだし、チームの勝利に貢献したこともあった。しかし、最後の最後、3年生での引退試合でヘマをしてしまった。接戦の末、和馬のミスで失点し、惜しくも都大会出場を逃してしまったのだ。その時に、一部の仲間から激しく責められた。顧問の先生は、かばってくれるどころか先頭切って和馬を責め、罵ったのだった。2年生のゴールキーパーを使えば良かったとも言われた。ずっと、先生や一部の仲間からお前はダメだと言われ続けていたのだが、それは叱咤激励だと思って耐えてきた。だが、最後の最後で罵られたのは、少なくとも激励ではない。和馬はもう、サッカーを辞めることにしていた。サッカーどころか運動部にも入るつもりがなかった。
門の手前で、唯一同じ中学校から入学する刈谷優が後ろから追いついてきた。
「和馬、おはよう!」
彼も中学ではサッカー部だった。
「ああ、優。おはよう。」
二人で正門を通り抜け、受付へ行った。和馬は1組、優は6組だった。
「やっぱり違うクラスかあ。心細いねえ。」
と優は眉を寄せながら笑った。二人は一緒に体育館へ向かって歩いた。
「和馬はサッカー部に入るのか?」
「いや、入らないよ。優は?」
「俺は調理同好会に入りたいんだー。」
「へえ!いいじゃん。」
そう言って和馬はにっこり笑った。優は中学でもレギュラーではなかった。料理が好きだとは知らなかったが、サッカー部には入らないだろうと思っていた。この学校のサッカー部は強化指定部と言って、練習は厳しいし、推薦で入ったすごい奴がわんさかいるはずだ。
体育館に入ると、ずらりと並ぶ学ランに圧倒された。女子がいないって、こうなるんだと少し実感。部活とか、体育の時間と同じだと思っていたけれど、男子ばかりこれだけ集まると、やはり違和感を感じる。和馬はそっと苦笑いをした。
クラスごとに分かれて椅子に座った。和馬は1組なので一番端に座った。すると、その横にいくつかの金管楽器が置いてあった。ここで演奏してくれるんだ!和馬の心は弾んだ。
入学式が進み、いよいよ校歌斉唱の時が来た。5人の2、3年生が楽器の元へと走ってきた。トランペット、クラリネット、ホルン、チューバをそれぞれ持ち、一人は小太鼓のスティックを構えた。中学の時には30人くらいの部員がいた吹奏楽部だったが、ここにはたったの5人しかいない。これで全校生徒の前で演奏するのか?と少し驚きだった。そして、演奏が始まった。和馬は顔を輝かせた。
(かっこいいー!スゲー!)
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