第5話
そして遂に持たん時が来てしまった。
「うきゃぁぁぁあ!?」
ブレスの圧力に耐え切れず、障壁は崩壊し、その余波でエレンシアと三官女が雪煙と共に吹き飛ばされる。
――しかし。
「主役は俺達だぜぇぇぇ!!」
雪煙を更に吹き散らし、勢い良く飛翔したのはパピー。そしてその肩に乗り威勢良く啖呵を切ったのはイヨだった。手にしたフュージョンブラスターを構え、イヨは躊躇い無く引き金を引き絞る。ブラスターの大口径から放たれた閃光は真っすぐにティエレイアを目指すが、初撃はあっさりと彼女の障壁の前にかき消されてしまう。
「Wooohoooo!!!」
トリガーハッピーと呼ぶが相応しく、防がれていることなどお構いなしにイヨは引き金を引き続けた。フルオートで発射し続けられる光弾は途切れる事無く、銃身は徐々に赤みを帯びていく。ティエレイアの反撃を許さないようイヨとレオンは二人でブラスターを連射し続け、その甲斐もあってティエレイアは障壁の展開に注力するあまり手が出せないでいた。
「そのような玩具で何が……なめるなぁ!!」
咆哮と共にティエレイアの障壁が拡大し爆発するようにして全方位に衝撃が広がる、緊急回避姿勢をパピーが取るものの敢え無く巻き込まれ錐揉みして軌道がティエレイアを中心にして膨らんでいった。レオンに叱咤されてパピーが己を飛ばしているリパルサーリフトの出力を全開にすると、連動してパピーの両脚が変形しブースターに、両腕も同じように変形して翼となった。
「なんじゃこりゃあ!?」
『パピーのカラダ、ヘン! まるでヒコーキみたイ!!』
「阿呆が、バージョンアップの時に教えたじゃろうが! まぁーた居眠りしておったな!?」
パピーのは改造の時に退屈から良く眠りこけてしまう弱点があった。そのおかげでせっかく増えた新機能を当の本人が知らず使わないことも多かった。これもその一例である。しかし機体が空戦に特化した為にパピーはすぐに姿勢を安定させられ、速度も増した。急旋回し再びティエレイアと対峙する。やることは変わらない、今度はイヨもレオンも二丁のブラスターを両脇に構え、パピーも両翼の機銃を彼女に向ける。
「パーティーはこれからだぜ、お嬢さん」
二匹と一機、合計六門による一斉射がティエレイアを襲う。障壁の展開こそ間に合うものの、あまりの勢いにティエレイアは押されていた。
「パピー、このまま突っ込め! ギリギリまで突っ込むんだ!!」
二丁のブラスターの連射に伴う振動で声を震わせながらイヨがパピーに突撃を命じる。パピーはその命令が如何に危険か知ってか、恐らくは知らずにただ威勢良く肯定を返すと加速しながらティエレイアに突入していく。
距離が縮まるにつれて着弾の間隔が短くなっていく、ティエレイアの意識は完全にイヨ達に向いていた。何とかしなければと突っ込んでくる彼らに対して手痛い反撃を見舞おうとティエレイアは魔力をかき集める。そして魔力を片手に集約させ、純粋な魔力によって編まれた光の槍を形成すると射程圏内にまで迫ったパピーに向けてそれを解き放った。障壁が一瞬消失し、光弾の一発がティエレイアの肩を直撃するが構わず放たれた槍は空を切った。
「何……!?」
「んなこたぁ見え透いてんだよ!」
バレルロールによる急激な軌道変更。振り落とされそうになるのをパピーにしがみついて難を逃れたイヨが得意気に告げると、脚の可動が生きたままのパピーはその場でVTOLジェットの様に滞空し、姿勢を戻したイヨと座席から身を乗り出したレオン、そして怪しく二つの目のように見えるカメラを輝かせたパピー。イヨは脇に抱えたフュージョンブラスターの摘みをを一丁ずつ弄りながら、声に出していく。
「リミットオープン、照射レベルは5って所で良いか?」
「ケチな事言っとらんで、出力全開にすれば良いんじゃよ。ほれ、パピー、貴様もいい加減フュージョンカノン使えるじゃろう、早うせんか早う」
『ウウゥーー……パピー、早くブチかましたイ』
痛みを堪え、反撃に転じようとするティエレイア。しかし彼らの方が速かった。ティエレイアが彼らを見据えた時にはもう幾つもの銃口が彼女の方を向いて輝きを放っていた。
「ファイア! ファイア!! ファイアーーッ!!!」
フュージョンブラスターを照射モードに切り替えて放たれたのは
だがティエレイアの執念もイヨ達のバ火力に負けてはいなかった、まるで雷鳴の様な炸裂音を連続して響かせながら障壁とビームの束が鎬を削る。
「負けるものか……負けてなるものかぁぁ……!」
過剰な魔力の行使に肉体が悲鳴を上げる、歯噛みし、噴出する血液に体を濡らしながらもティエレイアは抗った。魔力の増幅を担う女王の杖も朽ちてひび割れ始めた、呪詛を吐き、理不尽に対する憎しみの炎に薪をくべる。こんな所で負けはしないと。――だが。
「知った事かよ!! 容赦はしねえ」
膨大な魔力の気配にティエレイアがその方を向く。下方、城の頂から迫るのはまたしても閃光。
「決着を、つける!」
シンシア
エレンシアよ呼び起こした春風を纏った魔力の閃光とイヨとレオンの暴力を同時に受けたティエレイアの表情は酷く歪み、叫びにもならないようなその音を裂けそうなほど開いた口から発し、閃光と閃光の板挟みとなりその体が圧壊して行く。それでもなお、彼女の魔力は抵抗を続け、最後の一片だろうと生き残ろうと堪えた。
「「いっけぇぇぇえ!!」」
しかしティエレイアの最後の叫びすら掻き消すようにイヨとエレンシアの気合いが一閃、二つの光の境に居たティエレイアだったそれは呑まれ、太陽の輝きにすら似る一つの光となったそれはしばらくの間、隠された太陽に代わってこの世界を照らしていた。
――その後。
『ムゥ~ン……パピーは最強、これ間違いなイ』
「このポンコツなんとかなんねぇの」
元・凍結城の頂にて降り立ったパピーの調子乗ったマスキュラーをつまらなそうに見上げるイヨと、最早見向きもせずワープポータル発生器のメンテナンスに取り組むレオン。
「イヨ~っ! おーーい」
元気な声と共に彼らの元にエレンシアが駆け寄り、レオンを通り過ぎてパピーを素通りし、そして即座に飛び退こうとするイヨをしかし迅速に抱え捕まえると彼が暴れるのを両腕と胸でかがっちりとホールドする。ぐりぐりと自らの顎先をイヨの頭に押し付け、時折口元から鼻先なんかを押し付けては「お日様の匂いがする」とご満悦になる。
「姫様、どうかその辺で……」
遅れてミンシアを始め三官女もやってくるとエレンシアの腕の中で不機嫌そうなジト目で喉を鳴らすイヨを見かねて助け船を渡してやると、観念したエレンシアは漸くホールドを緩め、イヨはその隙間からするりと抜け出すことが出来た。
「たく、ちっとはやる気出したかと思えばこれだ。だから
乱れた毛並みを手櫛とザラザラした舌で整えながらそんなことを愚痴ってしまうイヨだったが、そんな彼を見るエレンシアがぐずりかけている上に、冷ややかな視線を向けてくる三官女に混じってパピーも何故か同じ視線を向けている事に気付いたイヨはサーっと血の気が引くような感覚に囚われ、暫くはその場で立ち止まったまま刺すような視線とエレンシアの嗚咽に耐えていたが……。
「――さぁエレンシア、好きなだけ抱っこなさい。なでなでぐりぐりして良いゾぉ? 手入ればっちりお日様の匂いでいっぱいの毛むくじゃらだぞ~」
とことことエレンシアの前に歩み出て両腕を広げたイヨの穏やかな言葉と表情を見た彼女に笑顔の花が咲く。そして見守る三官女も笑顔になるのだが、その笑顔はやはり冷ややかというか媚びたイヨに対する生温かさというか、なんにせよ優しさだけが欠落した笑顔だった。ただパピーだけが何故か大笑いをしていて、あれが笑顔=笑いと勘違いしている事だけは明快だった。
「イヨ……ッ」
「エレンシア……」
感動の和解。優しさに包まれたあたたかな抱擁を交わす二人。――とはならなかった。
「――おお……おお……! おのれぇ!! おのれぇぇぇぇえッ!!! ガァァァァアッッ!!!!」
地鳴りを響かせ、再びの冷気が空気に混じり、そして城を這い上がって出て来たのは巨大な氷の竜。しかしその顎から紡がれるのは獣の叫びではなく、しかし獣のような恩讐を秘めたるそれはティエレイアの声と言葉だった。
氷竜ティエレイア。彼女の思念と魔力を食らい、彼女の魔力の権化である氷竜がティエレイアとして顕現した存在。その額の結晶体に輝く王冠があれをティエレイアであることを示していた。
「今一度、我が永遠の王国を! 時からの解放を――!」
咆哮するティエレイア。氷の結晶で出来た瞳に映したのは自らの願望の瓦解を招いた憎き
「おいおいおい! ドク、ドク!! 早くブラスターを!!」
「ダメじゃわい。銃身が焼けて使い物にならん」
己が狙われていると知り狼狽するイヨは今は丸腰で、レオンに武器を強請るもこの期に及んで危機感無いレオンから無情な宣告を受けてしまう。
『パピーに任せロ!! アゥン』
我先に功績を求めて飛び出し、自身よりずっと巨大なティエレイアに挑みかかったパピーだったが、しなってきた竜の尾によって敢え無く、呆気なく皆の元へと弾き返されてしまった。
「イヨ様、お下がりください!」
見かねて三官女が割って入る。シンシアの円環の翼は既に失われているが、ミンシアと共にテルミアのサポートに回り魔法を行使するための陣が宙へと画かれ始める。しかし完成まで間に合うかは微妙なところであった。必死に集中し陣の完成を急ぐミンシアだったが、彼女たちの合間を抜けて更に前に歩み出たのはエレンシアだった。
「エレンシア!?」
「姫様!?」
まさかの事態に声を荒げるイヨと三官女。ティエレイアもこれ幸いと復讐の順番をイヨからエレンシアに変えて牙を剥く。イヨがレオンや三官女を押し退けて飛び出そうとする中、エレンシアは片手を掲げた。
「見苦しい真似はよしなさい! 貴女はもう女王ではない、冬は過ぎたのです! 今は私が、このエレンシアが新たな女王……私こそが春の女王!! 下がるが良い、ティエレイア!!」
今まさにティエレイアの顎がエレンシアを噛み砕く寸前、彼女の威厳ある宣言の前に氷竜の動きが制止した。誰もが目を疑う中、氷竜ティエレイアの額の結晶から全身へひびが走り、音を立てて崩れていった。
あまりにも呆気ないその最期に皆が言葉を失い静寂の下、エレンシアだけが散乱した氷の破片の中を進み、破片に混じって輝きを放つそれを拾い上げた。
ゆっくりと彼女の後を追い掛けてやって来たイヨの方へエレンシアは振り返り、そして清々しい笑顔を浮かべながら手にしたそれを自らの頭上へと掲げた。ティエレイアの残骸の中で彼女が見つけたものは王の証である
「これが王冠ならイヨ、あなたにプレゼントしたんだけれど……」
どこか寂し気な言葉はエレンシア自身、彼を引き留める術が無いことを理解しているからだろう。しかしイヨはへんと鼻を鳴らして笑って見せる。
「三日と続かねぇよ、俺は気ままな一匹野良のが向いてる」
身長の足らないイヨに合わせて跪くエレンシアに歩み寄ったイヨは、自らの尻尾を使って零れる前のエレンシアの瞳を拭う。
「でもお前は違うだろ、しゃんとしろよ。これからはお前が皆を引っ張っていくんだ」
異音と共に光の渦が発生し周辺を照らした。
「イヨや、ポータルが開いたぞい」
『パピー、足壊れた、体へこんだ。早く帰りたイ。クレイジー急グ!』
その光はワープポータル発生器が直ったことを示しており、レオンとやはり自分本意なパピーがイヨを呼んだ。
この事でより別れを実感したエレンシアの鼻先が赤くなるが、イヨは敢えてそれを気にせず勝手な相棒達の物言いに肩を竦めておどけて見せた。少しでも自らがエレンシアを意識していないと思わせるために。
「……イヨ、私……っ!」
「じゃ、まあ頑張れや」
エレンシアが何かを口にしようとした時、しかしイヨは人差指と中指だけを伸ばした右手で酷く崩した敬礼の様な仕草をして見せ、すぐに踵を返し歩き出した。揺れる尻尾と、軽い足取りで。
――そしてイヨ達は三官女にも軽い挨拶を交わした後、開いたポータルの中へと消えていった。
残されたエレンシアはいつまでも彼が居た場所を見つめ、残された思い出だけ、胸の奥へと大事にしまって――。
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