背中 にじゅうはち

 斗真はレンタルしたままのトラックに作業着姿で乗り込んで、百合子の邸の門が見える位置に駐車した。

 夕暮れ時でも、この姿ならば見とがめられる可能性も減るだろう。乗用車よりはトラックの方がずっと目立つが、怪しさは減る。さゆみの策はなかなか合理的なように思えた。


 一日、この場所から離れていたせいで、百合子と大吾が今、邸の中にいるかどうかはわからない。だが、ここで待つ以外に出来ることはない。ハンドルの上で腕を交差させて開かない門を睨んだ。




 ノックの音で朦朧としていた意識がはっきりと醒めた。

 あわてて窓の外を見ると、さゆみがコンビニの袋を掲げてみせた。車を少し動かす。助手席側からさゆみが乗り込んできた。

 時計を見ると、まだ早朝で、窓の外は真っ暗だった。室内灯をつけて、さゆみはコンビニ袋の中に手を突っこむ。


「柚月さん、一晩中、ここにいたんですか。よく通報されませんでしたね」


「本当だな。トラックは止まっていても怪しまれにくいみたいだな」


 さゆみはビニール袋からサンドイッチと缶コーヒーを斗真に差し出した。


「ありがとう。張り込みだけど、アンパンと牛乳じゃないんだな」


 自分が言った冗談を自分で面白がってニヤつく斗真に、さゆみは呆れた目を向ける。


「徹夜した割には元気ですね」


 そう言って、百合子の邸を睨みつけるように観察しはじめた。


「果たして、その徹夜が役に立ってるかどうか。二人が家の中にいなかったら、まったくの無駄足だからなあ」


「無駄じゃないですよ。出かけていたら、帰ってきます。家にいたら、いつかは出てきます。どっちにしろ、待つだけです」


 サンドイッチの包みを破りながら、斗真は、なるほどと頷いた。


「でも、百合子は家の中にいます」


 確信を持って言うさゆみに、斗真は首をひねった。


「なんでわかるんだ?」


 さゆみは視線をそらすことなく、答える。


「今まで百合子に消された男たちは、みんな最後にどこかで目撃されているんです。百合子に疑いがかからない形で」


「なんだ、それは。アリバイ工作みたいじゃないか」


「みたい、じゃなくて、そのものですよ」


「……聞いてもいいか」


「何をですか」


「加藤田の彼氏の時も、そうだったのか」


 さゆみは黙り込んだ。斗真は顔をしかめて口に出した言葉を悔やんだ。しかし、さゆみは動揺することなく静かに語りだした。


「大基は、失踪したその日、学校で色んな人に会っています。百合子の家にいなかったことは、私が証明することになりました。百合子のところに乗り込んでいって、部屋をすべて調べたんです。大基はそこに、いなかった」


 さゆみは大切なことを告白するように、目をつぶり、大きく息を吸って止めてから、続きの言葉を口にした。


「私が、大基を消してしまったんです」


 目を開けたさゆみは、再び厳しい視線をまっすぐに百合子の邸に向けていた。もう二度と、逃がさないと、その視線が語っていた。


「大基の周りで変なことが色々起きていたのに、私は振り回されるばかりで、何が起きているのか調べようともしなかった。不安で怖くて、でも大基が肩を抱いて慰めてくれたから、それでいいと思っていたんです。私は守られるだけでいいって、思っていたんです」


 斗真は黙って聞いていた。さゆみは静かな、それでいて強い口調で呟いた。


「今度は、私が守ってみせる。今度こそ」

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