背中 さん
いったい、どう言えば良かったんだろう。
さゆみは半月経った今でも、後悔に似た自問を繰り返していた。
あの背中を、大基にそっくりなあの背中を、守ることが出来るのは私しかいないのに。
なのに、私はおめおめと、あの女の前から 逃げ出してしまった。
何度もくり返し、何度も唇を噛んだその答えを、さゆみは何度考えても思いつくことは出来なかった。
「おい、加藤田。昼、行かないのか」
声をかけられて、ハッとした。半ば無意識にパソコンに入力していた数字は、奇跡的に間違いはなかったようだ。だが、確認しておかなければならない。
「今日はちょっと、外には……」
声をかけてきた先輩の柚月斗真は眉を顰めて、さゆみのデスクに近づいて来た。
「加藤田、お前、そう言って何日もまともに昼休みをとってないじゃないか。健康管理も仕事のうちだぞ」
五歳年上で、そろそろ中年の域に足を踏み入れた斗真は、まだまだ健康管理などという言葉とは縁遠い、スリムな体系だ。入社したての女子社員に囲まれることも多い彼だが、愛妻家で、日ごろは愛妻弁当をひけらかしている。
「柚月さんは、お昼にしないんですか」
さゆみが尋ねると、斗真は明後日の方角を向いた。
「あー。忘れてきたんだよな、弁当」
「そうですか」
さゆみはそこで会話は終了とばかりに、パソコン画面に向き合った。
「というわけで、付き合え、加藤田。飯に行くぞ」
斗真はさゆみとパソコンのモニターの間に手のひらを差し込んで、ひらひらと動かす。邪魔で邪魔で仕事にならない。さゆみはため息を吐いてパソコンをスリープさせた。
「もちろん、おごりですよね?」
引き出しからカバンを取りだして肩にかけたさゆみに、斗真はニッと笑ってみせた。
「男女平等」
さゆみはもう一度、ため息を吐いた。
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