第36話 さんじゅうろく

「遠藤! アンタ、あの女の、マンション、知ってるって、言ったよね!」


「うん、言ったよ」


 息せききって教室に飛び込み開口一番叫んださゆみの質問に、遠藤椎奈は顔色一つ変えずに答えた。周りにいた級友は、あっけにとられている。


「あの女って誰だよ」


 と言う声が聞こえる中、さゆみは息を整えて言う


「案内して」


「無理」


 遠藤は一蹴する。


「お願い! 急いでるの!」 


 地団太を踏む勢いで、さゆみはガナったが、遠藤は冷ややかだ。


「もう、講義始まるし。それに、あの女の周りで男が消えるの、初めてじゃないし」


「え?」


 言われたことが理解できず、さゆみはポカンとする。


「うち、あの女の実家とすぐ近所なの。近所では有名、男の子が消えるの」


 周りの級友が目を輝かせて、先を促がす。


「最初は私が小学生の時。消えたのは、いっこ上の先輩。あの女からすると同学年だけど。

 男子が消えたの、ある日突然。

 その少し前からあの女と仲良くしてて、あの女の家にしょっちゅう遊びに行ってたんだって。絵のモデルに行ってるって言ってたんだってさ。

 で、ある日帰ってこなかった。警察が聞き込みに来たよ、うちにも。

 けど近所だけど、知らない子だし。近所の沼とか工場跡の廃屋とか探したらしいけど、結局、何も見つからないまま。

 神隠しって言われてた。

 次が、私が小学校六年の時。私と同じクラスの男子が消えた。

 やっぱり、あの女のモデルになってて、帰ってこなくて、それっきり。

 次は、中学校三年の……」


「……うそでしょ?」


 さゆみの囁き声に、滔々と語っていた遠藤は、口を閉ざした。


「うそでしょ? いくらなんでも、あははは。うそだあ。ありえないよ。

だって、怪しすぎるじゃない! いくらなんでも、その女が犯人だって! そうでなきゃ、女の家族だよ! だって! だって絶対、怪しいもん!」


 遠藤は、さゆみを見るばかりで何も言わない。


「ねえ、遠藤の作り話でしょ? ねえ、なんとかいってよ。ねえ……」


 遠藤は黙って、腕をゆすり懇願するさゆみを見ていたが、再び口を開いた。


「国分大吾くんは、五年生の女子児童の絵のモデルになっていた。警察は、この女子児童を怪しんで取調べを行った。しかし、女子児童の供述は『国分君は絵を描き終わってすぐに帰った』と一貫していた。大吾くんが女子児童宅を出た時間は午後六時半ごろ。この時、新聞勧誘員が玄関先に立つ大吾くんの後姿を目撃している。警察は女子児童宅を出てからの大吾くんの足取りを追っている」


「な、なに言ってんの、遠藤? どうしたの?」


 遠藤は、ため息混じりに答える。


「当時、ゴシップ雑誌に載ったのよ。テレビの取材も来た。けど、誰も何も見てないし、何も聞いてない。あの女も、家族も、警察に取り調べられたけど、怪しいところはなかったんだってさ。それで、テレビに映ったあの女を見て、有名な画家がスカウトに来た」


「橋田坂下……」


「なんだ、知ってるんじゃない。とにかく、調べても無駄なの。プロが捜査して何もないって言ってるんだから。無駄無駄。あきらめなって」


 遠藤は、さゆみに背中を向けた。周囲の級友の興味本位の質問を五月蝿そうに撥ね付けている。


「……わかった。住所だけ教えて。一人で行く」


 一瞬、不安げな表情を見せたが、遠藤はノートの切れ端に住所を書いて、渡してくれた。


「ありがと」


「無駄だと思うけど」


 遠藤はさゆみの目を見ない。さゆみはもう何も言わず、教室から駆け出した。

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