第116話『クイーンオブインセクト』

剣の達人はその剣が一瞬で届く距離、『領域』を持つ。剣の間合いと言い換えても良い。

メグミの『領域』は自分を中心に約半径30メートル、徐々に広がっていったが、『気力刀身』と『恩恵』を得た神速の踏み込みにより現在はそこまで広がった、この範囲であれば瞬時に敵を切り伏せられる絶対の『領域』

 メグミの『領域』はその『領域』内であれば、剣士の勘、女の直観、肌感覚、そう言った第六感を含めて、五感全てで委細逃さず把握し、あらゆる隠形の術を打ち破ることができる、そう、確信を得ている間合いだ。

 

 メグミはその『領域』内に突如、違和感を感じた。

 

 それは、ほんの僅かな気配…………


 タカノリは『ヘラクレスビートル』の幼生体に対するメグミの「キモイ」の一言に、


「なんでだよ!! カッコいいだろ?」


タカノリは胸に抱いていた幼生体を両手で掴んでメグミに見せつけながらその言葉に抗議する。


「ふっ、ダメダメねタカノリ! 良い? 掌より小さな虫はね、その精細な構造に憧れを抱くわ、この細さでどうやって動いてるんだろ? なんて無駄のない構造だろうとね!

 3メートルを超える様な虫はね、その強固な外骨格と筋力に憧れを抱くわ、なんて大きいんだろう、その巨躯に見合う自重を支える、何と言う筋力! なんて強度の外骨格! とね」


メグミの口から出る、予想外の言葉にタカノリは首を傾げながら、


「ん?! まあ確かにあの綺麗なお姉ちゃん達の戦ってる虫とか、スゲエよな、あんな怪獣みたいなのが本当に居るんだもんな! そうかもしれないけど? あれ? 誉めてるよね? メグミ姉ちゃん虫好きなの?」


「続きを聞きなさい、けどねその中間の虫はね、大して繊細でもないし、大して筋力もないし、外骨格に強度も無いのよ。

 良い? ワサワサギチギチ動く虫を好きな女の子は少ないわ、私も虫は大体嫌いよ、けどその構造に、その体の仕組みに、その素材に興味は有るの! 

 嫌いだけど興味だけは有るの、けどねその位の大きさの虫には興味すらないの、嫌いなだけ、見ててその中途半端に大きな虫に嫌悪感を抱くだけでちっとも興味がわかないのよ、素材としても中途半端だし、構造にも興味はない!

 それに見た目がグロいのよ、特に足の集まる胸の裏側とかね!」


「なんで? え? これが良いんじゃない? この鎧みたいな足とか見てよ、この辺とか強そうじゃんか! それにこの角! くうーーーーーカッコいい!!」


 タカノリは『ヘラクレスビートル』の幼生体を掲げて嬉しそうに振り回している。振り回されるのが嫌なのか、若干、幼生体が迷惑そうに逃げたそうにしているが、タカノリは気が付いていない。


「はぁ? 何処がよ? 同じ虫系ならヴィータの方が余程良いわよ? あの子性格はダメダメだけど、可愛いのよ、将来絶対美女に成るわね、アレだけ喰っちゃ寝してるのにスタイルも崩れないし、それに羽が本当に綺麗、あの子は本当に見た目だけだけど、見た目だけは最高なのよね」


「まってメグミ姉ちゃん、ヴィータは確かに虫っぽい羽は生えてるけど、虫じゃないよね? え? 姉ちゃんヴィータ虫扱いなの? ってかヴィータは虫なの?」


「タカノリ君、メグミちゃんがどう思おうがヴィータちゃんは妖精であって虫、昆虫じゃないわよ、あの羽も虫の羽とは全く違うわ、あれ、そもそも羽ですらないのよ? 地脈や周囲の力を吸収してそれを魔法として放つ為の触媒、そう言う器官なの。

 妖精の小さな体に内蔵出来る大きさでは扱える魔力の量が少なすぎるのね、だから体外に出して広く大きく魔力を集めているの、まあ言わば魔力を集めるアンテナね、また魔法を使用する際にもあの羽が杖、触媒代わりになって魔法式の構築を手助けしてるわ。

 飛ぶときに羽ばたいたりして飛行の補助的に使ったりもしてるけど、あの羽の作り出す浮力、推進力だけでは甲殻を持って飛ぶことどころか普通に飛ぶことすら出来ないわ。

 鳥や普通の昆虫を見れば分かるかでしょ? ヴィータちゃん位の体の大きさで羽だけで飛ぼうと思ったら今の2~3倍は大きくないと無理よ」


「同じ見せかけの羽でも、ラルクの翼と違って動きと連動して羽ばたいてるところが健気よね、でもまああれよね、あの羽、畳むって言うか仕舞えるって言うか、消せるのよね、寝るとき不便だろうなと思って見てたら、仰向けに寝るときとか消えてるの、ほんと不思議な羽よね」


「粒子の集まりが羽の形状を取っているだけですからね、だから羽ばたくと光の粉の様な物を振り撒いてるでしょ? アレ一部が剥がれて居るのよ」


「それってだんだん崩れていくって事? ヴィータの羽無くなっちゃうの?」


タカノリが心配そうに聞くが、


「そんなに心配しなくても大丈夫、直ぐに再吸収されて再利用されてるから、それに絶えず生成もされてるみたいだから無くなることはないわ。

……ねえメグミちゃん、なんでそれが分かっていながら虫扱いなの?」


「ふっ、愚問ね! その程度にしか役に立ってないからよ! 只のマスコットにしては口が悪いし、性格に問題が有り過ぎよ、それにさっきから虫扱いって虫に失礼でしょ?」


「ねえメグミ! さっきからヴィータここにいるんだけど? ねえ? いるんだけど?」


ヴィータの体を生やしたシュークリームがフヨフヨ飛んで来て抗議の声を上げる。


「あらっ? シュークリームの化け物じゃなかったのね? ……あんたシュークリームに頭を突っ込むんじゃないわよ! 髪の毛がクリームでベタベタでしょ?」


メグミはシュークリームから頭を引き抜いたヴィータの髪の毛にべっとりと付いたクリームを指で拭きとり、『洗浄』で洗い流し、そのまま『乾燥』で元のフワフワの巻き毛に戻す。


「けどこうしないとこぼれるの!! おおきいのシュークリームは! こうしないとクリームがこぼれちゃうでしょ!」


 気持ち良さそうに髪の毛を『乾燥』してもらいながら、ヴィータ訴える。

 確かに『ママ』特製シュークリームは大きいのだ、タツオの拳位の大きさが有る、シューの上にクッキー生地を乗せて焼いている為、このシュー皮も非常に美味しい、その美味しいシューの中にこれまた美味しいクリームがパンパンに詰まっている。クリームを心行くまで堪能できるデザート、それが『ママ』特製シュークリームなのだ。

 このクリーム、『ママ』は生クリームとカスタードクリームを半々で混ぜる流儀の様で、これが重すぎず、軽すぎずで丁度いい感じに食べ応えがあって良い。

 ピクシーは大人になっても体長30センチ、まだ子供のヴィータは20センチ位しかない。

 ヴィータが両手で抱えるそのシュークリームはヴィータの頭より数倍大きい、小さなヴィータにとっては体の半分くらいの大きさのシュークリームなのだ。


「お皿に置いて小さく切って食べなさいよ! 何で丸かじりしてんのよ? 大きさを考えなさい、もう仕方ないわね、ほら貸して、切ってあげるわ」


メグミはヒョイとヴィータの腕からシュークリームを取り上げると、ノリコから手渡された、お皿にシュークリームを乗せ、此方も手渡されたナイフを使って小さく切り分ける。


「あげないわよ! ぜったいあげないわ! これはヴィータのよ!」


ヴィータはその様子を眺めながら叫ぶ、


「取らないわよ、意地汚いわね! それにあんたその体に3個もシュークリーム入るの? 一個でも大概よ? どんだけ食い意地が張ってるのよ」


 メグミが指摘する通り、人間サイズに換算したら、一個だけでも何処の大食いチャレンジだ? といったサイズのシュークリームなのだが、


「ふふんっあまいものはべつばら! だからだいじょうぶ!」


全く根拠はないのに自信満々でサムズアップしながら答えるヴィータだが、


「ヴィータ……お前本当に食えんのか? だって2個でお前の体よりデカいんだぜ? どこに入るんだよ! それに簡単に誤魔化されて……ちょろいなお前」


「はっ、わかってないなタカノリ、ヴィータはうつわがおおきいからね! メグミのたわごとはききながしてあげるのよ!」


「へえぇぇ、体は小っちゃいのにね」


 メグミが行儀悪く、切り分けたナイフに付いたクリームを舐めとろうとしたその瞬間、丁度そのタイミングでメグミの『領域』にメグミの知らない誰かが突如侵入した。


 『カナ』の完全に人間離れした五感、超高性能な『センサー』を掻い潜り、壁の向こうの魔物の、種類や数まで当てるターニャの超能力の域に達した、鋭すぎる野生の勘、索敵を擦り抜け、メグミの害意に対する第六感、ルームに侵入してくる前に『帝王ロリポリ』の出現に気が付くそれと『マルチアイ』による全方位認識に引っかかる事もなく、それはそこまで侵入してきていた。


 ザンッ


 ナイフから手を離したメグミは『収納魔法』で取り出した『月光蝶』を瞬時に鞘から抜き放つ、と同時に、


「状況! レッド! 総員撤退!! 最優先!! 総員撤退!! サアヤッ! 転送門を開いて! 訓練生は即時撤退! ノリネエ結界強化!!」


 一切の迷いも躊躇いもなくメグミは決断した、メグミの放つ殺気、その向かう先を感知、そしてその相手を見つけてターニャも『白虎』を抜き放ち構える。


「んっ!!!」


「悔しいのは分かるけど、今は考えるのを止めなさい。瞬間移動でも突然沸いたのでもないわ、こいつは完全に気配を消してここまで侵入してきたのよ、分かるでしょ? 間違いなく私達より強い!!!」


 そんな筈はない、そんな事はあり得ない、ココまで接近されて自分達の誰も気が付かない、そんな事はあり得ない、そう思う、ターニャはそう主張するし、メグミもそう思う、思うがしかし、実際にそこに居る、そこまで侵入されている。


 メグミが認識したそれは、こうして改めて認識して目で見ていても幻かと思うほど、気配がない。

 その美しい赤い少女は、白磁の様な白い肌を晒し、その華奢な体躯には赤い曲線の優美な全身鎧を纏い、赤い目でメグミ達の方を見つめながら、その口元には微笑を浮かべている。

 よく見れば、その赤い目には瞳孔が無い、目の上の眉毛、そう見える赤い物、それもまた目、赤い目、瞳孔の無い瞳……複眼!

 その赤い髪の毛、その髪、2本のアホ毛に見えた跳ねている髪は、……触覚!


 メグミの『領域』に入り込む迄一切その存在を感じさせることの無かった、目の前の美しい昆虫の少女は、気負うことも、力む事もなく、メグミの殺気を全身に浴びても涼しい顔でそこに優雅に佇む。

 その姿には、存在を悟られた暗殺者の様な動揺もなく、まるで堂々と歩み寄って今そこに存在している様な、そんな王者の様な気配迄漂っている。


「何事だい? レッド? 総員撤退って………ニナ様? くっ、ニナ様じゃないか、なんでここにっ、不味いな、メグミちゃん、仕掛けるなよ? 絶対にこちらから手を出すんじゃあない!」


 メグミの指示に驚いたナツオがメグミの視線を追って、その少女を認識、その名を告げる。メグミは逸らすことなく視線の先の少女を見つめながら、


「誰? ニナ? ナツオ先輩の知り合い?」


「そうだ、ニナ様、この階層の現在の階層主にして、『ネームド』、そして上級冒険者の一人だ、だから決して手を出すんじゃないよ、演習前の打ち合わせでも話しただろ? ここの階層主には決して手を出しちゃダメだ」


「アレは、あっちはその心算が無いようだけど?」


 メグミが認識した、その瞬間からメグミに注がれる僅かな気配、その気配は僅かな気配だが明確な意思を持っていた。


殺意……


その僅かだが明確なその意思を見誤ることはない。


「それに確かに演習前の打ち合わせで階層主には手を出さないって決めたけど、相手から手を出してくれる以上、黙ってやられる心算はないわ」


「クソッ、なんでこんな所に、階層主のルームから一番遠いルームを選んだのに! ニナ様! 事前に連絡をしている筈です、今日ここで演習をすることは伝えましたよね」


ナツオの言葉にその少女は、ニナは、


「ふんっ、ナツオか、ここは私の階層、どこに居ようが私の勝手さね」


「連絡は? 受け取っていないのですか!」


「受けてるし内容も聞いてるよ、だからどうしたんだい?」


「約定を、お忘れか!」


「何だい? 私が何かしたか? ちょっと噂の生意気なルーキーの様子を見に来ただけさ」


ニナは必死のナツオを小馬鹿にしたような口調で揶揄う。


「アレは、ニナだっけ? 階層主? こんな初級に毛の生えたような階層の階層主があの強さなの? 可笑しいでしょ、他の階層の階層主との力の差が有り過ぎよ」


「メグミちゃん相手の力量が分かってるならその剣を下ろすんだ、なんで躊躇うことなく『月光蝶』を抜いてるんだ、自分で言ってたよね、それは迷宮では使えないそんな剣だって」


 ハルミがメグミを動きを遮るようにメグミの前に割り込もうとするが、その殺気に気圧されて割り込めずにいる。


「ここの階層の階層主は『クイーンオブインセクト』、昆虫の女王にして『蟲使い』 その高すぎる知能故か、その能力の所為か、『クイーンオブインセクト』は10年と経たずに必ず『ネームド』になるのよ、そして勝手に持ち場を離れて他の階層に行ったり、他の階層で暴れたりしてね。迷宮の管理者も手を焼いているわ」


「居なくなった階層主の代わりに、新たに階層主を配置しても、又『ネームド』になって何処かに勝手に行っちゃうのよ。

 困り果てた迷宮の管理者はね、『ネームド』となった階層主達との協議の末、今までに『ネームド』と成った階層主、6人が期間を定めて交代でこの階層の階層主として管理するように定めたの、その期間だけ階層主としてこの階層の管理をすれば、後は自由に好きにしていいってね、報酬として幾つか特典も貰ってる筈よ」


アキ、エミがその少女の情報を補足してくれる。


「そう言うことは、事前に伝えて欲しいわね、それに上級冒険者? さっきも言ってた、こちら側に引き込んだ『ネームド』の魔物なのね?」


「伝えれるわけないだろ、特にメグミちゃん、君にはね、興味でも持ってちょっかいでも出しに行こうものなら大問題だ、それに……ニナ様は不味い、6人のこの階層の階層主の中でも一番君と相性が悪い! 最悪だ」


苦し気に、苦虫を噛みつぶしたような表情のナツオが言葉を吐き捨てる。


「ああ、そうなのね、メグミちゃんと相性最悪、ニナ様は好戦的なんですねナツオ先輩」


サアヤがその様子を見て察し、溜息をつく。


 メグミ達のやり取り間にも訓練生の撤退は続いている、サアヤは20階層にに繋がる『転移門』を開き、ノリコは万が一の為に『絶対防御結界』を更に強化。タツオは訓練生が狩り残した魔物を一気に切り裂き仕留め、その他の中級冒険者が訓練生達を誘導する。


 魔物を狩り終わったタツオが太刀を構えなおしながらターニャの隣に並び、


「けどよ、メグミと相性最悪だか何だか知らねえけど、そこのニナって奴はメグミよりも強ええだろ? 勝てねえぜ?」


 そう言いながらもタツオも構えを解かない、メグミが仕掛けたら、自分も仕掛ける気満々だ。


「ふんっ、撤退の時間位稼いで見せるわ、それに『月光蝶』を使えば最悪でも相打ち位には持っていけるわ、ニナは確かに強い、けどねアルネイラや水の魔王よりは弱い、当然ヘイロンよりもね、『サキュビ69』のヒカリさん位?」


「メグミちゃん、確かにメグミちゃんは強いけど、流石にそれは無いわよ、 あの人他は最悪ですが、戦闘だけは天才ですよ? 相打ちも無理じゃないかしら?」


「なによ少し位夢見ても良いでしょ! ……ちょっと盛り過ぎたわね、もうちょっとあのニナの方が弱いかもね、けど私が勝てない、今までの相手とあのニナ、明確に、決定的に違う点が一点だけあるわ」


「とても聞きたくないけど、何? 何が違うの?」


ノリコが聞きたく無さそうに聞いてくる、


「明確な殺意、こっちが仕掛けても、殺気をぶつけても、相手にしてくれない他の連中と違う! こんなに強いのに、こんな強い相手がヤル気よ、殺す気満々なのよ! 燃えて来るわね!」


「なんでそれで燃えるのよ! 訓練生の撤退が終わったら私達も撤退します、いいわね!」


「イヤよ! なんでよ、震える様な強者と戦えるのよ! 逃げないわ、言ったでしょ私だけじゃあ勝てない、けど『月光蝶』を使えば最悪相打ち位には持ち込める、そんな相手よ、ねえワクワクしてきたわ」


「だーーーーー!! ダメだ! 絶対に仕掛けちゃダメだよ! ニナ様は挑発してきてるかもしれないが、それに乗せられちゃあダメだ! こっちから手を出さない限り相手からは手を出せない!」


 凄絶な笑みを浮かべ今にも飛び出しそうなメグミを、ナツオが必死の表情で留める。


「そんなことはどうでも良いわ、ねえちょっと気に成るんだけど、あの鎧? 鎧なの? それとも外骨格? どっちかしら?」


「? 何だ? それこそ今はどっちでも良いだろ? 鎧だろうと外骨格の甲殻だろうとヤルことに変わりはねえ」


「はぁ? 何言ってんの大有りよ、あの中にオッパイが有るのと見せかけだけかは重要でしょうが! やっぱりダメねタツオは、萌えが分かってないわ!」


「ガハハハッ、だめねタツオ!」


 その緊迫した雰囲気の中、メグミの手から離れたナイフを空中でキャッチしていたヴィータは、そのナイフに付いたクリームを舐めながらタツオの頭の上で胸を逸らす。


「お前……ヴィータはタカノリ達と退避しろ! メグミがあの剣を振りまわすと階層が崩壊しかねねえ、危ないだろ」


「これはヴィータのシュークリームよ! いい? だれにもあげないわ!」


フヨフヨと自分の背後に2個シュークリームを浮かべながらヴィータは宣言する。


「この期に及んでそっちの心配か? お前、本当に大物だな、取らねえからそれ持ったまま退避しろ! 他の子供は? タカノリとソラは退避したのか?」


「『昴』のユキコちゃん達に預けて退避済みよ、訓練生もあと少し!」


「先輩たちも退避した方が良いわね、訓練生が退避し終わり次第全員退避なさい! ここは私一人で十分よ」


「だから戦ってはダメだって言ってるだろ!」


「ほーうぅ、この私相手に一人で立ち向かうってのかいっ、生意気だねえ、噂以上に生意気だ! それに相打ち? やれるって言うのかい? このニナ様も嘗められたものだねえ」


「ニナ様も落ち着いて! この子の太刀は『星鋼』製です。この子のスキルと合わさって手が付けられない切れ味で、防御できません。武器の力もあるんです。実力ではニナ様が圧倒してる。だから落ち着いて」


「ハッ、当たらなければ良いだけだろ、思い上がった後輩の指導は先輩としての務めだろ? いいさ、様子見だけの心算だったが、やってやろうじゃないか!」


「なーーーーーー! どうしてそうなる! ダメだ、ハルミ、エミ、アキ、君達も止めて!」


「訓練生の撤退終了したぞ、『昴』も『暁』も撤退しなさい、貴方達は足手まといにしかならない、分かるわね」


「『戦慄の挨拶』も『北極星』も撤退よ、丁度良いわよ、お昼だもの」


「ナツオ諦めなさい、止めれる分けないでしょ? どっちも子供よ、それも手の付けられない暴れん坊の子供、死んだら両方セーブポイントに戻るでしょ、後でプリムラ様にお仕置きされると良いんだわ」


「だーーーーなんでだ! 後で怒られるのは僕達も一緒だよ! それにメグミちゃんが死ぬ様な目に遭うのは不味い、なんで僕達がこうして監視に来てるのか忘れたのか!」


そのナツオの一言に、一同は一斉にメグミの銀髪の一房を見つめる、嫌な汗を流しながら、


「あっ……ニナ様、止めませんか? その子はちょっと死んじゃったら後始末が大変でして」


「そうよ! そうだわ、そうだったわ、暴走するとどうなるか分からないんだった! この近辺には他の冒険者は居ない筈だけど……」


「事故、不慮の事故、そうよ事故だわ流石に20階層迄被害は及ばないでしょ? 幾ら暴走してもこの階層と上下の階層が滅ぶくらいよ、人的被害はない! 筈よね?」


「何をごちゃごちゃ騒いでるんだ? はんっ、まあ良いさね、暴走? 狂戦士化でもするのかい? その程度でどうにかなるとか、このニナ様も嘗められたものだね」


「ニナ様止めてください、良いじゃないですか少し位嘗められたところでニナ様の実力は変わらない、そうでしょ?」


「ナツオ、良いかい? 魔物も冒険者も舐められちゃあ商売あがったりなんだよ。キッチリ落とし前付けないとね、このニナ様の名折れだねぇ、小娘! そのデカい口を塞いでやろうじゃないさ!」


「良いわね、話は決まったわ、ノリネエもサアヤ達も退避しなさい。全力で行くわ! この『月光蝶』手加減が難しいから巻き込んじゃう、タツオも早く退避よ」


「バカ言ってんじゃねえ、ここでお前ひとりにするだぁ? 冗談じゃねえぜ」


「何かあった時に直ぐに回復するわ、『蘇生』も『復活』も覚えましたからね! 暴走する前に生き返らせるわ」


「最悪皆を連れて私が転送しますわ、メグミちゃんは言っても止まらないんでしょ? もう好きにすれば良いんですわ」


「そりゃ相手の方が強いのは確かだけど、死ぬのが確定みたいなのは、何だか納得できないわね、まあ良いわ……」


その瞬間、メグミの姿が霞んだ様に皆には見えた、


パァーーン!!


良い音が響き渡り、その場には後頭部を押さえて唸るメグミが蹲り、唖然とそれを見るニナと、何が起こったのか理解できない一同の目の前に……


「お母様! 何でこちらに?」


アカリに声を掛けられる、手に持つスリッパを振りぬいたヒカリの姿が有った。

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