第32話『恩恵』

 幾らメグミが嘆いたところで敵は待ってくれない。

 このイライラを敵にぶつけるべく、新たにこちらに回転体当たりをして来る『グラインダーパイン』を両手のショートソードでこちらも負けじと回転しながら切り刻む。


 この『グラインダーパイン』見た目は大きなパイナップルのヘタを下にしたような姿である。

 葉っぱの部分を足代わりに歩き回り、その硬いヤスリの様な表皮で回転しながらぶつかる攻撃をしてくる。


(クソこの劣化アカリさんウザイわ! しぶと過ぎるでしょ!

 それにこの微妙に生えてる棘はなんなの? 攻撃してくる端からポキポキ折れちゃってるじゃ無い。

 確かに当たったら痛いのかもしれないけど、一回攻撃しただけで全部折れてちゃ意味ないでしょ? なんのために生えてるのよ!)


 メグミは回転して相手を削る様な攻撃と言うだけで、若干アカリに失礼なことを思いながら攻撃していた。

 メグミは知らないがこの棘は直ぐに生えて来るので、折れても問題は無い。

 柔らかい相手には、最初の一撃で敵に切創ダメージを与え更に細かく折れた棘を相手の傷に食い込ませて残す事により、痛みによる行動抑制が出来る。その為のものである。


 メグミの場合、『グラインダーパイン』が自分に触れる前に、その手の剣でズタズタに切り裂くから、その攻撃の本領が発揮されていないだけだ。


(硬い! しぶとい! ウザイ! 面白くない!)


 表皮をズタズタに切り裂かれても尚もメグミに突進してくる『グラインダーパイン』にメグミはウンザリしていた。


 メグミは植物系の魔物は苦手としている。


(何なのよコイツらは! 弱点は何処よ!?

 どういった仕組みで動いてるのよ! 関節は? 筋肉は? 骨格は?

 そもそも植物でしょうが! なんで平然と動き回ってるのよ!

 なんなのこの理不尽生物は! その存在が許せないわ!)


 流石日本人というか植物系魔物の解剖調査もされているが、その報告書の内容は、外骨格に似た昆虫の様な構造と、タコ等の軟体動物の様な構造に植物の構造まで持っている、植物系キメラの様な、調べれば調べるほど理不尽さが際立つ魔物っといった結論であった。

 

(ふっざけんじゃ無いわよっ! なんなのあの報告書は!

 散財勿体ぶっておいて最後にあの結論とか!

 最初に結論書いてからその後にその結論に至った経緯を書きなさいよ!

 最後まで読んだ私の時間を返しなさい!)


 植物系魔物は、構造が出鱈目な為、筋肉の動きで行動を先読みして機先を制しにくい。


(そもそも筋肉が無いわ! 細胞間で水分を移動させて擬似筋肉を作り出しているだっけ、何よそのふざけた構造は!

 細胞壁が分厚い植物の癖に、立体格子状の柔軟な細胞壁を持ち格子間でスムーズな水分移動? 出鱈目過ぎるでしょ!)


 視線で何処を狙っているのか探ろうにも目があるほうが珍しく、更に有っても全く動かないガラス玉の様な目の為、視線が分からない。


(『ニードルトレント』も『ブラッディオニオン』もあれが本当に目なのかさえ怪しいわ、斬り裂こうが潰そうが盲目になってる様子が無いのよ、単なる飾り、擬態って説も有るらしいわね)


 そう目でさえ弱点では無い、弱点らしい弱点が無いので、急所を狙って一撃といった攻撃がしにくい。


(『ラバーウィップローズ』や『リッパーアイリス』『グラインダーパイン』はそもそも目が無いのにどうやってコッチの動きを認識してるのよ?

 虫みたいに触角も無いわ、何処かに知覚感覚器官が有るはずでしょ? 今度じっくり解剖してみようかしら?)


 関節も無いので関節を狙って切り裂き、動きを止めるといった攻撃もできない。


(触手の数が多過ぎなのよ、一本や二本斬りとばしても平気で動き回るし、そもそも痛覚が有る様子が無いのよね……)


 痛みによる行動抑制も働かない為、倒すには動かなくなるまで破壊するしかないのである。


 ある程度破壊できれば魔素に分解が始まるので、そこで初めて倒せたことがわかるといった、非常にメグミの戦い方との相性の悪い魔物である。


 メグミは鍛冶師の修行中によく打った剣の試し切りでこの階層を訪れ、その時は喜んで植物系魔物を切りまくっていた。


(あの時は昆虫系と違って一撃で死なないから、試し切りには丁度良い獲物って思ってたけど……

 いざ効率良く倒そうと思ったらなんてウザイ魔物なの! しぶと過ぎでしょ!)


 ただ地下1階にいる植物系魔物は見習い冒険者でも相手が出来る程度の魔物で、強く無いのが救いだ。

 しかし弱いだけあって身入りは少ない、魔結晶は小さく、討伐報酬は少ない。

 植物系魔物は光合成をしている為、比較的良くドロップアイテムを落とす。しかし、そのドロップアイテムも大した金額にはならない為儲けは少ない。


 今メグミ達が倒している魔物を例にあげると、『ラバーウィップローズ』は魔結晶250円、討伐報酬250円、『ラバーウィップ』が一本100円、大体2本落とすので200円、『ローズオイル』300円。極稀にこの『ローズオイル』を濃縮した様な『薔薇の蜜』2000円を落とすがほぼ期待出来ないので無視して良い。

 全のアイテムがドロップしてそれを手に入れても一匹1000円。


(カグヤが粉砕してるから『ローズオイル』は絶望的ね)


 『リッパーアイリス』は魔結晶250円、討伐報酬250円、『アイリスの葉』50円、こちらも2本落とすので100円、『アイリスの蜜』450円。

 全てアイテムがドロップしてそれを手に入れても一匹1050円。


(『アイリスの蜜』は流石に勿体無いわよ! お店で買うと同じ分量で900円よ!

 折角ココで集めて置けば暫く『アイリスの蜜』に困らないと思ってたのに……メープルシロップみたいにサッパリした甘さでパンケーキにピッタリなのよね、香りも爽やかなアイリスの花の匂いでなんだか優雅気分に浸れるのよ。

 『ローズオイル』を入れた紅茶とも合うのに……

 全く辺りに飛び散って良い香りだ事……カグヤには後で説教が必要ね!)


 『ニードルトレント』は魔結晶150円、討伐報酬300円、『トレントウッド』50円。

 例えアイテムがドロップして手に入れても一匹たったの500円。

 この為、『ニードルトレント』は強さの割に全く儲からない魔物として有名な嫌われ者だ。

 葉がない為光合成が出来ず、魔結晶が育ち難い為他の植物系魔物よりも魔結晶が小さく、有益なドロップアイテムすら落とさない。極々稀に『トレントリーフ』と言う、薬になる希少な葉を落とす。これは一枚20000円と高額だが、確率が悪すぎる為、他の魔物を狩った方がよほど効率が良い。


(あの葉っぱって落とす条件ってなんなのかしらね?

 そもそも葉が無いのに何処の葉っぱなの? 体の中に葉っぱが生えてるのかしら?)


 『ブラッディオニオン』は魔結晶150円、討伐報酬250円、『カットオニオン』300円。

 一匹700円とこちらも光合成をしないため比較的安値だが、確定で『カットオニオン』を落とすので金額にバラツキが無い。普段は手足の様な根で魔素樹に寄生して養分を吸っているらしく受肉しやすいのだそうだ。


(『ママ』のシチューには欠かせないのよね、それに玉葱って結構色んな料理に使うから有ると重宝するのよ。

 だから数匹分で良いから食べれる状態で残して欲しいんだけど……アカリさんも後で説教ね、食べ物を粗末にするんじゃ無いわ!)


 『グラインダーパイン』は魔結晶300円、討伐報酬300円、『カットパイン』600円。このドロップアイテムを入れれば一匹1200円。

 この魔物はほぼ確定で薄皮に包まれた『カットパイン』を落とすので金額の変動が少ない。しかし地下1階の他の魔物よりも硬く、見習い冒険者からは避けられている。


(コイツの落とすパイナップルは美味しいから、私は好きだけど……流石に今は邪魔よ!)


 こんな感じで植物系魔物は倒すのに苦労する割に儲からない。



 かと言って昆虫系が儲かるかと言えばそうでもない。


 『ジャイアントビー』は魔結晶200円、討伐報酬250円、『ジャイアントビーの蜂蜜』3000円、『ジャイアントビーの花粉団子』100円となっているが蜂蜜は滅多に落とさない。今倒している100匹近い群れを倒しても数個くらいだろう。それに比べて花粉団子はよく落とす。

 その為平均的な討伐して入手出来る金額的は550円と余り儲る魔物ではない。


(花粉団子は栄養価の高い、健康食品らしいけど……味がね。

 甘さの中に苦味があって独特だわ。私はいくら健康に良くてもノーサンキューだわ。

 なんだっけ? 蜂蜜と混ぜて錬成すると『ローヤルゼリー』が出来るんだっけ? けど『ローヤルゼリー』も美味しく無いわ。あと掛かる材料費よりも出来た『ローヤルゼリー』の買取価格が安くなるから誰も錬成しないのは本当に美味しく無いわ! 健康も良いけどやっぱ味は重要よね、値段が安いのもその所為かしらね?

 まあ『ジャイアントビー』は数が多い割に儲からないけど、巣を見つけれれば蜂の子が取れるわ、蜂の子は見た目はキモいのに美味しいのよね……

 これだけの群れが居るなら何処か近くに巣が有るのかも!

 この後探して見る? まあそこまでする程食べたくは無いか……)


 普通に迷宮内で見かける『ジャイアントビー』の群れは20匹前後だ。

 今相手をしている100匹もの大群は珍しい。

 それは近くに『クイーンビー』と巣が有ることに他ならない。


 そう『ジャイアントビー』の巣には『クィーンビー』と共に繁殖型の『ジャイアントビー』の幼生体が居る。

 この幼生体は珍味としても珍重されている。



「幼生体なのに食べちゃうんだ?」


「知能が低いのでペットには出来ませんし、中々に良質なタンパク質です、味も美味しいですし……何か問題が有りますか?」


「ちょっと可哀想な気がするわね、だって子供なんでしょ?」


「『ジャイアントビー』は人間の子供を攫って食べますけど?

 あの大きさですからね、小さな子供は空中から突然襲われて空に攫われ巣に持ち帰られるんです。

 空を飛ぶ魔物はこの辺が厄介で、追いかけて奪い返そうにも相手は空の上です。

 矢を射掛ければ子供に当たる可能性がありますし、第一飛んでいる訳ですから落ちれば子供も大怪我では済みません。

 まあそのまま攫われるよりはその場で死んだ方がマシでしょうけど……理性と感情は別ですからね。

 他国では大規模な『ジャイアントビー』の群れに襲われて壊滅した開拓村も有りますよ? 良い魔物は死んだ魔物だけですわ」


「えっ! そうなの? それほど強い魔物と言った印象が無いのだけど?」


「毒針は抵抗力が低い一般人には十分脅威です。弱めの麻痺毒ですが、圧倒的多数の群れに襲われて全身に毒針を浴びると動けなくなってしまいます。

 こうなると後は悲惨です。巣に生きたまま持ち帰られて保存食として……」


「詳しく話さなくて良いからっ!! エグい話はいいわ ってコイツら迷宮の外にも居るんだ?」


「中には迷宮固有の魔物も居ますけど、低階層の弱い魔物は大体地上にも居ますよ?

 この街の周囲では危ないので殆ど狩り尽くされますけど、『イーストウッド』付近の森の中には未だに結構居ますね」


「へえ? そうなんだ」


「そもそも地上に蔓延り過ぎた魔物を閉じ込めるための迷宮です。迷宮の魔物が地域に居るのでなく、地上に居た魔物を迷宮に閉じ込めているんですわ。

 けど危険度の低い弱い魔物は結構地上に残ってますから、それで地上にも迷宮にも同じ魔物が居ることが有るんです」


「言われてみればそれもそうか、じゃあ地上でも巣を駆除して、蜂の子も狩って食べてるんだ?」


「巣には蜂蜜も貯めて有りますからそちらが主目的です、けどそうですね『ハニーハンター』は容赦なく蜂の子も狩ります。

 そもそも幼生体と言えども人を襲う魔物は生かしては置けませんから殺すしか有りませんよ?

 それに幼生体も襲われて攫われた人を食べますよ? ペットに出来る魔物の幼生体が特殊なんですよ? 勘違いしてはいけませんわ」


「『ハニーハンター』?」


「蜂蜜取り専門の冒険者ですわ、お姉さま。

 『イーストウッド』周辺の大森林には多数のハチ系の魔物が居ます。温暖で森が豊かですから、年中何がしかの花が咲いてます。

 それがハチの生態とマッチしてるのでしょうね。

 ただし、ただのハチでは無くて魔物のハチですからね、その被害も多いのですわ。

 そこで『イーストウッド』にはそのハチ系魔物を専門に狩っている冒険者達が居るんです。

 特にその巣を狙って蜂蜜採取に特化した冒険者集団がそう呼ばれてますわ」


「『ゴブリンスレイヤー』もそうだけど何にでも専門家って居るのね……けど名前だけ聞くとなんだか恋人を軟派してるみたいね?」


「ノリネエそれはハニー違い……イヤ違う、元々恋人の事をハニーって呼ぶ語源がハチミツみたいに甘いって意味だっけ?

 ……まあいいわ、ところで迷宮の蜂の巣ってそれだけで食べていけるほど大量の蜂蜜は見かけないわね?」


「そうですね地上の物と違って小規模な物が多いので、蜂蜜を貯めるまで大きくなって無い事が多いですね。。

 そもそも発生型ですからね迷宮のハチは、『クイーンビー』が発生すると巣が作られるのですが、迷宮内は冒険者が多いので、余り大きくなる事が無いようですわ」


「それはそうか、皆んな蜂蜜に蜂の子と儲けも美味しいし、食べても美味しいのを知ってるから、有れば即襲うから大きくならないのね……」



 例えサアヤの様な魔法を乱射する者が居なくても、冒険者は諦めない、『ジャイアントビー』の毒針も無限に撃てる訳ではない。

 盾で凌いで相手の弾切れまで粘れば、『ジャイアントビー』に有効な攻撃手段は残っては居ない。

 巣を守ろうと噛み付いてくる『ジャイアントビー』を撃破して巣に入り込めば後は好き放題出来る。

 『クイーンビー』は大きいだけでロクな攻撃手段が無い、発生型なのに発生直後から子を産んで増やす特殊な魔物で、発生すると劇的に『ジャイアントビー』の数が増える厄介な魔物だがそれだけなのだ。


 巣を制圧出来ればこの幼生体を大量に入手出来、一匹5000円で売れる為儲けは大きい。又蜂蜜も大量に入手できる事がある為、見つければ冒険者は皆積極的に制圧している。

 ただし、ココ地下1階は魔素樹が入り組んだ迷路の様な構造で、魔素樹の壁が道を塞いだり小さなルームの入り口を隠している事がある為、非常に見つけ難くく、更に高所に有る場合が多い為、探すのにも制圧するのにも苦労する。



 一方の『ソルジャーアント』は魔結晶200円、討伐報酬300円とソコソコなのだが、その厄介な習性と戦闘能力の割に、『蟻酸』50円、『ソルジャーアントの顎』50円とドロップアイテムがちっとも美味しくない。巣に持ちかえられたドロップアイテムを考えればマイナスだ。


 ただこちらも巣を見つけると中々美味しい。溜め込んだドロップアイテムの内、食べられないものはそのまま巣に溜め込まれている為だ。『付与魔力結晶』と呼ばれるアイテムを極稀に魔物が落とすのだが、高確率でこのアイテムが巣に溜め込まれたアイテムに混じっている為、可なり金額的にも素材的にも美味しい。

 

 この『付与魔力結晶』とは各魔物毎にその付与効果が違う超レアアイテムだ。

 付与魔法で用いるとアイテム毎に決まっている特定の強い付与効果を既に完成している武器に追加で付与出来る。

 同じ『付与魔力結晶』を重ねて使って効果を高めたり、様々な付与効果を追加したりと非常に便利なアイテムだ。

 吸収しやすい進化時に与えて一気に付与効果を倍増させる事も出来、需要は高い。



「『付与魔力結晶』ねぇ、これってなんなの? この光る宝石、これでどうやって付与効果を追加してるの?」


「魔物の特性、その魔物の魔力が結晶化したモノだそうです。

 これを持つ魔物は魔結晶以外に『付与魔力結晶』によっても強化される為、他の同種の魔物よりも強い傾向にありますね。極稀この様な特殊個体が発生するようです」


「最初から持って発生するんだ! 運良く持って生まれた魔物はラッキーって事? 後天的に獲得は出来ないの?」


「強力に育った魔物も良く落とすみたいなので十分に育てば後天的にも獲得できるのかもしれませんね。

 ただどの時点で獲得したのか区別する方法がないので、持っていたから強力に成れたのか、強くなったから獲得したのか分からないそうです」


「それもそうね、魔物の成長を見守っているわけじゃあ無いものね。

 倒したらたまたま持っていたりって事だものね。

 魔物の魔力の結晶ねえ……武器の付与効果は付与魔法で普通に後からでも弄れるじゃない、それとこれで付与するのは何が違うの?」


 「違いですか? 『付与魔力結晶』は魔力を秘めた結晶で、このアイテムと共に付与魔法を使うと、このアイテムの魔力によって武器に付与されている魔法式に、新たに魔法陣と魔法回路を追加する事が出来るんです。

 素材と付与する魔法式とその魔力、全てが一緒になっている、そうですね付与する為の要素が全て詰まったアイテムとも言えますね。

 その為、効果は決まっていますがその効果に最適化された素材と魔法式なので付与が容易です。

 それに既に付与してある魔法式と干渉し難いのも良い点ですね」


「へえ便利なものね。製作時に混ぜ込む付与効果を高めるアイテムとの違いは?」


「製作時に混ぜ込むアイテムは、その効果に影響の高い特化した素材で若干魔法式を含んでいます。

 ですから付与魔法で付与する際にその素材の影響で魔法回路や魔法陣が綺麗に生成され易いので付与効果が高まるんです。

 『付与魔力結晶』はそこに魔力まで加わっている為、術者の腕が未熟でもアイテムの魔力補助で容易に魔法式を描く事が出来、付与効果が強く発揮されますね」


「けどさ、折角バランスとって容量限界まで付与してあるのに、そんなの追加で付与したらバランスは崩れるし、容量オーバーにならないの?」


「メグミちゃん、そもそも容量限界まで、更にバランスを取って付与していることの方が珍しいんですよ? 自分の特殊性を少しは自覚してください。

 メグミちゃんの造った武器の場合、確かにこのアイテムを使って後から追加付与しようとしても失敗する可能性が高いですね。

 そもそもが空き領域に魔法式を追加するモノなので、最初から空き領域の無いメグミちゃんの造る武器の場合は……まあメグミちゃん本人がバランスを見ながら追加される素材の容量を見て調整すれば多少は効果が高められるんじゃ有りませんか?」


「面倒ね、手間ばかりかかるのに効果は少しだけとか……」


「まあメグミちゃんにはあまり必要ないアイテムですね。

 ただ付与魔法が苦手なドワーフの鍛冶師なんかは製作時に何個か混ぜて使用して付与効果を高めたり、容量のアップする進化時に与えて効果を高めている様ですね。

 この方法ならメグミちゃんでも効果的な使い方が出来ると思いますわ」


「それなら付与効果を高める素材の方が安上がりじゃない?

 『付与魔力結晶』の方が高いわよ?」


「ですからまあ付与魔法が不得意な鍛冶師や、付与効果が十分では無い武器用ですわね。ただメグミちゃんレベルで付与出来る人が珍しいですからね?

 普通の人や武器には非常に有用なアイテムですから需要が高くお値段も高いのですわ」


「人の事ばかり言ってるけどサアヤだって毎回魔法球の付与が素材の容量限界まで使い切ってるわよ?」


「私は魔法球だけです! 武器本体の容量まで使い切って、更にそれに合わせて魔法球の付与まで調整しているメグミちゃんほど異常では有りませんわ!」


「魔法球の調整って殆ど調整する余地が無いじゃない!

 ちょこっとバランス取るので精一杯よ!」


「それが異常なんです! 何であそこまで攻めてるのにそこから微調整出来るんですか!」


「ほら二人ともケンカしないで、二人とも十分異常よ?」


「はぁ? こっちが限界まで調整した武器に、聖属性を付与してくるノリネエに異常とか言われたく無いわ!

 何処にそんな余裕あるのよ? のほほんと平気で付与して来るけど本当に信じられないわ!」


「あれは本当に異常ですね、あの段階から更に付与をあのレベルで足して失敗しないばかりかバランスまで取れるのは本当に異常です!」


「あれ? エッ? なんで?」



 ……少し話が逸れたが、その需要と有用性故に『付与魔力結晶』は地下1階の魔物のモノでも一個15万円前後で買い取ってもらえる為、儲けが大きいのだ。

 だから巣さえ見つけ、それを制圧出来れば儲かるが、巣には『コマンダーアント』が複数待ち構えている。

 この『コマンダーアント』は『ソルジャーアント』の倍、3メートル近い巨体な上にアゴも大きく力も強い。

 見習い冒険者の手には余る魔物である為、『ジャイアントビー』と違って『ソルジャーアント』の巣を襲う見習い冒険者は少ない。

 逆に腕覚えのある『黒銀』冒険者などは好んで襲っている。

 メグミ達も先日一つ巣を襲撃して当座の生活費などお金を工面したばかりだ。

 まあその時、この階層の暑さに辟易していた為、メグミは今回のボランティアクエストに乗り気では無かったのだが……



 因みに見習い冒険者がよく行く他の狩場の魔物はどんな感じかついでに説明しておくと。


 定番で有る農場の畑に現れる魔物退治のクエストの場合。


 畑に現れる『ラッシュチキン』は魔結晶350円、討伐報酬350円と小さな魔物を食べて育つ為か強さの割に魔結晶が大きく、又害魔物だけあって討伐報酬も高い、更に繁殖型でその身の肉が全て食べられる為、回収解体費用などを引いても『ラッシュチキンの肉』8000円となる。

 更にクエスト報酬の一匹300円加わり、一匹倒せば9000円と見習い冒険者には嬉しいボーナスモンスターだ。

 ただし、それ程個体数が多くなく、広大な畑に時折侵入して来たのを狩る様になる為、時間効率が悪い。


(林や森の中の『ラッシュチキン』は狩っちゃダメなのよね。

 前にヒナを狩って食べたら師匠に怒られたわ。

 小型の魔物を食べるから狩っちゃダメって何よそれ!

 まあヒナは美味しかったし、確かに狩りすぎたら全滅しそうだけど……魔物でしょ?)


 『ローリングクロウラー』も同じで、魔結晶250円、討伐報酬250円、『ローリングクロウラーの身』6000円。

 クエスト報酬300円と合わせて一匹倒せば6800円と、強さの割に美味しいボーナスモンスターだがこちらも個体数が余り多く無い。


(コイツは要らない、ノーサンキュー!

 クソッあんな形で甲殻類とか嫌がらせ? 体液浴びて酷い目に遭ったわ、甲殻類アレルギーにとって天敵よね)


 畑の魔物退治は迷宮に入るまでの練習には良いのだが、ライバルとなる見習い冒険者と獲物の取り合いをしながら、広大な畑を走り回る事になるので、労力の割に余り効率が良くない。

 故に初期の見習い冒険者は畑で魔物退治をするか『大魔王迷宮』地下1階で魔物退治をするか迷うのが常だ。

 ただ普通に地下1階で魔物を狩る実力があれば、魔物の取り合いなどする必要の無い、地下1階で狩りまくった方が効率は良い。


(畑で狩るより、畑から逃げた森の野菜系魔物狩った方が儲かるのよね。

 けどちょっと乱獲し過ぎたわ、次が育つまで狩りに行くのは我慢ね……)



 メグミ達の場合、畑の獲物の少なさにキレたメグミが森の奥に入り込み、野生化(?)した野菜系魔物の群生地を発見しそこで荒稼ぎをしていた為ちょと特殊だ。

 当初は『襲って来た魔物は狩っても良い』と言う例外を利用して、『ラッシュチキン』を森でトレインして狩っていたのだが、獲物が少なくなって森の奥に入り込んだ際にその場所を発見したのだ。


「本当に悪い事は直ぐに思い付きますよねメグミちゃんは……自分を囮にして森の中を走りまわって『ラッシュチキン』をトレインして狩るって……見つかったら怒られますよ?」


「言い訳のセリフは話したでしょ? 『森で薬草を採取していて絡まれたから狩った』

 いい? ちゃんと口裏を合わせてね!」


「ねえメグミちゃん、今更だけどこれって不正じゃないかしら?」


「何処がよ? 実際に薬草も採取してるでしょ?

 何一つ疚しい事は無いわ!」


「今、口裏合わせをお願いされた様な……?」


「サアヤも細かい事突っ込んでんじゃ無いわ!

 アレは単に誰かに見つかって咎められた時に説明が簡単になる様にってだけよ」


「まあ確かにそうなのだけど、これって本当に良いのかしら?

 なんだかズルをしている気がするのだけど?」


「気のせいよ、そもそも最初は『ラッシュチキン』目当てだったけど、今は本当に序でしょ?」


「そうよね、今は野菜狩りが主ですものね。問題ないのよね?」


「別に森への侵入は禁止されてないわよ! 野菜系魔物は特に狩ることへの制限もないし、何も問題ないわ!

 ほらノリネエ、そこに薬草が有るわよ、それにこのキノコも薬の原料だった筈よ、採って採って! 確か採取クエストが出てたわ」


「お姉さま、今更気にしても無駄ですわ、それに皆さんここまで森の奥には入り込まないから、色々手付かずで美味しいのは確かですわ……」


「なんでみんな森の奥に入り込まないのかしら? 不思議ね?」


「お姉さま、野菜系魔物の上位種は、普通の見習い冒険者では対処のし様がありませんわ。

 10メートルクラスの魔物を平気で狩るメグミちゃんが異常なんです。

 ですから森への侵入は禁止はされてませんけど、推奨もされていませんわ。

 まあ森の中なのでこの場所の様にぽっかり開けた場所でなければ、あのクラスの魔物は木が邪魔で自由には動けません。

 逃げ出すことは比較的容易なので禁止されていないだけですわね」


「にしてもこの辺の森は面白いわね。

 『ヘルイチ高地』からの伏流水かしらね? この辺りの森の奥には所々泉が湧いてるのね。

 泉の周辺は水分が多過ぎなのか根元の土が流された所為なのか大木が生えてないのよね」


「『ヘルライン大河』も近いですからね。

 腐葉土で土は肥えてますし大木が無いので陽当たりが良いですからね。

 正に野菜系魔物の楽園ですわ」


「場所によって集まっている野菜系魔物の種類が違うのね。

 土壌の質の差なのかしら?」


「どうだろう? ノリネエ、土壌は何処も大体一緒よ、特に地形的な差も無いと思うわ」


「単に同じ系統同士で群れを作って、他の魔物から身を守って居るのだと思いますわ。

 此処の泉は麦系ですわね、向こうの泉は根野菜系ですし、あっちの泉は葉野菜系でしたわ」


「探せばもっと色々有りそうね。これから夏に向けてトマトやキュウリの夏野菜系も見付けておきたい所ね」


「お茄子やピーマンも良いわね♪ 後は果物系かしら?

 そうそうお芋系も是非見付けたいわね」


「お二人とも、野菜は魔物産に頼りきるつもりですか?」


「当たり前でしょ? タダどころか魔結晶売ったら儲かるのよ?

 お金稼ぎながら野菜も手に入るとか利用しない手はないでしょ」


「不味いのなら流石に遠慮したいけど、野菜系魔物は普通の野菜と変わらないどころか美味しいくらいよ?

 メグミちゃんの言う通り有効活用するべきだと思うわ」


「召喚者の方は魔物を食べるのに抵抗感がある方が多い見たいですのに……お二人とも珍しいですわ」


「良いサアヤ、ウチは貧乏なのよ! 贅沢は敵よ。

 好き嫌いを出来る様な余裕は無いわ」


「私は未だに人型の魔物を食べるのには抵抗が有るわ……けど売られているのは既に肉に加工済みですもの、区別もつかないし、もう半分諦めたわ……」


「心配しなくても今のウチで主に出されているお肉は『ラッシュチキン』よ。

 こうやってタダで入手できるチキンと、買って来ないとダメなポークとじゃあね。

 そろそろ『レッドブル』を狩りに行くから今度はビーフをストックしまくるわよ!」


「メグミちゃん、目的はあくまで『レッドブルの皮』で『レッドブルの肉』が目的では有りませんよ」


「良いのよ、チャンスなんだからしっかりストックするのよ!

 チキンばっかりは飽きたのよ……たまには他のお肉が食べたいわ!」


「メグミちゃんって本当に肉食女子よね……」


「お姉さま、それって意味が違いませ……イヤ、それで合ってるのかしら?」


「二人だって野菜だけじゃあ嫌でしょ? 少なくても私は嫌よ!」


「飽きたとか言いながらも『ラッシュチキン』は解体するんですね……」


「さっきから言ってるでしょ贅沢は敵よ! それに仕留めた獲物は残さず有効活用するのが、命を奪った獲物に対する礼儀よ、それにチキンとしては『ラッシュチキン』は良いわ。身が硬くも筋張ってもいないし、適度に脂ものっていて、チキンのサッパリ感は残してるのに、結構ジューシーで美味しいわ」


「確かに普通の鶏よりも美味しいかもしれませんね。身が大振りなので筋があまりないのも良い点ですわね。

 それにしてもこの場所は良かったですわね、『ラッシュチキン』の解体にも泉の水が利用できるので便利ですよね。

 けど流石にこの辺りの『ラッシュチキン』は狩りつくしましたね」


「少し狩りすぎたかしら? 『ラッシュチキン』が少なくなりすぎて小型の魔物が増えたりしないかしら?」


「ヒヨコは我慢して狩らずに放置してるから平気よ! メスの『ラッシュチキン』は直ぐに逃げ出すし、追いかけて狩ってないからセーフでしょ? これだけヒヨコが居ればすぐに育つわよ。小型の魔物も狩って餌がわりあげてるんだから」


「それはそうですけど……確かに魔結晶を放置はできませんけど、本当に躊躇わずに解体しますねメグミちゃんは……普通女の子は嫌がりませんか?」


「馴れると大して気にならないわよ? 半分作業よね……魚は捌いたことが無いけど、同じようなモノなのかしらね? 

 それに魔結晶は取り出さないとダメなんでしょ? 仕方ないじゃない。血抜きして新鮮な内に捌けば大して匂いもしないし、泉の水は綺麗だし、サクサク捌いて洗って保存よ!」


「でもメグミちゃん『ローリングクローラー』は捌けないでしょ?」


「あっちはノリネエも捌いてるし、小さいのはソックスやラルクが食べてるから平気よ、けどあれね後でしっかりソックス達の口の周り洗わないとダメね! あの口でじゃれ付かれたら体中痒くなるわ」


「甲殻類アレルギーですか、意外な弱点ですわね。あのメグミちゃんの苦手な魔物が『ローリングクローラー』とは……」


「どう見ても芋虫だと思うじゃない? 確かに注意深く観察すれば違いは分かるけど、畑にいるのよ? 普通は芋虫の魔物だと思うわよ! 何の嫌がらせよ」


「メグミちゃんに嫌がらせするために存在しているわけじゃありませんよ。

 けどそうですね、実際に芋虫というか、蝶や蛾の魔物も居るので、その幼生体である芋虫な魔物も居ますよ。

 ただ幼生体ですからね、弱いので普通は木の上で木の葉を食べてます。ですから畑にやってきて人間に喧嘩は売らないですわ」


「人間に喧嘩ね……『ローリングクローラー』はあの程度で人間に勝てると思ってるの?」


「『ローリングクローラー』は大きくなると2メートルを超えますからね。一般人ではちょっと相手をするのに苦労する大きさと強さですよ?

 だから人間に喧嘩を売ろうって気になるのかもしれませんわね……」


「それで冒険者に狩られてたら世話ないわよね。落ち葉や木の葉で我慢してればいいのに……」


「栄養価は断然、野菜の方が高いですからね。森である程度の大きさまで育つと、どうしても欲が出るのでしょうね」


「この辺に居る野菜系魔物を襲って食べたりしないの?」


「育つ途中の小さな個体なら襲うのかもしれませんが、野菜系魔物の方が育つと強いので、逆に狩られてますね……」


「ここは土壌が良いのかしら、結構大きいのばっかりだったわね。けど野菜系魔物も殆ど狩っちゃったわね……」


「そっちも次が育って来てるから平気よ、あの辺とか最近逃げて来た野菜でしょ? 補充も順次されてるし、良い感じだわ。

 また野菜が足りなくなったら狩に来ましょ! 他の野菜の生息場所も探さないとダメだし」


「もうなんだか本当に家庭菜園に養鶏場のノリよねメグミちゃん」


「また大きいのが育って欲しいわね、食費が大助かりよ! チキンは冷凍保存で大量に確保してあるし、野菜も一度野菜スープにして冷凍保存したから、しばらくは大丈夫なはずよ」


「おじいちゃん師匠が大きな冷凍庫をパントリーに造ってくれて助かるわね」


「何を造ってるんだろうと思ったら小部屋ほどの冷凍庫ですものね、それに隣に冷蔵庫まで、けどここに来る前に在庫を確認にいったら冷蔵庫は既にお酒だらけでしたわ。あのお酒、あれはおじいちゃん師匠が?」


「あっちはワイン系はヒデちゃん師匠よ、樽を一杯持ってきたのはドワーフの師匠連中ね。他の師匠連中もウィスキーやバーボンとか何時の間にか色々持ってきてたわ」


「未成年者ばかりが住んでいる家とは思えないわね?

 ああでも『ママ』は成人してるわよね? けど『ママ』がお酒を飲むのを見たことがないわ」


「嗜む程度は飲める見たいよ。料理にも使うからって色々味見してたわ。

 私も一緒に味見しようとしたら怒られたのよ? 味見なんだからちょっとくらいいいじゃない! ね? そう思わない? 『ママ』はチョット頭が固すぎね」


「メグミちゃんはお酒が好き何ですか?」


「好きかどうかは飲んだ事がないからわからないわ。飲もうとして怒られて失敗したし……

 けど匂いは好き、ビールや蒸溜酒はそうでも無いけど、ワインや日本酒は香りが良いわ。

 パウンドケーキにリキュールでシットリ感と香りを付けてるのあるじゃない? あれ大好きよ♪」


「アレは確かに美味しいわね、けどわたしはチョコレートのビターな感じなモノの方が好きなのだけど……そいえばこっちに来てからチョコレートを見た事が無いわ、この世界には無いのかしら?」


「ナッちゃんに聞いたんだけど、カカオ豆を見たって人が居るみたいよ。チョコレートの様な匂いがしたって!

 まだ噂の段階らしいけど、ナッちゃん達今度その噂を確かめに旅に出るって言ってたわ。

 お土産頼んでおいたから期待してましょう!」


「何ですかその『チョコレート』って言うのは? 食べ物ですか?」


「コーヒーはサアヤも飲んだ事があるでしょ?

 まあ似たような似てない様な食べ物? 調味料とも違うし食べ物なのよね?

 それ自体はコーヒーと一緒で苦いんだけど、砂糖と混ぜるとほろ苦くて甘い独特の風味と香りでとても美味しいのよ」


「コーヒーですか? 私はコーヒーはカフェオレじゃ無いと飲めませんわ。

 カフェオレは確かに独特の風味で嫌いでは無いですけど、紅茶の方が美味しいと思いますわ」


「私もブラックコーヒーは苦手ね。なんだか刺々しい感じがして……」


「皆んなお子様ね」


「あれ? メグミちゃんは……」


「私はコーヒー牛乳派よ。あんな物ブラックで飲む人の気が知れないわね。

 香りを楽しむとか気取ってんじゃ無いわよ! 香りだってコーヒー牛乳の方が良いわよ」


「あの……メグミちゃん? さっき私達にお子様だって言わなかった?」


「ブラックコーヒーを飲むのがコーヒー好きとか思ってる辺りが子供なのよ。

 大人なら自分の舌が美味しいと思ったモノには自信を持ちなさい!

 無理して飲んでりゃ大人とかそんなのは幻想よ」


「それもそうね、ブラックだけがコーヒーの楽しみ方じゃ無いわよね。うんメグミちゃんの言う通りだわ」


「話が逸れましたが、その『チョコレート』と言うのはコーヒーの様な飲み物なんですね?」


「ミルクと混ぜた飲み物だとココアって言うのよ、カフェオレみたいな物ね。

 クリームに混ぜてチョコレートクリームにしても美味しいし、単体でチョコレートその物でも食べれるわ。

 その状態の物でクッキーなんかをコーティングしても抜群に美味しいわよ」


「デザートには何にでも使えるって感じよね。チョコレートフォンデュなんかもあるから、果物との相性も良いのよね。

 んっ話してたら、なんだか無性に食べたくなってきたわ、無いとなると欲しくなるのって不思議よね」


「コーヒー豆だって見付かったんだし、カカオ豆も見つかるわよ」


「お姉さままで……なんだかとても美味しそうな感じです、私も食べてみたいですわ!

 ううぅ、けどまだ手に入りませんのね……このままでは生殺しですわ! 

 そうだ『ママ』にコーヒーを混ぜたクリームを作ってもらってシュークリームとかどうですか?

 チョコレートでは無いですがきっと美味しいと思いますわ」


「それも美味しそうね、コーヒークリームね、昔何かで食べた気がするわ? 何だったかしら? シェイクにコーヒー味のがあったんだっけ?

 そうだシェイクで思い出したけどバニラがめっちゃ高いのよねこっちは……そうね代りに香り付けにリキュール入れるのも良いかも!」


「けどそれだとサアヤちゃんが食べられないわよメグミちゃん、サアヤちゃんは匂いだけで酔っちゃうのよ?」


「アルコール分は飛ばして香りだけでもダメなんだっけ? 難儀な娘ねサアヤ……

 アルコールの匂いが完全に飛ぶまで煮詰めると、肝心の香りも飛んじゃうのよね……

 まあいいわ、今回はコーヒーの香りを楽しむことにしてリキュールはあきらめるわ」


「じゃあ帰ったら早速『ママ』にお願いしてみるわ」


「『ママ』って本当に料理好きよね、自分は結構小食なのに料理は一杯作るのが好きなのよね……」


「けど『ママ』は味見で結構食べてますよ? だから本来の食事の際の食べる量が少ないんですわ」


「それは有るかもね、あの食事量であの柔らかい肉の付き方はあり得ないもの」


「でも『ママ』に聞いたら、食事自体はしなくても平気みたいよ?

 実体化をして作業をするから栄養の補充が必要になってくるだけで、実体化を解いて、省エネで過ごしていれば、一切食事が必要ないみたい」


「あの豊かな胸で言われても説得力がないわ、ノリネエも結構食べるし、そのスタイルでどこにあの食事が……胸か! 胸なのね、そうか二人とも胸の維持に食事が消えてるんだわ!」


「そんな訳ないでしょっ!! 胸って、それはちょっと大きいけど、そんな胸だけじゃないわ!」


「お姉さまは背も高いですし、私よりも食べる量が多いのは仕方ありませんわ。

 体格の差でしょうね……『ママ』も結構背が高いですし、あれだけ家事をしていれば、その分のエネルギー補給が必要になるのも仕方ないですわ。

 『ママ』って私達と一緒に住み始めてから、常に実体化してるでしょ? エネルギーの消費がそれまでとは比べ物になりませんもの」


「それよね、あのまま実体化したままで平気なのかしらね? 寝る必要がないって、寝ても居ないでしょ?

 無理してないか心配だわ。夜には自室で休むように言ってあるけど、本当に休んでいるのかしら?

 ねえノリネエ、偶に『ママ』と一緒に寝てるでしょ? その辺どうなの?」


「えっ!! えええぇえぇぇ! なんでっ? なんで知ってるのよメグミちゃん!! 私夜中にコッソリとしか……誰にも見つかってない筈よ?」


「はぁ? 同じ家に住んでるのよ? 割と造りのいい防音もしっかりした家だけど、同じ家の中だからね、流石に気配である程度は分かるわよ」


「そうですね、お姉さまはバレていない心算でしたのでしょうけど、バレバレでしたよ?」


「ううううぅぅぅ、言って! もっと早く言って!」


「今更何を恥ずかしがってるのよ? 良いじゃない偶に『ママ』に甘えて一緒に寝る位、ねえ?」


「私も御婆様と偶に一緒に寝てましたわ。恥ずかしくは有りませんわお姉さま!」


「まあ年が年だからね、サアヤと一緒の扱いはできないけど、女同士で一緒に寝たって構わないでしょ? 今度私が一緒に寝てあげようか?」


「メグミちゃん、本音が駄々洩れでしてよ! けど私も是非ご一緒に……」


「良いわね、今度『ママ』も誘ってみんなで一緒に寝ましょうか? パジャマパーティみたいで楽しそうだわ」


「一人獣が紛れている気がしますけど……けどパジャマパーティって言葉は素敵ですわ」


「ぅうう、恥ずかしぃ、そんなバレバレってそんなぁ……」


「まだ恥ずかしがってたの? いい加減に立ち直ってよノリネエ、諦めが肝心よ。女の子は切り替えが大事よ! クヨクヨしないの!

 そう言えば『ママ』のツマミ食いって私も見たことがあるわ。味見か何か知らないけど、冷蔵庫の方にチーズやら燻製肉や腸詰がいっぱいあるじゃない? あれを一通り味見してたわね」


「ああ、師匠達が色々買って持ってきたやつですね? 凄い量ですよね」


「冷蔵庫や冷凍庫以外にもパントリーに乾き物? っていうの? ナッツ類やスルメイカや干し貝柱だったかしら一杯あったわね」


「広いから別に良いけどね、それにまあツマミのチーズとか燻製肉系は良いわ私達も助かってるもの」


「メグミちゃんのお手伝いで色々とお世話になりましたからね。泊りで来ることも多かったので仕方ありませんわ」


「それにしては凄い量だけどね……アレよねみんなお美味しいって一杯食べるから、それに『ママ』が嬉しがって益々オツマミに色々作って出すのよ。

 師匠達はそれに味を占めてるのよ。最近はウチがすっかり居酒屋のように利用されてるわ」


「まあお酒や食材は殆ど持ち込みなんですから良いんじゃないですか?」


「そうは言っても食材の持ち出しも結構あるのよ、ドワーフの師匠達は食べる量が半端じゃないわ、『ママ』の機嫌とエンゲル係数がうなぎ登りよ?」


「お礼と思えば安いものよメグミちゃん、それ以上に色々提供してもらってるでしょ?」


「けどそうね、食べていく人数が増えて消費が激しいから、もう少し大物が狩りたいところだわ。

 特にポーク系が足りないわ、豚系の魔物は『オーク』以外居ないの? チキンも良いけど、他も少しストックしておきたいわね」


「『ヘルイチ高地』の森のどこかに『ワイルドボア』が居るみたいですけど、5メートル級のイノシシですから……それに群れで行動しているようなので狩るのは中々大変みたいですよ?」


「良いわねそれ! じゃあ今度豚肉を調達に行きましょう! 牛肉は『レッドブル』で調達できる予定だし、肉類は全部揃うわね、うふふふっ」


「メグミちゃんって本当にお肉好きよね……もう細かい事は突っ込まないけど、メグミちゃん、大きな魔物を一遍に相手するのは止めましょう、ねっ?」


「見ているこっちの心臓に悪いんですよね……」


「『大蕪主』に『大根足女王』だっけ? あの後の『虎麦』も良かったわ、あれで焼いたパンは抜群に美味しいわ!

 元々『ママ』のパンは美味しいけど、『虎麦粉』だっけ、あれはヤバいわ、パンだけで幾らでも食べられるわよ」


「師匠達が毎日食べに来ても数か月は小麦粉に困らないわね、大きいだけあって可成り大量に取れたもの。

 けどそうね、メグミちゃんにはもう、地上の魔物では相手にならないのかもね、あの速さで動き回るんですもの」


「あの大きさの魔物を相手に反撃すら許さずに、成す術なく一方的に切り刻むとは思いませんでしたわ。もう本当にどうなってますの?

 ……けどやっぱりこの人数で大物の群れを相手するのは危険ですわ、一発攻撃食らったら大怪我じゃあすみませんよ?」


「あんな攻撃が私に当たるわけないでしょ? 遅すぎなのよ、大きく成った分動きが鈍くなって大振りに成ってるとか期待外れもいいとこね」


「『虎麦』は結構素早かったですよ? 他のに比べると若干小さかった分、動きも素早いですし、あの膂力、まさに大きな虎ですわね」


「6メートル位かしら? ゾウより少し大きかったわよね? あの大きさであそこまで素早く動かれると普通は倒そうって気も起こらないと思うのだけど……」


「そう? そんなに早かったかしら? けどまあ見た目ほどの重さじゃなかったわね。その分少し動きが軽かったんじゃない? やっぱり麦だから?

 けどまあ、あの程度じゃあ藁束で造った虎の人形と大差ないわよ。動きが軽くても防御力があれじゃあね、スパスパ切れて正に藁人形だったわ」


「そうは言っても攻撃力は流石でしたよ? あの木を見てください『虎麦』が噛みついて、あんなに大きく抉れてます。

 それに手の爪も、岩が裂けてますからね? 油断してはダメです! 当たらなかったから良かったですけど当たっていたら一撃で死んでますよ?」


「まあメグミちゃんが本気を出すと、『虎麦』もその姿を見失ったのか動きが止まってたわね……イヤやっぱりダメ! 危ないわね、サアヤちゃんの言う通り、油断してはダメよメグミちゃん」


「まあ、あんな雑魚でも儲かるから良いけどね、けど『虎麦』以外は保存がきかないのが難点よね」


「漬物屋のおばさま達、量が多くて大変そうだったけど、ちゃんと漬けられたのかしら?」


「一遍に2体も持っていきましたからね、アレって買取はどうなったんですか?」


「お金じゃなくて物で貰うことになってるの、あれで作った漬物の半分はおばちゃん達の取り分で、後の半分は私達の取り分よ。

 まあ、あの分量を一遍に持って来られても置き場に困るから、残り半分の代金分の漬物を定期的に届けてくれるようにお願いしておいたわ」


「暫くお漬物には困らなそうですわね」


「あれで付けた甘酢漬けを試食させて貰ったんだけど、滅茶苦茶美味しかったわ! あれはお茶うけにピッタリよ!」


「もうつまみ食いに行ったんですか?!」


「ランニングしてたらおばちゃんに声を掛けられたのよ、でなにかと思ったら、漬かったから試食していけって、お茶までご馳走になったわ」


「甘酢漬け……あれ食べると止まらなくなるわよね、私も食べたいわ。そうだ! じゃあ帰りによって少し貰って来ましょう? 『ママ』も喜ぶわ」



 もう一つ下水路も人気の狩場だ。こちらも単価は安いが魔物が弱く、数を熟し易いので数を倒せば儲かる狩場だ。


(絶対行かないわ! 『G』の相手とか絶対イヤ!)


 『ジャイアントラット』及び『クローチ』は魔結晶は約250円、『ゼリースライム』やお互いの小さな個体を襲って食べている為か強さの割に魔結晶が大きい。しかし、大きさが安定せずバラツキがあるのが特徴だ。そして一般人でも棍棒で殴れば倒せる程弱い為、討伐報酬が70円と激安なのも特徴だ。



「魔結晶はボチボチの大きさなのに、なんでそんなに弱いの?」


「諸説ありますが、魔物化する前の元になった種の強さが影響している説が有力です。

 元が弱すぎると魔結晶で強化されても余り強く成りません。

 そして余り強く無いのに大きくなったのでかえって攻撃が当たりやすくなるから弱くといった感じですね」


「コッチのが同じか分からないけど『G』は昆虫としてはかなりの能力値だと思うんだけど……

 蟻や蜂があの位強くなるなら、『G』とかもっと凄い化け物になってもおかしくは無いと思うわ。

 それに野菜よりも弱いって……野菜の強さって何よ?」


「野菜系と言うか植物系は色々出鱈目なので深く考えてはダメです。アレは例外なので無視して下さい。

 で話を戻しますが、『クローチ』も色々亜種が居るんですよ。下水路に住み着いた……いえ、逃げ込んだ『クローチ』が弱いだけで、もっと強い『クローチ』も居ます。

 そうですね地下2階『昆虫の楽園』にも『ブラッククローチ』が居ますが、これは下水路の『クローチ』とは比べ物にならない程の強さです」


「うぇ……そう言えばアソコにも居たわね、まあ偶にしか見かけないからまだマシだけど」


「『昆虫の楽園』は他にも様々な種類の昆虫型魔物が居ますからね、弱肉強食の世界ですから、『ブラッククローチ』程度では中々勢力も伸ばせないのでしょうね」


「けどその強さの差は魔結晶による強化のバラツキなのかしら?」


「そうですね元が同じ種であっても個体差や亜種によって魔結晶に馴染むものと馴染まなかったものとで強さに差が出て、魔物としても亜種が様々に出来たとの説が有力ですね」


「下水路の魔物は進化するでしょ? 『ブラッククローチ』に進化したりしないの?」


「下水路の『クローチ』は『ブラッククローチ』にはなりませんね。

 チョット進化した場合は『シャドウクローチ』ですね、後は前にも話しましたが『ホワイト』でしょうか。

 それよりも進化すると『オニキス』や『パール』になるので『ブラッククローチ』より強くなりますから……

 丁度『ブラッククローチ』と同程度の強さのモノがいませんね。周囲の環境の差なのか元の種が違うのか……」


「ちょっと今の話で気になったんだけど、えっとサアヤちゃん、『クローチ』の元になった昆虫がいるの?」


「それが魔物化する前の種が残っているモノも居るのですが、『クローチ』や『ジャイアントラット』は元となった種が残って居ません。

 下水路など魔素が溜まりやすい場所に住んでいた為、全て魔物化した、若しくは魔物化した同種に元の種は全て食べられて絶滅したのではないか? っと言われてますね。下水路の魔物は共喰いをする事でも有名です。魔物同士でさえ共喰いするんですから元の脆弱な種はエサでしか無いでしょうから」


「そう、良かったわ」


「全くね、コッチにはアイツらが居ないからホッとしてたのよ。

 もしコレで小さいのまでいたら……」


「やめましょうメグミちゃん! 考えてはダメよ! 居ないのよ? 今はそれを素直に喜びましょう」



 そしてこの五街地域では硬貨は50円半銅貨が最小額の硬貨だ。

 下水路の魔物の討伐報酬の70円などと言う金額は払いようが無いため端数が切り捨てられる。

 2匹倒して140円だが、40円は切り捨てられる。

 3匹倒して210円だが、10円は切り捨てられる。

 4匹倒して280円だが、30円は切り捨てられる。

 5匹倒せばやっと350円となり、切り捨てられる端数が無い。

 下水路の魔物は5匹単位で倒さないと数十円だが損をするのだ。



「なんで1円硬貨や10円硬貨を造らないの? 5円硬貨までは要らないかも知れないけど、不便じゃない?」


「硬貨はそれの鋳造にも手間と製造コストが掛かります。余り豊かでは無かったこの地域には、そんな少額の硬貨を造るような、それに割ける余裕が無かったんですよ」


「今は結構豊かでしょ? 造ろうって話はないの?」


「無い生活に皆さんスッカリ慣れちゃってますからね……偶にそんな案も上がるのですが、余り賛同が得られずに廃案に成ってますね。

 今でさえ硬貨が重いって女性やお年寄りに不評ですからね。

 これ以上硬貨を増やすとお財布がスゴイ重さに成りますから、幾ら製造出来る余裕があっても需要が有りませんよ。

 それにこの地域では100円以下の値段のモノはまとめ売りが基本です。大体どれも10個単位や100個単位で売ってるので無くても困りませんわ」


「そう言えばそうね、なんでだろう? って思ってたけどちゃんと理由があるのね」


「10個単位なら例え5円のモノもでも50円になるので硬貨で売買出来ますからね」


「だから討伐報酬が100円以下の魔物の討伐数は10匹単位なのね」


「けど残念ね、それじゃあ数円単位での値引き交渉や、1980円とかの値段はつけられないわ」


「? 数円単位の値引きに意味が有るんですか? それに2000円でいいじゃないですか? 20円値引く意味は?」


「心理的なものよ、単価は数円単位でも、量が纏まると結構な値引き額になるでしょ? 消耗品なんかの値引きは単価でやって、値引き額を少なく思わせるのがコツなのよ。

 あと売値もね、2000円だと最初の位が2でしょ、1980円だと1よ。

 2と1じゃあ倍値段が違うように感じるでしょ? 実際の差額よりもその受ける印象が大事なのよ。

 それに後半の数字にも意味があるのよ、9が続くと大きい数字に感じるでしょ? 8は9よりも小さいわ。だから最後を80にして少しでも心理的なハードルを下げてるのよ」


「そうなんですね、偶に召喚者の方が19800円や198000円でモノを売りに出してたりするんですけどそう言った意味が有ったんですね」


「凄いわね、心理学まで利用して値段をつけてるのね」


「あれ? お姉さま?」


「ッチ、このブルジョアめっ!」


「褒めたのに?! なんで?」


「この値段の付け方を知らないって事は殆ど自分で買い物をした事がないお金持ちか、値段を気にしないでサクサク物を買ってたお金持ちって事よ!

 どっちにしろお金持ち! ブルジョアよ!」


「ううぅ」



 下水路の魔物の場合は、この地域特有の硬貨の事情も有る為『ゼリースライム』を利用して魔結晶を纏めて、その大きさで討伐報酬を支払って貰うのが一般的になっている。

 少額の討伐報酬であっても不正は許されない、計算させる方も、計算する方も面倒な為この方法は歓迎されている。


 冒険者組合では下水路を出てから魔結晶を纏める事を推奨しているが、面倒くさい為か『ゼリースライム』を使った魔物の解体の序でに纏める者が多い。その為、纏めた魔結晶を他の魔物食べられて上位個体を発生させる者が後を絶たない。

 流石に『ジュエル』や『スパークラット』に進化出来るほど大きな魔結晶を食べられる間抜けは少ないが、それでも平均一月に2・3件の頻度で発生している。


 そうして発生した上位個体がいる為、下水路は見習い冒険者でも卒業間際の実力が在る者や『青銅』や『鋼鉄』など戦い慣れた者が多い。


(ボスを養殖出来ないなら下水路に用は無いわね!)


 その点、地下1階は魔素が薄く、上位個体が沸かない為、魔物の強さに余り差がなく、狩りやすいのが特徴だ。

 入り口付近の区画なら魔物の数もソコソコで獲物に困る事も無いし、群れに囲まれる事も無い。ソロでも狩り易い狩り場として冬場は人気の階層だ。


(試し切りには丁度良いのよね、ただ今後もっと下層で強い植物系魔物が出て来た時、今のままだと確実に苦労するわ。

 もっと効率よく倒す方法が有る筈よ!

 ってみんななんで嬉しそうにガンガン倒してるのよ!

 こんな雑魚でも少しは工夫して倒しなさいよ! 練習にならないでしょそれだと!

 ああもう段々と面倒になってきたわ、皆んな大雑把にガンガンいってるのに、なんで私だけ思い悩んでるのよ!)


 メグミに切り刻まれた『グラインダーパイン』が魔素に分解していく。植物系魔物は、普段はそこら辺に生えている普通の花や植物の群生地に普通の花や植物の様に擬態しながら生えている。その際、光合成をしている為か、ドロップが豊富だ。

 この『グラインダーパイン』は白いコッペパンのような形の、ミカンの薄皮の様な物に包まれた物を落とす、一見気持ち悪いのだが、この薄皮を破ると中にどう見てもパイナップルの果肉にしか見えないものが入っている。コレが『カットパイン』だ。



「この『カットパイン』って何でカットされてるのよ?

 そもそもこの薄皮みたいなのに包まれてドロップする理由が分からないわ。

 他の魔物も良くこの状態でアイテムを落とすけど一体なんなの?」


「魔物が発生して時を経て受肉するとそれがドロップアイテムになるんですよ、初心者講習で習いませんでしたか?」


「それは聞いたわ、それがこの状態な理由は何なの?」


「この段階の受肉では小さなカットされた様な状態ですけど、完全に受肉して魔素で構成された身体が置き換わると『グラインダーパイン』の果肉部分全部が食べられるパイナップルになりますよ。

 これはまだ一部だけしか置き換わって無いから、その果肉部分を保護する為に薄皮で包んでいるのですわ。

 この薄皮も最終的には表皮と一体化する様ですね」


「そもそも魔物は何の為に果肉部分を増やしていってるのよ?」


「エネルギーをその身に蓄えて行っているのですわ。

 魔物の魔素で出来た身体は常に魔素を必要としています、魔素のエネルギーを補充する必要が有るのですわ。

 しかし、それでは魔結晶を育てるのに回す魔素、エネルギーが少なくなってしまいます。

 ですから魔物は魔素以外の物質やエネルギーを取り込んで身体を魔素から生身に変換する、これがよく言われている『受肉』ですわね。

 そうして『受肉』が完了すれば、魔物は魔素を魔結晶を育てる事だけに集中できる、その為、発生した魔物は『受肉』をするのだと言われています」


「その受肉途中の段階のモノって事? 一応理由が有るのね……」


「果肉がそのままグチャっと地面に転がらないから、薄皮が有るのは私達には便利だけど、魔物には必要なのかしら?」


「魔素で出来た身体との境界線として必要見たいですわ、受肉が進めば薄皮も大きくなっていくので……」


「境界? 境界なんているの? どちらも自分の身体でしょ?」


「使用されているエネルギーが違うので満遍なく混ぜる訳にはいきませんよ。

 これは植物系の魔物に限らないんですよ。コボルトも爪から受肉していくでしょ?

 爪の後は牙や毛皮と末端から受肉していきます。そして徐々に全身が受肉していくんです」


「完全に受肉するとどうなるの?」


「魔素を魔結晶の強化に集中出来るので非常に強くなります。

 そして大抵の場合進化します。受肉して進化した魔物は非常に強力です。黒鉄鉱山が今閉鎖されている理由もコレです。

 地下2階のコボルトで有ってもこの状態の魔物には、見習い冒険者では対抗出来ません。

 初級冒険者で有っても対抗出来るのは『黒銀』の上位者位でしょうね」


「そう言えば受肉すると繁殖を始めるのよね? コボルトの幼生体……何かしら、仔犬が2足歩行している姿を想像しちゃってすっごく可愛いって思っちゃった」


「コボルト位の知能が有れば確かにペットに出来そうね! それ良いわ、とっても可愛い!」


「メグミちゃんやお姉さまはコボルトのメスを見た事が有りますか?」


「さあ? 改めて聞かれても……そもそも普段戦ってたコボルトってオスなのメスなの? 付いてたっけ? 毛皮に隠れてて見えてなかった様な……ノリネエどっちか覚えてる? ってか見たことある? 付いてるの?」


「えっっと付いてるってアレよね? うぅ改めて聞かれても……少なくとも私は見たことが無いわ」


「ノリネエ、何赤くなってるのよ? コレは生物学的な話よ?

 わぁっ、ちょっ、もう怒らないで、ちょっとからかっただけでしょ。

 けどそうね私も見た覚えが無いわね、って事は全部メスだったって事?」


「逆ですよメグミちゃん、全部オスです。

 見えて無いのは埋もれていたのと毛皮の所為です。

 コボルトはその殆どがオスで、メスはほぼ居ない魔物なんです。

 ですからコボルトの幼生体は今回も見つかって居ないと思いますわ」


「ほぼ居ないって事は居るのはいるのねメスが?」


「極々稀に発生する特殊個体に『コボルトプレエステス』が居ます、唯一のメスのコボルトですね」


「だったらそれと番いになって幼生体のコボルトが生まれるんじゃ無いの?」


「とても気位の高いコボルトなので他のコボルトを従える事はあっても番う事はないのだそうです。

 知能も高く人語を普通に喋るのだそうですわ、一度資料で写真を見ましたが一見するとコボルトに見えません。

 犬系の獣人族とも違って犬人間と言いますか、人に犬っぽい鼻や耳を付けて毛皮に覆われるとこんな感じかな? といった見た目です。

 資料に載っていた方はとても知性的な……綺麗なご婦人と言った感じでしたね、品の良いドレスを着ていた所為もあるのでしょうけど」


「何それ? 凄いわねコボルトがご婦人で美人?」


「ねえメグミちゃん、アニメで犬を擬人化してたのを見たことが有るわ、あんな感じなんじゃないかしら?」


「ノリネエって偶に古いアニメや映画を知ってるよね? アレかなハドソン夫人が出てくるやつ!」


「日本語の勉強にってお爺様やお婆様が日本から色々送って来てくれてたのよ、お爺様はアニメが好きな方だからそれで……ってメグミちゃんも良く知ってるじゃない、そのアニメだわ!」


「私はね、児童館とか行ってたから、そのアニメも児童館に置いてあったのよ、子供に見せると夢中になって見るから、その間手が掛からないのよ。

 面白かったから私も見入ってたけどね……」


「お姉さまもメグミちゃんも私が知らない話で盛り上がってズルいですわ!」


「ゴメンゴメン、そうねサアヤにはトンチンカンな話よね。

 っで話は戻るけどそういった理由で幼生体が居ないのねコボルトには、ちょっと残念ね、小さな2足歩行の犬のペットとか可愛いのにね」


「ねえサアヤちゃん、だったらコボルトは繁殖をしないのね? 発生するだけの魔物なの?」


「恐らく遠い昔に普通のメスのコボルトが何らかの理由で滅んだと言われていますね。

 ですから現在のところコボルトには発生型しかいません」


「オスのアレが目立たないのもその所為かしらね?

 使わないから退化しちゃった?」


「ちっ違いますからね! 退化したわけではなく元々あんな感じで目立たないだけですわ」


「あいつら発情期とかどうしてるんだろ? ……っまさかオス同士でっ!!」


「オス同士で? いえオス同士では性行為は出来ませんよ?

 確かにコボルトにも発情期はある様ですが……」


「だったらますますオス同士でするしかないでしょ? サアヤだって趣味的にそっちの方が嬉しいでしょ? それにメスが居ないんでしょ? コボルトのいる場所は女性の侵入が禁止されて居ないって事は人の女性を襲う訳でもないんでしょ?」


「私は耽美な美形同士の絡みが良いんです! ケモナー属性は有りませんわ! 好みとしては女顔の年下男子の強気ショタ攻め、優しい大人な彼氏の年上受けです!!」


「いや、いきなり自分の性癖を力説されてもねぇ、これってどう反応するのが正解なの? ノリネエはどう思う?」


「こっちに振らないでっ! 私だって困るわ!」


「ノリネエはサアヤから良く本を借りて読んでるよね?

 ノリネエの趣味は如何なのよ? 何攻めの何受けが好みなの?」


「それが受けとか攻めの概念が良く分からないんだけど……

 男同士ってだけで恋愛のお話しよね?」


「あれ? そこから? サアヤの持ってる本って結構過激なのが多かった様な?」


「お姉さまの借りていく本はストーリーがしっかりした物が多いですわ。

 描写は過激で耽美ですけどメインストーリーはしっかりとしたモノが多いですね」


「そうなの? そう言えば最初に読んでいたのも、日本の少女マンガのパクリモノのストーリー重視だったわね」


「メグミちゃんが知らないだけで、サアヤちゃんの持っているマンガは、男同士の恋愛も有るけど、メインは主人公の女の子の恋愛ってマンガも多いのよ」


「知ってるわ、一応少女マンガだけど不必要に男同士の絡みが多いやつでしょ?

 ストーリー物は私も偶に借りて読んでるわ」


「メグミちゃん的には何系が好きなんですか?」


「悪役令嬢や主人公以外の女性キャラをメインに色々妄想を膨らませているわよ?

 こう強気で高ビーな悪役令嬢が主人公にざまぁされて、弱ってる所を攻めて、M調教したりする妄想をしたり。

 大人しい主人公の親友の女の子に色々と無理を言って困らせて、そこをセルフで助け船を出して落とす妄想とかも良いわ! 色々と捗るわね」


「歪んでますわ! 楽しみ方が歪み過ぎてますわ!」


「少女マンガはね、主人公以外の女性キャラも丁寧に描き込みされてたりするから色々面白いのよ。

 悪役令嬢は多分作者のコンプレックスの対象なのねとか、この都合の良い出来た親友が作者自身の分身なのねとかね。

 自分の妄想の中でさえ主人公には成れない位拗らせて、それでもせめて自分の妄想の中の理想の私を主人公の頼れる親友役に持ってきてるんだわってね。

 二度と三度と楽しみ方が変えられるのが少女マンガの良いところよね」


「ねえメグミちゃん、そんな風にマンガを読んで楽しいの?」


「仕方ないでしょ? 主人公の考え方には共感出来ないし、ヒーローにも他の男性キャラにも興味無いし……そうなると数少ない女性キャラに注目せざるを得ないのよ。

 でそっちに注目すると色々見えて来てそれはそれで面白かったりするのよ」


「ぅうう、私の大好きなマンガが何だか穢された気分ですわ」


「何言ってるのサアヤ、最初から穢れきってるでしょ? 寧ろ腐ってるわよ、そう言ったマンガでしょうに」


「そんな事は有りませんわ! 確かに同性同士かも知れませんが、だからこそ純粋な愛の形を表現しているとても尊いマンガです!」


「純粋なって男同士の肉欲にまみれてるでしょ! 純粋とかそう言うのは性的な表現を抑えてから言いなさいよ!」


「メグミちゃんはバカですか! 男同士で性的ってアレは愛の表現で合って性的な行為では有りませんわ!

 第一男同士で性行為は出来ませんよ!」


「……アレ? え……っとノリネエはどう思ってるの?

 アレよ濡れ場の事よ?」


「男の人の裸は少し恥ずかしいけど、とても綺麗な描写だと思うわ、肉体美を描写しながら愛情まで表現している、そうねサアヤちゃんが言ってる様に耽美な雰囲気よね」


「……二人には性教育の基礎から色々と教えたいけど、色んな人から変な事を教えるなって言われているのよね。

 そうか二人ともそこまでネンネだったとはね……」


「何を小声で言ってますの?」


「そうよね、変な知識無しにアレを見ても芸術的な絵画のヌードと一緒なのね。

 まあ一番肝心な何処に何をって所は隠してるから知識がないと分からないわけね。

 男向けのエロマンガは直接的な表現が多いのに何で女性向けってあの瞬間だけボカしたのが多いんだろう?」


「何の事ですか? 男同士でスキンシップをして愛を確かめ合っているだけでしょ?」


「あれ? イヤ待って、確かサアヤの持っていた本の中には直接的な表現なのもあったわ……」


「直接的な表現? メグミちゃんそれっていきなり男の人の裸で始まる本の事?」


「アレはダメです。ストーリーが有りませんわ。あんなのはマンガでは有りませんわ、単なるイラスト集としても価値の低い駄作です!!」


「あっそうか内容の薄い、本格的な薄い本はコッチだと不人気何だっけ?

 サアヤのコレクションでもスミに追いやられてる感じだったし……もしかしてマトモに読んで無い?」


「男の人の裸だけ描いている本はマンガでは有りませんわ。

 絵とストーリーが伴っているからこそ、そこに感動が生まれるのですわ!」


「そうよね、2次創作ッポいマンガもあったけど、原作を知らないからかしら?

 お話が意味不明で絵が綺麗でも私は余り読む気がしないわ」


「でもコレクションはするのね……」


「その作家の先生の絵は気に入ってたりするので、イラスト集としての価値は有りますわ」


「ヤマ無し落ち無し意味無しな本はダメか、勉強になるわね。

 けどあんな爛れたBL本な分際で、ストーリー重視な本が受けるとか難儀な世界だわ。

 それにBL本で感動ってどれだけBL本に対するハードルが高いのよこっちは!」


「何言ってるんですかメグミちゃんは! BL本は純文学です! 感動的な愛の話ですわ!」


「そうね、同性同士でも、例えそれが世間から良く思われなくても愛を貫く、感動的な話が多いわ。

 メグミちゃんはBL本を誤解しているわ」


「うん、そうね穢れているのは私ね……って違うっ!

 男同士が裸で絡み合う悪夢の様な光景を耽美とか、腐った嗜好はある癖に何で肝心の知識が無いのよ!」


「悪夢? 美しい光景ですわ、何処が悪夢何ですか!」


「実際の男同士が裸で絡み合っている姿を想像してみなさいよ!

 って言ってるだけで吐きそうだわ」


「メグミちゃんはバカですか? 実際の男性にあんな綺麗な人がいるわけないでしょ! マンガだから良いんです!

 現実とマンガを一緒にしてはいけませんわ」


「サアヤがそれを言う? エルフの男とかマンガに近いでしょ?」


「華奢で女顔なだけです、マンガとは全く違いますわ。

 やはりある程度は筋肉も無いとあの美しさは出ません。

 エルフの男性とかガリガリに痩せていてヒョロヒョロですのよ? 興味有りませんわ」


「けどサアヤは偶に実際の男でも妄想してるじゃない、アレは如何なのよ?」


「現実からシュチュエーションだけ借りて来て、頭の中で美化しまくって想像しているだけですわ」


「よくそれで人の事を非難出来たわね? そっちだって十分歪んでるわよ!」


「何処がですか?! 私は純粋に現実の世界でもマンガのヒントを探してるんです!

 将来、マンガを描く際に参考になりますわ!」


「あれ? サアヤってマンガを集めるだけじゃなくて自分でも描いてるの?」


「……あっ、今のは忘れてください!!」


「何? 部屋に篭って何してるのかと思ったらマンガ描いてたの?」


「ううぅ忘れてください! この話は終了!」


「ねえサアヤちゃん、今度描いている絵を見せて!」


「あぅ、お姉さままで! ダメですまだ人様に見せられる段階では有りませんわ!」


「まあその辺は突っ込ま無いでいてあげる。見せれる段階になったら見せてね」


「あら? そう言えばメグミちゃんも絵上手よね?」


「裸婦のヌードデッサンは大得意よ!」


「他は? メグミちゃん他は如何なんですか? それにお姉さま、何でメグミちゃんが絵が上手いって知ってるんですか?」


「この間の鎧の設計でね、で私を描いてそれに鎧を着せて色々要望を描き込んでいたんだけど、とっても上手いのよ。

 前にテレビで見たアニメなんかのキャラクターの設定のスケッチみたいに色々な角度でサラサラと描いていくのよ」


「その魔鋼のヒールブーツを設計した時ですね?」


「まあ色々設計するのにスケッチしてアイデアや要望をまとめるからね、ある程度は描けるわよ。

 本格的な設計前にイメージを纏めるのは重要よ」


「メグミちゃんって設計図も綺麗だけど、スケッチも綺麗よね……書いているメモはスッゴイ適当なのに……」


「失礼な! 何が適当よ! メモは自分用なんだから自分が分かれば良いの!

 綺麗に書く必要が無いわね」


「字は綺麗なのに何で色々適当なの? 角度や字の大きさも違うし、後で見難くないの?」


「だから人に見せる資料じゃないんだから、読めれば良いのよ」


「絵の綺麗さとのギャップがね、なんだか落書きしてるみたいに見えるのよね……」


「実際に落書きだけど? ノリネエは何を勘違いしてるのか知らないけどスケッチってのは落書きなのよ?」


「そうなの?!」


「ねえメグミちゃん、そのスケッチ見せてくれませんか?」


「良いけど、本当に適当よ?」


「わっ本当に上手いですね! 凄い……ねえメグミちゃん、このオッパイぷるんぷるんって?」


「オッパイぷるんぷるんよ? 実際に揺らす様な描写をすると鎧のスケッチの邪魔でしょ?」


「鎧の設計に必要ですか?!」


「ふっ気分の問題ね」


「あっコッチにはプリケツって書いてる、その下のチクショウめ! ってなんなんですか?」


「心の叫びね! スタイル良すぎなのよノリネエは! 嫉妬は溜め込まずに発散するべきだと思うわ」


「良く見ると色々本当に落書きになってるわね、んっ? 何で鎧のスケッチなのに下着の検討図になってるの?」


「お尻やオッパイ描いてたら描きたくなったからよ?

 こういった下着がノリネエには似合うと思うのよ! ねっ!

 ほらこの辺レースで、そうね図柄は薔薇とかが良いかしら?

 色は白よねイメージ的に! 若干ピンクも入れてツートンカラーも捨てがたいわ。

 当然上下はセットで、そうそうガーターベルトにストッキングも忘れちゃダメよね」


「本当にサラサラと描きますね、しかも上手い、けどメモの内容は酷いですわ……ウヘヘッとかメモで書く必要有りますの?」


「絶対領域? ミニスカ必須ってなんなのメグミちゃん」


「見えそうで見えないのが良いのよ!」


「えっ? スカートとストッキングの間が絶対領域なの?」


「違うわ! これはニーソックス! ガーターベルトがないでしょ?」


「プニプニって何書き込んでるの! 私そんなに太って無いわ!」


「分かって無いわねノリネエ! このニーソックスの上の太腿のプニッと感が大事なんじゃ無い! 若干肉が乗った感じがたまらないでしょ!」


「メグミちゃんコレって鎧の計画スケッチなんでしょ?

 ガンガン落書きしていってますけど良いんですか?」


「ヒールブーツは出来てるでしょ? ほらこの辺とかサイズのメモよ、その辺は既に設計図の方に記入してあるから、このスケッチはもう別に必要じゃないのよ。だから落書きしても平気よ」


「必要ないのに保存しているんですか?」


「必要は無いけど、役に立たない訳でも無いわ。こうやって落書きに使えるし記念にもなるでしょ?」


「けどアレですね、これだけ描けるならアシスタントとして十分通用しますわね。

 メグミちゃん今度手伝ってくださいませんか? メグミちゃんが手伝ってくれれば夏のコミパに間に合うかも知れませんわ」


「ふっ、サアヤ何を言ってるの? サアヤの描いているのはBL本でしょ?

 手伝える訳ないでしょ、男なんて描きたくもないわ!」


「背景だけでも良いんです! ほら最近はデジタルですから、メグミちゃんの描いてくれた背景に後から人物を合成だって出来るんです。

 ねっメグミちゃんお願い」


「むぅぅぅ、色々こっちも手伝って貰ってるから断り難いわね……建物とか風景だけなら手伝っても良いわ」


「効果とかはどうなんですか?」


「そっちはノリネエにお願いしなさい、見てよ……薔薇の模様のレースって言っただけでもうここまで描き込んでるわ」


「お姉さまっ何を描き込んでるんですか!」


「だってメグミちゃんが落書きして良いって言うから……ね? でもほら綺麗でしょ、薔薇の模様のレース……こんなのがあったら素敵よね」


「ね? お花とかレースとかの効果はノリネエの独壇場よ。こう言った少女趣味全開のデザインでノリネエの右に出る者は居ないわ」


「なんだか希望が湧いてきましたわ、これなら間に合いそうですわ♪」


「ねえ、ところで肝心のサアヤの絵はどんな感じなのよ?」


「先ほども言いましたよね? まだ修行中です!」


「いや人に手伝いを頼んでおいてそれってどうなのよ?」


「夏のコミパだったかしら? それって何時なのサアヤちゃん?」


「8月ですわ、お姉さま」


「サアヤ、もう五月も半ばよ?」


「まだ三か月ありますわ」


「いや後三か月しかないのよ? 幾ら薄い本でも厳しくない?」


「カラーではありませんし、10ページほどのコピー本ですから平気ですわ」


「うんうん、身の程を知っているのは良いことだわ。けどね、先ずはサアヤの画力の程がね……」


「がんばって修行中です!! どうしても写実的になるだけで、絵自体は得意なんです。

 もうちょっとで、あと少しでマンガ絵の極意が掴めそうなんです、大丈夫ですわ」


「まあ……あまり期待しないで待ってるわ、取り敢えず、ネーム、レイアウトのラフだけでも貰えたら、ノリネエと二人で背景と効果は仕上げておくわ」


「なんでそんなに期待薄なんですか! 少し位励ましてください!」


「野郎の絵を描いてる時点で応援とかしないからっ!」


「でも、ちゃんと手伝うのねメグミちゃん」


「でもこっちのコミパって応募とかしないの? 日本だと参加するのでさえ抽選だったけど?」


「それは大丈夫ですわ、応募は既に済ませて、場所は確保してますから」


「……まだ絵の修行中なのよね? 良くそれで応募したわね?」


「まあまあ、良いじゃないのメグミちゃん、何事にも積極的なのは良いことだわ。

 目標が決まった方が、修行にも身が入るでしょ?」


「ノリネエ、忘れているかもしれないけど、私達はまだ見習い冒険者なのよ?

 それほど絵の修行に時間は取れないわよ?」


「大丈夫ですわ、夜に家で少しずつ練習しますから」


「で? 肝心のその絵ってのはどんなタッチなのよ?

ある程度背景も絵のタッチに合わせないとダメでしょ?

 少し位は見せてよ、何か持ってないの? これに落書きしてくれても良いんだけど」


「恥ずかしいんですけど……仕方有りませんわね……表紙のラフです」


「……写実的ってサアヤの好きなのはあの繊細なタッチのマンガでしょ?

 なんで劇画風なのよ? 何この悪夢の様な裸の男同士の絡みは!」


「ここから線を引いてデフォルメするんですっ!!」


「でも上手いわよ、サアヤちゃんは普通に油絵とか絵画はとても上手いのね」


「何だろうルネッサンスの宗教画の様な……ルーベンスの絵に似てるわ。ここからマンガ絵に持っていくの?」


「……確かに苦労しそうね」


「もうっ! お姉さままで! けど難しいんですよ……何であんな線の少なさで確かに人だと、美しいと感じられるのか……あのデフォルメは独特の感性が必要ですわ。

 技術的な事だけだでは……」


「まあ良いわ、最悪劇画チックで有ろうとどうせBL本でしょ?

 興味が無いわ!」


「メグミちゃんったらそれを言ったら身も蓋も無いでしょ。

 話が大分逸れたけど、元の話に戻りましょ……って何を話していたのだったかしら?」


「コボルトでしょ、メスの居ないコボルトが発情期にどうしているのかって話じゃなかったっけ?」


「そうそうだったわね。けどオス同士では無いってことでしょ?

 そうなると……」


「大丈夫ですわお姉さま、コボルトは人や亜人などの種族は犯しません、コボルトと人では子供も出来ないですし、彼らにとって人の女性は性欲の対象足り得ません。

 しかし、狼や犬は違います。コボルトは人の女性は犯しません、しかし、発情期に狼や犬のメスは襲います」


「はぁっ? ってそれって……」


「コボルトは2足歩行して手も物が掴めるように発達してますが、ほぼ犬ですからね。

 同じ2足歩行なだけの人よりも、4足歩行でも自分達に近いイヌ科のメスの方に魅力を感じているようですわ」


「大変よメグミちゃんっ!! ソックスちゃんが危ないわっ!!」


「大丈夫よノリネエ、ソックスはオスよ」


「そうなの? ああっ良かった、私、ちょっとドキドキしたわ、なんて危ない所に連れて来てたんだろうって……けど私ソックスちゃんってメスだと思ってたわ」


「そうですわね私もラルクちゃんと仲良くしてるからメスなのだと思ってましたわ」


「ラルクって人の男には絶対に近寄らない癖に動物系のオスはヘッチャラ見たいよ。

 アレね自分のライバル足りえないオスには普通って事じゃない?」


「そうなのかしら? プリンちゃんとも仲が良いけど、プリンちゃんには性別が無いし、他の子達とは……どうだったかしら?」


「お姉さま、聖獣は穢れを嫌うから、大人の男性には近寄らないのですわ。純潔に拘るのもその所為です。

 処女を好んでいるのでなく、穢れていない、清純なモノを好んでいるんです。

 赤ちゃんなんかは男女の区別なく守るのが守護聖獣の特徴です。例え男性であっても穢れていない、優しい、純粋な心を持った子であれば、第二次性徴が現れるまで位なら、普通に接することが出来ますよ」


「処女厨じゃなかったの? 意外だわ……」


「まあっ! そんなこと無いわ、ラルクは元々紳士よ! メグミちゃんはラルクを誤解してるわ!!

 けどそうなのね、ソックスちゃんって穢れていない、そう無邪気で純粋な感じだから、それであんなに仲がいいのね!」


「けどサアヤ、ソックスは結構魔物を狩ってるわよ? 何時も口の周りが返り血で血だらけだったりするんだけど? アレはOKなの?」


「ラルクちゃんだって魔物を狩ってるでしょ? 魔物は穢れその物ですからね。それを祓う、撃退する行為ですから、穢れた事には成りません。

 それにソックスちゃんが魔物を狩っているのは、メグミちゃんに褒めてもらいたい一心ですから、殺意の欠片も有りません。あれは家のお手伝いを頑張っている子供と何ら変わりが有りませんわ」


「魔物が穢れその物って、ソックスはその魔物でしょ?」


「ペットの魔物は穢れる前に、ペットにしてますからね、少し特殊なんです。それにソックスちゃんはそのペットとしても少し変わってますわ。

 あそこまで素直で純粋な子はそんなにいませんよ? メグミちゃんに懐くにしたって、あそこまで懐いている魔物のペットは珍しいですわ。

 怯えて絶対服従とは少し違いますよね? メグミちゃんの事が好きで好きでたまらない、そんな印象ですわ」


「前にも話したけど、メグミちゃんの事を本当にお母さんだと思っているのかもしれないわね、だって本当にそんな感じだもの」


「私の可愛いソックスだもの! 当然ね!」


「……ペットって飼い主に似るのだそうですけど、メグミちゃんとちっとも似てませんよね」


「ソックスちゃんはあんなに素直で可愛いのに……」


「あれ? なによそれ、私も素直で可愛いわよ!」


「メグミちゃんは自分の欲望に素直で、無駄に可愛い残念美人。一緒にしたらソックスちゃんが可哀そうですわ」


「無駄って、そんなこと無いもの! これでも初対面の女の子と油断させるのに役に立つのよ!」


「そう思うならメグミちゃんは先ず、服を……服だけで不審人物扱いされるわよ?」


「『ママ』が痺れを切らして、この間メグミちゃんの冒険用の丈夫な服を生地を買ってきて縫おうとしてましたわ」


「ミシンを買うまで待つ様に言ってるのにね。ってそう言えば、裁縫用の魔法が有るって聞いたわ、あれ習えばミシン要らないのかしら?」


「そんな魔法が有るんですか?」


「あれ? サアヤも知らないの? ナッちゃんに聞いたのよ。ミシンが高いって話したら、『裁縫魔法』で代用したら? って言われたの」


「『裁縫魔法』? そんな魔法が有るんですね……『錬金魔法』や『鍛冶魔法』のように、道具代わりになる作業用の空間魔法でしょうか?」


「本当に便利よねこの世界の製造系の魔法は、道具を魔法で代用出来るから、買い揃える必要が無くて本当に助かるわ」


「製造系の魔法の元祖は『錬金魔法』なのだそうですよ。

 錬金術には元々魔法による錬金工程があるのですけど、それを錬金術の師匠が色々改造・改良して、道具を使わなくても魔法で代用できるように発展させたのだそうです。素材をその場で錬成したかったそうですわ」


「それを元に他の製造系の魔法が出来上がっていったのね。まあこの街の服屋は品揃えが少しオカシイものね。

 アレだけの種類を揃えるなら全部手作業ってのは考え難いと思ってたのよね。

 けど何処で習うんだろ? 裁縫系の組合って何処に有るのかしら?」


「商業区画じゃないでしょうか? そうですね、冒険者区画の組合は色々回りましたが、商業区画は余り用がないから回ってませんね。

 盲点でしたわ、そっちにも色々便利な魔法や道具が埋もれてそうですわね」


「自分達で作ったり、普通の商店で買い物はしたけど、商業区画には行ったことが無いわね。商業区画は日用品なんかの製造や取引をしているのよね?」


「製品としての日用品は商店街に売ってますし、冒険者向けの用品の製造は冒険者区画で行われていますからね。

 一般人向けの用品を製造してる商業区画には今まで用が無かったですからね、今度巡って見ましょうか?」


「取り敢えず最優先は『裁縫魔法』ね。あれが有れば自分でも色々縫えるわ。

 やっぱりミシンは必須よ。そうよミシンさえあれば、アンダーアーマーに防刃繊維の織り込まれた肌着とかも良いわね」


「うっ、筋肉がピクピクしている映像がっ!!」


「イヤ、アレはイヤよ、メグミちゃんアレはダメよ?」


「肌着だって言ってるでしょ? あんなのと一緒にしないでよ、ちゃんと上に服を着るわ!」


「先輩に向かってあんなのはないでしょ、ちょっと口が悪過ぎるわよメグミちゃん」


「ノリネエだってアレ呼ばわりでしょ!」


「どっちもどっちだと思いますわよ? けどメグミちゃん、防刃繊維の織込められた生地って高いんでしょ?

 『ママ』が値段に驚いて買うのを諦めたくらいですもの」


「ピンキリよ? 『ママ』ったらどんな生地を買おうとしてたの?

 あの先輩達が着ていた様なミスリル繊維が大量に含まれていなければそこまでの値段じゃ無いわよ」


「けどそうね『裁縫魔法』が有るくらいなら機織りの魔法もあるんじゃ無いかしら?」


「それも良いわね、買うと高いけど自分で織っちゃえばそこまで高く無いのかも知れないわね」


「糸は『ブラックスパイダー』や『鉄クモ』の物を在庫で結構持ってますわ。ミスリル繊維も今回大量に作ったからまだまだ在庫が有りますわね」


「ミスリル繊維か、流石に贅沢じゃ無い?

 普通の防刃繊維の生地は『鉄クモ』の糸で作った物よ、それで十分じゃ無いかしら?」


「メグミちゃんの物だけでもミスリル繊維で作るべきですわ。

 少しでも防御力を高めないと危険です」


「そう? 上から鎧も着るからそこまで要らない気がするけどね」


「私達の安心の為にどうしても必要ですわ!」


「お願いメグミちゃん、本当にメグミちゃんの戦い方は心臓に悪いのよ。

 幾らメグミちゃんは平気でもこれは譲れないわ」


「まあ良いけどね、ああいったアンダーアーマーは動きを阻害しないから。

 あーまた話が逸れたけどコボルトって狼や犬のメスを襲うのよね?

 子供は? ゴブリンやオークは相手の種族に関係なくハーフじゃなくてゴブリンやオークが産まれるのよね?

 だったらコボルトも相手が狼だろうが犬だろうがコボルトの子供が生まれるんじゃ無いの?」


「それが普通に狼や犬の子供が生まれるのだそうで、ゴブリンなんかと違ってコボルトが生まれる事は無いのだそうです」


「でも子供が出来るんだ! 本当にコボルトって2足歩行の犬なのね」


「まあその方が良いですわ、人を犯さないだけゴブリンやオークよりマシですもの」


「けどサアヤちゃん、狼系や犬系のペットも居るじゃない?

 メスだっているでしょ? コボルトの居る階層は危ないんじゃ無いかしら?」


「メスのそれらのペットはコボルトの居る階層には普通行きませんよ。ペット紹介所で最初に注意されるそうですから」


「ペットでさえ女の子には世界は危険だらけなのね……」


「まあそれは何処でも一緒よ、盛ったオスなんて何処にでも沸いてるわ! それがこの世界は魔物ってだけよ。

 それにコッチは襲って来るオスは魔物だろうが人間だろうが殺しても良いのよ、返って安全なくらいね」


「簡単に人を殺さないで下さい! 躊躇いは無いんですか!」


「ねえメグミちゃん、向こうで何かして捕まったりとかして無いわよね?」


「シバいた野郎の親が怒鳴りこんで来たことは有るけど警察の厄介になった事は無いわ」


「相手の親御さんが? どうなったの?」


「私を見た途端に無言になって、そのまま帰っていったわ、なんだったのかしらね?」


「相手の親御さんの気持ちがわかる様だわ……凄い逞しい女の子が出て来るかと思ったら、華奢で小柄な可愛らしい女の子だったのだもの」


「メグミちゃんは黙って居ればね……そんな女の子と喧嘩する時点で男の子が不利になのに、急所を潰されてボコボコに撃退されたとなれば何をしようとしてそんな事になったのか逆に疑われますからね」


「サアヤちゃん、メグミちゃんでも流石にそこまではしないんじゃ無いかしら?」


「メグミちゃんですよ? お姉さま達の居た元の世界がどんな所かは知りませんが、メグミちゃんが大人しいなんて有り得ませんわ」


「女に手をあげる様なクソ野郎相手に慈悲は無いわ!」


「ねっ? この通り否定しませんわ」


「女の子だったから許されたのかしら?」


「ちゃんと正当防衛が成立する様にしてるから平気よ。

 それにこっちは女の子! こっちは乙女なのよ! 恐怖心に駆られての多少の過剰防衛はセーフよ」


「乙女? 過剰防衛?」


「何で乙女が疑問形なのよ! どう見ても乙女でしょ! それに過剰って言っても後遺症が残らない様に丁寧に痛めつけてるから平気よ! 歯も折ってないし骨折だってしないように気を付けてボコったわ」


「因みにどんな感じでボコったんですか?」


「急所を潰して動きを止めたり、顎を撃ち抜いて脳震盪を起こさせれば後はやりたい放題よ! 暴れ無い様にいくつか関節を外しておけば更に安全ね。

 面倒な時は締めて落としてから適度に痛め付けるのがコツかしら?」


「うぅ……想像以上に無茶苦茶やってる……それって大丈夫なの? 関節を外すとか後遺症が出そうで怖いわ……」


「確かにこれでは普通の男子では太刀打ち出来ませんね。

 それだけやってよく捕まりませんわね?」


「か弱い乙女一人に、ゴツい野郎が複数人で囲んでいる時点で相手はアウトなのよ。

 犯罪行為を未然防止出来なかった連中に私を裁く権利はないわ」


「昔からそうなんですか? そんなシュチュエーションに陥る前に逃げてください」


「コッチだって誰彼構わず喧嘩してたわけじゃあ無いわよ。

 相手が勝手に通学路なんかで囲むのよ防ぎようが無いでしょ!

 けど何故か、中学の途中辺りだったかしら? 矢鱈と警察官を通学路で見かけるようになったのよね。そうよあの辺りから喧嘩を売ってくる奴が居なくなっていったわ。不良な男子も何故か私を避けるのよ」


「ご両親含めてメグミちゃんの親族一同、関係者の方々の苦労が分かる気がするわね」


「監視と護衛を兼ねていたんでしょうね」


「メグミちゃんってこんなに出鱈目で暴れん坊なのに、ご両親や親戚一同に警察関係者というか司法関係者が多いのよね?」


「迷惑をかけない様に法を侵さない範囲でしばいてたのよ。偉いでしょ、褒めてくれても良いわよ」


「何処を褒めるんですか!? けどお姉さま、メグミちゃんのこの口の巧さは弁護士向きと言えなくは無いですわ。

 本人に法を守る気が皆無なのは問題ですが、法の抜け道を利用する事に掛けては右に出る人居ません」


「何で弁護士なのよ! 警察官だって良いでしょ!」


「お爺様から聞いてますわ! 警察官は法と正義の番人、こちらで言えば衛兵なのでしょう?

 メグミちゃんと最も縁遠い職業じゃ無いですか」


「うるさいわね! バレなきゃ法律違反じゃあ無いのよ!

 有罪が確定しない限り推定無罪よ!」


「ね? 弁護士として無理を通して道理を引っ込めさせるタイプですわ」


「メグミちゃんって私のことをお嬢様だってバカにするけど自分だって相当なお嬢様よね?」


「ウチは公務員だもの、一般庶民よ」


「お父様は検察官なのでしょ? 一般庶民?」


「これだけ好き放題に暴れて捕まって無い時点でお嬢様だと私も思いますわ。

 ご両親含めて相当色々裏で動いていたのでは無いですか?」


「親がどうでも犯罪行為をしたら捕まるわよ。寧ろ親が司法関係者だからこそより厳しい目で世間から見られるのよ」


「何で捕まらなかったんでしょうか?」


「不思議ね?」


「人を犯罪者見たいに言わないでよ!

 相手が犯罪者以外の時は怪我なんてさせて無いし悪いことは何もしてないわよ!」


「普段のランニングは? アレって明らかに犯罪では?」


「何処がよ?! 普通に走ってるだけよ!」


「日本に居た時は屋根の上とか走って無かったんですか?」


「日本は家と家との間が離れてるしビルとかも有ったから屋根の上はあんまり走ってないわ!」


「あんまりって事は走ってたんですね?」


「ウチの近所は知り合いばかりだから問題ないわ!」


「皆さん良い方ばかりだったんですね」


「屋根よりも、近所に神社が有ってそこの森の木の上を良く走ってたわね。

 あの周りって可愛い子が多かったのよ」


「覗きは犯罪ですよ?!」


「覗いてたんじゃ無いわ、たまたま目に入っただけよ。

 しかも相手も気が付いてないから全く問題ないわね」


「いやそれでもダメなんじゃ無いですか?!」


「同性の女の子の姿がたまたま目に入ったからって何で犯罪になるのよ! そんなのが犯罪なら街の中を歩けないわよ」


「それもそうね、そう言われると犯罪じゃあ無いわね」


「お姉さまは甘すぎます! メグミちゃんお風呂とか部屋で着替えて居るのは見てないんですか?」


「たまたまよ、言ってるでしょ?」


「ねっ? この通り犯罪です。メグミちゃんの言い訳は屁理屈ですわ」


「甘いのはサアヤよ! 物証が無いわ! 相手も気が付いていない、誰にも見咎められていない、これじゃあ犯罪として成立しないわね!」


「ご両親や親戚一同の法律の知識が悪い方向に働いた結果なのかしら? メグミちゃんには良心の苛責って無いの?」


「悪い事はして無いもの、何一つ良心は痛まないわね!」


「神社って神様を祀る所ですよね? そんな不純な目的で木の上を飛び回ってて良く怒られませんでしたね」


「親戚が神主の神社だったからね、平気よ。昔から近所の子供の遊び場だもの、私も子供の頃から良く木の上を飛び回ってたから別に怒られなかったわ」


「子供の頃から? 危ないじゃ無いですか?! 良く放置されてましたね?」


「神社の人もたまに修験道だっけ? 何かの修行だって言って木の上とか走ってたわよ? 普通じゃない?」


「ねえメグミちゃん、メグミちゃんのご実家って忍者か何かの末裔なの?」


「さぁ? 特に何も聞いてないわね、ウチは代々あの辺の地域に住んでるだけで、警察やら検察やら裁判官やらが多い家系なだけよ」


「どうしてそんな家系なのに、メグミちゃんみたいな法律と無縁な子が育ったのかしら?」


「そんな事は無いわ、ちゃんと活用してるもの!」


「間違った方向に最大限活用してますよね?」


「良いのよ実家の事なんて! コッチでは関係ないでしょ!」


「けどメグミちゃんは、すぐ私の事をお嬢様で世間知らずって言うじゃない」


「実家が代々医者のノリネエと一緒にしないでよ! ウチは普通の中流家庭だもの贅沢は敵よ」


「二人とも喧嘩しないでください! お二人とも何方もちゃんとしたお家のお嬢様ですわ。

 メグミちゃんも自由奔放な所は有りますけど私のお婆様やアイ様なんかには一応敬語ですし、普通に対応してますわ。

 ちゃんと躾けられて居る証拠です」


「お姫様が何か言ってるわ!」


「まあサアヤちゃんに比べたら私達二人とも庶民よね」


「あれっ?!」



 話が大分逸れたが、『グラインダーパイン』の落とす『カットパイン』は、味も間違いなくパイナップルで、今回のフルーツ採取の目的にも合致している。

 今回襲いかかって来た魔物の中では唯一の目的と合致した魔物である。

 

 ただメグミは、フルーツのケーキ類にはベリー系やアップル系、後はオレンジ系だろうと思っている。

 今回のフルーツ狩りでの目的地選定の際も、メグミの好みのケーキのトッピングになるフルーツで押し通した位だ。


「パイナップルは美味しいけど味が濃いのよね。シフォンケーキのトッピングとして一緒に焼いたりしても良いけど、苺なんかを追加でトッピングすると苺の味が負けて死ぬし、他の果物と味が喧嘩するのが難点よね」


「フルーツポンチやフルーツみつ豆は合うわよ?」


「アレはジュースやシロップが凄く甘いし果物もそれに漬けられて全体的に甘いわ。パイナップルの味の濃さが気にならなくなるのよ。

 それに寒天のサッパリ感が良いのかもしれないわね」


「メグミ先輩の言う通り、そう言えばケーキ類にはパイナップルってあんまり使ってませんね?」


「カグヤちゃん、パイナップルは繊維が硬いしフォークで切りにくいでしょ、だから余りケーキで使用されていないのよ。

 メグミちゃんの言ってる見たいにシロップ漬けを入れて一緒に焼く位ね、そうすれば柔らかくなるし」


「けど小さく切れば、他のフルーツ見たいにフレッシュフルーツとしてトッピングに使えませんか?」


「無理にパイナップルを使う必要ないでしょ?

 それぞれ美味しい食べ方が有ると思うわ。パイナップルはフルーツポンチに回せば良いのよ」


「で? メグミちゃんは今回の第一目標は『クラッカーベリー』だと、そう言いたい訳ですね?」


「季節的にも丁度苺が美味しい季節でしょ?

 苺のショートケーキは定番よ。これだけは絶対外せないわ!」


「まあ私も好きですから良いですけどね」


「それで第二目標は『アップルラビット』なのね?」


「『ママ』のアップルパイは絶品よ。こっちも外せないわ」


「先輩、カグヤはオレンジやキュウイフルーツも好きなんですけど、この事前情報だと『オレンジレンジ』や『キュウイバード』は場所が違いますね」


「確かにそれも欲しいけど、今日は諦めるわ、暫く地下一階のフルーツ狩りは続くみたいだし、そっちはまた今度ね」


「グレープ系も欲しいわね、『シャインマスクカット』も群生地が遠いわ……広過ぎるのよね地下一階は……」


「マスクと言えば『レオメロン』は? 残念コッチも遠いわね」


「『レオメロン』は他に比べて強いから、不人気なんじゃ無いですか?」


「あの上品な甘さが良いのよ、分かって無いわねカグヤは!」


「いえ先輩、カグヤは強い魔物だから不人気じゃないかと言っただけですぅ美味しいのは知ってますよ」


「地下一階程度で強いも弱いも無いわよ、ちょっとベテランならあの程度は余裕でしょ」


「良く一緒に居る『ウリボウ』が面倒なんですよね。

 そうで無くてもライオンの様な『レオメロン』が結構機敏に動きながら近接攻撃を仕掛けて来てウザいのに、『ウリボウ』が種をマシンガンの様に後ろから撃ってくるでしょ、地味に痛いのでウザいんですよ」


「アレは射線を気を付ければ平気よ『レオメロン』を盾にする様に位置どりするのよ、そうすれば撃って来ないわ」


「単純物理射撃ですからね『ウリボウ』は、面倒さで言えば今日の第一目標の『クラッカーベリー』と一緒に居る『ブルーアイズ』の方が上ですわ」


「確か魔法攻撃なのよねアレ? けどこっちも抵抗出来れば大した事は無いでしょ」


「魔法攻撃自体は抵抗でかなりダメージが軽減出来ますけど、付加効果の硬直が厄介なんですわ。

 アレの一瞬の硬直でさえ完全に抵抗出来るのは見習い冒険者ではメグミちゃんやお姉さま位では無いですか?」


「カグヤやアカリさんは平気じゃ無いの? 二人共能力値相当高いよね? 魔法抵抗力も高いんでしょう?」


「メグミちゃん、『ブルーアイズ』のあの硬直は光の明滅による一種の暗示なのよ。

 だから魔法抵抗力だけでは抵抗出来ないのよ」


「カグヤも無理ですね、避けようにも光なので避けようが無いのが本当に厄介ですわ。

 目を背ける訳にもいきませんし……アレに抵抗出来るとかお二人共どうなってますの?」


「どうって言われてもねえ、最初からピカピカ光ってるだけの雑魚よ? ノリネエは如何?」


「そうねブルーベリーは好きよ。ジャムとかも美味しいわ。

 ヨーグルトに良く合うのよ」


「この通り敵として認識してないわ」


「えっ! 今のノリコ先輩の答えはスルーですか?」


「メグミちゃんのあの質問で、ノリコちゃんのこの返答、それに対するメグミちゃんの認識の仕方が意味不明過ぎるのだけど?」


「ノリネエはね、頭の中で一杯考えてるのよ。

 で言葉として口から出てくるのはその間の考えをすっ飛ばして結論だけなの。

 大体何時もこんな調子だから慣れなさい」


「アレ? 私何か変だった?」


「イエ、お姉さまは何時も通りでしたわ。まだ二人がお姉さまの思考スピードに追いついていないだけですわ」


「「……」」


「もう仕方ないわね、ちょっと解説してあげるわ。

 ノリネエはね『クラッカーベリー』の名前が出た段階で、『ブルーアイズ』に関しては、ただピカピカ光って無抵抗にブルーベリーを落とすボーナスモンスターって認識なのよ。

 皆んなが光が厄介だとか暗示だから防げないとか言ってるのが不思議でしょうがない訳よ。

 でちょっと考えたけど自分では理解出来ないから、その段階で思考はドロップアイテムのブルーベリーに飛んでいるのよ。

 この話題の元の会話のケーキに合うフルーツって所に更に思考が飛んで、ブルーベリーもケーキのトッピングに合うわねっ! とか思っているうちに、けど子供の健康を考えるとケーキばっかりはダメだわ、そうね健康を考えたらヨーグルトだわ! ヨーグルトにもブルーベリーは合うわ、素敵!

 とまあこの辺まで思考が飛んでいるのよ。そこに私が意見を求めたから、あんな答えが返ってくるの」


「メグミちゃんってエスパーなの?」


「正解なんだっ!! 凄いですねメグミ先輩!」


「慣れよ、ノリネエとの会話は喋っている言葉だけ理解してたんじゃあ成り立たないわ。

 けどね思考パターンは善良でメルヘンチックな乙女なんだから、洞察するのは簡単よ。

 他所の人が居る時は割と普通に会話出来るけど、身内だけの時はもっと酷いわよ」


「私やメグミちゃんがガンガン言いたい事を言っているからお姉さまが会話に中々入って来れないんですよね。

 けどお姉さまは喋って居なくても会話に加わって居るんです。

 それどころか会話から飛躍した思考まで展開してますわ。

 ですから偶に発言すると前後の脈絡が無いように感じられます、けどメグミちゃんの言っている通り補完するのは容易ですわ」


「アレね、この二人の所為で、ますますノリコちゃんの会話が他の人には意味不明になっていってるんだわ。

 ノリコちゃん気を付けなさい、他の人はこの二人見たいに言葉の裏を洞察して補完はしてくれないから」


「偶にノリコ先輩の発言が意味不明なのはそんな裏があったんですね。カグヤ勉強になりました」


「えぇぇそんなに変? 意味不明なの?」



 この先にある湖の奥には『クラッカーベリー』と言う苺を落とす魔物と、『ブルーアイズ』と言うブルーベリーを落とす魔物の群生地があり、今の当面の目的地もそこだ。

 更にそのまま奥に進めば、『アップルラビット』というこちらも薄皮に包まれた林檎の果肉を落とす魔物もいる。

今日はそこら辺で狩る予定なのだが……先ほどから足止めを食っている。


(あぁもうっ!! このままじゃあ明日のオヤツのケーキが!)


 メグミの予定では、明日のオヤツは今日取得したフルーツで豪勢にトッピングしたケーキの予定なのだ。

 出掛ける時に『ママ』にその予定を伝えて、材料の買出しも既に頼んでいた。


(トッピングの無いケーキなんて嫌よ! パイナップルのショートケーキってどうなの?)


 今日取得したフルーツ系のドロップアイテムは大半は寄付予定だが全て寄付する必要は無い、自分達で食べるくらいの量は残して手元に置いておく事は許可が出ている。


 それも合って他の神殿の女性神官も多数参加しているのだ。


 女の子は甘いデザートには目が無い、自分達もフルーツが沢山食べれて、且つ功徳も稼げ、更に冒険者組合の協力で貢献も稼げるクエスト扱いとなっていた。

 男子冒険者が留守で暇を持て余していた女性冒険者には渡りに船のイベントだったのだ。


 だが地下一階各地でメグミ達と同様足止めされているパーティが数多く居た。

 この季節、この階層は一年で一番魔物が多いのだ。


(これヤヨイ様は思いついたって言ってるけど絶対嘘よ!

 魔物が多く発生してるのに暑くて狩に入る冒険者が少ないから、無理矢理イベント作って狩らせる気なんだわ。

 冒険者組合の協力ってこれ逆でしょ! 冒険者組合にヤヨイ様やアイ様が協力したのね!

 今年成功したら毎年の恒例行事に絶対するわねコレは……大義名分の子供の為ってのがマズイ……ノリネエは絶対毎年参加するに決まってるわ)


 この段階で、大人達の計画の半分をメグミは正確にに見抜いて居た。



 相変わらずメグミは両手のショートソードでウンザリしながら『グラインダーパイン』を切り殺していた。


 そう、一つ言い忘れたが、メグミは『二刀流』のスキルを取得できていた。


 タクヤが『練習すれば二刀流のスキルが取得出来るかも』そう師匠に教えられたと言っていたのを思い出し。


「雑魚で相手の数が多い時には両手で刻んだ方が単純計算で倍倒せるわね?」


「それは幾ら何でも単純計算過ぎませんか?」


「まあ物は試しよ、練習して見るわ」


 そんな単純な動機で練習してみたら取れてしまった……割とあっさりと。


「結構簡単に取れたけど、差が良く分からないわね?

 二刀流の有り無しで何が変わったのかしら?」


「本人が分からないんですか?」


「微妙にショートソードが軽く感じる気がしないでも無いって所?

 単に練習した成果って可能性もあるし微妙ね」


「メグミちゃんの場合は元から器用だもの、最初から結構普通に二刀流出来てたから変化が少ないのかしら?」


「良く分からないわね、それにあっさり取得出来たし……タクヤはなんで取れないの?」


「『二刀流』の前提となる『職能』が取得出来ていないとかじゃあ無いですか? まあ単純に不器用過ぎて取得出来ていない可能性も高いですが……」


「アレはねぇ、確かに色々足りないけど、決定的に器用さが足りないわね」


「確かめたいのならサアヤちゃんも『二刀流』を練習して見たら? サアヤちゃん器用だし取れるんじゃない?」


「お姉さま、私では筋力が足りませんわ。ナイフの二刀流位でしたら行けるかも知れませんが、それでは攻撃力が大幅に下がってしまいます。

 そうでなくても色々覚えて練習しなければいけませんから、利点が少な過ぎるので優先順位は低いですね」


「ノリネエが取ったら? ダブルハンマーってのも面白いわよ?」


「普通のハンマーの二刀流? 私は殆ど『錘月』だから『撃照』は使って無いのよね……」


「だからこそ二刀流なら使わざるをえ無いでしょ?

 折角作ったのにあの使用頻度は勿体無いわよ」


「メグミちゃんの『黒緋』だってあまり使って無いでしょ?」


「甘いわねノリネエ! 『黒緋』はちょっと高い木になってる果物とか、高い位置に生えてる薬草を刈るのに役にたってるもの!」


「それって本来の使い方じゃ無いわよね?」


「使い方は人それぞれでしょ、使わないよりはマシよ!」


 「ううぅ『撃照』は打撃部が球面だから釘も打てないのよね……」


「お姉さまそんな使い方で張り合わないで下さい。サブウェポンですから使わない方が良いに決まってるんです。

 ただいざという時のために練習だけはしておきましょう」


「サアヤはその点バランス良く使ってるわね。『絶華』も『可音』も」


「まあ役割が全く違いますからね、近接戦闘用の『絶華』に魔法攻撃用の『可音』ですから。

 所でメグミちゃん、二刀流をマスターしたなら武器はどうするんですか?

 練習にはショートソード型を刃引きしたのを二刀使ってましたけど、『火蜂』意外に二刀流用のショートソードを二刀打つんですか?」


「ん? 『火蜂』はそのまま使うわよ? もう一刀『火蜂』と似たのを打ったわ」


「ってもう造ったんですか? けど『火蜂』は両手で使えるように、柄が長いでしょ? このままじゃあ使い難く無いですか?」


「柄が長いのは特に問題ないわ、邪魔になるかと思ったけど、鍔に近い所を持ったり柄頭付近を持ったりと持つ場所を変えると刀身長に変化がつけれるの。対人戦闘だとこの刀身長の変化で間合を勘違いさせる事ができるわ、そうね駆け引きが出来るのよ、悪くないわ」


「メグミちゃん相手にそこまでさせるような敵とは戦いたくありませんわね」


「ねえメグミちゃん、新しく打ったのを見せて、どんな感じなの?」


「良いわよ、コレよ名前は『火紺』、少しミスリルを使って見たんだけど、そのせいかな? 色が『火蜂』と大分違うわ」


「へぇコレが新しい『火紺』ちゃんか、形は『火蜂』ちゃんに似てるのね、まさに双子剣ね。けど色が確かに違うわね、グレー系の『火蜂』ちゃんと違って青味がかっているのね」


「混ぜたのはミスリルなんですよね? 何故白系じゃなくて青味がかっているんですか?」


「他にも少し混ぜたのよ、切削工具なんかにコバルトが使われてるでしょ?

 手に入ったからちょっと試しに少し混ぜたんだけどその所為かな?

 けどコバルト自身は青く無いのよね……何かと化合しちゃったのかしらね?」


「面白い変化ですわね、青い金属とは珍しいですわ」


「けど綺麗だわ、『火紺』ちゃんって紺色から?」


「そこまで濃い青じゃ無いけどね、薄っすらと魔力で刀身が光ってるのが、こうガスの青い炎に近い色じゃない?

 でまあ青系の色で名付けて見たの」


「メグミちゃんって面白い名前を付けますけど、大体見た目からですね?」


「『黒緋』ちゃんも黒い刀身に緋色の魔法球からなのよね?」


「そうよ、見た目から付けた方が分かりやすくて良いでしょ?

 ノリネエの『撃照』や『錘月』なんて普通に読め無いわよ?

 『打ち出の小槌』を捩って『撃照』で、見た目が錘の付いた月みたいだって『錘月』……捻り過ぎじゃない?」


「えぇ、可愛いでしょ? 意味もあるけど響きが良いでしょ? 『うって』に『つむつき』って可愛い響きじゃない」


「まあサアヤの厨二臭いのよりはマシ? かな?」


「なっ!! 何処がですか!!」


「『絶』ってついてる時点で厨二なのよ? 知らなかったの? 『カノン』もそれっぽいし……」


「ううぅ、けど『火蜂』は? これって厨二じゃないんですか?」


「『精霊剣』灼熱の太刀で炎の一刺しから『火のハチ』で『火蜂』よ、普通でしょ?」


「……『絶華』……カッコいい名前だと思いましたのに……」


「カッコいいわよ? カッコいいから厨二なのよ。厨二って言われたくなければ普通に付けなさい」


「でもメグミちゃん『黒緋』は若干厨二臭いですわ!」


「見た目からだからね? 割とカッコいい名前になったかも知れないけど、見たまんまだしねぇ?」


「くぅ、悔しいですわ! 今度何か名前を付けるときは絶対に厨二なんて言わせませんわ!」


「『プリン』は良かったわよ?」


「そうねプリンちゃんは良い名前よね」


「ふっ、ふんっ、今更褒めたって無駄です! 厨二扱いされた過去は消えませんわ!」


「まあ、厨二臭かろうが良いじゃない、そう名前を付けたんだから、後悔したら『絶華』が可哀そうよ?」


「メグミちゃんって本当にっ!! まあ良いですわ、そう言えば『黒緋』ちゃんの魔法球は良い出来ですよね、あれ珍しくメグミちゃんが造ったんですよね?」


「『黒緋』の魔法球は材料が良いからね。

 これっておじいちゃん師匠に貰ったんだっけ? 練習に使えって貰った……? アレ何だっけ名称忘れちゃったわ」


「『焔狐玉』ですよ。割とお高いガーネット系の宝玉ですわ」


「そうそう、それだわ。珍しくサアヤの魔法球じゃなくて私の造った魔法球なのよね。

 割と良く出来たから使ってあげたいけど、槍って苦手なのよね……」


「前に使ってた時は結構使えてましたけど、アレで苦手なんですか?」


「どうしても振りが遅いのよ、まあ本来槍は突き刺すのでしょうけど、突きは動きが直線だから軌道を読まれやすいじゃない?」


「メグミちゃんの踏み込みの速度で突かれると殆どの人が避けようが無いと思いますけど?」


「私なら避けれるわ、なら他にも避けれる人が必ずいる!

 だから穂先を長めにして斬る事も出来るようにしてみたけど、振るには柄が長過ぎてね振りが遅いわ」


「アレでですか? 長さが有る所為か穂先が速過ぎて音速をこえて、空気を斬り裂いて真空波が発生してましたよね?」


「アレじゃあダメよ、幾ら穂先が速くても手元を見れば軌道を見切られるわ。

 雑魚なら通用しても同格以上の相手には通用しないわ」


「……メグミちゃんは要求が高過ぎなのよね」


「まあいずれ『棒術』を組み合わせて練習して見るわ、中衛に回った時には役に立つと思うし」



 しかし、実際に今メグミが学んでいるのは『剣舞』だ。

 索敵・探査系のスキルを教わるために盗賊ギルドに通い。盗賊系の『武技』もついでに学んだ際に、二刀流専門の剣術として『剣舞』の存在を知ったのだ。


「これ面白いわ、『剣道』とまるで違う、こう全身を駆使して戦う感じが面白いわ」


「本来は宴会などの余興だったそうですわ、それを開祖の『剣舞神』が剣術の域にまで高めたのだそうです」


「変則的な動きと言うかクルクル舞うような動き、そうね剣道よりも円の動きが多いのね。

 両手両脚フルに使って相手の機先を制して攻撃する、『剣舞』って攻撃のバリエーションが本当に広いのね」


「確かにそうですねお姉さま、相手と触れ合う程の超接近戦から、脚の蹴り技での相手の体勢を崩したりと面白いですわ」


「相手に身体を添わせる事によって、相手の動きを規制しているのよ。

 合気道に近い技を剣術に取り入れてるのね。

 接近する事で相手の攻撃を防ぎながら、一方で自分は好き放題攻撃するまさに攻防一体ね。

 この『剣舞』の凄い所はね、これ投げ技や剣の柄での打撃技まであるのよ、まさに変幻自在だわ」


「それに両手の剣が自在に連動してるのね、目にも止まらぬ連続攻撃……見た目は舞の様に優雅なのに、実際に相対するとまるで違うわね。

 その動き全てが攻撃に繋がっていく……苛烈な迄に超攻撃的な剣術ね『剣舞』って」


「けどアレですね、『剣舞』の師匠の動きは艶っぽいのに、メグミちゃんのは艶っぽさのカケラも有りませんわ……」


「何故かしら? 身体は良く撓ってるし、メグミちゃん身体も柔らかいのに艶っぽさよりも鋭さを感じるわ」


「無駄と言いますか、タメや腰のクネりが無いからでしょうか?」


「腰のスナップは良く効いているのにね……」


「うるさいわね! 艶っぽさや色っぽさはなくても良いのよ! 私が学びたいのは剣術としての『剣舞』よ。

 舞としての『剣舞』じゃ無いわ!」


「けどそれでは得られる『恩恵』が少なくないですか? 『剣舞』の最大の利点はその関連スキルの多さですわ……まあ大体色物系ですが……それでもその効果は確かです。効果が強いものが多いんですよ?」


「二刀流で複数の雑魚敵を殲滅するのに参考に学んでるだけよ。強い単体相手は今までの剣道の方がいいわ。

 『剣舞』を極めたい訳じゃあ無いもの、まあ攻撃の幅も広がってるし、今までの剣術に剣舞も融合させていくわ」


 この異世界の『神』は人に魔物に対抗する手段として『加護』と『恩恵』を与えている。

 この『恩恵』は、『職能』『スキル』『特殊魔法』から構成される。


 『職能』は『戦士』『魔法使い』等が代表的なもので、条件を満たすことにより『職能』を取得し、その『職能』の『恩恵』を受けることが出来るといったものである。


「『職能』ねえ、色々獲得できてるけど、これってなんなの? 修行や練習して能力が上がっただけじゃあ無いの?」


「大まかに言えばその理解で間違いでは無いですわ。そうですね修行や練習に対するご褒美、ほんのちょっとしたオマケ、ボーナスの様なものですわね」


「ん? それって殆ど『職能』自体に意味は無いって事?」


「効果の分かり難い、能力の向上が少ない『職能』が大半なんです。

 中にはその『職能』を得るだけで大幅に能力が向上したり、様々な特典のある場合も有りますが、主に『職能』を得るメリットは『スキル』など特殊な技が取得出来たり、『特殊魔法』が使えたりと、付随している『恩恵』を得る為ですわ」


「『恩恵』ねえ、まあ魔物に対抗するのに神様も手を貸してくれてるって奴なのかしらね?」


「それもあやふやなんですよね、『加護』と違って『恩恵』は神様から与えられると言うより、世界その物から与えられている超常の力って側面が強いですわ。

 まあ中には神様から与えられている聖属性の『職能』も有るのですが、一般的な『職能』は練習や修行によって得た能力を確定させると言いますか、能力に『職能』と言う名前を与えてその効果を高めている側面が強いですわ」


「サアヤちゃん、『加護』も神様を通して別の何かの力を引き出しているのよ、ヤヨイ様やアイ様がそう仰ってたわ。

 魔力みたいに人が直接力を引き出すのが難しいから神様を通してその力を引き出してるの。

 『加護』を行使する術を『神聖魔法』って言うでしょ?

 奇跡では有るのだけど、その奇跡にも魔法の様な回路や魔方陣の様な物があるのよ、それにヤヨイ様やアイ様位になると神様を通さなくても直接その力を引き出せる見たい」


「成る程、それが上位聖職者の使う『加護融合魔法』ですね。以前書物で読みましたわ。一部の上位聖職者しか使えない高等魔法ですわ」


「そうね確かそんな名前だったわ、神と同調する事で神に近しい存在になって行く、その事によってその力、『神聖力』とも『法力』とも言われているけど、宗派によって言い方が違うだけで同じ物ね、コレを引き出せる様になるのよ」


「そういった意味では『精霊魔法』も似た様なものですわね。精霊を通して精霊界から精霊力を引き出して利用するのが『精霊魔法』です。

 此方も一緒ですわ、上級者は精霊界から直接、精霊力を引き出せる見たいですわ」


「へぇ、面白いわね……結局のところ、力の出所や名称、魔法陣や魔法回路の仕組みは違うけど、似た様なものなのね?」


「そうですわね、確かに似た様なものですわね。要するにこの世界に存在する様々な力を引き出して利用する、その為の技術ですわ」


「ならその『職能』に付いてくる能力向上や、そうね『スキル』や特殊魔法ももしかして似た様なものなのかもね。

 獲得の為の前提条件はそれ自体が魔法で言う所の触媒で、練習や努力の過程でその魔法式の様な物を組み上げているのかしら?」


「『職能』に関しては難しいですわね、神々でさえその全容を把握していないと言われていますから」


「把握もしてないって……『恩恵』って名称だけど、それだと詐欺じゃない? それだと別に神さまが与えたって訳じゃあないんでしょ?」


「神さまが与えた物では無いのかも知れませんが人が自身の力で成している物ではないので『恩恵』でも良いんじゃないでしょうか?」


「そうね自然が人に与えた『恩恵』よね。それで良いんじゃないメグミちゃん」


「なんなんだろうねこの世界の仕組みって、魔物が居たり魔法がある時点で元の世界とは違うのに、なんで魔法の無い世界から来た私達にも魔法が使えるの?

 そもそも物理法則は似てるのに魔法なんて物理法則無視した様な物が存在してどうやって世界の仕組みを成立させてるんだろ?」


「またメグミちゃんの悪いクセが始まりましたわ……真理の探求はもう少し余裕が出来てからで良いですわ。

 先ずはその仕組みを最大限活用して自らの力を向上させる、それから探求しても遅くないと思いますわ」


「メグミちゃん焦ってもどうせ直ぐに答えなんて見つからないわよ。

 それよりも先ず研究や実験をする為の足場固めが肝心よ。

 真理はじっくりと探求しましょう」


「別に真理が探求したい訳じゃあ無いわよ、ただ不思議でしょ?

 色々調べているのにそこら辺の考察、研究はまだまだ……というか殆ど見つからないのよね」


「ん? まだ研究途中なんじゃ無いの?」


「ノリネエは素直過ぎね。私は意図的にこの辺の研究結果を隠しているんじゃ無いかと疑ってるわ。

 私達みたいな見習いでさえ不思議に思う様な事よ? 召喚された先達が研究していないなんて事は有り得ないわ。

 けどその事に関する研究資料が冒険者組合の図書館にも無いのよ。こうも資料が見つからないと誰かが意図して隠しているとしか思えないわね」


「私達見習いが閲覧出来るのは一般的な図書だけですから、その辺の資料は秘匿度が高いので仕方有りませんわ」


「何やっぱり隠しているの? なんでよ?」


「魔法技術やシステムの原理にも関係してくる分野なので、軍事的にも秘匿度が高いんです。

 その原理を利用して危険な魔法の開発や、法に触れる様な非人道的な研究が出来たりします。

 他国の心無い人達にそんな情報が渡らない様に管理するのは当然ですわ」


「ここの冒険者組合って惚けている様でその辺締めるところは締めてるのよね……」


「この地域の技術や奥義は常に他国に狙われてますからね。

 長年に渡って裏で色々抗争してますから……表面上は此方の世界に来たばかりの召喚者が安心する様にお気楽な風ですが、『暗部』なんて呼ばれている部隊が存在してますから、裏では相当キナ臭いですよ」


「滅びる寸前まで追い詰められても、人同士の争いって無くならないのね……」


「魔族にご馳走を振る舞えるくらい負の感情が豊かなのが人間よ、今更だわ」


「確かにそうですわね、魔物と戦っているのに人同士の争いも無くなりませんわね」


「まあ良いわ、人同士の争いなんて冒険者組合の『暗部』だっけそっちに任せておけば良いのよ。

 それよりも『職能』って攻略本じゃあ無いけどこう取得ガイドみたいなのは無いの?」


「メジャーで比較的誰でも取得出来る『職能』にはそんなのも有りますよ。

 ただ効果が微妙だったりするので、それを元に『職能』の取得を目指すよりは、自分の得意な分野や興味のある分野を勉強や練習して自然に取得した方が良いって言われてますね」


「メジャーなのは? って事はメジャーじゃ無い『職能』は効果が高い物も多いのね?」


「メジャーで無いものは取得条件が良く分かっていなかったり、危険だったり、非人道的だったりするので、取得条件そのものが秘密にされているものが多いですわ。

 そもそも神でさえ取得条件を把握していない『職能』も多いですから」


「取得条件すら把握出来ていないのにその『職能』自体は存在してる事がわかるのね? これも不思議よね?」


「『ステータスアーカイブ』に登録されてますからね。『ステータス魔法』で調べれば、職能名だけは直ぐに判明しますから」


「その『ステータスアーカイブ』ってのも何なのよ?」


「『アーカイブ』全ての智の根源とも言われている情報の集合体だと言われているモノの一部ですわね。

 主にステータス関連の情報にアクセス出来ますわ」


「ふざけた仕組みよね、何処かにそんなモノが存在してるのよね?」


「メグミちゃん、元いた世界でも『アカシックレコード』だったかしら?

 世界記憶みたいなモノが存在してるって説があったじゃない? 似た様なものなんじゃないかしら?」


「そうですね召喚者の人達はそんなモノだと今の所、結論している様ですね。

 この世界には魔法が有りますからね、それにアクセス出来ただけで、それ自体は何処の世界でも存在しているのだろうと、それに対してアクセスする術の有無の差だと書いてましたわ」


「世界って何なのかしらね? その世界を構築する基本的なシステムなのかしら? 原理の根源? それに『アーカイブ』もそのシステムのログ見たいなモノなのかしらね?」


「物理法則やこの世の原理の根幹を規定しているシステムか……確かそうなのかもしれないわねけど、一度登録された名称の変更が出来ないのは不便過ぎるわ。

 あれ何とかならないの? 登録は魔法的に出来るのよね? なら変更も魔法的に出来るんじゃ無いの?」


「名称の変更はそう簡単では無いんですよ。登録された事によって、それを見た人々がそれはそういった名称だと認識してしまいます。

 名称の変更にはこの人々の認識を変える必要が有ります。

 既にその名称で認識されているものを変更するのは容易では有りませんわ」


「認識ね、だから登録して直ぐや忘れ去られている様な『職能』は名称変更が可能なのね」


「一度『アーカイブ』に登録した名称は消えませんが、その名称が現在ではこう変わったと、人々の認識の変更が記録されます。

 その変更履歴を辿って、最新の名称を『ステータス魔法』が表示するってだけですけどね」


「そうなのね、まっ、以前のアレみたいにノリネエが大騒ぎしなければなんでも良いわ」


 『職能』の名称は最初にその『職能』を発見した者が適当に『ステータスアーカイブ』に登録していたりして、結構酷い名称の物が多数散見される。


「まぁっ! 大騒ぎって、私ショックだったんだからね! メグミちゃん!」


「アレって『色魔』の『職能』の事ですか? まあアレは調べが付くまでちょっと大変でしたわね」


「たかが『職能』の名称如きであそこ迄落ち込まなくてもね……」


「だってメグミちゃん、『色魔』よ? なんで私が『色魔』なのよ! 私はまだ処女っ……今のは忘れて!」


「別にノリネエが処女な事くらい知ってるわよ? ラルクが懐いてるのよ? 当然でしょ?」


「まあ聖獣を連れている時点で、『私は処女です!』と宣言しながら歩いている様なものですわ、お姉さま」


「ううぅ、何で私には彼氏が出来ないのかしら?」


「ノリネエって彼氏が欲しかったの? 意外だわ……どんなタイプが好みなのよ?」


「……それがね、ちょっと聞いてメグミちゃん、私どんなタイプの人が好きなんだと思う?」


「うんまあノリネエならそんな所よね……いや、それって本人にしか分からないでしょ? 私に聞かれても困るわよ」


「お姉さまはそもそも恋とかしたことが有りますの?」


「それなのよね、メグミちゃんやサアヤちゃんは好きよ。お母様も『ママ』だって大好きよ! けど恋って何なの??

 私好きな人は沢山いるんだけど……恋が分からないの……愛は、愛情は有るのに……よく言われている様な異性を見て胸がときめいた事が無いのよ……恋って何なのよ?」


「ノリネエ、焦る必要は無いわよ、運命の人なんて案外身近にいる者よ?

 そもそも恋なんて気の迷い、性欲に任せて発情してる連中の感じてる脳内麻薬の見せる幻想ね。

 そんなモノは必要ないわ。必要なのは愛よ。

 恋は相手次第で冷めたり別れたりする熱病の一種、精神病の一種よ、全く下らないわ」


「アレっ? メグミちゃんって恋愛否定論者だったんですか? えっだってメグミちゃんは『カナデ』さんが……」


「私は『カナデ』に恋なんてしてないわ、愛しているのよ、愛おしくて堪らないだけよ。

 良いサアヤ、恋は相手が浮気したり死んだり他の人と結婚すれば冷めるんでしょ? 諦めるんでしょ?

 私のは違うわ、相手が何をしていようが、誰と恋愛して何をしていようがどうでも良いのよ、私が愛しているの、伝わらなくても良い、報いが無かろうがどうでも良いのよ。そこに居てくれるだけで良いの、笑ってくれてれば、幸せであってくれればそれでいいのよ……

 ただ愛しているの、愛おしいの、それだけよ」


「そうなのね、そう……愛は深く広く……何となくだけどメグミちゃんの言っている意味が分かる気がするわ。

 そうね、そう言う意味でなら私のタイプの人ってメグミちゃんやサアヤちゃん、それに『ママ』なのかしら?」


「お姉さま、嬉しいですけど、それではただの気の多い人ですわよ?」


「サアヤはまだまだね、相手がどうであれ自分の愛は変わらないでしょ? 同じように相手が何人で有ろうと愛は変わらないのよ。

 一人しか愛せない、それが愛? それは恋でしょ、愛じゃないわ」


「うっ、けどメグミちゃんは浮気者ですからね……メグミちゃんその愛は本物なんですか?」


「愛が本物かどうかは自分で自分に問いかけなさい。それは他人には判断できないし、判断して良いモノでもないわ」


「メグミちゃんって偶に大人で真面目な事を言うのよね……」


「ううぅ、何だかメグミちゃんが大人に見えますわ……」


「まあ失礼な! そもそもノリネエが振ってきた話題でしょ、ノリネエやサアヤに恋愛なんて10年早いのよ!

 大体処女じゃなければラルクの飼い主になれるわけないでしょ? ノリネエはラルクを手放すの?」


「はっぅ、そうだったわ、ラルクは私の可愛いラルクだわ、そうね無理に彼氏とか要らないわね」


「そうよ、それにそもそも野郎なんかがノリネエにチョッカイ掛けてきたらシバキ回すわ!

 私のノリネエを取ろうなんざ100万年早いって事を思い知らせないとね!」


「メグミちゃん本音が口から駄々洩れですわ、全く、メグミちゃんは良い事言ってもすぐに自分で台無しにするんですから!

 けどそうですね、私のお姉さまを誰かに渡したりはしませんわ! だからお姉さま安心して下さい」


「二人とも私は何を安心すればいいの? ……はぁ、恋愛って難しいのね」


「ちょっと気になったんだけど、そもそもラルクって寿命はどうなってるの? 聖獣の寿命って何年位なの?」


「さぁ? ハッキリしたことは分からないのだそうです。ただ主よりも長生きなのは確かですわ。

 主の死を見取るのが聖獣の最後の仕事と言われていますから」


「死を見取った後の聖獣はどうするの? また別の主を探すの?」


「いえ、それがはっきりしたことは分からないんです。主が死ぬと聖獣は何時の間にか姿を消すのだそうです。

 一説では、死後の主の魂に寄り添う為に、そのまま聖獣も死んで魂になるのだそうですわ。

 聖獣の愛は……そうですね、メグミちゃんの言ってる愛に近いですね、相手に何も求めず、ただただ愛情を注ぐ、無償の愛……それを主の死後も変わららずにと言った感じなのでしょうね」


「ラルクが? あの子のは無償の愛なの? よく胸とかお尻に触ったり、一緒にお風呂に入ったら興奮しまくりよ? あれの何処が無償なの?」


「ラルクのはスキンシップよ! それにお風呂に入れてあげたらはしゃぐのはソックスちゃんだって一緒じゃない!

 メグミちゃんはラルクを誤解しているわ!」


「けどねノリネエよく考えて、ラルクが居る限り、一生結婚どころか恋愛すらできないわよ? しかも死後までストーキングしてくるのよ?

 重いわ、愛が重すぎでしょ? ペットだから良いようなものの、あれ、実際の男だったらキモ過ぎだと思わない?」


「ううぅ、言い方、言い方だと思うわ……そんなストーキングだなんて、それに恋愛したって良いでしょ? なんでラルクが居ると恋愛できないのよ?」


「ラルクが恋愛なんて許すのかしらね? 純潔を求めるんじゃなくて穢れを嫌うんだっけ? まっ、どっちでも良いけど、下手すると相手を食い殺す勢いで邪魔しそうよねラルクって」


「お姉さま、聖獣に魅入られた乙女は……生涯独身が多いそうですわ。聖獣を連れたまま結婚した例は有りません。

 仮にお姉さまが恋愛をした場合、恋人を取るかラルクを取るか選択を迫られるでしょうね」


「ううぅ……そんなぁ……そんなの選べないわ……」


(私と一緒に居る限り、ノリネエは一生処女よ! ……けど女同士だと処女ってどうなるのかしらね?

 まあ良いわ、その内試す機会も有るでしょうし、お子様なノリネエが怯えないように、ここは慎重に外堀を埋めないとね)


「まあ、何にしてもこんなに初心なノリネエが『色魔』だからね、この世界の『職能』の名称は本当にいい加減よね」


「取得条件に『色魔』の要素が皆無ですからね、単に『色魔』取得者に対する嫉妬なんて……」


 そう例えば『色魔』の『職能』は、この『色魔』取得者に対する嫉妬から名称がつけられている。取得条件を知らないノリコはこの『色魔』を自分が取得していることを知り、ショックで落ち込み塞ぎ込んで自室に籠ってしまった。

 メグミ達が師匠連中に聞きまわり取得条件が判明するまではご飯すら食べに出てこないで可成り惨い状態だった。死んだ母に誇れる自分で在ろうとしているノリコは、自分が『色魔』で有る事が許せなかったらしい。


「けど何で取得者以外の人が名称を登録できるのよ?」


「登録されていない『職能』は『名称不明』で表示されますから、『ステータス鑑定』とかで取得者よりも早く、その『名称不明』の『職能』を発見して登録してしまえば良いんです。

 今回の『色魔』もそうやって先に登録されたようですわ」


「けど登録して直ぐなら変更が可能でしょ? 変更すればよかったのにね、なんでしなかったんだろう?」


「『色魔』の取得条件は『他者に回復・支援魔法を掛け、その相手を自分に惚れさせる、これを5人以上に達成する』です。

 この取得条件の『惚れせれる』が不味かったみたいですわ。

 『色魔』の登録に際してはちょっとした逸話? 昔話でしょうか? まあどちらでも良いですわ、こんな話が伝わってます」


 ≪昔、自分の好きな男が、ちょっと『辻回復』してくれた美人に惚れてしまった。『何、人の男に色目使ってんのよこの色魔!!』と女性が嫉妬に怒り狂い、その美人が、その時獲得した『恩恵』の『職能』に『色魔』と勝手に命名して登録した。

 この美人も直ぐに変更しようとしたが、その場にいた他の人達は女性の『色魔』の叫びに、既にその『職能』を『色魔』と認識してしまっていた為、変更出来ずに今に至る≫


「とまあこんな話見たいですから、この話でも分かる様に、多数の人に認識されることにより、その名称が確定してしまいます。

 そうなるとその場にいた全ての人達の認識を変更しない限り変更が出来ません。

 しかもこのお話の場合、例え多数の人の認識を変更できてもその嫉妬している女性の認識を変更することは困難ですわ」


「無茶苦茶な話よね、昔からどこでも声の大きい人が無理を押し通すのね……嘆かわしいわ」


「メグミちゃんがそれを言いますか?!」


「なによ? 何か言いたいことが有るのならハッキリ言ってごらんサアヤ。小一時間説教してあげるわよ?」


「うぅ、それが声が大きい人って事じゃあ無いんですか……」


「ふんっ、そんなことはないわ! けどノリネエは『辻回復』を、『畑に現れる魔物退治』のクエストの現場で『功徳』目的でやっていたから取得したのよね。

 油断して怪我する奴が多いのよね、『ラッシュチキン』は弱いって言っても元が鶏、それに闘鶏に使われている軍鶏が大きく成ったような鶏の魔物よ?

 ド素人が余裕で倒せるほど弱くも無いのよね……」


「ヒヨコはあんなに可愛いのに、何で大きく成るとあんなに狂暴になるのかしら?」


「『ラッシュチキン』は縄張り意識が強くて群れないので、大体オスが単体で畑に侵入してきますからね。

 一般的にゴブリンより格下に見られてますが、単体同士で戦った場合、ゴブリンを倒す事が多いそうです。それに『ラッシュチキン』が進化した『スラッシュチキン』はゴブリンをエサとして好んで襲うと言います。畑に現れる害魔物の中では最強クラスですわ。

 爪に嘴と共に鋭いですからね。装備も真面に揃えていない見習いになったばかりの冒険者にとっては強敵でしょうね」


「他の害魔物が弱いからね、あれで余裕ぶっこいて調子にのった奴が『ラッシュチキン』でケガするのよね」


「『ラビットラット』や『ポイズンタランチュラ』『ポイズンスネーク』はあれで魔物なのかと思うほど弱いのよね。『ラビットラット』は弱い麻痺毒があるし、『ポイズンタランチュラ』『ポイズンスネーク』も毒を持ってるから油断してはダメだけど……」


「お姉さま、昆虫系なら『グラスセンチピード』も毒を持ってますわ。けどどれも50センチ程ですからね。『ポイズンスネーク』は普通の毒蛇とほとんど差が有りません、まあ、雑魚ですわ」


「小さいからこそ毒を持ってるんでしょうけどね、にしても毒蛇を雑魚呼ばわりしてサクサク狩るようになるとは日本に居たときには想像もしてなかったわ」


「そうよね、普通毒蛇って言ったら噛まれたら命の危険を伴うものね、こっちでは毒消しの薬草があり得ない程効くから、噛まれてもへっちゃらなのなのよね」


「よく考えたら、あの毒消しの薬草って成分何なのかしらね? 事前に飲んでおくだけで毒が効かないとか普通あり得ないよね?

 神経毒や出血毒なんでしょ? 何を如何したらそんな毒が事前に何か飲んだだけで防げるのよ?」


「メグミちゃん、あれはマジックポーションの一種で、毒に対する耐性を上げているのですわ。

 後から飲む場合も、『加護』の『毒消し』と同じ効果で、体内に侵入しようとする異物を体外に排出、分解します。

 冒険者は色々と耐性が上がっていくので、まあ魔力の籠っていない只の毒程度なら毒耐性が上がって、その内毒消しの薬草がなくても全く平気になりますわ」


「なんだろ、魔物に対抗するために、冒険者が化け物に成って行ってるわよね?」


「お姉さま、一般の生物に対抗できないようでは、魔物には到底敵いません。一般の生物の持っている程度の毒で死ぬようでは冒険者等やってられませんわ」


「本当にこの世界ってどうなってるのよ? けどあれね、そんな話聞いてると、人類が滅びかけたって話も納得ね。

 そんな化け物並みの冒険者を殺せる様な魔物って事でしょ? 迷宮の地下深くの魔物ってどんだけ強いのよ?」


「今の私達では想像も出来ないレベルで化け物揃いって事なんでしょうね」


「はぁ、全くどこまで深く潜ったらそんなワクワクするような魔物が居るんだろ? 雑魚ばっかりで狩り飽きたわ」


「メグミちゃん、今までの魔物だって、攻撃が当たったら死ぬようなのが結構いたでしょ?」


「あれで当たるわけないでしょ? 遅過ぎなのよ! のろまでデカいだけの雑魚なんてちっともワクワクしないわ!」


「もう、そんな事ばかり言って、見ているこっちの心臓に悪いから、余り危険な事はしないでね?」


「お姉さま、多分言っても無駄ですわ。メグミちゃんはちっとも危険だと思ってないんですから……」


「もうっ! 良いのよ私の事は、十分安全マージンは取ってるわ! 大体誰かが戦ったことがある、既によく知られている魔物は倒し方の研究が進んでいるでしょ? 特徴や弱点、攻略方法が判明してるんだから、事前に情報仕入れていれば大したことはないのよ。

 『ラッシュチキン』だってそうよ『威嚇』がビックリするくらいよく効くから、動きを止めて一気に首を刎ねれば良いだけよ。

 そんな情報収集すらしない様な連中だけよアレに苦戦してるのは」


「まあ所詮は単体ですからね、仲間がいれば囲んでタコ殴りが基本ですわ。それに魔法抵抗も低めなので魔法で拘束して殴っても良いですわね、それこそ槍なんかの中距離攻撃をそのまま仕掛ければ一方的に殺せます。

 対処法が分かれば雑魚ですけど、それを知らなければ、そこそこ強敵なんですよ見習いに成りたての冒険者にとっては」


「肉が美味しいし、あの強さにしては破格の報酬だしボーナスモンスターなのよね、基本さえ押さえておけば雑魚だから、儲かる魔物って情報ばかり先行して、攻略情報は余り広まってないのよね……」


「それもそうですわねお姉さまの仰る通り、畑の魔物退治はソロでも受けれるクエストなので、冒険者もソロの場合が多いのが更に『ラッシュチキン』の難易度を上げてますよね。

 まあ数がそれほど居ませんし、何せ畑は広いですからね……パーティで固まって索敵して狩る様な魔物って程でもないのが余計に……けどそうなんですよね、あの『辻回復』でお姉さま、後輩冒険者の方に惚れられてますのね。それで『色魔』の取得条件を満たしてしまったんですわ」


「好かれるのは悪い気はしないけど、その結果が『色魔』は納得いかないわ、釈然としないわね」


「けど『色魔』の『職能』の恩恵は『回復・支援魔法の効果向上』だから回復職には便利な『職能』なのよね。メリットは十分にあったんだから良いんじゃないの?

 まっこれの何処が『色魔』なのかわからないけどね……」


「そう言えばあの後メグミちゃんも『辻回復』頑張ってましたけど、『色魔』は取得出来たんですか?」


「くぅ、うっさいわよサアヤ! どうせ私には無理だったわよ! ノリネエクラスの容姿端麗な美少女以外無理って事なのかしら? 弩畜生が!!」


「メグミちゃん、言葉遣いが汚いですわ! 常々言ってますけど、メグミちゃんは先ず、その恰好を改めない限り無理だと思いますわ」


「まあ良いわよ、どうせ私は回復職じゃあないし……けどこれってノリネエにゾッコン惚れている男性が最低でも5人はいるって事よね?

 ストーカーやその予備軍が5人は居ることになる訳でしょ? 大丈夫なの? 少し心配だわ」


「……確かにそうですわね、けどまあ私やメグミちゃんが居ますから、お姉さまの身の安全は保障しますわ」


「それもそうか、変な野郎が付けて来てたらシバキ倒せばいいのよね」


「メグミちゃん、相手に悪気はないのかも知れないのだから、穏便にお願いね?」


「黙って女の子を付け回す様な野郎は、悪気の有る無しは関係無いのよ。全て害悪よ! 問答の必要性すら感じないわ」


「お姉さまは危機意識が低すぎますね。年頃の男性は狼なんですよ。食べられて後悔したくなければ万全を期すのは女性の常識です。

 親しくなりたいのなら声を掛けて来るべきです。その勇気がないのなら偶にすれ違い姿を拝めるだけで感謝して満足すべきでしょうね。

 黙って後を付け回すなんて、それはこの街では犯罪です。明確な処罰対象となってますから、メグミちゃんが撃退しても何も問題ありませんわ」


「言った自分でも意外なんだけど、この街って本当に性犯罪関係は過激よね? えっ? 違法じゃなくて寧ろ推奨されてるの?」


「この街は女性冒険者の発言権が大きいですからね。性犯罪には厳しいんですよ、ストーカー犯罪も嘗て色々あったようで、それでどんどん厳罰化が進んで、予防処置も推奨されています。

 各種『恩恵』で強化された男性冒険者の腕力は異常ですからね。冒険者の女性でさえ抵抗するには困難が伴います。

 相手が一般の女性であった場合、抵抗する事さえ不可能です。可能な限り一般市民の皆様に安全に安心して過ごして頂くためには過激にならざる負えませんわ。

 魔物から身を守ってくれる冒険者が、魔物以上に一般市民から恐れられては社会基盤そのものが崩壊します」


「冒険者が魔物を倒せる、魔物以上の化け物になってしまうって事ね。私達も気を付けないとダメね。

 この力は守るための力、他者を傷つける力ではない筈よ。そうよねメグミちゃん」


「何で私にだけ念押しするのよ!! もう全くっ、失礼しちゃうわ。私は女の子には優しいわよ!」


「おじ様達にも無茶しちゃダメよ? 一般市民には当然男性だって含まれているんですからね」


「大丈夫、最初から一般市民の男は眼中にないから、それにあの程度ならノリネエの馬鹿力なら組み伏せられた状態からでも余裕で倒せるわ」


「お姉さまの場合、腕力自体が一般の男性冒険者以上に有りますからね……『恩恵』による腕力の向上の効果も有るのでしょうけど、その細腕でなんでこんなに力が強いんでしょうね? 不思議ですわ」


「元からなのよね? あれじゃないかしら? 筋力のリミッターが外れている人が偶に居るって聞いたことがあるわ。ノリネエは多分それね」


「腱や骨を守るために本来の筋力の3割程度しか力が出せてないって言う、あのリミッターの事ね?

 確かに昔からこの力の所為で怪我は多かったわね……お父様やお爺様も調べてくれたけど、どうもお母様の家系の女性はお母様を含めて皆、このリミッターが弱かったみたいなのよ。

 お父様は、『徐々に鍛えて行けば、そう簡単に体は壊れない、段々とその力に対応して腱や骨が強く成って行っているから。良いねノリコ、怒りの衝動で力を振るうんじゃないよ。それはノリコが一番嫌いな、お母様の一番嫌いな暴力だよ、良いね約束だ』って仰ってたわ」


「……それが『恩恵』で強化されてるんでしょ? ノリネエって人の事を化け物扱いするけど、本人も十分化け物よね?」


「そうなのですね……細腕だからこそ、その力に肉体の強度が耐えられているですね、お姉さまのその特徴では筋肉を増やして腕力を鍛えるわけには行かないんですわね」


「まあノリネエは体が柔らかいし、筋肉も柔軟だから、細い体でもそのバカげた筋力を受け止められるんだわ……いや違うわね、その体の柔らかさはその筋力で筋が伸ばされて、その結果体が柔らかくなっているだわ。

 ノリネエってスポーツ好きだし、その過程で知らないうちに筋が徐々に伸ばされてるんだわ、本人の自覚無しに……まあ痛みは無いみたいだし、ヤヨイ様やアイ様が何も言っていないのだから平気なんでしょうね。

 けどそう考えると背が高いのもその所為かもね、骨がその筋力を受け止められてる様に大きく成った結果の背の高さじゃないかな?」


「でしたら、この無意識のリミッターを弱めることが出来れば私達も背が高くなるんでしょうか?」


「試してみたいけど、危険ね。ノリネエの場合、ノリネエだけってより家系的なモノで徐々に骨格そのものがそれに合わせて進化している可能性があるわ。

 私やサアヤが無理にリミッターを弱めたら、筋を痛めるだけ、下手したら腱が切れるだけね」


「お姉さまはちゃんと筋力のコントロールが出来てますのもね、家系的なモノと幼い時から徐々に慣れて行ったからこそですか、確かに既に体の出来上がりつつある今の私達で試すのは危険ですわね。

 私達は『職能』や『スキル』を獲得して強化していく方が安全かもしれません」


「『スキル』か……調べてみたら『スキル』って取得することにより、更にその技術を高める『恩恵』なのよね?

 『二刀流』の『スキル』を調べてみたんだけど効果は『二刀流での威力・腕力向上』ってことなのよね。

 確かに若干剣が軽くなって、剣を振る速度が上がったように感じられたけど微妙よ? この程度なの『スキル』の効果って?」


「『スキル』の効果そのものが練習してその『職能』に習熟し成長していくと共に増していきますから、最初はその程度なのかもしれませんわよ?」


「そうなの? まあ最初から高望みはダメか……おまけ程度に考えるべきなのかしらね? そう言えば『スキル』の方も取得条件が謎だらけよね? 同じ『職能』を取得しても『スキル』は取得出来たり出来なかったり」


「そうですね……『スキル』は取得条件がある程度『職能』に支配されていること以外は殆ど不明ですわ。

 恐らくは『職能』の組み合わせで取得出来たりできなかったりするのだろうと言われていますけど、それと本人の才能や練習や努力による要素も大きいのでこればっかりは努力と運ですわね」


「メジャーどころは解明しているみたいだけど、この取得条件って、どうやって何時獲得したかはっきりしないから本当に謎よね。

 もう一度確かめるって事が出来ないから、取得者が多ければその傾向から推測できるけど、少ないと取得した本人にさえ獲得条件が分からないのはどうにかならないのかしらね?」


「けどある程度『職能』を合わせて、努力すれば良い分『特殊魔法』よりはマシだと思いますよ。

 こちらは本当に『特殊』過ぎて再現が不可能ですからね」


「本人が魔方陣と魔法回路の核に、触媒になって発動するんだっけ? 『特殊魔法』ね、何故か取得したら使い方が分かるのは便利なんだけど、これ何処から使い方の知識が流れ込んで来てんだろ?」


「先ほど話題にあった『アーカイブ』からだと言われてますね。新しく覚える魔法は魔法組合で付与魔法で魔法式と使い方を直接脳に流し込みますよね?

 あれと原理は一緒だと言われていますね。魔法回路と魔方陣が流れ込んでくるので、後は魔力をコントロールして流し込めば発動しますわ」


「核が自分自身だから所有者しか使えない魔法か、何とか本人の部分を他で代替出来ないのかしら?

 便利なモノや、消費魔力の割に便利なモノが多いから、他の人のモノが使えると便利なんだけどね……」


「中々難しいですわ、本人の代替と言いますけど解析に半端なく時間が掛る、複雑な術式が多いですからね」


「けど何とか解析したいところだわね、サアヤでも無理なの?」


「周辺の魔方陣は時間さえ掛ければ解析できるのですけど、本人がどの様な役割なのかサッパリなので、周辺に有る魔方陣から推測するにしても、周囲の魔法陣は付加的な魔方陣ばかりで肝心の中心構造が完全に隠されているんです。

 本人の中でどのような魔法作用が働いているのか観測する為の機器の開発から始めないと無理ですわ」


「ならその観測機器の開発からね、まあ良いわ、当面の開発目標はほぼ達成してるし、次の開発目標はそれが良いかもね」


「メグミちゃんは本当に諦めませんわね……まあそれでこそメグミちゃんですわね、はぁ……」


「けどメグミちゃん、先ずは今取得している『恩恵』のレベル上げよ、練習すれば効果が上昇するんでしょ?」


「そう言われているわね、効果や威力が強く成るだっけ? 『ステータス魔法』か便利なモノよね」


「『ステータスアーカイブ』にアクセスして、その情報を参照比較して自分の現在のステータスを教えてくれる便利な魔法です。

 『恩恵』の大体の強さも比較してレベルで表示してくれますし、取得済みの『武技』『魔法』『加護』も一覧表示してくれますわ。

 開発者は召喚者の方らしいですわ、どんどん手が加わっているので、最近では各種身体能力の数値なども表示してくれてとても便利なのですけど、個人の秘得情報の塊ですわね」


「必須だって言われたから覚えたけど、まあ確かに必須なのも分かるわね。けどこれって他人のステータスを暴く魔法も有るのよね?」


「『鑑定』系魔法でその手の他人のステータスを暴く魔法が有りますが、他人から掛けられる魔法には必ず魔法抵抗が働きますからね。

 余程の実力差が無い限りはほぼ成功はしませんわ」


「隠し玉や奥の手をこっそり練習してもステータスを暴かれたんんじゃ意味無いものね、そんな魔法を掛けられた事は分かるの?」


「ええ、何か探られそうになった事は直ぐに分かります。誰が掛けたのかでさえハッキリと分かるので、こっそり盗み見る事は不可能ですわ。

 ステータスを覗くという事は、相手の心、精神の中に手を突っ込むようなモノですからね、相手を覗くように自分も相手から丸見えなんですわ」


「そう言えばメグミちゃんって『剣舞』と『二刀流』を取得して色々珍しい恩恵を取得してたわよね?」


「そうね今回新たに獲得できたのは

 『職能』で『剣の舞姫』

 『スキル』で『二刀流』『疾風迅雷』『旋風脚』

 『特殊魔法』で『剣陣乱舞』ね、どれも良いのが取れたわ。

 特に『疾風迅雷』と『剣陣乱舞』は良いわね。使い勝手も効果も申し分ないわ」


「全部超攻撃的な『恩恵』ばかりですわね、折角の剣舞ですのに防御系はおろか、色物系が全くありませんわ」


「だから良いのよ、そっちはノリネエにお任せよ。私は剣道と剣舞の融合を目指すわ」


「もうっ! 私は色物担当じゃないわよ! ……けど『剣の舞姫』は? 色物系の『職能』じゃないかしら? 違うのメグミちゃん?」


「さぁ? 名称は気に入ってるけどそれだけよ?」


「色っぽい効果とかないの?」


「ないわね、単に『剣舞』の奥義? そんなものが分かるだけよ?

 『剣舞』は練習し始めたばかりだけど、その戦い方がわかるのよ。そんな『職能』だったわ。

 けどわかるだけで使いこなせるわけじゃあないのよね」


 だからメグミは今、師匠に付かずに剣道と剣舞の融合を一人で図っていた。

 剣舞について学ぶべき事はすべて学んでいる。その知識だけはその『職能』を得たときに流れ込んできたのだ。

 また『剣の舞姫』は、カナデの徒名である『剣の鬼姫』と一字違いで、そのことがメグミは非常に嬉しく、二刀流と剣舞の修行の原動力となっている。


「それで慌てて『魔鋼製のヒールブーツ』を用意したのね、『剣舞』には足技がたくさんあるものね」


 『剣舞』は両手に装備した『剣』ももちろん使うのだが『蹴り技』も多数使用する。

 そのため今回メグミは新たな足装備として『魔鋼製のヒールブーツ』を用意した。

 これは蹴りの際に武器となることも前提に考えられた防具装備で、鋭く先の尖った爪先に、こちらも鋭いヒール、そして足の前面は魔鋼製の防御と攻撃両方に使える装甲となっている。

 装甲の裏に柔らかいジェルクッションを張って造っており、硬い魔物を蹴っても足が痛くないないようになっている。


「まあね、けどなんでヒールブーツなのかしらね? 知識としてヒールでの攻撃技も有るからだってことは分かってるんだけど、そもそもヒールが有ると少し動きにくいのよね。

 可能な限り足への負担を減らせるように、土踏まずのアーチをしっかりサポートしてヒールがあっても足の裏全体に圧力分散するようにしたけど、それでも若干動きにくいわ」


「そうなのよね、そもそもヒールが戦いに向いていない様に思えるのよね」


「偶にヒールが小さな溝に刺さるのがね……まあ魔鋼製だし折れたりはしないけどね」


「でも本当によく出来てるわねメグミちゃんの造ったこのヒールブーツ、魔鋼製だから履いた感じも硬いのかと思ったら、積層構造で可動部が多いし、中敷きや内張りが柔らかいから見た目からは想像も出来ない程履き心地が良いのよね」


「空気も出入りできるように一部メッシュ構造にしているわ、このメッシュの素材、水棲魔物の素材らしいんだけど、便利な事に外からの水分の侵入は防ぐのに中からは水分を放出できるのよ。おかげで長時間履きっぱなしでも足が蒸れないわ」


「メグミちゃんの造ってくれたのは接地面が少ないヒールブーツなのに何故か滑りにくいのも良いのよね、このソール、素材はなに? どうなってるの?」


「発砲ゴムとガラス繊維の複合素材ね、スタッドレスタイヤなんかに使われてる素材らしいわ。

 師匠に勧められて使ってみたけど、本当に良いわね、ちょっとお値段がお高い素材なのが玉に瑕ね」


「これってソールだけ交換できるの? 結構減りが激しいけど……」


「その辺も大丈夫よ、ソールの予備は十分に確保してるから、減りとか気にせずに使って大丈夫。

 そうね、折角だし、今度サアヤのも造ろうか?」


「うーーん、極力軽く造っているのでしょうけど、私には少し重いですわ。軽量化するには素材の見直しが必要でしょ?

 余り高くなっても困るので素材の値段次第ですかね?」


「サアヤが習ってる武術は『蹴り技』は余りないんでしょ? 蹴り用の装甲は余り要らないだろうし、魔鋼はヒールとか強度の要るところに基材として極一部にだけ使えば大分軽くなるわよ?

 そうね……『大鉄クモ』や『大鉄ムカデ』の装甲が有るわ、アレってカーボンファイバーと金属繊維が両方織り込まれている様な面白い素材で、強度の割に滅茶苦茶軽いから、あれで造ってあげる。手持ちの材料だし、材料は買い足さなくても済むわ」


「ならメグミちゃん、一点要望を良いですか?」


「何? 出来る範囲で要望は叶えるわよ?」


「静穏性を重視したいんですけど可能ですか? 足音を、靴音をさせないようにしたいんです」


「ああ、そうかサアヤが今習ってるのは斥候系だったわね、良いわ、少しソールを厚めにして内部に更に吸音スポンジのようなモノを詰めて見るわ。軽くて静穏ね……面白いのが出来そうよ」


「けどメグミちゃん、サアヤちゃんのもヒールブーツなの? 動きを考えたら、サアヤちゃんのは普通のブーツで良いんじゃないの?」


「そこなのよね悩みどころは……ただこのヒールは結構武器として役に立ちそうなのよね、いざって時に踏みつけるだけで相手を攻撃できるのはやっぱり便利なのよ。

 溝に嵌るのも、別に楔型なら嵌って抜けなくなることもないし……それに第一、ターンと言うか、踏ん張りが落ちる代わりに小回りが効くようになるのよ、カモシカなんかの蹄と同じね。接地面が減る事で軽やかに動けるのよ。

 まだ慣れていないから動きにくいけど、馴れると素早く動けそうじゃない? サアヤは身軽だからね、その長所を更に伸ばしながら足元を固められるわ」


「不安定だからこその素早い動き……けど斥候系ならそれって足音とかの面で不利じゃないかしら?」


「その辺も多分平気よ、私達のは5センチ位だけどサアヤのは3センチ程度にするわ。私達のも本当は7センチ位が良いみたいだけど、ノリネエも私もヒールの有る靴は履きなれてないからね。

 それに7センチの理由が脚を美しく見せてスキルなんかの効果を高めるって理由でしょ? そんな程度の理由で高い必要は無いわ。

 武器としてのヒールと効果の両立なら5センチ、効果が関係ないなら3センチでも十分武器として使えるわ」


「ヒールの高さにそんな理由があったんですね……」


「これってスキルの効果の為なの? なら私はもう少し低い方が良かったかしら? 武器としてだけならサアヤちゃんと同じ3センチでも良いのでしょ?」


「身長の差も有るからね、サアヤの3センチとノリネエの5センチは相対的に見れば差は殆どないわよ?

 それに『剣の舞姫』による『剣舞』の知識だと、この位の高さのヒールブーツってのが安定を犠牲にして、華麗な脚捌きを加速させるってなってるのよね。

 戦闘中は安定性よりも機動性よ! それに使って見て分かったんだけど、結局戦闘中って踵まで地面に付けている時って少ないのよね。

 素早く動こうと爪先立ちに近く成ってるわ。その状態でも踵に体重が分散できるヒールは思ったよりも役に立ってるのよね。

 後は踏ん張った時にヒールがスパイク代わりになってそれも中々ね」


「後半はメグミちゃんの造ったヒールブーツの機能性が高いからだと思うけど、そうなのね、そんなことまで分かるのね、本当に便利なモノよね『職能』って……」


「けどノリネエの獲得した『棒の舞姫』も一緒でしょ?

 多分、その『アーカイブ』からだと思うけど、ノリネエにも『棒舞』の知識が流れ込んできたでしょ?」


「そうよ、私も『棒の舞姫』を取得した途端に知識が流れ込んできたわ。

 不思議よね、なんで習ってもない知識が有るのか……本当に不思議だわ」


「『棒術』の方ではそんなことは無かったのよね? 師匠に聞いたら、『剣の舞姫』も『棒の舞姫』も殆ど取得者の居ないレアな『職能』らしいけど……こっちで『剣術』を学んだ時には私もこんなことは無かったのよね。

 毎回こうだと覚える手間が省けて便利なんだけど、これって何か魔法的に再現できないのかな?

 魔法を覚えさせる付与魔法の応用でできないかしら?」


「メグミちゃん、付与魔法で魔法の魔法式を覚えさせるだけでも、脳に相当負荷が掛かってます。

 今回の『剣舞』や『棒舞』の様な知識を流し込んだら普通は脳が焼ききれますよ?

 今回の『職能』による知識の獲得の場合、実は密かに学び始めた時から徐々に知識を脳に流し込んでいて、『職能』を得た瞬間その枷が外れて、突然知識を得たような感じだと思いますわ」


「何その演出? 大体『職能』が取得できなかったら、その密かに流し込まれた知識はどうするのよ?

 もしかして『職能』が得られていないだけで、学び始めた時から色々な知識が密かに脳に流し込まれているの?」


「いえ、おそらく、お二人には『職能』が得られるだけの前提条件、才能があったんだと思いますわ。学び始めたときには既に『職能』が得られるのはほぼ確定している、そんな人にしか得られない『職能』ではないでしょうか?」


 この魔鋼製ヒールブーツは今回ノリコも装備してきている。『棒舞』も『蹴り技』を駆使して戦う武術だ。


「ってことはノリネエには最初から『棒舞』の才能があったってこと?」


「お姉さまだけでなく、メグミちゃんにも『剣舞』の才能があったんでしょうね」


「けどさサアヤ、『棒舞』ってこれ元は絶対ポールダンスよね?」


「ポールダンス? 『棒舞』の英語読みですか? お姉さまはポールダンスをご存知ですか? アメリカにお住まいだったのでしょ?」


「ごめんなさいサアヤちゃん、私もポールダンスというのは知らないわ。

 棒を使ってダンスするの? そんな踊りは聞いたことが無いわ」


「……まあノリネエは純粋培養のお嬢様だものね、知らないのは仕方ないわ」


「ねえどんな踊りなのメグミちゃん?」


(やっぱり知らないで習い始めたのね……まあこのまま真実は知らないままの方がノリネエの精神衛生上は良さそうよね)


「そうね、綺麗なお姉さんの踊りよ、スポーツとしてもマイナーだけど行われていたみたいよ?

 私も実際に見たことは無いけど、ネットに動画とかが上がってて……それで知ってるだけなのよ」


「へえ、新体操や器械体操みたいなモノなのかしら?」


「似たり寄ったりよ、『棒舞』と違って完全に固定された棒を使って技を魅せる踊りね」


(本当はストリップショーが発祥の若干? いや可成り如何わしい目的の踊りだけど、確か最近ではいい運動になるとか言ってスポーツにもなってたはずだから嘘ではない筈よ)



 この『棒舞』、大地母神の神官が開祖の『棒舞神』で、その為か大地母神の神官内で広まっているようだ。

 しかし、メグミの調べでは、どうもこの開祖はサキュバスで、


(これ絶対ポールダンスを、お店でやってて、それを戦闘に応用しただけだけよね? ポールダンスだけじゃなくて『棒舞』もその発祥が、かなり如何わしいのよね……ノリネエには教えられないけど……)


 ノリコがこの『棒舞』を習い始めたのも先輩神官に勧められたからだそうだが、その先輩神官はサキュバスらしい。

 メグミ達はサキュバスのカグヤと普通に友達として付き合っている為か、大地母神の神官の先輩サキュバス達から非常に気に入られていてよくしてもらっている。


 ノリコは神官長のアイや高司祭のヤヨイのお気に入り、普通それだけ目立てば先輩神官のイビリや虐めの対象になりそうなものなのだが、大地母神の神官はその神様の性格もあるのか、比較的のんびりと、穏やかな人が多い為、その兆候すらない。

 神殿内に孤児院のお世話もしている心優しい『シスター』が多いことも有るが、大地母神の神官として集まってくる人は皆穏やかで、ノリコ曰く。


「一度も嫌な目に遭った事なんて無いわよ? メグミちゃんは心配し過ぎよ。大地母神の神官はね、皆心優しい人が多いのよ。

 アイ様やヤヨイ様の薫陶の賜物かしら?」


「まあ、人が良い人が多いのは分かるけど、一人も意地悪をしてこないってのも珍しいわね?

 大地母神の神官にだって戦闘向きの人もいるんでしょ? アレだけ神官が多いんだし?」


「回復職がほどんどよ、加護の特性も回復職向きだから、女性で戦闘系を志向する人は『炎と戦いの女神』か『光と太陽の神』が多い印象ね。

 魔法系は『月の女神』系が多いし……そうね大地母神の神官で戦闘が得意な方はサキュバスの方が多いかしら?」


 そんな感じで大地母神の神官で、目立つノリコに何かしてきそうなのはサキュバスなのだが、そのサキュバスに気に入られている為、誰一人ノリコに意地悪を働かないのだそうだ。


(なんだろ? 流石にアレだけ依怙贔屓されてれば何か仕掛けてくるのが普通でしょうに? もしかしてサキュバスに気に入られているってのが凄い効いてるのかな?

 サキュバスって見た目とか全くあてに出来ない年齢ってカグヤが言ってたし、結構幹部神官が多いのよね……

 けどなんでカグヤと仲が良いだけでこんなに良くしてくれるの? サキュバスって仲間意識が強いのかしら?)


 メグミは知らないが、サキュバスの歴史は迫害の歴史だ。その種族の性質上、人の最も身近にいる魔族、それゆえに最も人と争ってきたのがサキュバスだ。

 この街では迫害はされていない、しかし、その種族の性質、それだけで嫌悪の対象としている女性が多いのは否めない。

 事実カグヤやアカリはこれまでずっとペアで過ごしてきていた。これは別にこの二人に限らない、既に見習いを卒業したサキュバス達も仲間の冒険者に恵まれず、寂しく見習い時代をソロで過ごした者も多いのだ。

 それだけにサキュバスであることを全く気にしないでカグヤと付き合うメグミ達は先輩サキュバスから全面的な好意を集めるに至っていた。

 そんな彼女達が常に目を光らせているノリコに何かしようとする神官等居る筈も無かった。


 今回ノリコへ『棒舞』を教えたのもその好意故だ。若干面白がっていた面も無きにしも非ずだが、その『棒舞』が何を発祥としているのか気にもしないで真面目に懸命に習うノリコに心打たれて、益々熱心に、エロくなるように教えていたのだ。


 『剣舞』もそうだがその発祥は兎も角、実際にこの『棒舞』結構強いし使える武術だ。


 ノリコの『棒舞』はその手にしたポールハンマーで敵を殴り、そのまま流れるような動きで地面に先端を突き刺し、そこを支点に、片足をポールに絡ませて急旋回、蹴りで魔物を吹き飛ばしながら、位置変更をして、また流れるようにハンマーで攻撃、またそれを支点にして、足を絡ませ方向変換と本当にポールダンスを踊るかのように魔物を倒していく。


 ノリコは魅惑の腰つきでポールに足や手を絡め、時に太ももの間に挟み、艶めかしく絡ませている。


(なんでこれで普通の武術だと思うんだろ? 剣舞よりも更に蠱惑的な武術よ? どう見てもその腰つきはけしからんでしょ? そこで腰をくねらせることに何の意味があるのよ?

 あれね、ノリネエって素直だから真面目に『棒舞』を教え通りに実行してるけど、その腰や肩の動きに性的な、エロイ意味以外何もないのよね……これは真実を知ったらノリネエ泣くわね絶対)


 ただ先ほども言ったようにこの『棒舞』、足技と棒術が組み合わさり、それが流れるように連続するため、見た目の色っぽさからは想像も出来ないほどの攻撃力を生み出している。


(ノリネエ、あなたはどこに向かって行ってるの? ノリネエの意思とは関係なく淫靡な官能の世界に突き進んでいるようにしか見えないけど、ノリネエは気が付いていないみたいなのよね……まあ良いわ、私は嘘は言ってないわ)


 メグミはこんな風に自分の中で折り合いをつけて暫く生暖かい目で見守ることにしている。


(だってこの『棒舞』……体が柔らかくて、胸が大きくて、更に背が高くて、足の長い、そうスタイル抜群のノリネエがやると絵になるのよ。

 もうね見てるだけで幸せよ? 服は脱いでいっていないけど、とってもエロいわ。そうよ、眼が幸せなのよ!)


 そう『棒舞』はノリコに合っているのだ。それそこ攻撃的な意味でも、性的な意味でも非常に相性がいい。メグミの目の保養にもなって一石二鳥で非常に美味しい。サキュバスの師匠達もそのノリコの才能に、エロい才能に惚れこんでいた。


(あのモッサリした大地母神の神官服でこのエロさよ? いっそもう私が改造した神官服着れば良いんじゃないかしら?

 サキュバスのお姉さん達が目を光らせているから、ヤヨイ様が心配してるような事にはならないと思うのよね。

 それに『棒舞』のスキルなんかの効果を倍増させる意味でも、改造神官服の方が百倍良いわ)


「そう言えばノリネエも今回『棒舞』習って、色々恩恵を獲得したのよね?」


「そうよ、私はこの『棒舞』を習って、『職能』はさっきも言ったけど『棒の舞姫』を取得したし、『スキル』で『魅惑舞姫』『幻惑美脚』『妖艶舞踏』『扇情腰尻』と四つもスキルを獲得したわ。

 『特殊魔法』も『桜華舞台』を取得できたし、なかなかの戦闘力アップよ」


「?! 凄いですね、そんなに沢山? お姉さま、効果って分かりますか?」


「そうね調べて分かった範囲だけど、二人にも連携の為に教えておくわね。

 『魅惑舞姫』は相手を魅了して、動きを止める効果があるみたい。

 『幻惑美脚』は『蹴り技』を放つ際に軌道を読ませないで相手に確実に蹴りを当てる効果ね。

 『妖艶舞踏』は『棒舞』によるスキルの効果と攻撃力が更に上がるみたいね。

 『扇情腰尻』は防御系ね、相手の攻撃を躱す、回避の動きが素早くなるわ。

 『桜華舞台』は凄いわよ! 効果? これは暫くは秘密♪ 防御系の特殊魔法よ」


「そうなんですね、名前はアレですが結構役に立ちそうな『恩恵』ばかりですわね、これも『色魔』と同じようなもので効果と名前が一致していないってことでしょうか?」


「そうね、そうなのかも知れないわね、そうよ名前はちょっと……けど効果はまともなのよ」


(いいえノリネエ、効果もアレよ? ……何故これでおかしいと思わないのか不思議だわ……『色魔』の件で名称がアレでも中身は真面だと思ってるのかもしれないけど、恐らく今回のは中身もアウトだわ……

 『魅惑舞姫』ね、相手を魅了して、動きを止めるって、これそのまんまエロ系の魅了よね?

 『幻惑美脚』これも足の動きで相手を魅了して自ら当たりに行くように仕向けているってエロ系の魅了技よ?

 『妖艶舞踏』は『棒舞』の効果が上がるって、エロでの魅了の効果を上げて相手の動きを封じてるだけよね?

 『扇情腰尻』は腰やお尻を振って攻撃躱すって、ノリネエ意味わかってるの?

 『桜華舞台』ねえ、ノリネエったら効果は秘密って……分かるから、コレ名称だけでその効果が丸分かりよ。完全にエロ系でしょ? この舞台ってあの舞台でしょ!)


 ノリコが一段と淫靡な官能の世界に突き進んだことをメグミは確信した。


(『棒舞』ってとんでもないわね。獲得できる『恩恵』を全部エロ系で纏めてくるとか凄すぎるわ。

 けどあれね、このエロ系スキルは魔物相手に通用するの? 魔物にもノリネエのエロさが通用するのかしら?)


 まあそれは『剣舞』も一緒で、メグミが獲得出来ていないだけでエロ系スキルの宝庫だ。

 こちらも体を撓らせ、鞭のように体を使いながら、時に体をくねらせ敵の攻撃を躱し、敵に寄り添うが如く接近し、敵を撫で摩るようにしながら体を切り裂き、誘うような脚付きで蹴り砕くそんな戦い方である。


 男性相手の対人戦闘においては非常に有用なスキルなどが多数存在しているが、メグミは主目的である魔物相手にそれらのスキルが効果があるか疑っていた。

 故にそれらのスキルの取得よりもその戦い方の有用性のみを重視して『剣舞』を学んでいるのだ。


 メグミ達3人はお互いのステータスを見せ合い知っているのだが、メグミのステータスは二人に、


「どこの厨二病ですか? 本当にメグミちゃんはステータスまで出鱈目ですわね……」


「血に飢えた獣? メグミちゃん本当に女の子なの? 男の子のステータスみたいよ?」


そう呆れられた。


「うるさいわね、良いじゃない戦闘系が充実してるでしょ!」


 一方ノリコのステータスは、


「清純と淫乱が同居し過ぎてカオス過ぎる……若干、いや可成り、淫乱が勝ってるわよ?」


「お姉さまはメグミちゃんとは別の意味で出鱈目ですわ……一切性的な行動はとっていないのに、この矢鱈と多いエロ系は何なんでしょうね?」


「ノリネエの色香が滲みだした結果じゃないの? ノリネエってさ、得もいわれぬエロさが有るのよね……なんでだろ? 見た目の所為かな? 本当に絶世の美女なのよね? もう冗談とか抜きで本当に美人なのよ。

 それに加えてこのスタイルの良さ、中身がお子様だとかそんなの関係なくエロいのよ、見た目がエロエロよ」


「エロエロっ?! ぅぅう、そんな、私はエロじゃないわ! ちっともエロじゃないもの! メグミちゃん酷いわ!! エロくないものぉ……」


「わっ、ちょ、泣かないでよノリネエ、ちょと言い過ぎたわ。そうねノリネエ自身はぱっと見は清純な感じよ? うん、それは間違いないわ。

 ……ただね、そのスペックがね……」


「スペックって何よ! 違う! 私ちっともHじゃないもの! エロじゃないわ」


「メグミちゃん、お姉さまはこのステータスを気にしてるんですから、もっとオブラートに包んでください。

 それにお姉さまは綺麗なだけですわ、それを見て男性が劣情を抱いたとしても、それはお姉さまの所為では有りませんわ。

 そんな感情を抱く男性の方に問題があるんです!」


「けどさサアヤ、ノリネエのエロさの主因はその胸よ? この我儘な爆乳があらゆる清純な要素を、全てエロ方向に変換してるのよ。

 この自己主張の激しい胸が有る限り、ノリネエはそこに立ってるだけでエロい妄想を掻き立てるわ」


「そんな胸って、ちょっと大きいだけじゃない……何でそんなに? そんな筈は無いわ!」


「ノリネエってスタイルが良いのよ、スタイルが良いだけでも凄いのに、そこに巨乳が加わるとね、まあ最強なわけよ。

 最強のエロスペックよ? こればっかりは本人がどうこうじゃなくてそのスペック故よね」


「ぅうう、そんなのどうしたら……どうしたらいいのよっ! …………いっそ晒しでも巻こうかしら?」


「苦しいだけよ? 良いじゃないちょっとくらいエロくても、何も害は無いわ。寧ろ私にとってはメリットばかりよ?

 それに万が一野郎が襲い掛かって来ても平気よ。私が命懸けで守るからノリネエはそのままで居ればいいのよ」


「胸が大きくて悩むなんて……羨ましい限りですわ……ねえメグミちゃん、私位の年頃の時ってメグミちゃんはどの位大きかったですか?」


「なんで私にだけ聞くのよ?」


「分かるでしょ! お姉さまは……参考になりませんわ! メグミちゃん、私って小さすぎやしませんか?」


「チッパイは正義よ! 何も恥じる必要は無いわよ?」


「うっ、っやっぱり……」


「サアヤ、ティタ様やサアヤのお母様もね? 分かるでしょ? まあティタ様よりは大きく成るわよ。

 写真だと若干サアヤのお母様の方が大きく見えたし……あれ? サアヤってハーフよりもエルフ寄りのクォーターだっけ?

 だとするとお母様とティタ様の中間くらい?」


「メグミちゃん勘違いしてますけどエルフにだって胸の大きな女性は居ますからね! 御婆様が若干……いや可成り小さめなだけです!」


「私はティタ様位の胸も好きだけどね、華奢なティタ様には、そうよ見た目が少女みたいだから、あの位が全体の雰囲気に良く合ってると思うわ。サアヤだってそうよ、その体形にその位の胸の大きさはちっとも変じゃないわよ?

 寧ろもっと小さくても、全く無くても良いんじゃないかしら?」


「全くないとか男の子じゃないんですから嫌です!! それでも私は大きい方が良いですわ!!」


「ねえメグミちゃん私ってエロいの?」


「えっ、まだ落ち込んでたの? 全くノリネエは気にし過ぎよ、見た目だけよ? 本人がエッチだとは言ってないからね? いい加減落ち込まないで復活して来なさい」


「メグミちゃんってズルいですわ、自分で私達を落としておいて自分で励ますんです。酷い人ですわ!」


「サアヤのは自爆でしょ? 人を悪人みたいに言わないでよ! それに悪人具合でいったらサアヤのステータス……

 これって魔王とかそっち系のステータスなんじゃないの? エグイ名称の『職能』が多いわよ?

 ってかこの辺の職能って不死者が取得するような『職能』なんじゃないの?」


「私は一応殆どハイエルフですから、寿命が有るかでさえ不明ですわ。だから不死者と言えないくも無いでしょ? 問題ありませんわ」


「……ふーーん、まっ、言いたくない事は言わなくても良いわ。ただね、一人で思い悩むのは止めなさい、どうせ碌なことにならないから」


「むぅぅ、別に秘密にしてる訳じゃあ有りませんわ、こうしてステータスだって見せてます。ただちょっと……」


「いいのよ、無理に話さなくても、また話す機会もあるでしょ? それに人に言えない悩みの一つ二つ誰にだってあるものよ、それだけ分かってれば良いわ」


「ねえメグミちゃん、それって言ってる事がちょっと矛盾してないかしら?」


「あれ? 言葉が足りなかった? ふむ? そうね言い直すわ。

 自分だけが何か抱えていて、秘密を持ってるって後ろめたい気になる必要は無いのよ。

 どうせ人間なんてみんな多かれ少なかれ悩みを抱えてるし、秘密も有るからね?」


「ああ、そう言う意味ね、確かにそうね。悩みの無い人なんて居ないものね」


「お姉さまもそんなお悩みが?」


「そうよ、目下最大の悩みはメグミちゃんにエロいって言われないようにするにはどうしたら良いのかって事なんだけどね……」


「無理よ? …………その胸を如何する気よ? 大事な私の宝物よ? 勝手に変なことしたら例えノリネエでも許さないわよ!」


「ぅっく、私の胸よ、私の体なんだから! なんでメグミちゃんの許可がいるのよ? なんでメグミちゃんが許さないのよ!」


「日々お風呂でマッサージとかしながら大事に育ててるのよ! 私の努力を無駄にする気なの!」


「えっ! 逆切れしましたわ……相変わらず理不尽な……お姉さま呆けないでください。メグミちゃんがまた無茶苦茶言ってるだけですから。

 それにメグミちゃんお姉さまのはその辺で十分ですわ。寧ろ私の方を育ててください!」


「馬鹿ねサアヤ、ノリネエの胸は至宝よ? 大きさだけじゃなくて形や張りを保つためにも日々のメンテナンスは欠かせないわ!

 それにね、サアヤのはそれ以上あまり大きくならないように、脂肪を燃やす方向でマッサージしてるわ!」


「私の胸になんてことを!! なんてことをしてるんですか! 胸が大きくならないのはメグミちゃんの所為でしたのね!!」


「ねえメグミちゃん、その胸の小さくなるマッサージって私にも効果あるの?」


「あのねノリネエ、マッサージして血行が良くなるとね、その所為で返って胸が大きくなる人と脂肪の燃焼が促されて小さくなる人、二種類の人がいるのよ。

 まあどちらにしても肌の張りが良くなって、胸の形が綺麗になるから私にとってはメリットだらけなんだけどね。

 ノリネエは大きくなるタイプでサアヤは小さくなるタイプってだけよ?」


「ううぅ、一体如何したら良いの、どうしたら小さく……」


「なっ!! 豊胸マッサージはもしかして逆効果?!」


「二人とも成る様にしかならないから諦めなさい。胸はね、大きさじゃないのよ! 大きくても小さくても等しく愛でればいいのよ」


「自分が丁度いい大きさだからってメグミちゃんズルいですわ」


「メグミちゃんって意外と胸大きいのよね……形も綺麗だし」


「ふふんっ、良いでしょ! やっぱり日々適度に運動するのが良いのよ、それに背は伸びないけど牛乳を飲んでいるのが効いてるのかな?

 こっちに来てから少し胸が大きくなったわ!」


「私も飲んでいるのに何で……やっぱりメグミちゃんはズルいですわ!」


「牛乳……飲むのを控えた方が良いのかしら??」



 サアヤのステータスは当初は若干変な『職能』があるものの、魔法系に優れた構成で比較的真面だったのだが……メグミの思いつく様々な実験に付き合って『恩恵』を取得していくうちに二人と同じく若干カオスな状態になっていた。


 以前この地下1階で『ラバーウィップローズ』を倒した際にも……


「ねえサアヤ、このドロップアイテムの『ラバーウィップ』ってそのまま使えないの?

 あいつらが武器として振り回してるんだから、鞭として使えるんじゃない?」


「え? ああ、使おうと思えば使えますけど、こんな物を使ってなにをする気ですか?」


「何をってそりゃあ武器として使うのよ? 鞭って結構優れた武器なのよ?

 振り回すと先端が撓って凄い速度でしょ? 簡単に先端の速度は音速を超えるのよ。ピュって音がしてるでしょ? これ空気を切り裂いた時の音なのよ。

 槍と違って変幻自在だし軌道が読まれにくいのも良いところね。それに攻撃力だって結構高いわ。

 相手に当たった時の衝撃音を聞いても分かるでしょ、これ先端が当たると容易に皮膚を切り裂く程の攻撃力よ。

 中途半端な位置で攻撃を受けるても防御の裏面に先端が回り込んだりして、結構面白いのよね」


「メグミちゃんって本当に器用ですね、もう鞭を操ってる。へぇ、こんな鞭でも『ソルジャーアント』の甲殻位は簡単に裂けるんですね」


「棘が良い感じよ、それにこいつら脚が細いから鞭の先端を上手い事当てると脚が簡単に取れるわよ」


「メグミちゃん、それ面白そうね、握り手の部分の棘をとれば使えるのね?」


「ノリネエは若干不器用なんだから、ケガしない様に気を付けてね?

 そうそんな感じで良いわ」


「あれ? 上手く行かないわ? え? 腕を振ったら直ぐに引き戻してもう一回振るの? あっ! 出来たっ! 出来たわ♪」


「そうか鞭だと力を籠める必要がないからノリネエでも使いこなせるのね。

 飲み込みは速いのよねノリネエって」


「んふふ、それっ! えいっ! なんだか楽しいわ、初めての武器だし新鮮で良いわね」


「『ソルジャーアント』が丁度いい感じですね。こいつらドロップアイテム集中しているから攻撃が当たりやすいですし、こっちにあまり攻撃してこないから練習台にもってこいですわ」


「普段はウザいだけの魔物だけど、獲物に事欠かないし、良い感じね! ふふんっ、どう? 見て鞭の二刀流!」


「メグミちゃんたら本当に器用ですわね……ああ、もう二人だけズルいですわ、私も鞭でビシバシやりたいです!」


「『ラバーウィップ』はまだまだあるからサアヤもやればいいじゃない。ちょっと耐久性が心配だけど、安い物だし、ゴムの素材としては別に傷んでいても問題ないでしょ? 使い捨て感覚で使えるわねコレ」


 普段は嫌われ者の『ソルジャーアント』だが、練習台には本当に丁度良かった。次々に現れては三人の鞭の攻撃の練習台になってくれるのだ。

 硬すぎもしないし、ちょうど鞭の攻撃が効きやすい魔物だったことがこの時は幸いであり災いであった。


 散々鞭で『ソルジャーアント』を倒しまくった三人が、最後の『ソルジャーアント』を倒し終わって意気揚々と帰宅し、居間でのんびり寛いでいるときにそれは起こった。


「なっ!!! 何ですかこの『Sの女王様』って『職能』は!!」


「えっ! 何? サアヤってば何か面白い『職能』を獲得したの?」


「いまステータスを確認してたら、『Sの女王様』なんて『職能』が……これって絶対先ほどのですわ、メグミちゃんはどうです?」


「ちょっと待って今確認するわ、あっ! 私も獲得してる。なるほど鞭である程度魔物を倒すと獲得できる『職能』なのね。効果は何だろう?」


「ちょっと待ってくださいね、今調べてきますわ」


「って!? 二人ともなんでそんなに落ち着いてるのよ! 『Sの女王様』よ? これってあの……あの意味での女王様でしょ、ううぅ、私イヤよ、こんな『職能』ばっかりなんで増えるの! イヤよイヤイヤ!!」


「そうは言ってもねぇ? もう獲得してるから消そうにも消せないし、それに持ってても困ることは無いし、良いんじゃないの?」


「けど益々私のステータスに色物系が増えたのよ!」


「ノリネエだってノリノリで鞭で魔物をシバイてたじゃない。楽しんだ結果よ。ここは諦めて受け入れなさい」


「そんなぁ……ああ、お母様……赦して」


「この程度で自分の子供を怒ったりはしないと思うわよ? ノリネエのお母様でしょ? どう考えてもノリネエと同系統のノホホン系よ? ノリネエだって自分の娘が意図せずに獲得した『職能』如きで目くじら立てたりしないでしょ?」


「それはまあ、そうかもしれないけど……けどだって!」


「どうしたのノリコ? 大きな声を出して、女の子がはしたないわよ?」


「うっ、『ママ』何でもないわ、何でもないのよ」


「ノリネエがまた色物系の『恩恵』を獲得しただけよ『ママ』、何時ものことよ、それより今日のオヤツは何?」


「今日は卵の良いのが入ったからホットケーキにしてみたわ。ほらっノリコも落ち込んでないで食べなさい」


「もうっ、酷いわメグミちゃん、なんであっさりバラしちゃうのよ! それになんだかオヤツの方が私よりも大事みたいだわ……」


「ノリネエ、ホットケーキは出来立てが美味しいのよ?」


「あっ! オヤツ! ホットケーキですわ♪ 美味しそう!」


「サアヤ、どう何か分かった?」


「ええ、『Sの女王様』について書いてある書物が見つかりましたわ。

 どうやら鞭系の武器で魔物を15匹以上連続して倒すと取得するようですわ。

 効果は鞭系武器の威力上昇と調教の際の効果倍増だそうです」


「へえ、それで取得できたのね、けど調教? M男なんて調教したくはないわね」


「違いますよメグミちゃん。ここでいう調教は『獣使い』が行使する魔物を従える為の『調教』スキルの事ですわ。

 一時的に魔物を使役できるスキルが『調教』です。その『調教』の効果が上がって成功率が高くなって『調教』がやり易くなるみたいですわ」


「一時的に? ペットとは別なの?」


「そうですわ、普通のペットは幼生体から飼いならす必要がありますけど、この『調教』スキルを使うと迷宮の発生型の魔物も一時的に使役可能になります。

 あくまでもスキルの効果が続いている間だけですけどね」


「それにしたって最初から効果が倍増とか凄いわね? 一気に倍なの?」


「そうみたいですわ、『獣使い』を目指す者には必須の『職能』みたいですわ、この『職能』があっても同格の魔物の『調教』の成功率は低いらしいので……『獣使い』も中々大変みたいですね」


「そうなんだ、『獣使い』の師匠も苦労してるのね……それでも同格の魔物を従えることができるって結構すごくない? 格下相手なら成功率も上がるのよね。

 なら雑魚狩りは楽そうよね。近寄ってくる雑魚を片っ端から『調教』してそいつらに魔物の相手をさせればいいんでしょ?」


「魔物の『調教』には『支配力』が関係してきます。魔物のペット飼う場合もそうですが、この『支配力』は中々増えませんからね。

 普通の冒険者のペットが1匹なのもこの『支配力』が一般の冒険者ですとそれで限界だからですわ。

 『獣使い』はこの『支配力』を向上させていく職業なのですけど、それでもペットを含めた従わせることの出来る魔物は5・6匹、多い方でも10匹程度といわれています。

 幾らでも調教できるわけではないんですよ」


「『支配力』ねえ、それって何なの? ペットって強くなっていくわよね? それでも必要な『支配力』は普通変わらないんでしょ?

 ペットの強さと関係なく、個体数のみに関係する力なの?」


「『支配力』はそうですね……一般的にいうなら魔物を従わせるカリスマ。その人の持つ魅力でしょうか?

 強さとは別の意味で魔物を従わせる力ですわ。

 そもそも魔物のペットと人との関係は、主としての冒険者とペットとしての魔物、双方の間の信頼関係と、自らを従わせるのに相応しい主であるという資質が必要なんです。

 『獣使い』はこの包容力といいますか、相手を従わせる資質が高いんです。

 そして魔物のペットとのコミュニケーションの取り方が上手いんでしょうね。複数の魔物のペットの相手をしても信頼関係を築けます。

 魔物のペットは常にこの信頼関係を確認しています。頻繁にスキンシップを図るのも、この信頼関係に問題がないことを確認していると言われています。

 このコミュニケーションをとれる限界を『支配力』といっているのですわ」


「じゃあこの『Sの女王様』はその『支配力』を増やすってことなの?」


「そういう事みたいですわね」


「なんだ、色物系な名称だけど中身は普通なのね……」


「お姉さま、『Sの女王様』ですよ? 増える『支配力』は『女王様』の様な圧倒的な気品と威圧感によるモノだそうです。しかも『S』ですからね……」


「どう考えても色物よね、サディスティックに魔物を鞭でシバイて従わせる『職能』よ? 色物以外の何物でもないわ」


「ぅうう、そんなぁ……」



 そんなことを思い出しながら、メグミは今も隣で棘付き鎖鉄球で『ラバーウィップローズ』を粉砕しているカグヤを見る。


「オホホッ! ワタクシに鞭を向けるなど、身の程を知らないのかしら、この雑草が風情がっ! その程度の鞭がワタクシに届くと思って?

 オホホッ、ワタクシが鞭の使い方を教えて差し上げますわ、オーーーホホホッ!!」


(どこが鞭だ!! いやカグヤ! あんたのそれは鞭じゃないでしょ? 鞭じゃないよね?

 あれ? 大分類だとアレでも鞭に含まれるのかしら?)


 目の前で今まさに棘付き鉄球に粉砕されながら吹き飛んでいく『ラバーウィップローズ』を眺めながら。


(にしてもアレね、これが鞭だろうとそうでなかろうと、カグヤは間違いなく『Sの女王様』を取得してるわね……)

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