僕の魔法は君の魔法
さち
第1章 プロローグ
第1話 夢から覚めて
真っ白な空間にただ一人。四方八方見渡しても何も無い。ところが、よく見ると前方にこれまた真っ白な箱がある。大きさは俺と同じ位だが、白に白だから見にくくて仕方ない。
俺は右手に握られている杖を箱に向ける。よく見れば、箱までの距離はそれなりにある。しかし、そんな事も気にせず俺はポーズをとって叫ぶ。
「浮け!!!」
するとどうだ、箱はゆっくりと床から離れ、宙に留まるじゃないか。その上、杖を左右に動かすと、箱も連動して左右に動く。実に気分が良い。
今度は何も無い所に照準を合わせて杖を突き出して叫ぶ。
「現れろ!!!」
するとさっきと同じ大きさの白い箱がもう一個、床から出現した。まるでところてんが押し出されたみたいに出てくる。もう口元の笑みが隠せない。
その後も、何回も呪文を唱えては箱を出すと、気が付くと至る所に箱が置かれており、本当にところてんを押し出した後みたいだ。
「もうちょっと遊んでみますか!」
杖に意識を集める。そして無造作に並べられた箱を浮かしては動かし、浮かしては動かすを繰り返す。そうして出来たのは俺の四倍の大きさはあるだろう白いピラミッドだ。しかし相変わらず白いせいでよく見えない。けれど満足している事は確かだ。
杖を振り回してニヤニヤしていると、どこからともなく声が聞こえてくる。
「貴方に......特別な呪文を教えましょう......」
途切れた優しい声がこだまする。ここには俺しかいないはずじゃなかったのか?
「いいですか......よく聞いて......くださ......い......」
特別という単語に心踊らせている俺にその声はこう言った。
「起きな......」
*****
「起きなさい!
部屋の外から声がする。寝ぼけながら目覚まし時計を見ると、時刻は遅刻ギリギリを示している。一瞬にして冷や汗をかく。
「ちょっとばあちゃん!ちゃんと起こしてよ!!」
部屋を飛び出てリビングに下りると、そこには呆れ顔のばあちゃんがテレビを見ていた。
「起こしたよ、何回も。それでもあんたが寝てたんだろ?訳の分からん寝言を言いながら」
寝言......?ああ、さっきの夢で叫んでた事か。ということは、さっきのが聞こえていたのか?俺は急に恥ずかしくなった。
「あんたがボケェとしてるのは構わないけど、本当に遅刻するよ?」
テレビの時刻は既に遅刻のデッドラインを示していた。
「やべえ!!!」
俺は慌てて支度をして学校に向かう。
勿論、その右手に杖など握られていない。
*****
最寄り駅に着く。ここまで走ったせいか、制服のワイシャツが肌に張り付いて気持ちが悪い。その上、春服のブレザーが鬱陶しいったらありゃしない。
いつもなら通勤ラッシュを避けて登校しているが、生憎今日はラッシュに巻き込まれてしまった。その為改札周辺をおびただしい数のサラリーマンや学生が行き交ってあり、それを掻き分けて改札を通らなければならない。俺は無茶だと分かりながら早足で改札に向かう。
流石は通勤時間、前からだけでなく横からも人が流れてくる。そのせいか、横から来た人に隠れて正面から向かってくるスーツの男性に気付けなかった。つまりは、勢いよく正面衝突してしまったのだ。
「すいません!すいません!大丈夫ですか?」
二人して早歩きだったため両者その場で倒れ込む。周りの視線が集まるが、誰も助けてはくれない。俺は何度も謝りながらその人に手を差し出して助けようとしたが、その人は何も言わず一人で立ち上がりそのまま人混みに消えてしまった。
「いや、少しは謝れよ」
少しイラッときたがここはぐっと我慢した。
しかし、不気味な人だったな。何しろ、シルクハットを深く被り、表現が見えなかったのだ。
結果から言うと勿論学校には遅刻した。先生から遅刻指導を受け、友人からは笑われた。
「またかよトーマ!」
友人は俺の事を「トーマ」と呼ぶ。「とうま」と呼ぶのが面倒らしいが、正直あまり変わらないだろ。
「またって、遅刻したのはまだ二回目だぞ!」
「入学してから二ヶ月しか経ってないのに二回って、相当だぜ?」
そう言われると何も言えない。仕方ない、あの駅が混むのがいけないんだ。無駄にでかい駅に作り替えやがって。
「どうせまた魔法の事とか考えて遅刻したんだろ?分かってるよ。うん」
友人が悲しい人を見る目で俺を見る。言われている事が間違っていないので何も言い返せない。
「だってトーマ、昨日の授業でも寝言で魔法唱えたぜ。流石に笑ったね」
どうやら俺の寝言は随分と大きいようだ。恥ずかしくて逃げ出したい。
「今日は居眠りするなよ、自称魔法使いさん」
遅刻してまで来たが、既に帰りたい。
俺の高校生活は至って普通だ。学校に来て授業を受けて、友達とたわいも無い会話をして一日が終わる。部活に入っているわけでも無いので放課後はする事が無い。とは言うものの、それは委員会が無ければの話だが。
今日の授業が全て終わり皆が各々の行動をとる中、俺は図書館に向かった。はっきり言って面倒でしかない。クラスの誰もがやりたがらない図書委員、それが俺の属する委員会だ。皆がやりたがらない理由もよく分かる。俺の通う学校の図書館が大きすぎるんだ。図書委員の仕事は本の整理や貸出の受付だ。そこらの街の図書館よりも断然規模のある図書館の蔵書の整理など、誰もしたがる筈が無い。図書館のくせに三階建てというのがそもそもおかしい。うちの学長は何を考えているのだろう。
そうこう言いながら 図書館に着くと、さっそく仕事を任された。今日返却された本を棚に戻す作業、俺が一番嫌いな作業だ。委員会を決めたあの日、居眠りなどしていなかったら今こんなところで重い本を抱えて歩き回ってはいなかっただろうと過去の自分を恨んだ。
二階に上がるとそこには大量の本棚が所狭しと並んでいる。館内の構造さえもろくに覚えていないので、とりあえず適当に壁伝いに歩いて目的の本棚を探す。丁度フロアの中間の壁まで歩いたところで、おかしな物が目に入った。
「扉...?でもこの向こう側って外だよな。何でここだけこんなのがあるんだ?」
そこにあったのは天井に届く程巨大な扉だ。細部に彫刻が施された重量感のあるその扉は、一人では開けられる気がしない。扉の先が気になったが、本を抱えている両腕がそろそろ限界を迎えそうなので急いで本棚を探した。
「イギリス史...、イギリス史...、あった」
やっと最初の棚が見つかった。自分の目線と同じ高さの本の束を抱えているせいで棚を探すのにも苦労する。何しろ重い。
場所が分かって気が抜けたのか、俺は元々よく見えない前方の注意を怠った。そこには脚立に登り本棚の上に整理をしている女子生徒がいる。残念ながらそれに気付いたのは脚立に突っ込んだ後だ。
突然足場が崩れた事で声をあげる女子生徒。流石にこのままではまずい。俺は抱えていた本を投げ出し、落ちてくる彼女を受け止めよう手を伸ばす。
全身に微かに痛みが走る。痛覚を感じれるという事はまだ無事という事だ。意識が虚ろな中、唇に柔らかい感触を感じるがこれは痛覚ではないな、だとすると。少し考える。しかし目を開けた瞬間全てを悟った。目の前にさっきの女子生徒の顔があるじゃないか。
俺は落ちてくる彼女を俺が下敷きになることで受け止めることに成功。しかし、それがいけなかった。俺は彼女の事を気遣って抱きかかえる様にしてして受け止めたのだが、そのせいで俺と彼女唇の距離が零になってしまった。
彼女が目を覚ます。この状況凄くまずい。しかし俺は全身の痛みで体が動かない。俺の高校生活もここまでか、そう悟った。すると
「きゃーーーー!!!!!バチンッ!!」
驚くほど豪快な平手打ちをもろに食らい、俺のライフはゼロになった。すると、俺にトドメを刺した女子生徒は一度も振り返ること無くその場から去ってしまった。心まで痛い。
「っ......、さっきの子......うちのクラスの山田ユナさんだよな...」
その後、俺は体が動く様になってから仕事を放ったらかして帰路に着いた。
翌日の朝、通勤ラッシュを回避しての登校に成功するも、全身の痛みがまだ治っておらず机に突っ伏していた。
すると丁度クラスに入ってくる女子、昨日俺に平手打ちをかました山田ユナさんと目が合った。俺は申し訳なさそうに目をそらした。それなのに彼女は、そそくさと自分の机に鞄を置くと俺の方まで走ってこう叫んだ。
「
俺の至って普通な高校生活が崩れた瞬間だった。
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