対の消失、または永遠の謎について
テレビを見なくなって随分経つ。もちろんネットフリックスやDVDは日常的に利用しているが、チャンネル放送は全く見なくなった。最後に見たのはいつだろうか?はっきり思い出せるのは、アカデミー賞授賞式でカレン・Oが真っ赤なドレスを着てThe Moon Songを歌っていた。それはなぜか懐かしく、その16年前にエリオット・スミスが真っ白なタキシードを着てMiss Miseryを歌っていたのを彷彿させた。それは私の中で対となり、もう消失してしまった彼の存在を悲しむと同時に、彼の死という一見謎めいたしかし永遠に解けない、それのやるせなさなんかをひしひしと感じ、あったこともない人の事を懐かしんだ。
エリオット・スミスの音楽は聞いた事があったが、意識をして聞き出したのは、ジェニファーの存在があったからだ。2004年の七夕に、私は織姫のように、一年半ぶりに会える連れの住む国に降り立った。その後、当時ルームメイトだったアルバートの紹介で、私はチャイナタウンにあるオフィスで働き始めた。ジェニファーは私よりずいぶん年上で、そのオフィスで高級シルクのデザインと販売をしていた。彼女は一年ほど台湾でデザインの勉強をしたことがあり、チャイナタウンにオフィスを構えているのはその懐かしさかららしく、白人の彼女が堪能に喋る北京語はそこに住む中国人たちを驚かせていた。
彼女の両親は、トンネルを掘る事業を起こしており、それで成功しているらしく、彼女の事業の資金もそれによるものだった。だからなのか、ビジネスというよりは、遊びや趣味の延長線上にある、といった感じで仕事をしていた。オフィスで昼間からワインを開け、倉庫でマリファナを育て、時々それを吸う。好きな音楽を聴きながらのんびりしたり、おいしいレストランを探しに行く。私の主な仕事は、布のサンプルづくりと、シッピング手配。触ったこともないロックミシンを勘だけで動かし、私は彼女に雇われることとなった。サンプルづくりが落ち着いたりすると、ほぼ彼女のアシスタントみたいな感じで、彼女の運転する車の助手席に乗り、ショーケースや展示施設巡りをした。インテリアに興味があったので、それはとても為になったし、世界というか、価値観の違う人たちの作品を見て歩くのはいい刺激だった。私の好きなものは主にジャンク品と呼ばれるセカンドハンド物だったので、デザイナー製品やラグジュアリー品を見ると、どうやったらそれを安く作れるかしら、なんて考えたりしてしまうのだ。(まあ、そういうものは製品自体のコストよりも名前の価値のほうが高いのだが)
ジェニファーは時に、私生活を突き付けてくるような人だった。ボーイフレンドとの別れ話が出ている、だとか、買った家に自分では住まず、貸に出しているんだけれど、雨漏りの苦情が出てすごく大変だったとか、精神科に通い、セラピーを受けて、こういう薬を飲んでいる、だとか、とにかく一緒にいて疲れる人間だった。これがただの友達だったなら、私は疲れることはなかったんだと思うし、むしろいい関係を築けていたんだと思う。しかし、私は彼女に雇われている立場だ。自分の心の中をさらけ出すことはできないでいた。だから、常に私が聞く立場で疲れてしまったのだ。
ジェニファーがある日、いい音楽を流していた。何を聞いているの?と気になり尋ねたところ、ヒートマイザーというバンドのものだった。いいね、というと、彼女はエリオット・スミスのいたバンドなのよ、といった。エリオット・スミス、なんか聞いたことのある名前だなあと思ったけれど、それまでは特に意識して聞いたことのないミュージシャンだった。そのヒートマイザーのCDとエリオット・スミスのFigure 8のCDを彼女に借りて、私は聞いてみた。奇しくもその日は、彼が死んだ日に近く、ジェニファーは彼の死のことを少し話してくれ、それもあってか私は不思議と彼の事について惹かれていってしまったのだ。
意識して聞くようになった彼の音は、不意を突いて持ってこられるメロディーの変化がドキリとするほど美しく、その柔らかく印象に残る彼の歌声がもうこの世の中に存在しているものの持ち物でない、という悲しみのような残酷さ、私が存在した同じ時間軸、同じ地域にまた彼も存在したという、驚きのような後悔、なんでいなくなってしまったの?という怒りのようなやるせなさなんかがごちゃ混ぜになり、私を虜にした。それにつけ、彼のことを崇拝していたジェニファーの力なんかも借りて、私は彼の世界観に飲み込まれ、ちょっとおかしくなっていった。取りつかれたようになってしまった、そんな感じだ。
落ちるところまで落ちて、差し込んできた希望の光の中で、なぜ彼は死んでしまったのか、それは永遠に解けない謎だった。
医学生の父と、テキサス生まれの母のもと、エリオット・スミスはスティーブン・ポール・スミスとして、1969年8月6日ネブラスカ州オマハで生まれた。彼が一歳になるころ両親は離婚し、エリオットは母親に連れられテキサス州で子供時代を過ごした。クリスチャンか、フットボール選手の活躍するような田舎である。しかも、エリオットが4歳になる前に母親は再婚をしている。そのステップファザーのことは、あまり話したがらないエリオットだったが、いい思い出はないようだ。母親に勧められて始めたピアノで、彼はその才能を早くに開花させ、小学生のころ、すでにピアノの作曲コンテストで優勝している。その流れで彼は中学に上がるころには実の父からギターとアンプを買ってもらい、音楽を作っている。6年生になるころ、彼は友達とともにバンドを組んだ。その友達とは、国語のクラスで近くの席になり、お互いにクラスの中の面白いやつ、という存在になろうとしていたこともあり、意気投合し学校の外でも遊ぶ中となった。
やはり、他の誰よりも音楽の才能には長けていた彼だったが、普通の中学生と同じように、バスケットボールで遊んだり、自転車を乗り回し、セブンイレブンでパックマンをしたりもした。喧嘩も週一でしたし、年上の女の人とつるんだりして、普通のアメリカ人ぽい。高校の頃、仲の良い友達にさえ直前まで告げることを躊躇していた彼は、突然テキサスから、実の父親の住むオレゴン州に引っ越してしまうのだ。やはり、ステップファザーや異父弟妹に心を開けなかったのだろうか?
彼はオレゴンに引っ越す前に、友達にこうこぼしている。
「母親のことが心配だ」
彼の曲の中にWaltz #2というのがある。私のお気に入りでもあるのだが、これは母親に向けられているんだと思う。
I'm never gonna know you now but I'm gonna love you anyhow.
ー今となってはもうあなたを知る事は出来ないけれど、僕はとにかくあなたを愛すんだと思う
オレゴンで精神科医になった父と、その再婚相手でソーシャルワーカーのステップマザーと暮らし始めたエリオットは、そこでますます音楽にのめりこみ、友達とドラッグやアルコールを使うようにもなる。まあ、これも普通のアメリカ人らしい成り行きである。誰もが高校生の頃はそんな感じでドラッグやアルコールを一度は試すんじゃないだろうか?
テキサスとは大違いのオレゴンである。インディーロックがはやり、おしゃれなレコードショップや本屋が立ち並び、反戦デモが繰り広げられる新しい地で、エリオットは本格的に音楽を作り、レコーディングを始めた。
彼のファーストアルバム、ローマンキャンドルの二曲目Condor Avenueは高校生の時に作った曲だ。
エリオットの当時のガールフレンドがハンプシャー大学を受験すると決めた後、彼もそこを受けることにした。どちらとも合格し、一緒に大学に通うことになったのだが、その後すぐに別れている。フェミニストたちに囲まれて、その考えに精魂を吸い取られた感じになったエリオットはこう語っている。
”何もしたくなくなった。もしもあなたが異性愛者で、白人男性だったら、もうそれだけで、あなたはクソみたいなことをするやつなんだ。たとえ自分でそう思っていなくても”
そういうこともあってか、エリオットは大学で異性愛者の友達はあまりいなく、ゲイの友達とつるんでいた。彼の異父妹であるアシュリーはレズビアンなんだが、それをエリオットに打ち明けた時、彼は自分がゲイになろうと努力していた時期があって、でも結局努力してもなれるもんじゃなかったと、だから否定もしないし、よき理解者となってくれた、と語っている。
彼の所属していたバンド、ヒートマイザーのニール・ガストとは大学時代に知り合っている。ニールはゲイなのだ。ハンプシャー大学で学んだフェミニズムや、ゲイの友人たちとの交流を通して彼は一種の危機感に襲われていたのではないかと思う。自分がストレートの白人男性であることだけで、ほかの人間を傷つけてしまう恐れがある、と。だから、ゲイになってしまえば傷つけないのではないか、と。あまりにも繊細すぎると思うが、事実白人には結構日本人なんかよりも繊細で神経質な人間が多い。
エリオットとニールはほかのルームメイトたちと一緒の家に住み、音楽好きなこともあり、バンドを組むという漠然的な夢を抱くのだが、肯定的なニールに対し否定的なエリオット。いち早くエリオットの才能に気付いたニールは、一緒に曲を作り、エリオットを導いていった。エリオットのソロ活動による、ヒートマイザー解散で、エリオットが裏切った感があるが、実は彼らの友情というものは良好で、エリオットのファーストアルバムのローマンキャンドルのジャケットに写っているのはニールだし、イーザー・オアのジャケット写真はニールが撮ったものだし、ヒートマイザー解散後にニールが所属していたバンドとエリオットは一緒にツアーもしている。
大学を卒業した彼らはポートランドに移り、そこでもルームシェアをしている。そこで、ほかのバンドや、音楽家と出会い、当時の、みんなが仲間というような流れに乗って、ヒートマイザーはカリフォルニア州サンバレーのインディーレーベル、フロンティアレコードと契約することとなる。Suicidal TendenciesやChristian Deathが所属しているレーベルでもある。
契約したからといっても、やはり駆け出しのころはお金がなく、エリオットも大工仕事をやったりしながら生きていた。ヒートマイザーのマネージャーであったJJとエリオットは付き合い始め、ニールとのルームシェアをやめ、彼はJJと同居を始める。そこで彼はソロの曲を書き始めるのだが、その曲はリリースするために書いたものではなく、すごくパーソナルな曲ばかりだった。しかし、JJは知り合いの経営するCavity Search Recordsにデモを送り、フルアルバムリリースの契約を結ぶ。ヒートマイザーと並行して、ソロ活動を始めたエリオット。ヒートマイザーの音楽性も少しずつ変化してきている。
繊細な彼のことである。ソロ活動により、ヒートマイザーの仲間たちとの関係は少しずつぎくしゃくしたものになっていった。しかし彼がバンドをやめなかったのは、ニールの為であり、ヒートマイザーはメジャーレーベルのヴァージンと契約をするが、アルバムのリリースを待つことなく解散。そのことで心にも変調が起き、大量の飲酒に加え、抗うつ剤を服用し始めた。
その頃の音楽や詩にも、彼の様子がよく表れており、すごく暗く、死や、薬物を連想させるものとなっている。私はこのあたりの彼の音楽が結構好きなんだが。
St. Ides HeavenやAlameda、それにBetween the barsの、夜の闇にはかなく消えていくような寂しい魂のようなメロディ。酒飲みのどうしようもないクズな魂をすくいあげて、温めてあげたくなる。傷ついた者同士、傷の舐めあいが必要な時もある。ジェニファーも酒飲みだったなあ、なんて思い出しながら、彼女がなぜそこまでエリオットに思い入れていたのだろうかと少し不思議に思いつつも、彼女もまた同じ傷を抱えた人間だったんだろうなんてこじつけてみる。
恋人と別れる事となったジェニファーの引越しの手伝いをする為に、私はエコーパークの一軒家に同行した。あまり広いとは言えないその一軒家はまだ二人の人間の持ち物があふれ、これは私のだから触らないでなんて険悪な空気もたまに流れながら、しまいには元恋人が新しいガールフレンドを手伝いにつれてきたりして、ピリピリしっぱなしだった。大型犬を二匹買っているジェニファーの探し出した(これも一緒に探し回った)新しい家は、大きな家みたいなトリプレックス。三家族が住めるように玄関が三つある作りだ。その三階の部分に住み始めた彼女だが、板張りで、大型犬が歩き回るので、すぐに階下の人間から苦情が出た。結局雨漏りの苦情が出た自分の所有するデュープレックスの一つに住むこととなり、私は再び引越しの手伝いに駆り出された。
引越しの手伝いだったか、製品の引き取りに行った帰りだったか忘れたが、おしゃれな屋根の並ぶ場所を通り過ぎた事があった。ジェニファーがつぶやいた。
「スノーホワイトコテージ、エリオットが住んでいた所よ。私のデュープレックスも、エリオットが死んだ家の近くなの」
病的ともいえる執着。彼の音楽には麻薬のような中毒性があるのは確かで、惹きつけられたものには、確かに溺れてしまってもいいような気にさせる魔法のような呪縛のようなものがある。
イーザー・オアをリリースしたころ、エリオットはポートランドを離れ、ニューヨークに引っ越している。ニューヨークでは夜、バーをはしごし、地下鉄が止まった後、そのトンネルの中を一人歩き彷徨ったらしい。
そして96年、ガス・ヴァン・サントの映画グッド・ウィル・ハンティングの為に書き下ろした曲ミス・ミザリーがアカデミー賞にノミネートされ、授賞式で演奏することになるのだ。惜しくも受賞を逃したが、彼はこう語っている。
「すごくシュールな体験だった。僕は作曲することと同じくらいライヴも好きなんだけど、アカデミー賞での演奏は本当に不思議だった。曲は2分以下にカットされたし、そこにいた観客のほとんどは僕の演奏を聴きにきたわけじゃなかった。こんな世界に僕は住みたいとは思わない。でも1日だけなら月の上を歩いてみるのも悪くなかったよ」
私がその16年後のアカデミー賞授賞式で、エリオットのことを思い出したカレン・Oの演奏した曲が奇しくもThe Moon Songという、”月の上を歩いてみるのも悪くなかったよ”、なんて所つながっているじゃない!
2000年ごろメジャーレーベルと契約したエリオットはロサンゼルスに引っ越し、ますます麻薬にはまり、アルコールにおぼれ、自殺未遂を繰り返し、崖を転がり落ちるようにしてどんどん落ちぶれていくのだが、当時のことを振り返り、彼の友人がこう語っている。
「エリオットは強情だった、友達になるには。そしていつも悲しんでいるし泣いていたし、心の中に様々な悪魔を抱えていたし、問題だらけだったよ。調子が良くなると、悲しみが強く押し寄せてくるんだ。彼は自分が成功すると、友達のミュージシャン達を悲しませているんじゃないかって心配するんだ。歌えない、何もできない、悲しい。彼は必要なものをすべて持っているはずなのに、成功もしているはずなのに、満たされず、悲しいままなんだ。だから悲しいと、それを紛らわす為に彼は飲んだんだ」
ノースカロライナ滞在中、彼とその友人たちはパーティーの帰り、知り合いを送っていくところだった。エリオットとその友人たちはみな酔っぱらっており、友人を降ろすために停車していた車から、エリオットが急に飛び出すと、暗闇の中走り出した。それを友人が追いかけ、それに別の友人が続いた。後で追いかけていった友人は二人の姿が忽然と消え、暗闇の中目を凝らすと、二人は崖から落ちていた。エリオットは枝が背中に突き刺さっていたが、病院に行くことを拒否し、仕方なくホテルの部屋へ戻り応急処置をした。
「みんなを驚かしてみたかっただけだったのに、こんなことになってごめん」
「私はあの頃半年ほどロクに寝ていなかったわ。仕事に行って、疲れて帰って寝ようとしていたら、朝の三時過ぎにエリオットから電話よ。あの頃はケータイなんてないから、彼は公衆電話からかけてくるの。泣きながら。自殺するんじゃないかってすごく心配で、怖かった。彼は自分自身から解放されたかったんだと思う。私も悩んだわ。友情をとって彼を永遠に失うか、彼を守るために裏切るか」
当時友人であった女性は、彼がこういう状況にいることを公にしようか、それとも黙っているべきかすごく迷ったそうなんだが、そんな彼女を尻目に、エリオットはみんなにジョークのような感じで、君んちで12回も自殺を試みたよ!だとか、もう2週間もドラッグをしていないんだよ、クリーンだよ、といった横でクラックやヘロインを摂取する。もう、かまってちゃんもいいところだ。自殺しようとODしたりするんだが、必ず見つかり易い所で転がっている、という醜態だ。
メジャーレーベルでXOとFigure8をリリースしたエリオットはうつ状態のままドラッグとアルコールにますますのめりこみ、そんな時ある女性と知り合う。彼女は2つ年上の日本人の血が半分流れる、ジェニファー・チバ。Weezerのボーカル、リバース・クオモの元彼女で、バンド、ハッピーエンディングでベースを弾き、女優でもあり、結婚カウンセラーの資格を持っているにもかかわらず、ドラッグにアルコールとパーティー三昧の生活を送っているような人だ。実はこの彼女、私と同じ誕生日なのだ。年は違うが。
リバースは、彼女との事や彼女についての曲をいくつか作っているが、I'll think about youをそういうことを考えて聞くと興味深い。10年ほど調子よく彼女を利用していたクオモだが、結婚したい彼女に対して、なかなか踏み切れない。なんか、表面上は最低な奴だが、こういう自分の気持ちを歌にされると、実はすごく弱くて、本当に彼女を愛していたんだと思うし、そういう腐れ縁みたいな関係はすごく理解できる。しかも未完成のままリリースされていないSongs from the Black HoleのMariaはジェニファーのことで、Jonasはクオモ。エリオットが死んだ後、クオモがジェニファーに向けて作ったのが、The Other Wayだ。
人を引き付ける魅力がジェニファーにはあったんじゃないかと思う。そして心をつかんで離さない。激しく直球的で、相手を傷つけることも厭わない。しかし自分が傷つけられることは我慢ならない。
ジェニファーに出会ったエリオットは彼女と一緒に住み始めるのだが、友達としてであった。一緒にドラッグをやりながら、酒を飲んだりしながら、エリオットは楽器の扱い方なんかをジェニファーに教えたり、一緒に音楽を作ったりしながら、男女の関係になっていった。
エリオットは、ジェニファーに僕のことを知りたければ、カフカの断食芸人を読めばいい、と告げた。エリオットは、本の虫でもある。断食芸人は檻の中で断食芸を40日間披露する芸人の話なのだが、彼はもっと長い間断食したいと思うし、自分の芸に誇りを持っている。
”ただ断食芸人自身だけがそれを知ることができた。だから彼だけが同時に、自分の断食に完全に満足している見物人であることができるのだった”
”ただ断食芸人だけが不満だった。いつでも彼だけがそうだった”
”いつもおれは、みんながおれの断食に感心することを望んでいたんだ”
”うまいと思う食べものを見つけることができなかったからだ。うまいと思うものを見つけていたら、きっと、世間の評判になんかならないで、きっとあんたやほかの人たちみたいに腹いっぱい食っていたことだろうよ”
そして死んでしまった芸人は、わらとともに埋められるのだ。
Figure8の次のアルバムを制作していたエリオットだったが、週$1500ドルものドラッグを使って、パラノイアに陥った挙句、色々な人との接触を拒み、なかなか前に進まなかった。プロデューサーとの決別、マネージャーとも距離を置き、友人とも疎遠になり、エリオットはほぼ一人でレコーディングを再開させる。
彼はゴールデンボーイのデービッド・マコーネル等にもレコーディングを手伝ってもらっていたのだが、自分のスタジオを購入し、そこに入り浸っている。嫌な思い出や、誰かに追われているという妄想から逃げるには、そこはちょうど良い場所で、同じころ私もそのスタジオの近くのバス停でバスを待っていたりした。エリオットが、夜中にカエルのなく音に耳を傾けているころ、同じような空気の中でなかなか来ないバスを待ち、よく見えない星を目を凝らし眺めていた私。その頃の私は特にエリオットの音楽を意識して聞いていたわけではなく、死ぬ事や、漠然と向かってくる明日の事なんかを考えることで精いっぱいだった。
2002年、Wilcoの故郷であるシカゴでエリオットはWilcoと共にダブルヘッドライナーとしてパフォームしたのだが、最悪だと酷評された。その後、BeckとFlaming Lips のコンサートで、警官と乱闘騒ぎを起こし、ジェニファーとともに逮捕されている。その時警官から背中を痛めつけられ、痛み止めを飲まなければならず、そのことでまた薬をやめれなくなると思ったエリオットは、ついにドラッグとアルコールから決別するためにまじめにリハビリを始めるのだ。しかし、そのリハビリ施設が胡散臭いのだが、どうにかして克服した。
一緒にリハビリしていたジェニファーだったが、彼女のほうはうまくいかなかったようで、エリオットが死ぬ数か月前に、彼女は飲酒運転で逮捕されている。
クリーンになった後、どうにかレコーディングを再開させ、ジェニファーのバンド、ハッピーエンディングのアルバムもプロデュースしよう、と動き出していた。しかし、完璧主義者のスミスである。ハッピーエンディングのアルバムは完成することなく、エリオットの死によりお蔵入りとなり、バンドもジェニファーがエリオットを殺した、というバッシングを受け解散している。
エリオットとジェニファーの友人は彼の死の数か月前、二人の家を訪れているのだが、その時二人は将来の事について語り、子供がほしい、将来はロサンゼルスを離れどこか田舎に家を買い、そこで子供を育てたい、と具体的に将来を描いていた。エリオットはある友人にジェニファーと結婚したいと話していた。しかも、子供がほしいあまり、エリオットは煙草まで辞めた。こういう彼の変化はエリオットを救えなかったけれど、でもこういう差し込んできた光のような場所に死の直前にいれたということは、結構幸せだったんだと思う。
2003年10月21日の正午過ぎ、ジェニファーにより911に通報があった。救急車で駆け付けた隊員によると、エリオットは床に倒れ、胸にキッチンナイフによる二か所の傷を負い、まだ生きていた。その後搬送された病院で緊急手術が行われたが、約一時間後に息を引き取った。
その日、エリオットとジェニファーは喧嘩をしており、ジェニファーは落ち着くためにバスルームに鍵をかけシャワーを浴びた。叫び声がしたので慌ててバスルームから出ると、そこには背を向けて立つエリオットがいた。振り向いたエリオットの胸には包丁が刺さり、慌てたジェニファーはそれを引き抜いた。その時彼女は胸に二か所の傷があったのが見えた、と話している。服の上から、しかも血で汚れていたり、黒いTシャツだったりしたら、そもそも傷の数なんてわかるもんなんだろうか?包丁を引き抜かれたエリオットは、ふらふらと去っていき、倒れた。そこでジェニファーが救急車を呼んだのだ。
ジェニファーの過去の恋人たちによると、喧嘩のたび彼女は包丁を振り回し、殺してやる!と追い回すそうだ。彼女が殺したかどうかは、検視結果が他殺なのか自殺なのか不明となっているし、当時うつ状態であったエリオットが自殺するということも大いにあり得るのだし、永遠の謎だ。警察にとっても、ただの薬中のくずみたいな人間が死んだ(血液検査で、アンフェタミンが検出されている)、ということで深くは追及しないのだろう。
ジェニファーはエリオットの家族に対して、金を要求しているし、本当にあるいみすごい人間なんだなあ、と思う。しかも、エリオットの死後すぐにエリオットの友人であったドラマーの人と同棲を始めている。その後、その人とは別の人と結婚している。
そんな、人間を操作することに長けているジェニファー。彼女の何にエリオットは惹かれていたのだろうか?仮に彼女がエリオットを殺めて、エリオットの叶えたかった結婚して子供を持つ、という夢を叶えていたのだとしたら、ずるいなあ、と思う。
しかし、自殺だとしたら、それはそれで彼らしいなあなんて思う。
人々は言う、自分の心臓を二度も突き刺せるはずがない。私はそれは不可能ではないと思う。切腹する人間は腹を突き刺し、それを横に引くではないか。割腹自殺という方法もある。何度も腹を突き刺すのだ。事実怒りなんかでアドレナリンが大量放出されていれば、痛みは感じないし、勢いにまかせて瞬時に二回突き刺すことは可能だと思う。私はそうやって、何度も腕を切ってきたからわかる。アドレナリンの放出されていない自傷は浅い。怒りにまかせて自分を切りつけた時は深い傷がついた。10年以上経った今でもその深い傷はしっかり左手にケロイド状に残っている。その傷は嫌なものだった。嫌で仕方なく、隠さないといけないものだった。好奇と驚きの目で見られるのが嫌だった。でも今ではその傷を自分の一部であると認めているし、仕事に行くとき以外は隠していない。仕事場その一には不特定多数のお客様が来る。中には精神的に弱い人も来るだろうから、そういう人間は私がそうであるように、感化されやすいと思うので、無駄に傷をさらして仕事場その一に迷惑をかける事はしたくない。仕事場その二は、タトゥーを隠せという決まりごとがあるので、腕にタトゥーがある私は常に長袖のカーディガンを着ているので、必然的に隠すこととなる。外出時はありのままの私でいたいので、特に隠さない。
チャイナタウンで高級シルクのデザイン・販売をしていたジェニファーは、私にずっと働いて欲しいといった。私には思い描いていた夢があった。そして連れの家族を助けるために、少し遠くに引っ越すこととなった。でもそれでも私は週に何度か、チャイナタウンまで買いたての中古車で通った。そして、事故にあった。車は大破して、私は無事だったけど、日本では一度も事故なんて起こしたことなかった私が、こっちに来て車を買って三か月で事故を起こした。100パーセント非があったのは相手だったけれど、私は怖くなってしまい、車の運転ができなくなった。そして、うつ病による不安定の中、自殺未遂。精神科に通い始めたのもそのころだ。でも毎回違う先生で、毎回同じ事を話さなきゃいけない事に不信感を覚え、グループセラピーに通うも、それも違った。そして妊娠していることが分かり、私はジェニファーの所を正式に辞めた。薬もやめた。セラピーもやめた。自分でいることに徹した。
エリオットは生前、メジャー三作目のアルバムFrom A Basement On The Hillを制作中、手伝っていた友人に、もし何かがあったら、このミックスのままリリースしてくれ、他の奴らには絶対ミックスさせるな、と念を押し、マスターを消去しようとしたそうだ。エリオット死亡時にミックスが終わっていたのはわずか9曲で、二枚組のアルバムでリリースしたいと言われていたそうだが、残っていた50曲以上のデモは、音が悪く、結局遺族によって雇われたエリオットの友人ロブ・シュナフと、元彼女のジョアンナ・ボルムによってプロデュースとミックスが行われ、15曲入りの一枚でリリースされた。
King's Crossingには、ジェニファーの囁き声なんかも入っている。
”だってあなたを愛してるから”
エリオットが始めたという、感謝祭の日に自分の家族とではなく、友達と集まり祝う、というのは今でも続いているのだろうか?
彼の作った音楽を愛す全ての人が解るように、彼の音楽は心を持っていく。いいほうにも、悪いほうにも。だから、これから彼にのめりこむ人は、はまってしまう前に注意してほしい。美しいんだけれど、そんなものには大抵毒がある。
眠れない夜は、彼の作った音楽を聴き、ますます眠れなくなる。
悲しくてやるせない時に彼の音楽を聴き、死にたくなる。
だけど、そこにはいいんだよ、同じだったから、と優しく抱きしめてくれる彼がいる。
誰にも未来はわからないけれど、そこに美しい音楽が存在していればそれだけで救われる。死んでしまったものはその美しい音楽を聴けないけれど、残すことはできた。残されたものは、永遠に彼には会えないけれど、彼の作った音楽をいつでも聞くことができる。それが確かに存在していた人間によって作られたことが、救いにもなる。
I'm in love with the world through the eyes of a girl
-あの子の目を通してみた世界に恋をした
It's a picture-perfect evening and I'm staring down the sun
Fully loaded, deaf and dumb and done
Waiting for sedation to disconnect my head
Or any situation where I'm better off than dead
-なんて様になる夜
そして僕は太陽を見つめてる
フル装備、聾で愚かで終わってる
鎮静が僕の頭を切り離す事か
死んでいるよりも良い状況なんかを待っている
For your own protection,
over their affection
Nobody broke your heart
You broke your own
'cos you can't finish what you start
-彼らの優しさに対し
あなた自身を保護する
誰もあなたを傷つけてないよ
自業自得、だって自分で始めた事を終わらせないんだから
You can do what you want to whenever you want to,
though it doesn't mean a thing.
-いつでも自分のしたい事をしていいけれど、
それは何も意味しないよ
Haven't laughed this hard in a long time; better stop now before I start crying
ーこんなに激しく笑ったのいつぶりだろう、泣いてしまう前にやめないと
Drink up, baby, stay up all night; with the things you could do, you won't but you might. The potential you'll be that you'll never see; the promises you'll only make
-さあ飲んで、きみ、一晩中起きて、きみが出来ること、出来ないけど、たぶん出来ること、なんかをして。潜在的に、きみにしかすることの出来ない約束をきみは見れないんだ
I'm a junkyard full of false starts
And I don't need your permission
To bury my love
under this bare light bulb.
The moon is a sickle cell
It'll kill you in time.
-僕は間違ったスタートだらけのジャンクヤード
この裸電球の下へ僕の愛を埋めるのに
あんたの許可はいらない
お月様は鎌状赤血球
それは時間内にあんたを殺す
Crooked spin can't come to rest,
I'm damaged bad at best.
-曲がったスピンは休むことができず、
僕は最高に悪いダメージを受ける
I didn't have a hard time making it, I had a hard time letting it go.
ー作るのに苦労したことはないけれど、それを手放す時はすごくつらい
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