三日目⑥

 ロビーの扉をくぐって誰かがやってくるのがみえると、サクヤとキョウはソファーから立ち上がった。

 ツバの広いビーチハットをかぶる装いは、水色のトップスに袖フリルのチューリップボリュームスリーブブラウス、ボトムスは白のレギンスパンツ、白のウェッジソールのストラップサンダル。エレガントな服装だと、サクヤは関心する。


「久しぶり。お待たせしたみたいねサクヤ、それにキョウも」


 サングラスを外す女性にサクヤは軽く会釈し、右手を差し出す。


「そんなことないよ。わたしたちもさっきチェックイン済ませたとこだから」


 握手を交わすと、互いの顔がほころんでいく。

 ベトナム旅行を言い出したのはキョウだが、その話をサクヤに持ってきて、ダナンの宿泊ホテルを決めたのが彼女、多田トモである。

 高校時代の同級生で、現在は大阪で働くキャリア女子のトモは、高校時代からすでに、大人びた美を持っていた。自分の容姿を鼻にかけず、他人の評価を気にしすぎるチャーミングな性格は今も健在で、彼女との旅行は日程途中の合流や解散が多く、始めから終わりまでずっと一緒だったことは一度もない。


「メルセデスの送迎はなかなかね。途中、サッカー場やテニスコートなど大きな施設やビルが目についた。あと、思ったほどバイクは多くなくて、すんなり来れた感じ。ところで気がついたんだけど、サクヤって痩せた?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。減量したんだよ」


 サクヤは胸を張りつつ腰に手を当てる。


「へえ、ジムでも通ったん?」

「食事制限して軽くしてから運動かな。ところで」


 サクヤは、トモに同行してきたもう一人に目を向け、囁いた。


「あの格好でよかったの?」


 キョウと話をしている女性の服装は、膨らんだ新品のバックパックを背負い、カジュアルな服装に足元はトレッキングシューズを履いている。バックパッカー初心者によく見られる服装だ。

 トモは浮かない顔をしている。


「えっと……あれでも、ましになったほうなんだけどね」 

「あ、あれでって……え?」


 サクヤは再度見直し、トモに目を向けると苦笑していた。


「旅行前に散々話したんだけどね。今回宿泊するのは五つ星ホテルだから、ふさわしい服装を用意しておきなさいって」

「それがどうして、バックパッカーの格好になるんだよ」


 トモは息を吐き、微笑んだ。


「けものフレンズのかばんちゃん……っていう格好で行きたいって言ってた。サクヤ知ってる?」

「深夜アニメ、みたことある。動物が可愛い女の子の姿になったジャパリパークで、かばんちゃんが冒険するストーリー。今季アニメの人気作だな」


 サクヤは、かばんちゃんの服装を思い浮かべてみる。緑の鳥の花が飾られたピスヘルメットと呼ばれる探検帽をかぶり、大きな白のバックパックを背負い、黒手袋、赤Tシャツに白のハーフパンツ、黒のレギンス、茶色のヒールアップスニーカー。五つ星ホテルへ宿泊しにくる格好としては場違いだ。


「成田で集合したときは赤Tシャツにハーパン、探検家の帽子なんておかしな格好で現れたから、着替えさせて」


 穏やかに苦笑しているトモをみて、額に手を当て、サクヤは息を吐く。


「まじでかばんちゃんコスできたのか」


 杉田カコも、サクヤと高校時代の同級生だ。海外旅行の経験は、新入社員のとき先輩と同行したドイツ出張の一度きりと聞いた覚えがある。国内旅行も一緒に行ったことがないため、どんな旅行をする子かは未知数。高校時代は、控えめでおとなしい子だった、としか記憶していない。

 卒業後、幾度か食事を共にしたことがある。普段の格好はラフすぎず奇抜でもなく、場に合わせた、ロリータファッションに通じるフェミニンさの服装をよくしていた。

 それなのに今回はなぜ?


「よほど、けもフレにハマったのかも」


 本人に確かめればわかるだろうが、サクヤは知りたいとは思わない。そんな話題を今しなければならない理由も浮かばなかった。

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