第36話 父と子

 昼食を食べたあと、あつしは二人に気を利かせて


「僕は用事があるから帰るよ」


 と言って先に店を出ていった。


「ね、これからどうしょっか?」


「うーん……俺こっちのことはわからんしな。凪沙さんにまかすわ」


「じゃあさ……どっか二人だけになれる所に行かない?約束も……あるしさ」


「え!……」


 センタは目を白黒させていたがすぐにググって近くのラブホを探した。


 数時間後、センタと凪沙が共に夕食を食べ東京駅で別れたのは七時前だった。


 あつしにとってもだが、センタと凪沙にとってこの日は特に忘れられない日になった。


 次の日からセンタと凪沙は、まだ残っていたエルフの村の家で毎日会いそして愛し合っていた。


「ねぇ、あつしに友達紹介する日が決まったんだけどさ。センタ来れる?」


「うん、行くのは大丈夫なんやけどな。親にどう言おうかと思ってる。泊まりになるやろうから、誰と行ってどこで泊まるか言うとかんとあかんしな」


「じゃあさ、うちに泊まれば?宿泊代も浮くし」


「え?ええのん?」


「うん。このまえね、彼氏はできたのか?って聞かれたからセンタのこと言ったのよ。今度連れて来いって言われちゃった」


「ふーん。じゃ、そうするか。でも俺の親にもそれ言うとかなあかんな。その前に彼女が出来たことも言わなあかんし」


「え?言ってないの?」


「うん、聞かれてへんし。だいいち彼女がいるなんて思ってもいないやろうからな。そんな暇もないと思うてる筈やわ。『泊まるのはええけど、先に彼女を家に連れてこい』って言われたらどうする?」


「別にいいわよ。日帰りでも行けるし」


「そうか。じゃあ親にはそう言うわ。そやけどどこで知りおうたかって事はほんまのこと言われへんわな。言うても信じへんやろうしな」


「そうねぇ……」


 そして数日後センタは母親と昼食を食べていた。


「お母さん、俺今度ディズニー行くねん」


「何やねん、いきなり」


「いや、泊りがけになるから言うとかなあかんしさ」


「ふーん……で、誰と行くん?」


「うーん……女の子と」


「はぁ?」


 母親は食事の手を止めてセンタをマジマジと見た。


「あんた、いつの間に彼女作ったん?二人で行くんか?」


「いや、ディズニーには四人で行くんや。で、その娘の家が横浜やから泊めてもらうことになってん」


「えー!あんたいつの間にそんな話に。まさか子供作ったんちゃうやろな」


「そんなアホな……ちゃうわ」


「ちょっと待って。とにかくご飯食べて気持ち落ち着かせるわ」


 それからご飯を食べ終わった母親に、センタはあつしに凪沙の友達を紹介する事から始まったディズニー行きの話をした。


「そうか……まだ子供やと思うてたらあんたもやるなぁ」


「おかん!やるなぁって……あ」


「おかん言うな!お母さんと言いなさい」


「はい。お母さま」


「様はいらん!……まぁとにかく、お父さんには私から上手く言うとくから、あんたもちゃんとお父さんに言うんやで」


「うん、わかった。お父さん怒らへんやろか?」


「んー、あんた次第やろ。正々堂々と言わんと、やましい事しとると思われるで」


「わかった」


 次の日の休日、センタと父親は久しぶりに修道館で剣道の試合をした。


 挨拶をして竹刀を構え、息子と対峙した瞬間に父親は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。


 今まで強い相手とは何人も戦ってきたが、今目の前にいる息子は別格だった。


 動こうとした瞬間に竹刀が飛んできそうだった。


 気負うわけでもなくただ空気のように立っている息子が空恐ろしく思えた。


 しばらく睨み合ったままの父親の額から汗が流れてきた。


 そしてその時、息子の竹刀が消えたと思った瞬間に面を取られていた。


 父親は竹刀を構え直す息子に手を上げて面を取り


「これで終わりにしよう」


 と言った。


 今の息子とは何度やっても勝てる気がしなかった。


 それからセンタは、試合を見ていた父親の後輩達から請われて相手をしていたが、誰もセンタにかなわなかった。


 帰りの車の中で父親はセンタに


「強よなったなぁ……」


 と言った。


「うん。めっちゃトレーニングしたからね」


「いや、お前の強さはトレーニングどうのこうやないな」


「ところでお父さん、僕今度泊りがけでディズニー行くんやけど」


「ああ、お母さんから聞いた。別にええで。但し、間違ったことはすんなよ」


「うん、分かってる」


 それは父親が息子を男と認めた瞬間だった。

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