退院前日-3
伊坂にとっても、保育園の見学だけならまだしも、こんな時間に仕事を切り上げるのはさすがに抵抗があった。今日はほとんど働いていない。瀬尾先生が早く帰るよう促したので渋々承知した、というのが実際のところだった。
この日の朝、伊坂が出勤すると、執務室のところで瀬尾先生と沙耶が立ち話をしていた。
「伊坂先生おはよう。はい、これ」
瀬尾先生は伊坂に気付くと、ロゼのシャンパンを差し出した。
「娘さんの退院祝い」
「ありがとうございます」
「自宅の準備は整った?」
「まだ少し残っています。出産祝いを開けないと」
「今日は早く帰って、それ飲みながら開けなさい」
瀬尾先生には珍しく、命令するような口調だ。
「せっかく結婚できたんだから、奥様大事にして差し上げてください」
沙耶が真剣な表情で言い、瀬尾先生は笑った。
「そうだね、そうしないと佐伯市長みたいに三行半突き付けられるよ」
瀬尾法律事務所にいた頃の佐伯市長は、家庭を妻に任せきりにして仕事に没頭し、そのせいで離婚に至った。自分はあそこまで極端じゃない、理世にちゃんと気を遣っているしほどほどにやれる、と自信家の伊坂は思っていた。だが、今日くらい理世とゆっくりするのも悪くないか、週末働けばいいし、と思い直し、二人の忠告に従うことにしたのだった。
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