第19話 退院前日

 十日が過ぎ、退院前日になった。


 結局、伊坂と理世はベビー用品店に買い物には行かなかった。忙しかったし、二人の様子を聞いた伊坂の秘書・沙耶がアドバイスをした。


「出産祝いを開けてからにした方がいいですよ。ベビー服やタオルは、送ってくれる人が多いですし」


 それを伊坂から聞いた理世は、


「もっともだ」


 と思ったし、沙耶が、当面必要になりそうなアイテム一覧と購入できるサイトURLをリストにしてメールしてくれたので、それで足りそうだった。さすが、できる秘書。


 オムツは通販で翌日には届くというし、沙耶のおかげで使いやすいベビーバスもネットで買えたし、便利な世の中だ。

  

 出産祝いは、開けるタイミングを逃したまま、三十箱に増えていた。相変わらず友里のベビーベッドに置いてある。だが、明日はベッドの主が帰ってくる。今夜中に開けなくては。


  

 朝、伊坂がネクタイを締めながら、理世に聞いた。


「今日、うちのビルの保育園見学をするのは何時?」


 候補のうち最後に残っていたのが、伊坂のビルの保育園だった。


「四時」


「俺も行こうかな」


「……ほんとに? 時間大丈夫?」


「急な案件が入らなければ行けると思う。ロビーに着いたら電話して」

  

 

 午後四時。本当に伊坂は、仕事を抜け出してきた。オフィスビルのロビーで会う伊坂は、職場での緊張感を纏っていて、スーツ姿がさらに引き立っていた。


 「良かった、お洒落してきて」、と理世は思った。友里が生まれて以来、楽な服装ばかりしていた。伊坂の隣に立って釣り合うためには、相応の努力が必要なことを忘れかけていた。


 ロビーを保育園の入口に向かって横切りながら、理世は訊いた。


「本当に仕事は大丈夫? 売上落ちるんじゃ……」


 伊坂の報酬は時間制で、基本的に、働けばその分成果を上げられる。これまで伊坂が順調にキャリアを築いてこられたのは、弁護士として能力が高いことの他に、仕事量が圧倒的に多かったからだ。それが、友里が生まれて以来、病院通いで仕事時間が減っている。プライベートのために仕事を犠牲にするのは、おそらく伊坂にとっては初めてのことだろう。


「いいよ、気にしなくて」


「ほんと?」


「思ってないことは言わない」


「確かにそうだけど」


「この一年半は特に忙しかったから、売り上げはいい。A市の案件もあるし。保育園見学くらい、何でもない」



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