第21話 憤怒の赤


「みんな死の淵に立たされた。ボクはちょっとばかし怒っちゃってるのさ。」

 メイトはなだらかな声で優しく、そして強く怒りの言葉を口にする。その声色はいつもより低く太い。この言葉に対してカナルは別段表情を変えずねっとりとした笑みを顔に貼り付けて言葉を紡いだ。

「あァーはっはっはァ!!今更なん飛ばしたと思えばそんな生温い電撃かよッ!!笑っちまうぜSランクさんよォ!!」

 カナルは右手を薙いで風を生み出す。奥の景色が揺れ歪む程の暴風は僕らには当たらず、代わりに上空に巨大な風の造形を生み出した。

 その塊はメイトの頭上に生み出され形を整えていく。塊は二本の足を生み出し、その遥か高くに刃を造形する。何処か、いや、人間ならば知っているはずのそれ、数ある処刑具の中で最も有名だと言っても過言ではない。

 人の頭と手首を足の下部につけられた物で固定し、頭上の刃が落ち、首を跳ね飛ばす処刑具。

 その姿はさながら……

「断頭台……。」

 僕はそれの名称を思わず口にする。気流が対をなしてその刃は今にでも襲ってきそうな勢いだ。こんなもの…風で生み出されたものなどではない…。

「メイトくんのォ!こーかいしょけーい!!」

 カナルの声に反応し、風で造られた固定具はメイトの両手首と頭を固定する。ヒュッと小さく音をたてたその風の刃の切れ味は、鎌鼬と同等かそれ以上……。

「最後に残す言葉はァ?!」

「………。」

 固定されたメイトは俯いたまま言葉を発しようとはしない。その姿に一度舌打ちをカナルはかましてまた笑みを浮かべる。

「デッド、エンドォ」


 風の刃は対流によって空気を切り裂き落とされる。遥か上空にあったその刃も物凄い加速によりメイトとの距離をみるみるうちに詰めていく。

「メイトォオオオ!!!」

 僕はたまらず声を荒げた。その言葉にもメイトは応えず、ただ固定されたまま刃に首を差し出したままだった。


「……ない。」


 刹那、突如轟音は鳴り響き僕らの視界がシャットアウトされる。その間隙に地響きが僕らの身体を揺さぶった。

 次に視界が戻った時には、もう断頭台はその姿を空気に溶けさせていた。

「あァ……?テメェ、なにした?」

 その答えは周りの情景が簡単に教えてくれた。ところどころに散りばめられ宙を泳ぐ光が見える。

「赤…雷……。」

 短い赤雷の尾はメイトの周りを巡り、空気中で弾け飛びスパークを起こす。

「こんなつまらない処刑、ボクは知らないね。つまらない、とてもつまらないよカナルくん。」

 メイトは何もなかったかのように、右手を首にあてこりこりと首を傾けて音を立てる。カナルはそんなメイトの様子を見てさっきとはまた違った舌打ちをならして苛立った様子を見せた。

「テメェ…本気じゃねェだろ」

「そだよ?」

 カナルの問いにメイトはあっさりと答える。この行為は誰が見ても思うだろう、これは完璧に挑発だ。

「面白くないねぇ、カナルくん。まったく、そんなにつまらなかったか?いやはや、悲しきかな哀れかな、いや……。」



「愚かだね。」



 メイトはいつものようなにやけ顏を見せて飄々とする。もちろん、そんなものをカナルが笑顔で見てるはずもない。

「殺す…。」

 言葉を最後に、今までよりもさらに強い暴風が巻き起こされる。カナルの足元にある砂利や瓦礫は舞い上がり、視界が悪くなる。目を細めた状態で僕は2人の様子を眺める。

 ヒュンッとひと踏み、カナルが一歩目を踏み出したその瞬間にカナルの姿は風によって掻き消され視界から外れる。

「メイト…あの時とはちげェぞ。」

「無論、それはボクも同じさ。」

 拳と拳が衝突し悲鳴をあげる。鈍い音とともに風は揺らぎ粉塵が吐かれる。両者は右手をそのまま二度、三度と拳を交わし距離を取る。

「叫べ、風達よ。」

「っ!!!」

 瞬間、カナルが小さく言葉を結んだとほぼ同時にメイトの周りの空気が暴発しメイトの身体を幾方向に折れまがされる。

「風の塊を殴った拍子に置きそれを暴発させたか…やるねカナルくん。」

「今の攻撃を受けて飄々と立っていられるのはァ、なんでだ?メイトォ」

 カナルは今一度、腕を薙ぐ。風を生み出したカナルはそのままメイトへと向けて風を叩きつける。だが、その風はメイトのほんの手前で弾き出された電撃によって姿を崩してしまった。

「チ、電網かよ。ガードがかてェようで何より。」

「君の能力でボクを傷付ける事なんてそうそうできやしないんだぜ。そんな、生温い風なんてね」

「吠えてろよ、駄犬。」

 カナルの目付きは段々と荒々しく輝いていく。それに対してメイトはあくまで冷静に、煽っていくようにあざ笑う。

 無音の威圧が両者から放たれる中、一方では叫び声をあげた女性が怪我をした男性を引きずりながら逃げようとしている人が見えた。それをカナルは横目で見て一言。

「うるせェなァ……。」

 グシャっと右手で何かを握り潰すような行動を取る。瞬間、騒いでいた女性は文字通りグシャっと潰され、辺りにはその人の血が四方八方に四散した。

「…っ!?!!」

 僕は何が起きたかわからず困惑する。レントも同じ反応を示す。レントがアカネの身体を支えてなかったら怒りで飛び出しただろう。

「あの女も、妖怪だ。殺してほしィんだろォ?妖怪をォ……」

「っ!!!!」

 バキ!!っと鈍い音が鳴り響きカナルの身体は飛ばされる。カナルの右頬は赤くなり表情には怒りを生み出させた。

「あァ!?何しやが「黙るんだね。」

 言葉に言葉が上書きされる。カナルを殴ったのは僕でもレントでも、ましてやアカネでもない。


「もう、見過ごせないね。カナルくん。」


 全身が赤で塗りつぶされた男がやったものだった。


「次は君の番だ。」

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