幻獣レース クリプテッド・スタリオン 第100回アルバトゥルス王国杯

不死身バンシィ

パドック

―さあついに全国のC・Sファンが待ち望んだこの時がやって参りました。

数ある重賞の中でも最も誉れ高い、C・Sの原点とも言うべきアルバトゥルス王国杯、その第100回目の開催です。この栄えある数字を記念して、アルバトゥルス王国現国王キャッサバ三世陛下の命により、世界各地から選りすぐりの幻獣達が集められました。実況は私、ハロルド・マッケロイ。そして解説に、希少幻獣専門家のケモノス・イシュカーン教授を特別にお招きしています。教授、本日はよろしくお願いします。


「よろしくお願いします」


―早速パドックの方を見ていきましょう。まずエントリーNo1、初っ端から今回の目玉であるユニコーン、『ハナコアドマイヤー』です。


「ユニコーンは踏破困難な秘境にのみ棲息し、心清らかな乙女にのみその背を許すという伝承から目撃情報も殆どなく生態も全くの謎、ただ存在のみが記録されているという、正に伝説の幻獣です。まさかこの目で見ることが出来るとは」


―手元の資料によりますと、『ハナコアドマイヤー』はアドマイヤー牧場の一人娘であるユリス・アドマイヤーさんが幼少の頃森に迷い込んだ時に偶然出会ったとのことで、以来寝食を共にして育った大切な家族であり、『ハナコアドマイヤー』に乗れるのもユリスさん唯一人ということです。


「なるほど、それで騎手がオーバーオールに麦わら帽子の、如何にもカントリー調のお嬢さんなのですね」


―スカウト班が噂を聞きつけ牧場に赴いた所、ユリスさんはユニコーンという存在自体知らなかったらしく、少し変わっているだけの白馬だと思っていたとの事。エントリーの要請にも最初は難色を示されたのですが、側に居た『ハナコアドマイヤー』の方が出走の意志を示したとありますが、教授、こういう事は有り得るのですか?


「ユニコーンは人語を介しないだけで我々より遥かに高等な知性を持っているとされています。何か思う所があったのでしょう」


―なるほど。その実力は未知数ながらも色々な意味で期待度が高いのかオッズは三番手の4.3倍。伝説の幻獣の走りとは如何なるものか、楽しみですね。それでは次に行きましょう。エントリーNo2の『アルターダゴン』ですが……


「タコですね」


―身の丈3mはありそうな巨大蛸です。このパドックをタコが歩くのは初ではないでしょうか。タコってあんなふうに歩くんですね。観客席もどよめいています。


「今回は記念すべき第100回目ということで『出走対象は脊椎動物に限らない』という特別ルールだとは聞いていましたが、いきなり八本足とは。水中での目撃情報は多くある幻獣ですが、陸を歩いている姿は滅多に見られません。そのうえ走るとなれば完全に予測不能です」


―流石にこれには観客も期待がしにくいか、オッズも76倍と高額配当です。しかし予測不能である以上、我々の想像も出来ないミラクルを披露してくれる可能性も否定出来ません。それでは次、No3の『シャイニーサジタリオ』。ケンタウロスとのことですが、背中に騎手も乗っていますのでパッと見二人に見えますね。アレ前見えてるんでしょうか。


「ケンタウロスが真に輝くのは最愛の人をその背に乗せた時であるとされています。むしろケンタウロスの間では背に恋人を乗せていない者は未熟者なんですよ。騎手の方、エルフに見えますが当然彼女が恋人ということになりますね」


―それ、ケンタウロス同士だとどうなるんですか。


「ケンタウロスは基本同種族内での婚姻、交配を行いません。なので必然異種族の異性を見つけないといけないんですね。非常に難しいことですが、それ故に一人前の証とされています」


―なるほど。文字通り人馬一体の走りを期待しましょう。恐らく前は見えていないと思われますが。それではエントリーNo4、『田崎源次郎』です。これは初めて見る幻獣ですが、教授。


「はい、この幻獣は先日、王国の魔導研究所が召喚に成功した新種の幻獣です。外見的特徴は一見ヒューマン種の物ですが、内臓構成や骨格などは完全に異なるものであり、また妙にブヨブヨした腹部や露出した頭皮などが我々の知るヒューマン種とは大きく異なりますね。驚くべきことに言語での対話が可能で、召喚士がコミュニケーションを試みた所『どこやここ、さっきトラックに轢かれたと思ったが助かったんか?アンタ医者?にしては変な格好しとるななんやその派手なビラビラ』等と話したらしく、召喚士が『落ち着いて聞いて欲しい、私は貴方を召喚したサマナーだ。貴方が一体何者なのか、何が出来るのかを教えて欲しい』と聞いた所、『なに、さんま?アンタ芸人か?じゃあこれテレビのスカウトかいな、ついにワイにもツキが回ってきよったで!いやでも得意なことって言われてもなあ、なんやろ、競馬くらいしかないわ』と答えたので『競馬とは何か』と尋ねた所、幻獣レースに非常によく似たものだということが分かった為、生態調査として急遽出走が決まったということです」


―なるほど、異世界から召喚された新種ですか。一体どのようなポテンシャルを秘めているのか、注目ですね。ところで、あの腰の妙にピッタリした白い布はなんなのでしょうか。


「調査によるとアレはブリーフというものらしく、異世界の装束の一つのようです。非常に高度な縫製技術が用いられている為、位の高い者だけが纏う事を許される高貴な衣装なのではと推測されています」


―白は神聖を象徴する色で、我々の世界でも高位の神職者のみに許される特別な色です。間違いないでしょう。しかし『田崎源次郎』、妙に怯えながらパドックを回っているように見えますが。


「『田崎源次郎』は骨格が四足歩行に適していないため、特別に無騎乗での参加です。信頼できる騎手が居ないというのはやはり不安なのでしょう」


―なるほど。さてそれではNo5、『オルガアントリオン』ですが、これはまた、驚きです。巨大なミミズのようでありムカデのようでもあり……教授、これはどういった種類の幻獣なのでしょう。


「これはまた大変希少な幻獣が来ましたね。アースワームと呼ばれるミミズの進化系です。北方の大森林にのみ棲息しており、元々は地中で昆虫やモグラを捕食する生物だったのですが、御存知の通りあの一帯は大規模気候変動で亜熱帯から寒帯になってしまいました。その急激な環境変化に適応したのがあの姿です。要は地上に出て獲物を狩る事を覚えたのですね」


―それで体側面に足が。


「体側面だけでなく、地表に接している部分にも無数の短い足が生えています。なので本気になった時の最高速度はかなりのものですよ」


―それは楽しみですね。ところでこの『オルガアントリオン』も騎手が居ないようですが。


「いえ、先端の口吻に当たる所を見て下さい」


―ん?あっ、よく見ると人の頭が見えます!えっ、アレは首から下が飲まれてるんですか!?


「体表がぬめりに覆われているため普通に騎乗することが出来なかったのでしょうね。アースワームは獲物を丸呑みしてから胃袋で消化するので飲み込まれない内は大丈夫でしょう。また人一人を咥えている間は周囲の生物に襲いかかることもないという訳ですね」


―襲いかかるんですか!?


「結構獰猛な幻獣なんですよ、肉食ですし」


―何故彼はそこまでして騎手を買って出たのでしょう。普通断りませんかこれは。


「趣味だそうです」


―なるほど。


「私としてもその気持は非常に良く分かります」


―そうですか。それではNo6、ついに来ました『アイズオブユミル』。六本足の黒鹿毛が今日も美しくパドックの緑の上に輝きます。最早説明不要という感じですが、数年前に鮮烈なデビューを果たして以来連戦連勝、入賞経歴は数知れず、全ての重賞を制覇した史上唯一の名馬中の名馬。勿論本日も一番人気でオッズは当然と言わんばかりに1.1倍。『今日のアルバトゥルス杯も当然取る、調整も完璧に仕上がった』と名伯楽ヨハン・アルスターの強気の弁。鞍上の名騎手クラウス・ロンディニウムも

『ユミルが走るのだから勝つのは当然だ。僕の仕事はそれを如何に美しくするかだよ』と豪語します。


「神獣スレイプニルの血を引くとされる、学術的にも非常に価値が高い幻獣ですね。この並み居るゲテモ、失敬、個性的な幻獣たちを前に全く気後れする様子が見られません。それどころかそのオーラで圧倒しているようにも見えますね」


―これぞ王者の風格という感じですね。さて次はNo.7、『エンディウミオン』。これは神々しい、全身が白く輝く巨大な竜です。サイズでは先程の『アルターダゴン』をも上回っていますね。騎手の方もプロのジョッキーではなく教会から派遣された聖職者の方が乗っているそうですが、教授これは一体


「はい、この『エンディウミオン』は『聖王竜』の名でも知られており、アルバトゥルス王国の国旗に描かれた四体の獣の内の一体でもあります。なんでも先日、中央教会の方に突如この『エンディウミオン』が降臨して司祭に託宣を与えたらしく」


―司祭の方もびっくりしたでしょうね、まさか教典にも登場するような伝説の神獣が『今度開催されるレースに出たい』とか言うんですから。


「吉兆の瑞獣ともされている竜ですから、わざわざ降臨したからには何か起きるのかもしれませんね、レース中に」


―既に胃もたれしそうなほどの惨状なんですがこの上まだ何か起きるんですか。それではいよいよ最後のエントリーNo8、『キャッサバ三世』です。主催者である国王陛下自らのエントリーですが、教授。


「まあ彼も立派に幻獣な訳ですし。巨鬼オーガとエルフのハーフである前王妃様と、ミノタウロスと人魚マーメイドのハーフである前国王陛下の間に生まれた御方ですからね。赤黒い硬質の肌に蒼の鱗、白銀の角と翼を持つ猛牛の姿は国民なら誰もが知るところです」


―クォーター、いやこの場合はクアドラプルとでも言うべきでしょうか。……なんで翼が生えておられるんですかね?


「なぜでしょうね。先祖返りなのではないでしょうか。騎手は妻であるエスメラルダ王妃ですね。所謂ハーフエルフであらせられます。若い頃はその生まれで色々と苦労を重ねられたそうですが、ある日突然現れたキャッサバ三世がそういった諸々を一切合切吹き飛ばしてしまわれたとか。それ以来国王にぞっこんとのことです」


―彼が国民に愛される所以の一つですね。そんな国王陛下ですが、現役時代と変わらぬ姿で粛々とパドックを回っています。かつては名牛として数多のレースに参加、このアルバトゥルス王国杯は陛下が初めて獲った重賞でもあります。その記念すべき100回目に、ファン投票で圧倒的支持を得て今回限りの現役復帰です。


「さて、各騎パドックを出てゲートへ向かいます。意外というべきか、荒れている幻獣は一体もいませんでしたね」


―それだけに判断が難しいレースになってしまいましたね。一体どうなるのか、誰にも予想がつきません。場内にも独特の、今まで感じたことのないざわめきと緊張感が漂っております。さて、各騎ゲートインを完了しました。


―いよいよ、第100回アルバトゥルス王国杯、スタートです。




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