強面冒険者と少女魔術師

雷華

少女魔術師との出会い

第1話 強面のアルゴ


 数およそ二十の魔物の死骸を除いては周囲になにも見当たらない草原の真ん中で、アルゴは三体のゴブリンと対峙している。

今日はやけに魔物の数が多いことを訝しく思いながら構えている間に、ゴブリンはアルゴを囲むように正面と左右に展開する。

 人型の魔物は知恵が回るからやっかいだと思いつつも、右足を半歩前に出し、両手で構えている長さ二メートルはあろうかという大きくどっしりとした両手剣をしっかりと握り直す。


「ゲブッゲブッ」


 いつ相手が動いてもいいようにアルゴが集中していると、不意に左側のゴブリンが奇妙な声をだしながら、手に持つ石を投げようと腕を上げる。それと同時に他の二匹が相手に噛み付こうと走り寄ってくる。

 たかが石を投げただけと言えども、当たりどころが悪くバランスを崩せば骨をも砕いて食べる強靭な顎を持つゴブリンに噛み付かれてしまう。そうなれば軽い怪我では済まない。

 アルゴは大きな巨体でありながら後ろへさっと身軽に跳びのき石を避ける。着地するとすぐに剣を水平やや下に構え、石を投げるゴブリンに全力で走り寄り、たいそう重く大きな両手剣を左から右、そして後ろへと力の限り全力で薙ぎ払うように振るう。

 左側にいたゴブリンだけでなく、走り寄ってきていた他の二匹へも剣を叩きつける。左、そして正面にいたゴブリンを見事に吹き飛ばすが、右側のゴブリンへ届く頃には威力が減衰したようで両手で受け止められてしまう。しかし、あまりに重い一撃に無傷とはいかず、生き残ったゴブリンは一瞬ひるんでしまう。

 アルゴはそれを逃さず、剣を手放し、左足で踏み込むと、鍛えぬかれた丸太のような太い右足振り抜いて強烈な蹴りをお見舞いする。

 結果、ゴブリンは先ほどの二匹と同様に吹き飛び気絶する。


「ふぅっ」


 一区切りついたのでアルゴは息を吐いて安堵する。周囲には下級の冒険者パーティーなら怪我人はおろか、死人がでてもおかしくない数のゴブリンが周囲に横たわっている。気絶しているだけのゴブリンも混じっているので考え事をしつつも確実に命を絶ちにかかる。

 久しぶりの冒険者業だったから少し腕が鈍っているな、と先ほど両手剣を受け止められた事などを反省しながらもゴブリンの心臓を1匹1匹剣で貫いていく。見た目こそ大きい両手剣だが切れ味は良く無いので、力を必要とし、なかなかの重労働になる。

 ようやく最期の1匹を処理し終えるが、まだ作業は続く。

 次は、先程貫いた心臓から魔石と呼ばれる小さな石を取り出していく。小さな石なので自分の手で直接取り出さねばならず、手袋をするとはいえ生々しい内臓の感触を感じるこの作業をアルゴはいつになっても慣れることができない。とはいえ、このゴブリンの体皮と同じ黒と緑が混ざった色の小さな魔石がないと報酬を得ることができないので、避けては通れない作業なのだ。そして残念なことに今日はゴブリンが大量。憂鬱になりながらも作業を進めていく。

 それにしてもこの数は運が悪かったのか、それとも魔物の数が増えているのかどっちなんだろうかと一瞬手を止めて逡巡する。

 実はアルゴにとって今回が半年ぶりの冒険者業だったので、ここでは判断することができない。以前はどんなに多くても十匹程度だった。今後もこの数なら一人では危険かもしれないと思うが、自分のような者に付き合う物好きがいるとは思えず、軽く首を振って作業を再開する。

 やっとの思いで憂鬱な作業が終わらせると、あとは魔物の残骸を一箇所に集めて燃やすか埋めるのみとなる。この作業をきちんとしないと魔物の残骸に他の魔物が寄って来たり、死体が腐敗し悪臭が漂ったり、病が蔓延したりする原因となる。

 ゴブリンの数が多いので手持ちの固形燃料の量できちんと燃やせるか不安だったが、なんとか勢いをつけて燃え始めた火を見て一安心する。魔物がもう少し燃えやすかったら楽なのに、とどうにもならないことを考える。しかし魔物といえど生き物がそうそう燃えやすいはずもない。そんなことを考えていると髪が焦げるような臭いが立ち込めて来たので思考をやめてすぐにその場から離れる。

 倒す時間に比べ、何十倍もの時間をかけて後処理を終える。冒険者といえば華麗にまた、勇敢に敵を倒し、富と名声を得る英雄譚の主人公のようなものを想像しがちだが、現実はこんなものである。

 火から少し離れるとアルゴは親指と人差し指で作った輪を口にくわえ、ピュィーと甲高く、大きな音の指笛を吹いた。

 しばらくするとどこから現れたのか非常に大きく真っ黒な一頭の馬が走り寄って来た。馬としてはあまりに大きいので人が見れば、突如現れた魔物が襲いかかりに来ているように見えることだろう。もちろんそんなことはなくアルゴの前に立ち止まる。


「よしよしゼノ! 今日はもう帰るぞ」


 アルゴは高い位置にある頭をなんとか撫でながら、愛馬であるゼノに話しかける。

 そして、高さ2メートルは軽くあるゼノの背中に難なく飛び乗るとすぐにさっそうと駆けて行った。






 冒険者ギルドといえば腕っ節だけにしか自信がない粗暴な男や、昼から酒に飲まれて悪態を吐いている柄の悪い男たちがたむろしている場所を想像する人もいるだろうか。残念ながらというべきか、そのような絵物語に出てくる冒険者ギルドは今時存在しないだろう。男性はもちろん女性やときには子供まで幅広く利用する公的機関であるので清潔に保たれ、酒はもちろん飲食が基本的に禁止られている。

 仕事内容も魔物退治といった危ない仕事は少数で、ドブ掃除や教会の壁の修理の人員募集、迷子の飼い猫探しと言った雑用に近いものが大半である。

 なので自然と集まる人間も軽いこずかい稼ぎをしようと考える一般市民が大半となる。

 視線で人を射殺せそうな鋭い眼光を持つ者や子供は皆泣き出し大人も涙目になるような厳つい顔つきの者、見るからに鍛え抜かれた体を持つ大男、そのような風貌の者はあまり見かけないのだ。

 極まれに勇者に憧れる威勢のいい男の子が魔王を倒すなどと意気込んで現れたりするが、ご期待に添えることはない。強い魔物というのは滅多に現れるものでないので、基本的に近辺の害獣魔物の退治程度しか紹介できないのだ。もちろん危ないので子供にそのような仕事をさせることはない。



 ゼノに揺られることおよそ四時間。ようやくアルゴはミトレスの町に着いていた。出来るだけ人通りの少ない道を通り抜け、人目を避けるように冒険者ギルドに向かう。


「はぁ、着いたか」


 アルゴはため息を吐きながら呟いた。人の出入りが激しいため冒険者ギルドのドアは常に解放されている。人気の多い場所が苦手なアルゴは少しためらいながらもドアをくぐる。


 建物は二階建てになっており、一階は雑用などの簡単な依頼が主な初級者用、二階は討伐や希少品の採取、護衛などの依頼を扱う中級者、上級者用となっている。

 初級冒険者用である一階は夕暮れだというのにざっと二十人ほどの人がいた。一階には用が無いのですぐに二階に向かおうと階段の方へ足を向ける。

 ふとそこで、七歳ぐらいの女の子を連れた婦人が脇にある階段の方から出口のあるアルゴの方へ向かって来ているのに気づいた。親子で仲良く会話しているためかアルゴの存在にはまだ気づいていない。さっと避けてアルゴは階段へと向かおうとする。

 しかし婦人は少し前に人がいることに気づき、邪魔にならないよう子供の手を引き寄せながらハッと顔を前へ向ける。


「ひぃっ」


 するとアルゴに顔を向けた婦人はすくんだような小さな悲鳴をあげ、子供はその場で涙目になってへたり込んでしまった。次の瞬間、婦人は震えながらもすぐさま子供を抱きかかえ、勢いよく出口へ走り去って行った。

 アルゴは悲しそうに小さく首を振りながら、小さく溜息を吐く。

 このようなことはアルゴにとっては日常茶飯事だった。というのも、アルゴは非常に恐ろしい見た目をしているのだ。

 身長は二メートルに迫り、体は鍛え抜かれ筋骨隆々、巨人のごとく威圧感を放っている。さらに顔面は大きく見開いた目に平たく横に長い大きな鼻、少し出張ったほほに口角が上がった大きな口を持っていて鬼と言われた方が納得できるほど恐ろしい。極め付けに左ほほに握りこぶしほどの大きな青黒い痣が生まれつきある。

 同じ人なのかと誰もが思うほどの容姿に見た途端泣き叫ばれることも少なくない。気が利くことも多く、基本的に穏やかな内面の持ち主なのだが、それを知ろうとするものは皆無に近い。中級以上の専業冒険者には厳つい人も少なくないが、それでもアルゴと関わろうとするものは少ない。

 生まれ持った姿形を今更どうすることもできないので、アルゴは気落ちしながらトボトボと階段を登り、一階に比べ閑散とする二階へ向かう。

 女性だとひどい時は言葉を交わすだけで失神されてしまうので、男性の受付はいないかと見るが、空いているのはどう見ても十五にも満たない女の子のいる受付だけだった。少し迷うが他に空いてないので仕方なくそちらに向かう。

 口が少し開いていて、目をとろんとさせている少女はボゥーっと座っている。18歳未満はここでは働けなかったはずなんだがと不思議に思いながらもアルゴは少女に近づく。


「はっ、ようこそいらっしゃいまし……」


 人が近くに来たことに気づいた少女は後ろで束ねた茶髪を揺らしながら慌てて元気よく声をあげたが、目の前の厳つい大男を見ると体をビクッとさせ、声は急激に小さくなり消え入ってしまった。

 

「ほ、ほ、ほ、ほんじちゅはど、どのようなごようけんでしょうか」


 少女はあまりの恐ろしさで蛇に睨まれたカエルのように動けなくなり、大男から顔を背けることもできず途端に子鹿のように震えだす。それでも受付嬢としての責務を果たそうと少女は懸命に言葉を発したが、気が動転してひどく噛んでしまった。


「依頼完了の手続きに来た。この袋にゴブリンの魔石が入っている」


「か、かくにんいたしましゅ」


 冒険者としての身分を証明するギルドカードと魔石の入った袋をカウンターの上に起きながら、目の前の子鹿のような存在にできる限り優しくアルゴは話しかけた。

 少女はおそるおそるカードに手を伸ばしながら答え、そしてカードと袋を手に掴むと勢いよく奥へ走り去っていった。


 ギルドでは個人の情報を魔道具という魔力を用いたカードで確認できるようになっており、受付では必ずカードの提示が求められるのだ。このカードには住所や職業、所属のギルド等個人情報が記入されており、身分確認には必須の物である。その上、各ギルドは銀行としての機能も備えてあるので預金通帳にもなっている優れものだ。

 また、魔物の魔石やその他有用な部位は依頼達成の証拠となるとともに、素材として買い取られる。その素材の確認をのために少女はカウンターの奥へと消えていったのだろう。


 しばらくすると確認を終えたのか先ほどの少女が戻って来た。普段ならここで大柄な男性に変わっているのでアルゴは少し驚きながらも、嬉しく思った。


「か、確認が終了しました。ゴブリン魔石二十四個分の素材買い取り報酬7200ミルをこちらのカードに入金致しました。討伐依頼報酬に関しては後日、依頼主に確認が取れ次第の入金となります」


 少し時間を開けたからか先ほどとは打って変わって落ち着いていた様子の少女。明らかに目はそらされているが初対面の子供と普段話すこともままならないアルゴは少女の様子に驚きを隠せない。


「どうもありがとう」


 アルゴはゆっくりと立ち上がると逃げないで戻ってくれた少女に手続きの礼を言う。

 目の前の大男が急に立ち上がったので少女は一瞬身を震わせたが、すぐさま落ち着きを取り戻して大男の顔を見上げた。

 アルゴはそらされていた目があったことに嬉しく思いながらも少女に背を向けて冒険者ギルドを後にした。

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