雨音

集中治療室にいたのは結局僕だけだった

誰も彼女の臨終に間に合わなかった



冬の雨の海は

君の自由を奪い

生命さえも奪った

僕は冷たい海岸で

なかなか火のつかない木炭を

苛立ちのままに串で突いていた

海原に人影のなくなったのを

どうして気づくことができなかったのか

あれほど海に入る君を

勇敢だ、偉い、と囃したて

長いあいだ手を振っていたのに



君のたましいというものが

目に見えているその身体をはなれ

僕が認識することのできない

ここではないどこかへ行ってしまうあいだ

僕は窓の外のトタン屋根が

酷い雨に打たれて騒めくのを

ただひたすら聞いていた



今日海に行かなければ

海へ行くという君を引きとめ

僕の暖かい居室でもどこでもいい

つまらない映画でも無理やり流し

なにこれ最悪なもの観せて、なんて

どんな罵声を浴びてもいい

こんなところで

トタンを打つ雨音を聞くよりは

本当にどんなことでも

今ここにいることよりいい



せめて

この音が一生続けばいい

このまま君の傍らにいればいい

眠るように横たわる

君の隣に座るこの時間が

僕のあとの生涯全てであればいい

きっとそうだ

僕は雨の音に聴覚を集中させ

いつか目の前の君が目を覚ます

その瞬間を待つことにする

いつか いつか

いつか いつか

いつか

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