第20話 罠
狭く薄暗い石の通路を、三人の足音が駆け抜ける。
「おいシム! この道であってるんだろうな!」
地図を抱えて先頭を走る男に向かって、しんがりのラーケンが怒鳴った。
「だったら別に着いて来てもらわなくっていいんだが!?」
振り向くこともなくシムが残した声の中を、軽やかに跳ねる赤髪と硬質な黒髪が突き破る。
「ふん。……しかしカリヤ、奴らは一体何者なんだ?」
狭い通路によく響くラーケンの声に、カリヤの縦長の瞳がくるりと振り向いた。
「……さあね。でも、予感がするんだ。血が騒ぐんだよ――あの男は放っておいちゃダメだってね」
言葉と同時に瞳をきゅっと収縮させて、彼女は笑う。それはとても野性的で、獰猛な笑みだった。
その顔を見て、ラーケンが思わず苦笑した瞬間。
「いたぞ!」
というシムの声に、二人の意識は鋭くとがった。
錆の目立つ小さな扉の向こうで足を止めた仲間を押しのけるように並びかければ、だだっ広い空間の中に見たことのない形の機械が数台並んでいて、その横に隠れるようにしゃがみこんでいた金色の頭がはっと振り向くのが見えた。
――1人?
嫌な予感が、ラーケンの胸を騒がせる。
――罠だ。
「待て! シム!」
床が動き出すのも待ちきれずに謎の女に向かって飛び降りようとするシムの動きを手で制する。
経験と感覚が、全力で告げている。ここで、この高さから男の方を探すべき。扉一枚先にいたのを気取れぬ程の隠気。小競り合いをしたときに見せた身のこなし。それから逃げに徹する判断の速さや、予め用意しておいたような逃走路。印象は、手練れの暗殺者。
こんなところで、奴がのんびりしているはずがない。
かといって、正々堂々待ち構えているはずもない。
機械の影、放り出されたような工具の類、それらの周囲に目を走らせたラーケンの横で、カリヤもまた女の姿を見た瞬間に同じ結論に達していた。
あの金髪は、餌。
ただ、ラーケンと彼女が違ったのは敵の探し方だった。
カリヤは、真っすぐに女を見た。
一人では逃げることも闘うことも出来ない女を、殺気のこもった目で威圧する。
瞬間、金髪の青い瞳が不安そうに動きだした。
頼りになる相棒に向けて、縋るように動く視線の方向。
それは。
「――上か!」
身構え、頭上を見上げた彼女の視界には、真四角な天井を覆う闇が広がっていて。
『こっちだよ』
ぞっとするほど近くで聞こえた声に、思わず体が反応する。
振り向く動きの逆を取られ、影のような男に背中に絡みつかれた。
「ぅぐっ!」
流れるように喉に回された細い腕を振り払おうと両手でつかみ。
「姫さん!」
異変に気づいたシムの顔が天井からリーダーへと向く。その瞬間、ドン、と背中を蹴られたカリヤは、シムの身体にぶつかって。
「やられたっ!」
とっさに胸元を探り、狙いに気づいたときにはもう遅い、あっという間に手すりを飛び越えていた男が、『パルム!』と女の名前を呼びながら『手の中の物』を少女に向かって投げつけると、空中に不敵な笑みを残して落下していく。
なんならついでに奪おうかと思っていたものを、奪われるなんて。
空中で身を縮め、肩から受け身を取って転がる男と、それに一切目もくれず投げつけられた『鍵』を拾って一目散に機械の中へと飛び込んでいく女。
「女だよ! あの金髪を!」
ようやくわかった。だまされた。なめていた。敵は美人で呑気なお嬢様を連れた怪しい男じゃない。やばい男とイカれた女の、二人組だ。
「わかってますって!」
手すりに足をかけて飛び降りようとしたシムに向かって、眼下の男が腕を振る。
「シム!」
瞬間、慌てて飛び着いたラーケンの肩に突き刺さる痛み。
「……ちっ」
思いのほか深く刺さったナイフを引き抜いたラーケンは、すぐに己の身体の異変に気付く。
「……? どうした?」
「かまうな、行けっ!」
指先にかすかなしびれを覚えたとたんに急激に脱力していく両足を掴みながら、ラーケンは叫んだ。
まずい。毒だ。それも即効性の弛緩系。
感覚のなくなった舌で声を発することを嫌った彼は、半分寝転がったまま精いっぱいの力でシムを押す。
――頼む。
ここは引くべきだ。だが、鍵を奪われたカリヤが引くわけがない。
まさに手すりを乗り越えようと片足を掛けている姫様の元へ弱弱しい腕で仲間を押しやって。
――守れ。
と、訴えた瞳の中で、シムが力強くうなずいた。
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