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 迷ってはいるが、まだそう決めたわけではない。

 壁の時計を見ると、時刻は8時過ぎ。祭祀さいしの準備をするには、遅くても11時には神社に戻っていなければならない。誰かが催促さいそくの電話をかけているかも知れない。着信を確認しようとしたが、携帯が見当たらない。


「探しているのはかい? 電源が入ってたんで、落させてもらったよ」

「ちょっと、返してください!」

「GPS付きじゃ、居場所が直ぐに知られちゃうだろ? でも、その警報機能は役に立つかも知れないな」


 携帯をあわてて取り返したが、宗也さんは何を警戒しているんだろう?

 祭祀の危険性をほのめかし、わたしに忠告を与えてくれているようだけれど。


「なにか知ってるんですか? ちゃんと話してくれなきゃ分かんないよう!?」

「そうだね。話してから判断してもらうのが一番だ」


 苛立いらだちを含んだわたしの口調に押されてか、宗也さんは居住いずまいまいを正す。人数分の冷たいお茶を用意し、話しはじめた。


「ここ汐入はね、ちょっと特別な土地なんだよ」


 宗也さんいわく。この地方は海に面して入り組んだ川も多く、河童わっぱかわうその民話が多く残されているのだという。


「人を化かして殺す獺の話とか、河童から宝物をだまし取った男が呪い殺されるような、怖い話も多い。河童憑かっぱつきって言って、女の人がエッチになっちゃう話とか、もっと直截的ちょくせつてきに、河童のはらまされるようなのも伝わってる」


 あんまり女の子にする話じゃないけどねと付け足すが、その気遣きづかいはこの人には期待していない。河童憑きの話がキィを襲った惨事に重なり、鳥肌が立った。宗也さんが浜辺での出来事に不自然なほど無頓着むとんちゃくなのは、こうなることを予想していたからだろうか?


 キィも宗也さんの話に興味を示さない。テーブルに置かれたお茶のグラスを、唇でもごもごいじっていたので、手に取って飲ませてあげた。


「でもこの汐入しおいりに限っては、不自然なほど、その手の話が伝わっていないんだ。川を挟んだ隣村で聞ける話も、ここでは蒐集しゅうしゅうできない」


 宗也さんの話はどこに向かっているんだろう。その手の話が見当たらないというのは、どういう意味なんだろうか。浜辺で凶事に行きあったわたしからすると、その手の話が残っていると聞かされたほうが納得できる気がする。


か、誰かがか。そんなふうにに読めないかな?」


 ぞくりと。背筋に悪寒が走った。

 町ぐるみで隠し伝える異形いぎょうの伝承。それじゃあ、古い祭りもそれに関係しているんじゃないか。わたしがそれを知らぬまま祭祀に参加させられつつあると、この人は警告しているのか。


「逆に、異類婚いるいこんで福を得る話はいくつか残っている。鮒女房ふなにょうぼうや沼の主への輿入こしいれ。よそじゃ珍しい、いるか女房にあざらし女房。選り取り見取りだ」

「そ、それは、自然に対して恐れを抱いているか、感謝しているか。近くの村ととらえ方が、少し違っただけなんじゃないですか?」


 開きっぱなしの目に、水掻みずかきと鉤爪かぎづめを持つ手。実物を見てしわたし自身、反論のための反論でしかないと理解している。

 それでも、大好きなおばあちゃんがおまつりしていた記憶までが、ひとまとめに如何いかがわしい物のように扱われるのは嫌だった。


「そうだね。僕の話を鵜呑うのみにすることはない。自分で考えるのが大事だよ。怖がらせるような話ばかりして悪かったね」


 宗也さんは優しい微笑ほほえみを浮かべ、不満顔のわたしの頭をくしゃりとでた。

 会ったばかりで距離感が近すぎる気もするが、不思議と嫌な気分はしなかった。デリカシーに欠ける部分はあるが、あっさりした見た目どおりに、下心を感じさせない接し方が安心できるのか。


 なんだかまるで――



お母さんみたいだと思った。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884684049

お父さんみたいだと思った。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884676877/episodes/1177354054884684039

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