眠る彼のこと。
まだ夢の中にいる彼に、話しかけたのがいけなかったんだ。
思ったよりシックで本当のホテルみたいなホテルに連れてこられて、あたしのテンションは若干上がっていた。
ひょっとしたら彼は彼じゃないのかもという不安も、そのテンションがどこかへ押し上げて見えなくなった。
やたらと大きなベッドの上で彼はやっぱり無言で、あたしの名前も呼んでくれない。
いくらでも大声出していい場所なはずなのに。
だからあたしも、追い詰められて声も出ない時に似たスースーという息しか吐けない。
たぶん何か囁いてくれたのなら会うのが一ヶ月ぶりなのに乗っかれて分かりやすい声を返せたと思うんだけど、あたし本当は鳴きたいんだけど、そうなれない。
彼は満足したみたい、したと思う、半透明のゴム袋に中身が一瞬見えたから。ティッシュにくるんで捨てる姿、ガン見していいのかそらすべきなのか迷う。
そして、手を繋がれて二人で寝る。寝転ぶ。そう、こうなんだから言葉なんかいらなかったんだよねって後付けで納得する。
彼だけ眠る。あたしの横だからそうやって眠れるんだねって優しい気持ちになる。
あたしはこの時間が束の間だと分かってるから勿体なくて眠らない。
動くのど、定期的な呼吸、観察していたい。
彼の肩が盛り上がり、背がちら見えする。寝返りを打とうとしている。
恋人繋ぎしたあたし達の手が離れようとしている。煩わしそうに振りほどかれそうになって。
「待って、行かないで」
あたしは呼び止めてしまった。向こうを向いた彼の顔はあたしから見えなくて目を開けたのかどうか分からなかったけど、たぶん起こしてしまった。
覚醒した彼の手は、即座にあたしから逃げた。
「帰るか」
それは独り言なのかあたしに言ったのか分からなくて、でもあたしは「うん」と言った。
帰り道でも手は繋がれることはなくて、二度と繋がれることはなかった。
明らかに彼は幻滅していた。たぶんあたしが夢の中にいた彼を不用意に起こしてしまったからだった。
話しかけなければ良かったという後悔が焦燥感のように一人で歩くあたしの中を巡った。
それから音信不通になって数ヶ月、あたしは振られたことをくっきりと自覚した。
彼と一緒にいたことがあたしの中で夢のような儚い記憶に熟成した今は、あの時の彼はどんな夢の中にいたのだろう、と思うばかり。
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