失・恋・掌・編・集

詩月みれん

樹海ドライブ

「車出して」

普段俺を邪険にしている妹が神妙な顔つきで言った。

ただならぬ空気を感じ取った俺はバイト先に休みの連絡を入れると車を車庫から出した。

「乗れ」

妹はありがとうとも言わず後部座席に乱暴に腰掛けた。俺は一言言ってやりたかったが、舌打ちするのに留めた。

「行き先を設定してください」というナビの頭を叩いて妹に目的地を催促する。

「樹海」

「は?」

消え入りそうな声だった。ミラーを見ても妹の赤くなった耳しか見えない。

「どう設定すんだよ……」

俺はいらつきながらもナビの行き先をその通りにしてやった。


車内をトンネルのオレンジの光のみが通過していく。

「振られた」

だろうな、と思った。惚気話も聞いたこと無かったけど。カレシ↑の存在だけは親づてで知っていた。

いいさ、付き合ってやるさ。

トンネルを抜けると青い山はますます存在感を増していた。

ナビが目的地を告げた位置より奥まで走って車を停める。

妹はふらり、と風に突き動かされるように車を降りた。二、三歩落ち葉を踏んで立ち止まる。

木々の奥深く、遠くを見ている。

俺がなるべく音を立てずに近寄ると、妹はおもむろに口元に両手を当てた。

すうっと澄んだ空気を吸い込む。

「クソ兄貴、死ねー!」

『死ねー!』が辺りに木霊する。

えぇぇえぇ。

俺はへなへなと脱力した。何で俺だよ。

演技とも本気ともつかない半端な動作で地面に倒れた。

「……あ、死んだ」

妹は俺を指差すとすたすたと車に帰って行く。

帰り道もお互い口数少なかったが、妹は助手席に座っていた。

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