第六話「ダンジョン~上層~」
ここモリーユのダンジョンは古いダンジョンのひとつである。階層は二十階層と深くはない。
浅い階層では、スライムやゴブリンなどのあまりランクの高くない魔物が多く出現する為、ひよっこ冒険者にとっては、恰好の訓練場となっていた。また、階層が下になれば、それなりに強力な魔物が出現し、獲得できる素材も高価になっていくため、初級冒険者から中級冒険者にとっては攻略しがいのあるダンジョンとして知られていた。
ここで確認されている最上級の魔物は十八階層以下で出現するオーガであり、このオーガ一体を単独で討伐できることがBランク冒険者の証でもあった。
なお、現在このダンジョンは立ち入り禁止になっている。件の報告が上がってから冒険者の保護と危険回避のために冒険者の立ち入りを制限していたのだ。当然、入口には冒険者ギルドの職員が交代で見張りに立っている。
入り口のギルド職員とあいさつを交わしながら中へ入って行きつつ、
「このダンジョンって、踏破されてるんですよね?」
念のためという意味でアリスはエルミアに尋ねる。
「そうね二十階層まで到達してフロアマスターを倒した、という意味では踏破されているわね……恐らく」
「どういう意味ですか?」
通常、各ダンジョンには五階層、または十階層ごとにフロアマスターと呼ばれる強力な魔物が守る部屋があり、フロアマスターを倒すことによって、それ以下の階層への扉が開かれる仕組みになっていた。また、フロアマスターの部屋から開く次の階層への入り口には、それぞれ地上への転送魔方陣が設置されていた。
これは、初めてその階層のフロアマスターを討伐した後、必ず冒険者ギルドが設置することになっており、冒険者の無用の犠牲を少しでも減らすための施策でもあった。なお、ここのモリーユのダンジョンでは五階層ごとにフロアマスターが存在している。ちなみに、倒されたフロアマスターは一定期間過ぎると新たに生成されるらしく、新しい主人が生まれるまではフロアマスターの部屋は安全地帯となることが分かっていた。ちなみに、討伐から次のフロアマスターが生まれる期間はきっちり二週間であった。
そして、最下層のフロアマスターを倒すと、そのダンジョンの核となるダンジョンコアのある部屋への扉が開く仕組みになっているのだが、ここ、モリーユのダンジョンでは様相が異なった。
「初めてこのダンジョンの最下層が踏破されたのは百年ほど前だったと聞いてるわ。通常だと、フロアマスターを倒すと次の階層への扉が開くか、ダンジョンコアへの扉が開くかどちらかなんだけど、このダンジョンについては、二十階層のフロアマスターを倒しても、どちらも見つからなかったと言われてるのよ。実は、私も三十年ほど前に一度、二十階層のアタックに参加しているんだけど、やっぱり見つけることは出来なかったわ」
「……あの、エルミアさん。つかぬ事を聞きますが、今おいくつなんですか?」
「……あなた、それを今聞く?」
若干、聞き捨てならないことを聞いてしまった為に、思わず突っ込んでしまったアリスだが、
「その話ここでして良かったんですか?」
「あぁ、ラルフ達なら大丈夫よ。元々、私のこと知ってるからね」
「……なるほど」
と納得するのである。
ともあれ、エルミアの説明から、元々通常のダンジョンとは様相を異にするという事実に若干の懸念を抱きつつも一行はダンジョンに潜っていくのであった。
ダンジョンの通路は比較的広く、五人が横に広がって歩いてもかなり余裕がある広さがあり、天井もある程度の高さを持っていた。ただ、戦いやすい反面、囲まれたり、飛行能力を持つ魔物が要ればその能力を十分に発揮しうる構造ともいえた。
ダンジョンの中にはヒカリゴケに似た性質を持つ苔が生息しており、明るいとは言えないまでも、探索をするには十分な光量であった。
「ええとね、今回の異常を報告してくれた冒険者たちが十階層のフロアボスまでは討伐したと聞いてるから、そこまでは安全地帯に出来ると思うわ。問題はそれより下の階層なんでしょうね」
エルミアの話を聞きながら、予定を組み立てつつパーティーは進んでいく。
実は斥候の特殊技能を持っていて意外と優秀なラルフが先行し、魔物の動向を察知しつつの調査行なのだが、アリスも肩に乗せたタロの魔力を使って、密かに探知系の魔法で辺りの様子を探る。
低階層ではスライムやゴブリン等の襲撃を数回受けたものの、特に 足止めを受けることなく進んだ調査隊は5階層へ向かう通路へと急いでいたのだが、突然ラルフが立ち止まった。
「……何かいます。しかも結構な数です」
「ラルフ、ホントなの?」
「嘘言っても仕方ないですよ。もう、視認できます」
そう言ってラルフが指さした方に目を向けると、そこにはありえない光景が広がっていた。
ラルフが指さした先には百体近い魔物の集団がこちらに向かってくるのを見ることが出来た。
しかも…
「なんで四階層にトロールなんて出てくるのよ!」
スライムやゴブリンに交じって十一階層以下で現れるトロールなども見受けられ、明らかに異常な状態である事は一目瞭然であった。
「とりあえず、こいつらを何とかしないといけないけど、皆大丈夫ね?」
パーティーのリーダーとしてエルミアが前を見据えたまま問いかける。
「「はい!」」
ラルフとクラークが返事を返す。当然、今回の任務の成功とそれに見合う十分な働きを見せないと冒険者としての資格剥奪なのだから、気合も入るというものだ。もっとも、二人の場合は身から出たサビなのだが。
「しょうがない、いっちょうやりますか~」
緊張感を感じられない言い回しながら、その放つ雰囲気はいつもギルドのカウンター越しに見るそれとはまるで違う戦士の様相をまとったレイシャも応える。
「仕方ありませんね」
『そうだな、俺も知り合ったものがむざと殺されるのを見る趣味は無いしな』
タロとアリスの主従も短く言葉を交わす。
「じゃ、少し数を削っとくかな」
エルミアはそうつぶやくと素早く呪文を詠唱し魔法を発動させる。
「火の精霊に乞う、猛々しき力の礎、殲滅の炎!ファイアアロー!」
エルミアが魔法名を叫ぶと、無数の火の矢が魔物の集団に降り注いだ。魔物と地面に魔法が突き刺さり、爆炎が上がると、多くの魔物から叫びが上がる。
「・・・・・・思った程は減らなかったようね。まぁ、ファイアアローじゃこんなもんか」
ファイアアローも初級火魔法のひとつだが、単体攻撃に向くファイアボールと違って大量殲滅を目的とした魔法であった。ただ、その分効果が分散されて単体での威力はファイアボールよりも低かった。
中級火魔法まで使えるエルミアは他にも威力の大きな魔法を使う事も可能だったが、四階層でこの状況であれば、先で更に多くの魔物との戦いを想定しなければならない為、魔力温存の意味でもあまり高位の魔法を使うことは憚られたのである。とは言え、今日、ここでパーティーを組んでいるメンバーはむしろ肉弾戦を得意とするメンバーなので、この後の戦闘には何ら問題は無いと踏んでの事ではあった。
不確定要素はアリスだったが、今朝のラルフ達とのやり取りを聞いた限りでは、何の心配もないと思われた。
そして、当のアリスは
「ご主人様、しばらく遊んできてもいいですか?」
『あんまりやり過ぎるなよ?』
「日頃のうっ憤を偶には発散しないと爆発しますからね」
『俺、日頃からそんなにストレスかけてる!?』
軽いやり取りを主人と交わすと、次の瞬間にはその手に短めの双剣を逆手に握りしめた。
「アリスの得物はそれなんだ」
わずかに驚きを交えてエルミアが話しかける。
「所詮、素人の手慰み程度ですから、お気になさらずに」
「素人の手慰みでその選択は無いんだけどね・・・・・・」
エルミアは苦笑しながら目前の敵に目を向け、
「じゃ、みんな、無理しないようにね」
そう言って魔物の渦中に飛び込んだ。
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