第四話「少女と黒猫の受難」

「お嬢ちゃん、かわいいねぇ~。これから俺たちと一緒に飯でも食いに行かねえか?そんでー、その後も楽しい事しちゃおうぜ?」

「そうそう、俺達こう見えて、Bランク冒険者だからさ、金ならたんまり持ってるよ?」


「……うっざっ」


『アリス、心の声が漏れてるよ……』

 思わず突っ込みを入れてしまうタロである。


 お楽しみの料理がお預けになり、アリス曰く「さもしい」夕食を黒猫の主人と食した翌朝、エルミアと合流すべく早めに宿屋を出たところで冒頭のナンパに遭ったアリスであった。

 ガタイのいい筋肉ムキムキ系おっさんとチャラいオニイチャン系の二人組冒険者を冷たい眼差しで見やると、素気無くアリスは告げた。


「申し訳ないのですが、予定がありますので失礼いたします」


「あれあれ?断っちゃう感じ?それは、ダメだと思うよ~?」


「おとなしく言うこと聞いた方が、お互いの為だと思うぜ」


 ニヤニヤと薄笑いを浮かべた二人の冒険者を見やり、盛大にため息をついたアリスは、


「しょうがないですね……じゃ、こちらに来てください」

と、二人の冒険者を誘うように裏路地へと向かった。


 自分たちの要求が受け入れられたと勘違いした二人は、その後の悪夢を知る由もなく、有頂天で美少女の後を追うのだった。一連の動きを後ろから見ていた黒猫は、深いため息をついて、アリスの後を追う。


「さて、ここまでくれば大丈夫ですね。嫌がる女の子を無理やり誘うのはみっともないので、やめた方が良いですよ?」


 人目につかない路地の一角、ほんの少し広くなった場所でおもむろに振り返ったアリスは、後ろをついてきた二人にそう告げた。


「何を小娘がウダウダ言ってんだ。自分だって楽しみたいからこんな人気のない所に連れ込んだんだろうが!勿体付けずにおとなしく服脱げや!」


「そうだよ?痛い思いとかしたくないでしょう?お互いに気持ちいいことしようよ」


 自分たち二人に抗う力など目の前の少女が持つはずが無いとタカを括っている二人を見やったアリスは、不敵な笑みを浮かべると、


「いい加減ウザいので、この辺りで消えていただきましょうか。安心してください。命までは取りませんから。」

 と二人に告げた。見ればいつの間にか、アリスの両手にはトンファーのような武器が握られていた。


「お前、いつの間にそんな武器を取り出した!?」


「俺たちに歯向かおうとはいい度胸だ。すぐに抵抗できなくしてやるから覚悟しろよ!その後は、おたのしみタイムでヒィーヒィー言わせてや……あがぁ!?」

「えっ?な、なにが……ぐぇ!?」


 武器を手にしたアリスは、自分に向かって何か吠えている二人の鳩尾に一撃を加えると、あっという間に男達の意識を刈り取った。


「しゃべっている間に攻めてくればいいのに。これでBランク?看板に偽りありすぎですね。」


 まったく歯ごたえのない相手に、ほんとにBランク冒険者なのか疑問を抱くアリスである。


 冒険者にはランクがあって、最低Fランクから始まり、E、D,C,B,A,Sと、依頼の達成状況や実力判定によりランクアップする仕組みという。ギルドが規定する最高ランクはSランクだが、規格外のSSランクやSSSランクという猛者も存在するという噂がまことしやかに囁かれている。もっとも、真相は謎のままだが。


 冒険者のBランクは一流冒険者と呼ばれ、単独で一体のオーガを倒す実力が求められた。このランクから指名依頼なども発生するといい、月の収入は最低でも金貨十枚は稼ぐと言われている。多くの駆け出し冒険者が目指すのもこのBランクであった。


『ご苦労だったな、アリス』


 アリスのそばで見守っていたタロがアリスに話しかける。


「冒険者ってこんな人達ばかりなんでしょうか?私のようなうら若い乙女の柔肌を無理やり狙うなんて、ほんとにサイテーですね」


『うら若いって、もうアリスも見た目ほど若くない……』

何気に呟いたタロだったが、瞬間的にアリスから向けられた絶対零度の視線に思わずフリーズした。


「……タロ様?最近、私少し耳が悪くなったようなんですが、今、何とおっしゃいました?」


『……イエ、ナニモイッテナイデス』


「なんだか、私がすごく年寄りのような発言をされた気がするのは気のせいですか?」


『ソウジャナイデスカ?イヤダナー、アリスサン。ボクガソンナコトイウワケナイジャナイデスカ。ハハハ……』


「……誤魔化されませんよ、タロ様?」


 そして、タロは自分の従者に折檻される羽目になった。




 結局、予定より少し遅れて冒険者ギルドのマスター部屋に着いたアリスを待っていたのは、エルミアの他に褐色の肌をした巨漢のスキンヘッド男だった。顔にはいくつかの傷跡が見られ、鍛え上げられた体躯は服の上からでもうかがい知ることが出来た。その男を見た瞬間、アリスは満面の笑みを浮かべ、タロは毛を逆立てて威嚇のポーズを取るのだった。アリスは、そんな主人の様子に呟いた。


「まんま猫ですね」


『ほっとけ!』


 そんな黒猫を尻目に、アリスは凶悪な外見を持つ男……ギルドマスターのレイモンドに話しかけた。


「レイモンドさん、ご無沙汰してます」


「おう、アリス!昨日来てくれたらしいが留守にしてて悪かったな。聞いたと思うが、ちょっと面倒な事になっててよ。悪いが、少し手伝ってくれよ」


 そう言うとその凶悪な風貌が一転し、無邪気な笑顔をアリスに向けた。そして、こう言葉を続けた。


「もし、今回の件が本当にスタンピードなら、領軍にも出張ってもらわにゃならんから、そのあたりの根回しもあって、さっき領都から戻ったばっかりなんだよ。おじさんを労ってくれよ」

と、何かをねだるようにアリスに視線を投げる。


「タロと触れ合いたいんですよね。タロもすごく会いたがってましたから、どうぞ思う存分構ってやってください」


 タロにしか分からない邪悪な笑みを浮かべてそう告げるアリスを、タロは信じられないものを見るように見上げ叫びをあげた。


『アリス!てめぇー!俺を売りやがったなー!』


 黒猫のシャーっという威嚇を受けながらも、


「なんだ、タロはツンデレってやつか?去年あんなに可愛がってやったのに、素直じゃない子はお仕置きだぞ?」などと嬉しげに言葉をかけながら、室内の追いかけっこが始まった。


 その様子をみているエルミアも大きなため息をつくと、


「あの見た目で猫好きってどうなの?」

と、半ば呆れたように呟いた。


 去年は、冒険者ギルドに行かなければレイモンドに会わなくて済むと短絡的に考えたタロがアリスだけをギルドに向かわせ、自身は先に取っていた宿の部屋で休んでいたのだが、結局アリスにくっ付いて宿屋にやって来たレイモンドによって散々撫でくりまわされたのだった。その時のストレスで、その後しばらく円形脱毛症に悩まされたタロであった。


 しばらく続いた追いかけっこも、タロが徐々に追い詰められつつある状況であったが、


「タロ、こっちです」

というアリスの言葉に反射的に反応したタロは、アリスの胸に飛び込んだ。


『……思わず反射的に反応したんだが……お前、何考えてる?』

と警戒をあらわにする黒猫の主人に、アリスは小声で言葉を続けた。


「いざという時は私の声を信じて下さるタロ様が大好きですよ。安心して私にお任せください」

と返したアリスは、やおらレイモンドに向き直ると、胸元の黒猫をしっかり掴みレイモンドに差し出した。


「レイモンドさん、どうぞ」


『アリス!!この裏切り者ー!!!』


 タロの絶望の叫びが部屋中に響き渡った。もちろん、アリス以外にはニャーとしか聞こえないが。




 レイモンドに撫で回されて息も絶え絶えの黒猫を膝の上に乗せ、甲斐甲斐しく世話をする喜びに喜色満面のアリスだが、実はこの何をしても無抵抗状態のご主人様を堪能するためだけにこんな仕打ちをしてのけるあたり、自分の欲望に忠実と言うか、真のドSを体現するアリスであった。


 さて、ひとしきりタロを堪能したレイモンドは、本来の要件について話を始めた。


「昨日聞いてもらってる通り、今回はエルミアをリーダーにして調査隊を送る。行くのはアリスを含めて五人だ。」


 凡その話は聞いていたが、参加人数については初耳だったアリスは、


「他の3人の方はどなたが行くのですか?」

とレイモンドに尋ねた。


「一人はお前もよく知ってるレイシャだ。ああ見えて、女だてらに並みの男なんか歯牙にかけないぐらい接近戦でやるからな。それに中級までとはいえ治癒魔法を心得てるから、いざという時に安心だ」


エルミアもそうだが、聞けばレイシャも元は凄腕の冒険者で、二人ともAランク冒険者だったのだという事を初めて聞かされ、色々な事に納得するアリスだった。エルミアは魔法、レイシャは接近戦を得意としているが、冒険者時代は単独での依頼を受けることも多く、様々な戦い方を習得している為、少人数での今回の調査隊にはうってつけだったとはレイモンド談である。


「じゃ、残りの二人はどなたですか?」


 そう聞いたアリスに、レイモンドとエルミアが微妙な表情を浮かべる。


「実はね、あとの2人はCランク冒険者なんだけど、今回の調査依頼をBランク昇格の試験に使おうと考えているのよ」


「えっ?今回の調査、結構ギリギリの切羽詰まった状況ですよね?それで試験ですか??」


 通常、こんな緊急事態の案件で冒険者の昇格試験なんて論外だとアリスは思うのだが、エルミアの言葉に継いでレイモンドが話を引き取った。


「この二人なんだが、実は片方は俺の甥っ子になるんだよ。甥っ子の名前はラフル。もう一人はクラークっていうんだが、二人とも実力的には全く問題なくBランクに昇格できる。ただ、精神面がな…まだ二人とも十八歳と若いが、実力だけはそんなだから、今一つ冒険者という職業の真の過酷さが分かってないんだ」


 そう語るレイモンドの表情には苦悩とも憤りともとれる表情が現れ、話をつづけた。


「冒険者は、特にBランク冒険者ともなれば一流と言われる連中の仲間入りだ。腕っぷしもだが、人間性も磨かなければ真の成功はあり得ないし、何よりそんな状態では早死にする」


 これまでにも多くの若者の死を見続けてきた熟練冒険者であったレイモンドは沈痛な面持ちで話をしていたが、


「今回の調査は、一つ間違えば町が滅ぶかもしれない大事件だ。自分たちの行動ひとつでどんな結果が生まれるか、ちゃんと気づければよし、そうでないなら二人ともいっそ冒険者の資格を剥奪する覚悟で今回は参加させることにした」


 と、若干強引に話をまとめたらしい事を話した。それを聞いたアリスは、


「今回、私が参加する必要あるのでしょうか?私はしがない美少女占い師ですよ?」

と、暗に参加をあきらめてくれないかと淡い期待を込めてレイモンドに聞いたのだが、


「すまんな、アリス。うちの支部の登録者で魔法が使えるものは少なくてな。しかも、タイミングの悪いことに、ほとんどが別の案件で他所に出た後だったんだよ。それに、俺とエルミアの冒険者としての勘がお前にはまだ秘められた力があると言ってるんだ。今回は申し訳ないがこの通り協力を頼む」


 そう切り出され、ギルドマスターに頭を下げられてはそれ以上言う言葉は無かった。


「買い被りですよ。でも、まあ、分かりました。昨日、エルミアさんに了承してますしね」


「ありがとうよ、アリス。そうだ、先に報酬を渡しとくな。金貨十枚だ、確認してくれ」

そう言うと、レイモンドは小さめの麻袋をアリスの前に置いた。


「……ほんとに金貨十枚なんですね」

苦笑交じりにアリスは中身を確認すると、懐へ納めた。


「ところで、そろそろ出発しないと遅くなりますが、そのお二人はまだですか?」


そう問いかけたアリスに、

「いや、もう来てておかしくないんだが、あいつら何やってんだ……」

とレイモンドが返した時、マスター部屋のドアが勢いよく開けられた。


「おじさん!スミマセン!遅くなりました」


「馬鹿野郎!ここではマスターと言えと言ってるだろうが!全くいつまでたってもガキのままでいやがって……。アリス、細い方が甥っ子のラルフで、もう一人がクラークだ」


そう紹介されて二人を見たアリスは、自分を見つめて固まっているナンパ男二人組を発見した。

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