第二話「冒険者ギルド」

 タロとアリスの主従二人は、ここ数年の恒例行事(主にアリスの為)のために山間の町モリーユへとやってきたのだった。


 この町はモリーユ茸という貴重な食材を産する町としても有名だが、もう一つ別の顔も持っている。それはダンジョンの存在だ。神々の戦い以降、この世界には人族の他に獣人や魔人などの亜人も多く存在する。


 そして魔物も多く存在した……かつては。


 人々は過酷な環境を切り開き、その生活圏を拡大したが、その過程で魔物との戦いが数多く行われた。現在では魔物は辺境の森林地帯や一部に残っているダンジョンにいるだけで、多くは駆逐された。昨今、人々の生活圏内で魔物を見ることはまれであると言ってよかった。ただし、全くいないわけでは無いので、当然、魔物の討伐やダンジョンの攻略を専門に請け負う職種が存在する。それが冒険者である。


 冒険者は、主にダンジョンや辺境地区の探索、魔物討伐などを行い報酬を得ている。また、魔物の体の一部は様々な用途での素材として珍重されるため、その素材の売却によっても利益を得る事が出来る冒険者という仕事は、存外稼げる仕事ではあった。一回の探索で、金貨四〜五枚を稼ぐ事もザラにある冒険者は、ある意味憧れの職業である。ただし、死と隣り合わせの危険な職業である事には変わり無く、毎年多くの冒険者が命を落としているのも事実であった。


 このモリーユには比較的大きいダンジョンがある関係上、多くの冒険者がいた。また、モリーユを覆う広大な森林地帯も魔物の生息地として知られており、冒険者たちの稼ぎ口としては上々の場所といえた。当然、荒事を生業とする冒険者が多く集えば諍いも度々起こるし、近隣住民との軋轢が生じる危険性もあったため、この町には冒険者ギルドが開設されている。


 そして今、アリスとタロは冒険者ギルドの前に立っている。


『……行きたくない……アリスだけで行けばいいだろ?』


 タロの必死の抵抗も、アリスの次の言葉で打ち砕かれる。


「ここで顔出さないと、おそらくまた宿屋に押しかけて来ると思いますが、それでもいいですか?当然、

私は関わりたくないので、タロ様だけ渡して私は先に休ませていただきますが?」


『嘘だろ?俺、お前のご主人様だよね?……でも、確かにそうなるよなぁ……はぁ~しょうがない、腹くくるかぁ……』


 若干うなだれ気味の主を気遣うように、


「私もあまり長く一緒にいたくは無いので、早めに終わらせるように努力いたしますから。」


 と言ったアリスであったが、その表情からはこれから起こるであろう喜劇への期待が滲み出ていることには気づかないのである。


 ともあれ、意を決してギルド内に入っていく1匹とその従者であった。


 ギルド内に入ってカウンターに近づくと、アリスは顔なじみの職員に声を掛けられた。


「あら、アリスちゃん、久しぶり!今年もまた来たのね?」

「ご無沙汰してます、レイシャさん。今年も来ました。」


 レイシャと呼ばれた若い女性の職員は、カウンターから出てアリスの近くへ来ると足元にまとわりつく黒猫に気づき抱え上げた。


「おっ!タロも元気みたいだね。いい子、いい子。おや?少し毛が少ない所があるね?」


 若い娘におもむろに撫でられ、意外とまんざらでもない表情を浮かべる黒猫を生暖かい眼差しで見ていたアリスだが、レイシャの問いかけに、


「野宿の時に料理の火に近づきすぎて焦げてしまったんです。ホントに言うことを聞かなくて。」

と返した。


「これ、前にお前がやった奴だよね!?」

 という主人の抗議を華麗にスルーしたアリスは、


「それで、レイモンドさんかエルミアさんはいらっしゃいますか?」

と、用件を切り出した。


「あぁ、ギルマスはちょっと……サブマスターなら居るからちょっと待っててね。」


 レイシャはそう言うと、タロを足元に下してカウンター奥へと消えていった。


 間もなく、レイシャと妙齢の女性が連れ立って現れた。


「アリス、よく来ましたね。タロ君も元気そうね。」

「ご無沙汰しています、エルミアさん。モリーユに来たら顔を見せる約束でしたので立ち寄らせていただきました。」


エルミアと呼ばれた女性は、優し気な表情でアリスとタロを見やった。

アリスより少し背の高いエルミアは、細身だがしっかりと鍛えられている事を感じさせる身体に、男性であれば誰もが振り向くような整った顔立ちをしており、長い金髪が特徴的な女性だった。


 この冒険者ギルドのギルドマスターであるレイモンドの秘書官であると共にサブギルドマスターとして働いている彼女は、この支部の事務全般を統括する有能な女性でもあった。


「アリスが顔を出すとまた1年経ったんだなって実感するわね。また、モリーユ茸料理を食べに行くの?」

「はい。この後向かおうかと思っています。」


 そんなやり取りを横で聞いていたレイシャは、呆れるようにアリスに話しかける。


「ホントにアリスちゃんは好きよねぇ〜。あたしは小さい頃から食べ慣れてるせいか、そんなに特別美味しいとは思わないんだけどね。」


「あんなに美味しいものを小さい時から食べられるなんて、レイシャさんは幸せですよ。」


 そう返したアリスはエルミアに

「レイモンドさんはいらっしゃらないんですね?」

と尋ねた。


「タロも会えるのを楽しみにしていたのに残念です。」


『いや、違うだろ!?』


 嘯くアリスに、しっぽを振り回して抗議の意を示すタロだったが、エルミアは気にするそぶりも見せずアリスに答える。


「そうなの。ちょっとした問題があってマスターはあちこち飛び回っているのだけど……そうだわアリス、少し話を聞いてもらえるかしら?」


「いいですけど、私などでは何の役にも立たないと思いますが……」


「ご謙遜ね。まぁ、いいわ。ここでは何だから、マスターの部屋へ行きましょうか。」


「分かりました。」


 そう答えたアリスは、他の職員達にも軽く会釈しながらカウンター奥のギルドマスターの部屋へ入り、腰を下ろした。


「子爵様はお変わりないですか?」

「ええ、お変わりないそうよ。今は王都にいて、こちらには暫くお戻りじゃないわ。それもあって、マスターが色々ご苦労されてるようだけど……」


 実は知り合った貴族というのは、このモリーユを含む一帯を治めているオルレアン子爵その人であった。数年前、たまたま盗賊に襲われている子爵一行に遭遇し、成り行きで手助けをしたことによって知己を得たのだったが、その折にファイアボールを使った為、魔術師として仕えないかと再三誘いを受けたのだった。当然誘いを受けるわけにもいかず、丁重にお断りしたアリスだが、アリスとの繋がり持っていたかった子爵は冒険者ギルドのギルドマスターであるレイモンドと、副ギルドマスターであり件の襲撃の際にも子爵に同行していたエルミアを紹介したのであった。


 ここでも、ギルドへの登録を強く勧められたが、あくまでも自分は占い師であり、女の一人旅は物騒だから自衛の手段として魔法を覚えているに過ぎないことを説明し、ギルドへの登録もお断りしていた。冒険者登録となれば、いろいろな情報を開示させられる為、実は魔力が全くないアリスが魔法を使えている事の不自然さなどが明るみになると、大問題に発展する危険性を孕んでいるので、何がなんでも冒険者登録など出来ようはずもなかった。さらに言えば、初級の火魔法であるファイアボールを使えることはまだしも、他にも知られてはマズイ事が多数ある身としては出来ればあまり関わらない方が得策ではあった。 

 ただ、冒険者ギルドという組織の力を必要とする時が来るかもしれないので、限定的にこの町の冒険者ギルドとは細いながらも繋がりは持っていていいとのの考えにそって現状があるのだった。


「それで、お話というのは?」

「実はね、最近、ダンジョンに現れる魔物に異変が見られるという報告が上がっているの。」

「異変……ですか?」


「そう、スタンピードの兆候が現れてるらしいのよ。」

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