第三話「悩みを抱えた女の子」

 占い師を訪れる人は、全てが本当に深刻な問題を抱えているわけはない。


 自分が不幸続きなのは呪われているからだ……とか

 何となく体調が悪い気がする、やる気が出ない……とか

 自分の運命の相手はいつ訪れるのか……とか


 度々、少女の傍らにいる黒猫から「知らねーよ」というツッコミが飛ぶ。


 ただ、そんなどうしようもない悩みも聞かないわけにはいかない。

 客は客。

 お金をいただければどんな事にもお答えするのが占い師だ。

 たしかそんな商売だったと、何かで見た気がする。


 気分転換などいかがですかーたまには誰かに優しくすると幸せが返ってきますよー……とか

 美味しい物を食べたり音楽を聴いたりしてみてはいかがですかー……とか

 運命の人はすでに貴方の近くにいて出会っているかもしれませんよー……とかとかとか。


 バーナム効果という誰にでも当てはまるであろう事柄を言うと、本人は自分への最適解だと捉えてしまうらしい。

 本来占いなどこの程度で充分なのだ。

 未来など誰にも分かるはずがない。

 分かっていれば、あんな馬鹿げた戦争などやる必要がなかったのだから。


「あの……すみません」


 気が付くと机で見えなくなる程の背丈の女の子がこちらを恐る恐る伺っている。


「どうしました?」


 アリスは少し身を乗り出し、女の子の顔を覗き込みながら要件を伺う。


「私の……私のおばあちゃんのことで……占い師さんに助けて欲しいの……でも私お金はたくさん持っていなくて」


 そう言った女の子は手のひらに握ったお金を並べる。

 なるほど、通常いただいている額の半分にも満たない。


 この女の子は不憫な祖母のために、自由になるお金をかき集めてきたのだろう。

 子供相手に“あこぎ”な商売はしたくないが、特定の客に対する“特別扱い”は他の客に対する“不平等”につながる。

 それは客商売としては大きなデメリットだ。


 だが黒猫は銀髪の少女からの視線を感じ取っていた。


『何とかしてやりたいのか?』


 アリスはじっと黒猫を見つめる


「断ったら私の好感度が落ちるじゃないですか」


『善意じゃなかった!』


 見つめあう少女と黒猫。

 女の子の目にはどう映っただろうか。


 しばらくの沈黙ののち……。


「確かにこの金額では足りませんね、ですがこちらのお願いを聞くという条件で診てあげましょう」


「じょう……けん……?」


 アリスは女の子の髪飾りを指さした。

 決して高価とはいえない髪飾りだが、女の子が大切にしているであろう事はうかがえる。


「これは……」


 女の子は髪飾りを手で庇う様に抑え躊躇する。

 それは仕方がない事だ。

 誰かからの贈り物か、自分がお手伝いでもしてようやく手に入れたものか。

 そう簡単には手放せるものではないだろう。


 だから交換条件なのだ。

 この子が条件を飲めば、それはよほどの事情があるのだろう。

 逆に飲まないならその程度の事情だったに過ぎない。適当に言いくるめて納得させればいい。


 どちらにしても占いは行う。

 他の客へのアピールも、アリスの小さな優しさにも応えられるパーフェクトな対応だ。


「誰が小さいですか、見世物小屋に売り飛ばしてこの子の占い代にしますよ」


『言い直そう、寛大なお心で優しさに応えた……です。ココロヲヨムナ……』


 すると女の子は震えながら髪飾りをアリスに差し出し、絞り出すように願いを伝えた。


「お願い……おばあちゃんを殺して……」


 予想外にも程がある“よほどの事情”に一瞬、アリスと黒猫は固まる。


「詳しく、聞かせていただけますか?」


 泣き出す女の子の涙をハンカチで拭いつつ、アリスは事の詳細を聞き出す。


「今、街の外れにある墓地に死者が蘇るってみんなを襲ってるって噂があるの。そして……私お母さんのお手伝いの時にみちゃったの…死んだおばあちゃん……死んでなかった」


 女の子の話を聞く限り、死者が徘徊し旅人や町の者に害をなしているという。


「あんなに優しかったおばあちゃんが……人を傷つけているなんて……お父さんもお母さんも“もう一度殺す”という話をしてる……」


 先ほどからの違和感はこれだったのだ。

 幼い女の子から発せられた殺意、これは本人が言葉の意味を本当に理解しているわけではない。

 周りの大人の話を聞き、覚えた言葉をそのまま願いとして用いたのだ。

 それが最適解だと信じて。


 アリスは優しい表情で女の子に問いかける。


「お嬢さん、お名前は?」


「ステラ……」


「ステラさんですね……ステラさん、私は占い師です。傭兵や教会騎士団ではありません。魔物討伐は本職ではないのですが……」


「うん……分かってる……最初は教会や町に来る強そうな人たちにお願いしたけど……誰も信じてくれなくて……」


 “信じてくれない”ではなく“割に合わない”のだ、噂どおりであるならば死者と事を構える。それに似合う等価をこの子は持ち合わせていない。


「さて、困りましたね」


「占い師のお姉ちゃんも……信じてくれないの?」


「そういうわけでは……」


 言葉が見つからないアリスとステラとの間に黒猫が割って入る。

 というより、邪魔しているようにしか見えない……。


「コ、コラ、ごしゅ・・・タロ!だめでしょ。」


「あ、ねこちゃんが」


 黒猫はステラの背中に乗り鼻を効かせる。

 そして、ふとその動作を止めアリスに呼びかけた。


『アリス、死者の復活、少し気になる』


 何かを感じ取ったであろう事を察してアリスも呼びかける。


「幼い女の子のにおい嗅ぎまくって何が気になるんです?」


『そこじゃねぇ!』


 主人の意をくみ取り僅かの間目を閉じたアリスは、不安で今にも泣きだしそうなステラの手を取った。


「わかりました。私では死者を葬ることはできませんが、出来そうな人を探してお願いしてみましょう」


 ステラの表情がみるみると明るく変わっていく。


「本当!?占い師のお姉ちゃん」


「ええ、大事な宝物までいただいて、何も出来ませんじゃ詐欺ですからね」


『ああ、詐欺師には良い思い出が無いからな……』


 黒猫はとある日に出会った黒服の詐欺師を思い返し苦い顔をする。


 アリスは不思議そうに黒猫を撫でているステラに気を付けながら、同じ様に苦い顔をしていた。


 黒猫と少女は苦い思い出を頭から振り払い、僅かのお金と大切な髪飾りを預かりステラと約束を交わした。

 ようやく話を聞いてもらえ、面々の笑みを浮かべた女の子は、その姿が見えなくなるまで一生懸命こちらに手を振っていた。

 信じてもらえたことが余程うれしかったのだろう。


『命を全うした者に、更なる死を……か』


 黒猫は女の子が去っていった方向を見つめ呟く。

 このことが言葉以上に残酷な意味を持つということを……あの幼い女の子は知る日がくるのだろうか。


「どうしますタロ様?早々に見つけて焼き払いますか?」


 町の鐘が夕暮れの刻を刻む。

 早々に店じまいの準備を行いながら、その手際同様に簡単な事と言わんばかりの物騒な物言いをする。


『いや、枝葉を刈る事に意味はない。根本を探るぞ』


「ですが昨日訪れたばかりの町です、情報を集めるのには時間がかかり過ぎます」


『死者が蘇って人に害を与える……噂……になっている程なら情報は多い、そしてそれは俺たちより欲してるところがある、だろう?』


 アリスは顔を上げ街のはずれにある十字架に目を向けた。


「……教会」

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