第一話「世界の始まり」

 それは「世界」という概念すら無かった時代。

 どの書物を辿ろうとも、どれほどの賢者の知識を借りようとも知りえない久遠の時より「神」は存在していた。


 ある時より自然と僅かな生き物のみだった地上には、様々な種族が生まれ営みを繰り返すようになる。


 それまでただの興味本位で眺めていただけの地上の「子」らに対し神々の中で思惑が生まれ、それらに共感する「派閥」が誕生することとなった。



 地上に暮らすものは、厳格なるルールのもと管理し導くべきだとする「秩序」


 あらゆる生命は生まれながらに悪と堕落を秘めており、その原罪を尊ぶべきだとする「混沌」


 善も悪も全ての行動、結果は生きとし生けるものが自らの責任の元、見守るべきだとする「自由」


 神以外の生物に思想や理念は不要、勝手に栄え、勝手に滅べばよいとする「傍観」



 神々は大きく四つの派閥に分かれ日々論争を繰り返していた。

 そして基本的には「地上を支配すべき」という主張を同じくする「秩序」と「混沌」の派閥は、どちらが覇権をとるかで争い大きな戦へと発展していった。

 更に「自由」と「傍観」の派閥もそれぞれの思惑でいずれからの派閥に付き、神々を二分する戦争は地上をも巻き込み、多大な犠牲を払い続けた。


 やがて神々の争いは「秩序」が「混沌」に勝利したことで終結し、「混沌」は闇に堕とされ、同じく「自由」と「傍観」もいずこかへ姿を消した。

 そして地上には「神」という支配者が誕生し、「信仰」という名の秩序を元に大きく発展していくことになる。

 こうして「世界」は始まっていった。




「……ということになっていますよ、タロ様」


『まあ、大体は合ってるがな、最初は世界を支配とか導くとか偉そうな話がそのうち主張が通らないことへの怒りで戦争に発展した気もするが』


 タロと呼ばれた黒猫はその長い尻尾を丁寧に毛づくろいし、思い出話でもするかのように「神話」に水を差す。


「まあ、真偽の程はどうであれ、タロ様が負け犬人生を送るきっかけになったのは間違いないのですから……あ!……申し訳ありません……失言を……負け猫でしたね」


『そこかい!』


 銀髪の少女と黒猫は、この世界の宿屋にならどこにでも置いてある「聖書」をわずかな明かりで肴にしつつ、パンと油で揚げた魚をほおばっていた。

 トーチが照らす部屋は、小さなテーブルととりあえずのベッドが一つの質素なものであった。

「一番安い部屋」のオーダーに対する店主の答えは、さもありなんと言ったところか。


『街といえども大きめの集落程度、だが人も多そうだし今後の路銀を手に入れるにはちょうど良いかもしれん』


「そうですね、私はまたここで男どもの欲求を満たすために、ぼろ雑巾のような扱いを受けるのですね」


『まてコラ、そんな事させたことないわ、その薄倖の美少女設定はまだ続いているのか』


「ご主人様の命とあらば、この若き花びらを欲望の黒い手で散らす覚悟は出来ております!」


『出来ておられなくて結構です!!』



 黒猫は大きな溜息をつきながらベッドで疲れた体を丸くまとめる。


『明朝から店を出すぞ、今日は寝ておけ』


「はい主様、おやすみなさいませ」


 一つのベッドに少女と猫がきれいに収まって横たわる。

 アリスはうつろな目を黒猫に向け申し訳なさそうに謝罪を行う。


「申し訳ございません、本来ならご主人様が従者と同じ床につくなど許されないことなのですが」


『構わん、今はこの姿だ。お前も同じベッドで休むことに支障はあるまい』


「いえ、タロ様が床で眠るべき……か……と……」


『主従変わってんじゃねーか!』


 主による抗議の声は、すでに寝息を刻む少女には届いていなかった。

 僅かに溜息をつきながら、その姿を穏やかな視線で黒猫は見守っていた。


 トーチの光が優しく一人と一匹を包む。

 壁に映る影はか細い少女のシルエット、もう一つは禍々しい悪魔の“それ”であった。

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