通信装置防衛少女

第28話 雌伏の温泉

「ん?主殿、何をごちょごちょしているのですか気持ち悪い」

「だからおっぴろげんな!前を隠せー!」


 佐賀、古湯温泉。背振山脈の麓にある小さな温泉郷である。

 佐賀県は九州でも指折りの温泉県であり、嬉野、武雄と言った元々全国的に知名度の高い温泉地から、この古湯温泉の様に、近年口コミで評判の上がって来た小さな温泉街まで、多数の温泉地が存在する。

 そんな古湯温泉外れのある旅館。ひっそりと佇む鄙びた旅館の家族風呂に真一と牛若の姿があった。


 ボロボロの焼き芋状態であった真一を、川に叩き込んで一洗いした牛若と弁慶は。追っての目を欺くために弁慶が変装、いや変形して、痕跡を残すことなく牛若と真一の衣服を手に入れた。

 その上で一行は、真一の体力回復のため、近場の温泉へと足を延ばしていた。





「全く、我らの仲でございましょう。某とて主殿の粗末な物幾らでも拝見しておりますと言うのに」

「粗末いうな!貴様だって大したもの持ってねぇのに!」


 緊急時に備えて、2人は家族風呂で骨を休めていた。一見すると真一の身体は問題ないように見えるが、体感としては骨まで焼かれるような炎に晒されたのだ。介助ありとは言え、歩行できるようになったのは、つい先ほどの店先の事である。


「牛若様、真一様。もう少し声量をおさげくださいでございます。ごく薄い防護壁しか展開しておりませんので、少し声が漏れているでございます」


 そう言い、家族風呂の脱衣所で待機している弁慶の姿は常とは違う。身長はフレームを調整し牛若より低く抑え、髪も金髪でなく黒髪に変えてある。この姿なら牛若の妹として見えなくもない。

 相手が吉野だとしたら、この変装も直ぐにばれてしまうが、それでも発見を遅らせるため、出来る限りの努力をしていると言う訳だった。


「いやー、それにしてもよい湯ですね、色々な物が吹き飛びます!これも主殿の芝居のおかげです」

「うるせー、俺の良心は死んだ。女将さん泣いてやがったぞ」


 しかし、弁慶が変装して何とか兄妹に見えるようになっても、予約もなしに訪れた3人兄妹がいきなり泊めてくれと言い出すのは奇妙に映ると思い一芝居打った。

 真一の体が自由に動かない事を逆手に取り、3人は親が無く障害を抱えた兄と、その介護をする妹で、社会人の兄が必至でためたお金で、いつも苦労を掛けている妹たちに温泉旅行をプレゼントした。

 だが、兄妹間で連絡ミスがあり予約をしていると思い込んできたモノの当日予約となってしまった。これもだれにも頼らず毎日夜遅くまで必死に働いている疲れからくるもので大変申し訳ないのだが、どうか一泊。

 と、言う設定を情感込めて言いくるめして泊めてもらったと言う訳だ。


 尚、実際に使用したお金は。弁慶が法律に問えない形でFXや株などで稼いだあぶく銭であり、かつ真一の怪我も宿を後にする頃にはすっかり治っている程度のものだ。


 真一は、女将の浮かべた涙に良心を引き裂かれながらも、ありがたく今夜の宿を頂戴した。そうして真一たちがひと時の休息を過ごしている間にも、世間は大きく動いていた。





「ふぅむ、まぁ予想の範疇だな」


 テレビでは、眼鏡の青年が会見を行っていた。今作戦における平家の総司令官、平知盛(たいらのとももり)。画面の中でそいつはそう名乗った。


「ではすべて、源氏と言う組織の仕業だと仰るのですか」

「あぁそうじゃ。儂らが調査したところ、今年4月の北九州から始まった一連の、そちらにとっては説明不明の不可解な事件、その全てに源氏の手がまわっちょる。

 奴らは、正体不明の怪物――儂らはGENと呼称しちょるんじゃが、それの制御に失敗しこっちの世界へ流出させた。儂らはその後拭いに来たっちゅう訳じゃ」

「あのー、平行世界と言うのは、一体どういったものなのでしょう」

「それを説明・証明するのは難儀な話やな。けどまぁあんさんらが想像しちょるのでえぇと思うで。まぁ少なくとも儂らがこちらの世界ではありえない技術を抱えちょるッチューのはさっき見せた通りや」


 少人数であること、さらに越権行為を犯していることのため、静かに目立たず行動していた牛若達と異なり。

 彼ら平家は、同じ世界の住人の後始末と言う名目を使い、堂々と表に出て行動することを選んだ。


「では、今回の博多大火災も彼ら源氏のものと言う事なのですか」

「ああ、その首謀者は儂らが始末した。そちらさんの法度に反するかもしれんかったが、なにぶん下手人は我らの世界でも指折りの危険人物でな、一刻の猶予もあらへんかった」


 今回の事件は、巷では博多大火災と呼ばれ、死傷者数万をたたき出した、テロとしては戦後最大規模のものとされ、そして、その首謀者は源為朝と言うことにされた。


「しかし、某らの名を出さんとは、不可解だな(ぽりぽり)単に、某らを逃がした事を恥ていると言う、可愛らしい、理由ではあるまいが(ばりばり)」


「あのー、なんでお前そんなリラックスモードなの?」


 真一は、浴衣を着て煎餅片手にのんびりとテレビを見ながらコメントする牛若にため息を吐きつつそう言った。


「いやいや主殿。我らはここに骨休めに来ているのです。ここで眉間にしわを寄せ、テレビに八つ当たりしながら過ごしても仕方ありません」

「……言ってることは分からんでもないが」

「そうです、今は雌伏の時間。ここまで体勢が傾いてしまっては、そう簡単には盛り返せません。臥薪嘗胆、今は耐える時です」

「そうは言っても実際これからどうするよ。今はお前の名前は出てないが、全部が全部奴らの掌の上ってのは尻の座りが悪いぜ?」

「むー、それはそうなのですが……弁慶、何かないか?」

「私には判断しかねぬ事でございます」

「そうさなぁ」


 どうにも、妙案が浮かばないので、取りあえず弁慶に聞いてみたが、いつも通りの答えが返ってきたが、今回は珍しく続きがあった。


「ですので、本国に指示を仰ぐと言うのは如何でしょう?」

「何を言っている弁慶。兄上との通信は…………そうか!」

「はい、現時点では通信が不可能と言ったのは吉野でございます。牛若様のおっしゃる通り吉野が裏切っているとしたならば、彼女の言は疑ってみる価値はあるかと」

「でかした、弁慶!一歩前進だ」


 と言う訳で、方針は決まった。超えなければならない問題は山済みだが、現状を一気にひっくり返す手が無い以上、コツコツと地道に積み重ねていかなければならなかった。





「ところで、弁慶さんは本国との通信について何かデーターは持ってないの?」


 技術的な事は分からないが、単純な疑問を口にしてみる。


「いえ、今回の任務は多岐にわたります、全てが十全に単独で任務をこなす事が困難な以上、専門分野においては分業制で行う予定でございました」


 分からない、と言う事らしい。しかし宇宙飛行士のミッションなんかでは、不測の事態に備えて、ある程度の技術は共通しておくものだ、それが通信と言った安全性に関わる技術ならなおさらだ。


「だとすれば、そのあたりから、裏切者の手は伸びていたと言う事でしょうな」

「ですが、それは私たちの話でございます」

「ん?なんだ弁慶。勿体付けずにとっとと言え」

「了解でございます」


 そう言い、彼女はコトリと黒く小さな箱を取り出した。


「佐世保にて交戦した、巴のブラックボックスでございます。忘れ形見として、回収してございました」





 HTBでの戦いの後、爆破し粉々になった彼女のブラックボックス。弁慶さんは、レプリカ達のものは伊勢さんに渡していたが、オリジナルの彼女のものだけは記念として、彼に渡し忘れていたと言う。


「今まで触れずにいましたが、今は緊急事態でございます。これを解析すれば、あちら側の交信手段が判明するやもしれませんでございます」


「よし!でかした!」


 そう言い、牛若は弁慶さん(ミニ)に抱き付いた。





「彼女たちは針尾通信所と言う所を接収し本国との通信に利用するよていでございました」


 ワクワクと、2人して弁慶さんを見守っていると、あっという間に解析は終了し、彼女はそう答えた。


「針尾送信所?主殿はご存知ですか?」

「ああ、佐世保の端っこ、HTBの近くにある、第二次大戦の時の通信所だ、でもあれ唯のコンクリートの塔だぞ?歴史的価値はあるが、実用性なんて残ってんのか?」

「なる程、ではやはり吉野は誤情報を伝えていた事になりますな」

「まぁ、義仲の持っていた、100倍八正の力ならそれが可能だったと言う線もあるけどな」

「どちらにしても、それは今主殿と同一化していると、弁慶貴様の装備で奴らが計画していたものを実行することは可能か?」

「可能でございます」


 話し合いがひと段落し、緊張感が抜けると現実の冷たさが押し寄せて来て、少し気持ちが沈んだ。あって間もないとは言え、彼女も忠信さんも、さらに言えば伊勢さんもだ、優しく頼りがいのある良い人たちだと思っていた。彼らなりの事情はあったのだろうが、それでもやるせなさがひしひしとつのる。

 いや、彼らの裏切りで生じた犠牲の事を考えると、その一言では済まないのだろうが、今は怒りより寂しさの方が……強い。

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