第26話 博多決戦

 罠の匂いがする、ちらほらと言う話ではない、そこら中、いやこの街そのものが罠の塊だ。無論俺を殺しきる程の強力な香りではない。だが、溢れんばかりの殺気を感じる健気な罠だ。


 八正とやらの効果範囲に入ったのか、景色が一変する。考えればこの八正も世界を変える力だ、これを使えば世界を滅ぼすことが出来るかも知れんが、残念ながら現実世界には影響を与えることは無いと言う。まぁそんなに簡単に近道が見つかってしまっては興がそがれる。それに、そんな事は学者連中の仕事だ。


 隠形が解かれる。無人の博多駅駅ビルの屋上に鬼が現れる。

 と、同時に駅ビルが火柱を上げ大爆発し崩壊した。





「行け!行け!行け!行け!行け!行け!行け!!

 決して足を止めるな!止めたら死ぬぞ!狙いを定めさせるな!」


 生身の俺だったならとてもじゃないが目で追えない速さで巨躯が愉快そうに飛び回る。幾つかの銃弾、ミサイルは直撃するも全く効いた覚えは見えない。こちらの全力攻撃をBGM代わりになまった体をほぐしている感じだ。

 火柱が上がり、瓦礫が吹き飛び、弾幕がビートを刻む。そしてそれらを纏めてレーザービームの様な矢が薙ぎ払っていく。

 空間ごと削り取る威力のその矢が過ぎ去った後に、ごっそりと抉り取られた大気が一気に引き寄せられ大衝撃が巻き起こる。大気は砕け、地は引き裂かれ、ビルは粉砕される。博多の街はミキサーに掛けられ、天地開闢の地獄絵図の様な光景だ。

 そんな中でもこちらの狂人も元気いっぱいに跳ね回る。くそったれの戦闘民族め。落ちれば即死の綱渡りで、なんでそんなにはしゃげるんだ!


 戦闘に参加しているのは、牛若と弁慶さんに佐藤兄弟。屋島さんと吉野さんは非戦闘員なので不参加、伊勢さんは今回の様な激しい戦では足手纏いになるとの自己申告があり、罠を担当してもらって八正空間には入っていない。そう、たった今ボッカンボッカン火柱を上げているのは現実世界で仕掛けられた罠だ。大規模テロなんて話で収まり切れないこいつ等は、後でキッチリ回収するし、特別な信号を掛けないと起動しないと言う言葉を頼りに設置を許可したものだ。

 そして俺の役目は隊の五感となり、対象を補足し続けること。爆発轟音なんでもござれの戦場では、弁慶さんのセンサーでも遅れが出てしまうと言う訳で、俺が全身全霊で敵を捕らえ続けて、牛若達は攻撃に専念する方針だ。


 だがやはり相手は無敵の兵。視覚聴覚など殆ど意味をなさないこの混乱の中、極めて的確に俺達を狙ってくる。こっちは、世界と同化とか言う反則行為を行って、なおギリギリだと言うのに。あっちは余裕しゃくしゃくで狙ってくる。勿論相手の矢の威力もある。衝撃波をまき散らしながら迫る矢は、一射で家一軒を丸のみする極太レーザーの様なもの。矢に当れば即死、衝撃波に巻き込まれればミンチになる事間違いなしだ。おまけにこちらの攻撃は全く効果が見られないとなれば、何だこのチート野郎と嘆くだけでは物足りない。あぁ全く物足りない。なのでペテンを掛けることにした。


 



「はっ?いやー牛若さん?意味が分からないんですが」

「何故です主殿?伯父上の気性を考えればこれが最上の策だと思いますが」


 牛若が、為朝さんの交渉案として出してきたのは、戦いを避けるために戦いをすると言う本末転倒な案だった。だが、その案に疑問を感じるているのは何故か俺一人。継信さんは闘志を漲らせているし、忠信さんは諦めていると言った有様。これだけでも胃が痛いのに、牛若はさらにとんでもない発言を放り込んできた。


「と、言う訳で、そう言った方針と相成りましたので。主殿は伯父上の攻略法を考えて下さい、出来ればこちらの犠牲は無しでお願いします」

「ふ、ざ、け、ん、なーーーー!

 お前らが必至こいて試行錯誤しても見つからない方法を、戦いの素人がどう思いつけって言うんだ!!」

「はっはっは。大丈夫です、某は兄上の次に主殿を信頼しております、もししくじっても皆で仲良く三途の川を渡るだけ、某に流れを読む力が足りなかっただけでございます」

「ちょっ、ちょっとこの馬鹿に何とか言って!」


 なにかがガン決まって、滅茶苦茶爽やかな顔をしている牛若ではらちが明かないと、助けを求めに周囲を見渡しても、継信さんと屋島さんは大笑いしているし、忠信さんと吉野さんは苦笑いを浮かべているし、弁慶さんはいつも通りの無表情なままだった。


「大丈夫です主殿。某何の根拠もなしにこんな事を言い出したのではございません。孫子曰く『敵を知り己を知れば百戦危うからず』、最強のものには最弱をぶつける事が勝ちへの道しるべなのです」

「おっおう?」

「先ほど、主殿自ら仰ったとおり、この中では主殿が最も弱く、虚弱で、実戦経験もない、新兵未満のクソ雑魚ナメクジです。ですので、あえて主殿の策を世界最強の伯父上にぶつけるのです!」

「クソ雑魚……っておい、それは置いといて、いや後でキッチリ回収するけど。

その孫子の奴って3回勝負の内、1つを捨てることで全体的には勝ちを取るみたいな話じゃなかったか?」

「ほほう、主殿にすれば博識でございますね。さては昨日人生最大の猛勉強をしましたね」

「してねーよ!ってかどういうことだ!」

「ははは、まぁ孫子云々は置いとくとしても、実際某たちの発想では、伯父上を出し抜くのは少々難しい面がございまして。と言うのも彼方の世界に生きる者たちにとって伯父上の存在とはそれ程のものなのですよ。

 なので、ここは伯父上に対し新しい視点で臨める主殿の策は黄金にも勝る策となる可能性は極めて高いと言う博打でございます」

「結局博打じゃねーか!おい!ちょっといいのかこれで!」


 と、周囲を見渡せど、景色は変わらず。その後どうにかこうにか粘った結果、俺は屋島さんに胃薬を処方され大人しく自室で策を練る事となった。





 博多駅前通りから国体道路を左へ、多少の蛇行を挟みつつも西へ西へと進路を取る。勿論全力疾走の大逃げだ、逃げる最中に仕掛けた罠によってドミノ倒しのようにビルが爆破し火柱となり、立体駐車場から車が打ち出され、その間隙をついて容赦ない射撃を浴びせる。


 だが、無意味。為朝は明らかに罠が待ち受けていることを知りつつも、それを楽しむように全てを吹き飛ばす矢を放ちながら追走する。


 しかし、彼にも疑問もある。それは牛若達が彼を見失わない事だ、この炎と瓦礫が織りなす嵐の中、高速で移動し続ける彼を的確に狙撃し続けることは、彼の世界の技術力を持っても困難な事なのだ。

 上空に羽虫の様に監視ドローンが広がっている、要所要所にこの世界の一般に使われているものとは異なるレベルの監視カメラが設置されている、牛若には高性能アンドロイドが何体か配備されている。だが、彼の直感はそれを否定していた。それらも一因ではあろうが、全てではない、いやむしろ枝葉でしかないと。


(そう言えば、何とかいう現地人が八正と同化したとか言っていたな)


 中洲の雑居ビル群を抜けながら彼はそんな事を思い出していた。


(ここの空間もそうだ。今まで数度しか八正空間とやらに入った事は無いが、今までのそれとは何か毛色が違っている)


 春吉橋を通って那珂川を渡ろうとすると、川底に設置されていたミサイルランチャーが一斉に火を噴く。


(もし、それが事実ならば。そいつは俺とは別種の化け物と言う事になる)


 弓を一薙ぎ、迫り来る爆炎や爆風を、たったそれだけで相殺する。

 一行は天神を通り過ぎさらに西へ進む、その先には広大な緑地と池を携えた大濠公園が待っている。

 それは、前回牛若が一矢食らわされそうになった場所である。





「レイヤー……ですか?」

「ああそうだ」


 全てをなげうち思考に没頭した結果がその答えだった。


「レイヤーを重ねるんだよ!お前らがシミュレーションでやっていた空間を八正に重ねんだ、敵は八正レイヤーに、お前らはVRレイヤーに、そうすると敵は現実空間に居ながら投影された仮想お前らと戦うことになる、そこでお前らがやられたとしてもそれはあくまで非現実のお前ら、お前ら本体には傷一つ吐かねぇ、そこで敵を翻弄して時間を稼ぎ止めは例のアレを自爆させるんだ!山一つ引き飛ばせるんだろ?いくら超人だろうと所詮は人間、人独り位ぶっ飛ばせるはずだ!」


 そして俺の出した素案を基に改良が加えられた。その結果が今作戦だ。ただ単にレイアーを重ねて表示しただけでは、物体を透過したり、風の動きなどから偽物だとばれてしまう可能性が高い。その対策として利用するのはHTBで戦った巴型だ、アレの残骸を利用し牛若達のダミーを作成、そしてそれを牛若達が操作する。


 次に行うのはそのダミーの欺瞞工作。ダミーは可能な限り本人たちに似て作成するが、それでもあの超人にはばれてしまう可能性は高い、それを誤魔化すために戦場をしっちゃかめっちゃかにする。具体的には徹底的な破壊工作、炎と煙で街中を充満させ視力ごと意味をなさなくする。

 そしてVRレイアーの処理については吉野さんが協力してくれることとなった。並列思考とそれらの完全同調と言う離れ業を独りでやれと言うのは、自分で立案しといて後先考えない無茶な案だったが、情報処理の超専門家吉野さんが仲介してくれれば俺の負担は半分以上に減ることになる。


 最後の止めはそのまんま採用された。正し設置場は大濠公園の池の中、そこを弁慶さん達に可能な限り隠蔽してもらう。


 そしてもう一つのチャックポイント、いくら隠蔽しても敵は気が付いて先に破壊される恐れがある、その為彼が荷電粒子砲に気が付くポイントが重要になる、その為のテストが東京での会談だ。

 あの時彼は荷電粒子砲の存在に気が付いて視線をよこした、だがそれは2つの内1つの荷電粒子砲だった。そう、あの時砲は2つ用意していた、一つは彼に照準を向けたもの、もう一つは起動させただけのものを用意してあったのだ。そして、彼が視線を向けたのは彼となって脅威となる照準を向けたものだけだった。

 そして、一つの問題を残し計画は練り直された。

 問題とは、それを俺が実行できるかどうかだ。



(ぐっ……結構きちいなこれ)


 博多の街は現在、大空襲に襲われたように一面炎と瓦礫の世界だ。その炎がチリチリと俺の肌を焼くような感覚として伝わってくる。クリアすべき最終課題は、最後の大爆発に八正空間を維持できるかどうかだったが、現時点で結構つらい。焚き木の前で我慢大会している様な感じだ。


(ったく、伊勢さんも容赦なくやってくれる)


 しかし、俺達を追いすがる鬼を見るにこれでも最小限の破壊だったことは分かる、一線を退いたとはいえ流石に元は最強の忍者だった伊勢さんの仕事だ。

 仕事と言えば、吉野さんもそうだ。ハッキリ言って途中から細かい処理なんて出来ていない。迫り来る鬼を俺の中に抑えていくことと、破壊される世界を我慢することで正直精一杯。 

 吉野さんがフォローしていなければ、とっくの昔に俺が展開する八正空間は破たんして、この戦場を正常空間へと放りだしていたかもしれない。


(くっそ、流石は『世界を破壊する』なんて訳分からん事を言うおっさんだ。容赦なく俺(せかい)を抉ってくる)


 流れ矢は大地を抉り、空を穿つ、その度に俺の体(せかい)に綻びが出来る。と言うかそんなふざけた威力の矢を連射するんじゃないと言いたい、心を込めて言いたい。ホテルでは迫力に負けて何も言い返せなかったが、今の逆切れ状態だったら後先考えず好きな事言えそうだ。

 それにこの人に戦場で味方がいないと言う理由も実感できた、こんな原子力ねずみ花火みたいな危なっかしい人の傍で戦っていたら、命がいくらあっても足りやしない。





 大正通りと交差する、水と緑の香りが強くなる。大濠公園は目と鼻の先であった。そこはこの戦いのゴールであり、因縁の鏑矢がかわされたスタート地点でもあった。

 護国神社の鎮守の森が一気に燃え盛り、福岡城址からミサイルが射出される。それを潜り抜けながら鬼ごっこはラストスパートを迎える、ゴールテープの代わりには大濠公園さつき橋それを通れば、荷電粒子砲が待機している松島まで寸の距離。だが、鬼は岸辺にある武道館の当りでピタリと歩みを止めた。


『なに!何故追ってこない!?』

「さて……」


 菖蒲島の木々に身を隠しながら射撃を続ける。だが鬼は動き出そうとしない。


『ばれたのか!』

「分かりませぬが……」


 ついにばれたと言うべきか、今までよく騙せたと言うべきか、兎に角猛烈な不信感を抱かれているのは確かだ。だが、そこは既に爆発の効果範囲、直下での爆発と言う訳ではないのが不安だが、荷電粒子砲の自爆力を鑑みれば誤差の範囲だ。





 足を止める、感じる違和感が実を結んだ。それよりも強烈な殺気が鬼を止めさせた、そしてその事実に鬼は感動の震えすら抱いていた。それは、自らを殺す程の罠を練り込んだ牛若への感謝だった。

 鬼にとって、牛若と言う少女は半端者だった。自らと同じく人間社会からは逸脱した存在でありながら、化け物として自由気ままに生きるのでなく、人間の振りをして振る舞う、そんな半端な存在だった。それが己を殺す。

 牛若になら打ち取られてもよい、牛若を打ち取れば世界を破壊する大きな力を得られる、そんな二律背反を心地よくも感じていた。

 そして鬼はニヤリと笑うと虎口へと真っ直ぐと突っ込んだ。





『今だ!牛若!やるぞ!』

「えぇ、ですが……なにか嫌な予感が」

『そんな事は後で考える!兎に角チャンスは今しかない!』

「……っく、了解です。行きます!主殿!」


 計算では荷電粒子砲の自爆ならギリギリ真一は耐えきる予定だった。そのギリギリとはまさにギリギリ、何とかひん死で済むだろう程度のギリギリだった。

 牛若はそれを承知で号令を下す。無論真一も皆も承知の上だった。

 そして大爆発が巻き起こる。大濠公園どころか博多湾にまで届くような巨大な爆発が2博多の街を染め上げた。








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