第24話 佐藤忠信
牛若達の
清潔だが個性の無いスマートカジュアルの二人組に、一瞬宗教の勧誘とかかなと思い、弁慶さんの改造により、防音性等が超増し増しとなった元ボロアパートの特性を利用し、居留守を決め込もうかと思ったが、その男の糸目は明らかに俺の存在を射抜いている様に感じだった。まぁ、万が一の事があっても黒スーツの連中が使う不思議光線で簡易の記憶操作を行う様な過剰な防衛力が備わっていることも鑑み、大人しくドアを開けてみた。
「あの、何か御用ですか」
と、恐る恐る声を掛けてみると。その男の口からは以外と言うか、必然と言うか、こんな言葉が返って来た。
「どうも、僕の主と兄がお世話になっております。僕は佐藤忠信と申します」
「「今まで何処をほっつき歩いていた(んだ)のだ!!」」
俺は、弁慶さんの改造により、耐久性等が増し増しとなった元ボロアパートの壁面に顔面を叩きつけられながら(おそらく、俺を押しのけたのは牛若だ)消えゆく意識の果てで同じような事を考えていた。
「あっ真ちゃん起きたー?」
「んぁ?屋島さん?」
目覚めた俺は、屋島さんに膝車をされていた。周囲がやけに静かだと思ったら、部屋の片隅で4人が眠っていた、話によるとどうやら挨拶代りに例の無理ゲーシミュレーション10本セットをやっているらしい。
「んー、で、結局何があったの?」
俺が疑問を投げかけると、知らない声がそれに答えた。そっちに目を向けると、先ほど忠信さんの隣にいた女性だった。艶のある長い黒髪をたらし、ニコニコと笑みを絶やさないおっとりとした優しそうな女性だ。
「先ほどは失礼いたしました。忠信様の補佐をさせて頂いております、情報支援型アンドロイド吉野と申します」
そう言って彼女は静かに首を垂れた。
「はぁ東京ですか」
彼女の話によると、忠信さん達が、こちらの世界に現れたのは博多駅事件の翌日の東京。そこで、事務方として裏方仕事の一切を任されて、国会に出張中の伊勢さんに発見され、今までの流れ等の説明を受けていたそうだ。
その後、彼自身事務処理に長けている、忠信さんと、その名の通り情報処理に特化している吉野さんは、伊勢さんの補助や、内閣危機管理室GEN特別対策室との顔つなぎ等を行い、今朝のこちらについたと言うことだ。
ちなみに、連絡が無かったのは、煮詰まっている俺達を和ませようとした、伊勢さんのサプライズとのこと。まったくあの人は、妙にお茶目な中年だ。
「あっ!あの日の翌日ってことは!」
「はい、隠蔽工作に多少のお力添えをさせて頂きました」
最後まで話を聞き終わってようやくそこに気付くとは、我ながら頭に血が巡っていない。そう言えば、吉野さんの情報処理能力については何かと話に上がっていた。俺にしては弁慶さん達の情報処理能力ですら想像の範囲外なのだが、その専門職である吉野さんは弁慶さん達とは桁が違うらしい。凡人の俺としては最早天文学やインドレベルな数字の世界なので、『はー凄いんですねぇ』と間抜け面を晒すしかないのだが、吉野さんにすれば、あれだけ多数の一般人がいた博多駅事件の隠ぺいすらお茶の子さいさいと言う訳なのだろう。
「ええ。取りあえずは、この星のネットワークには大体根を張りました」
「……はぁ」
はぁ、と言うしかない。いきなり規模が星単位だ。以前伊勢さんが、『いくら戦力に優れようと少人数では……』とか言っていたが、むしろ余裕で世界征服できてしまうんではないだろうか。
原発やICBMがどの程度ネットから遮断されているか知らないが、少しでも隙があれば鼻歌まじりで支配下に置く位はやってのけるだろう。そして防衛戦となればネットが使えないのは大きな痛手だ。現代の戦闘で衛星が使えないのは視力を奪われるのと同位だろう。そして運よく牛若達の居場所を見つけられても、こっちは阿保みたいな火力を持っている。艦砲射撃以上の砲撃を人間が超高速移動しながら撃ってくるんだ。今やっている対為朝さん用のシミュレーション以上の難易度だろう。
まぁ、牛若達がそんな面倒くさい事してなんの意味があるかは別の話になるし、大義名分なしで世界を敵に回しても、死ぬまで追われて戦い続けることは変わらないだろうし。
吉野さんとの話が終わり、暫くするとシミュレーションが終わったらしく、眠っていた4人が目を覚ました。
「おはよう牛若、調子はどうだった?」
「おや、おはようございます主殿。全く、主殿は毎回毎回よく気を失いますなぁ」
目覚めて最初にそんな事を抜かし、はははと笑う牛若。こいつの犯行と目撃出来た訳でなく、押された手の感覚から、俺を壁に叩き付けたのはこいつだろうと目星をつけているだけなので、強く言えないのがもどかしい。
「やかましい、そんな事より――」
「ああどうもお邪魔しております佐藤……、紛らわしいですね真一様でよろしいでしょうか」
「様付けはよして下さい、こっちは年下の唯の一般人?ですよ?……一般人なのかな俺は?」
ふと我に帰る。牛若と出会ってからなんやかんや、こいつらと比べれば唯の一般人のはずなのだが、果たして自分の事を一般人と呼んでいいのだろうか不安になってくる……って今の俺は八正を心臓代わりに生きている、サイボーグゾンビの様な存在だったことを思い出し、大いに凹んでしまう。何だろう、只々真面目に平凡に生きて来たことが自慢だったのに……。
「おや?どうしたのですか主殿?好奇心で下剤を歳の数だけ飲んだスベスベマンジュウガニの様な顔色をしておりますぞ?」
「喧しい!全部手前の性だろうが!」
「はっはっは、それを言うなら全て主殿の選択の結果でございます。ですが良いでしょう主殿が元に戻るまで、某と主殿は一心同体。しっかりと最後まで責任を持ちますよ」
そう言って、向日葵の様な笑顔を向けてくる牛若。
ちくしょう、相変わらず卑怯だこいつ。
そんな訳で、2度も挨拶を邪魔された忠信さんと改めて挨拶を交わした。相棒の吉野さんの評価ばかり取り上げられていたり、どうやら彼は計算づくで影を薄くしている伊勢さんとは違い、天然で影が薄いタイプの人な様だ。
そんな、忠信さんは、継信さんより細めの体格でミドルヘアをオールバックにまとめており、糸目の優しそうな顔をしている。一目見て誠実さを感じさせる好青年だ。先ほど吉野さんから聞いた通り、戦闘以外にも裏方の事務作業にも通じ、兄である継信さんのブレーキ役を押し付けられることが良くあるそうだ。また戦闘スタイルはスナイパータイプで狙撃精度は弁慶さんに匹敵し、当て感と言うか、敵の思考を読んでの偏差射撃は弁慶さんを上回る化け物だそうだ。うん、あれだ、よく分からないが、兎に角すごい人らしい。
後、呼び方については協議の結果真一様、忠信さんで落ち着いた。
忠信が来てくれたことは非常に大きい。単に戦術面で楽になると言うだけでなく、伊勢に丸投げしている政(まつりごと)の補佐も任せられる。そして何より相方の吉野の能力なら本国との通信が可能となる……予定だった。
「なに?出来ない?」
「いえ、正確には準備に時間が掛かると言う事です」
「うむ?予定では八正と吉野さえあれば何とかなる話ではなかったのか?」
「いえ違います。正確には現地の通信設備と八正を私が同調させて連絡を行う予定でしたが」
「この世界の通信設備では駄目なのか?」
「はい、最新の業子通信とまでは高望みはしていませんでしたが、量子通信ですら研究段階のレベルです、それを組み立てるのに暫し時間が掛かります」
うむ、牛若が珍しくなにか難しい話をしている。そしてさりげなくこちらの世界の科学力についてディスられている気がする。そして賢い俺はあえて突っ込まない事を選択する。多分聞いてみたとしても三行で収まらない系の奴だ。
ともかく、彼方の世界とは最低でも2段階ほど技術的ブレイクスルーが遅れているらしいと言う事ぐらいは分かる。だが、出先の設備を当てにする作戦にしては少し乱暴じゃないのか。そんな事で文句言われても知らんがなとしか言いようがない。
「ええ、真一様の言い分はごもっともでございますが、それが我々の探知技術の限界でして……」
なる程、以前牛若が適当に言っていたが。やはり平行世界の観察なんて馬鹿げたものは彼方の世界でも出来たばかりの技術らしい。将来的にはもっと詳しく下調べをしてから移動することが出来るかも知れないが、現時点では奇跡的につながった縁らしかった。
しかし、そう考えると尚更乱暴な任務に牛若達は放り込まれたと言うことがわかる。それと同時に彼方の世界でGENがもたらした被害も想像できると言うものだ。いや、GENの被害に対しては実害としてこちらの世界でも体験中だ、現在は散発程度で収まってくれているが、タカが外れてしまったらどうなる事か想像を絶する。なにしろ対応手段が牛若達しかいないのだ、下手しなくても地球規模で激変が起きてしまうかもしれない。
「分かった、取りあえず吉野は本国との通信に全力を尽くしてくれ」
「全力とは、何処まで全力でございますか?」
「ん、あーそうだな、訂正する。こちらの世界にあまり迷惑を掛けない程度の全力だ。その程度については伊勢に確認してくれ。今の所この世界の奥に一番入り込んでいるのはあ奴だ」
「はい、了解いたしました」
と、吉野さんは柔らかな笑みで牛若の命令に答える。しかし、もし牛若の訂正が無ければ何処まで全力でやるつもりだったのだろう。なにしろ彼女はこの世界のネットワークを掌握している様な人だ。何げなーく、今のさりげないやり取りで世界の危機が回避されたんじゃないんだろうか?
そう思いながら、彼女を眺めているとにっこりとほほ笑みを返された。あっこの人もしかしてとんでもなく危険な人かもしれないと、一人静かに背に汗を流した。
「しっかし、お前は戦闘以外では結構グズグズなんじゃないか?」
「むっ!何をおっしゃいます主殿」
「いや、さっきの通信の話だって肝心なとこ忘れてたじゃねーか」
「はっはっは、某は戦の天才と言われてはおりますが、万能の天才と言う訳ではございません、もちろん至らぬ所はございますが、それを補い合う為に複数で動いているのでございます。
なによりこの作戦は兄上がこしらえたもの、それの何処に不安がありましょうか」
あれ?ヤバイな、もしかすると頼朝さんは全知全能の神様の類かもしれない。だがもし、万が一そうでなかった場合、この小娘は本物の本物だ。さっきの台詞は全くの本気で言っている、ヤバイってレベルじゃない。
ぐるんと、継信さんの方へ顔を向ける。するとあの野郎は全力で顔を背けやがった。馬鹿野郎!誰が此処まで牛若を放って置いたんだ!末期じゃないのか?取り返しがつくのかここから!?
次に忠信さんの方を向くと、非常に申し訳なさそうな顔が見えた。それをジト目で眺めていると、彼の自白が始まった。
「いえ、牛若様の戦の才に関しては正に天才と言う他ありません」
その言葉に対し、えへんと胸を張る牛若、違う、そうじゃない。
「その才の輝きは……えー、色々な影を消してしまうほどの輝きでございました」
だから、放って置いた、若しくは手が付けられなかったと。相変わらず無い胸を張る牛若を片目に俺は心の中でため息を吐く。
「けど、改めてそう聞くと。継信さんも忠信さんも伊勢さんも、よくこの作戦に参加する気持ちになりましたね」
「はっ、なんだかんだ言って俺は唯の好奇心だよ。未知の世界があるんだぜ?燃えるだろ?」
継信さんはそう言って、太く笑った。
「そうですね、私も牛若様ほどではありませんが私も
忠信さんはそう言って、静かにほほ笑んだ。
はっ、相変わらず硬てーんだよテメェは、と夕日が差し込む部屋で継信さんが笑って悪態をついていた。
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