第19話 行きはロケット、帰りは電車
アレは夢か幻か、視界を妨げ、呼吸もままならない。体中に纏わりつく深い沼の底の様な、清浄なるモヤに包まれた世界。
その中でもがき、あがき、少しずつ、少しずつ自分の世界を浸食していった。
そして最後に、モヤの源泉である光に触れて――
アナウンスが車内に流れ、ゆっくりと電車が発車する。夕暮れ時の佐世保発博多行の特急は何時もの様にゆったりとした乗車率だったのだが、今回は贅沢にもグリーン車の利用と言うこともあり輪をかけた快適具合だった。
今回の佐世保遠征、往路は人間ロケットだったが、帰りはその様なアヴァンギャルドな交通手段は無かった、弁慶さんが万全の状態なら、幾つか代替手段があったみたいだが、差し迫った案件があるわけでなく電車での帰宅となったわけだ。
「ふむ、これは良いものですな、なによりデカイのがいい」
俺の隣では牛若がいて、正面には何時もの様に姿勢正しく置物の様に佇む弁慶さんがいる。
牛若達の出所不明の財力を抜きにしても、がら空きのグリーン車にしたのは弁慶さんを思っての事だ。何しろ今の彼女には左腕が無く、電車の揺れに合わせて所在無げに空の左袖がフラフラと揺れている状況だ。絶世の金髪ポニテ眼鏡美女が、儚げな表情(実はデフォルトの無表情なだけだが)でおまけに隻腕を揺らしながら佇んでいるのだ、人目を引いて仕方がない。まぁ彼女自身は他人の視線など全く気にしていないので。単に俺の居心地が悪いだけと言えばそれまでだが。
ちなみにもう一人の絶世の美少女(笑)は口の周りをソースで汚しながら一心不乱に佐世保バーガーにむしゃぶりついているので、別の意味で衆目を集めるが……、こっちは何というか……うん、元気でよろしいんじゃないだろうか。
今回の戦い、佐世保を舞台にした、彼方の世界の住人同士の戦いに、俺が手出ししたことは殆ど無かった。まぁ元々立会人程度の心積もりだったから、予定通りと言えばその通りだ。ただ、HTBでの戦いでは輪をかけて酷いと言うか何というか、ぼんやりと夢を見ていた覚えはあるが、細かいことは覚えちゃいない。気が付いたら全てが終わっていた。
敵の首謀者である木曽義仲は牛若が、従者である巴は弁慶さんが打ち取ったと言うことだ。そして何十体といた巴レプリカは、その素体を回収し自衛隊に引き渡すと言うことだ。伊勢さんはその為に佐世保に残り、色々と手続きを行うそうだ。
損害はそれほどでもなかった割に、スクラップ状態と言えオーバーテクノロジーの塊なアンドロイドの素体を大量に譲歩したのだ、売った恩はかなりのお値段となっただろう。
まぁ彼方の世界の戦いをこちらの世界で行ったと言う事実に、どれ程のお値段が付くか分からないが、そこは伊勢さんに任せておけば大丈夫だろう。
「なぁ、牛若」
「なんですか?主殿」
俺は、バーガーを平らげ、ごしごしと、ナプキンで口周りを拭いている牛若に話しかける。
「これからも、今回みたいな戦いが起きると思うか?」
「さぁて、どうでしょうかねぇ。まぁ今回きりと言った楽観視はとても出来ないとしか言いようがないですねぇ。吉野が来てくれれば本国とも連絡が取れ、あちら側での監視を強化してくれるよう要請できるのですが。忠信と吉野(あのふたり)も何時到着するか分かりませんからねぇ」
「へぇ、吉野さんは情報戦に強いアンドロイドって聞いたけど、平行世界を跨いで通信なんて離れ業出来るんだ」
「某も詳しい仕組みは分からないのですが、そのようです。以前も言いましたが当初は石切がその役目を背負っており、吉野はその代役としてくる形ですね」
「ああ、すまん。そう言えばそんなこと言っていたな」
「ええ、と言うか。後方との連絡や退路を確保しない遠征など唯の島流しですよ」
そう言い牛若は笑う。
イレギュラーが多くて感覚が麻痺してきたが、実妹を送り込む程には成功が見込める計画だったのだ。素人は黙っておくのが吉だろう。
それにしても直接戦闘を主目的とする弁慶さんでも、現行のスパコンが裸足で逃げ出す程の演算能力なのだ。それが情報処理を主目的とするアンドロイド(ひと)となればどれ程のものなんだろう。独りで地球のネットワークを全て支配しちゃったりするんじゃないだろうか。
広大な佐賀平野を横目に電車は進んでゆく。
佐世保から博多までおよそ2時間、そこから門司行に乗り換えて1時間と言ったところだ。問題点とすれば、鹿児島本線の込み具合は長崎本線の比ではないと言う点だが、そこはもう開き直って我慢するしかないだろう。
弁慶さんの人工皮膚の触感は人間と相違ないので問題はない。牛若にはもし他人が故意、事故に関わらず接触してきたとしても、投げ飛ばしたり関節を破壊したりしないように、厳重注意しておかなければならないが。
行程も残りわずかになり、二日市まで来ると車窓から見る世界も賑やかになってくる。二日市駅は鹿児島本線での太宰府天満宮の最寄り駅だ。牛若と道真公の間には300年ほど差があるが、俺と道真公との差はおよそ1000年だ、遥かに身近な感覚だろう。
等と取りとめない考えを浮かべながら、すっかりと日の落ちた鹿児島本線を登って行った。
博多まではもう少し。人口減少が課題となっている北九州と比べ、人口流入が話題となっているエネルギッシュな街だ。近年玄関口である博多駅の大改修が行われ、ますますの発展が望まれ羨ましい限りである。
電車は博多南を出発し、降車の準備をしようとした時だった。
聞きなれた、アラーム音が目の前の弁慶さんから聞こえた。
「弁慶」
それまで、退屈そうに外を眺めていた牛若が、一転鋭い視線を彼女に向ける。
「敵勢反応出現。北方約8km。GEMでございます」
そう言い、弁慶さんが立ち上がる。彼女が直立した時には左袖を揺らしつつも僧衣風の戦装束を纏っていた。
帰宅ラッシュの博多駅。想像するだけで頭が真っ白になりそうだった。
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