戦火

持ちつ持たれつ

 強い潮風が吹きすさぶ港区、持ち主が居なくなった工場の屋上。イービルが多く所属する反社会組織、フェアが支配しているこの場所、夕日浮かぶ街――スモッグで朧気な市街――を眺める一つの影。リーダーを務める男の名はコーダー。建物の縁に座り、両手を後ろに付いている。サングラス越しに眺める表情は硬いようでいて、どこか呑気さも覗える。それはこの地区、この場所には不似合いであり、今の彼を見てイービルだと思える者は殆どいないだろう。


「――、―。~~♪」

「ごきげんかい、コーダー」


 フェアの副リーダーであるルドルだ。コーダーは振り向かずに答える。


「そうでもないさ」

「そうなのか? 鼻歌まで歌って」

「あの街を見ていると歌いたくなるのさ」

「……わからないな、俺には不愉快な感情しか浮かばん」


 イービルを追いやり、支配の象徴である中央区の方角。嫌うのはイービルにも、それ以外の者達にも多い。ルドルは港区の生まれだが、工場勤務していた父親はリストラにあい、自ら命を絶った。そんなものはこの街に幾らでも転がっている、ありふれた話だ。


「あれは、あそこにいる者たちは、自分が何者か、どこにいるのか。考えたことも無いだろうさ」

「……時々、お前がなにを考えているか分からないことがある」

「どうでもいいことさ。それよりなにを言いに来た」

「なにって、もうすぐ奴が来る。そろそろ下に降りてこい」

「もうそんな時間か」

「頼むぞ、これで俺たちの行く末が決まる」


 ようやっとコーダーは立ち上がり、歩きだす。


「簡単さ、俺にとっちゃあな」

「それでこそ、俺達のリーダーだ」


 父を失い、ヒステリックになった母親に捨てられ、のたれ死にそうな所をコーダーに救われたルドルは、彼に全幅の信頼をおいている。コーダーはルドルにとっての『ヒーロー』なのだ。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






工場の一階、広い空間を機械や廃品で無理やり仕切った即席の会議室がある。これを誂えた理由はある人物との会談のためであり、それはコーダーがここに来た直ぐ後に訪れた。ルドルが携帯で時計を確認する。今この空間には人が両手で数えられるほどしかいない、そういう風にコーダーが命じ、ルドルが仕向けた。いるのはコーダーに近い、信用に足るものばかり。


「時間ピッタリ、流石はお役人」

「あたしら相手にも礼儀があるなんて、出来た人間だこと」


 戦闘部隊の隊長であるミシェリが皮肉を飛ばす。“政府”が港区に目をくれたことなど碌にない。市民団体の抗議も聞き入れず、港区の人々は見捨てられたと認識している。

 ミシェリも港区貧民街の生まれで、コーダーに見出された。白い肌、金髪を短く刈り上げたモヒカン、パンダ眼の彼女は袖なしベストから露出した右腕にFairの文字を刻んでいる。チーム名であるフェアとは、虐げられる存在である者たちが、ただ踏みにじられるだけではないという意志の現れだ。コーダーがそう宣言し人を集めたのだ。それにはイービルのみならず、港区の人々には希望を見るものであった。


 会議場から出てきたものたちが見たのは、工場内に現れたのは黒いリムジン車。ライトを照らし近づいてくるそれは開いたシャッターの向こう、建物の外には止めず、中まで入ってくる。幾人かは緊張の構えを見せるが、一階広場の真ん中ほどで停車した。これには当然理由があり、人目を避けるためだ。中からは恰幅のいい壮年の男が現れ、仕立ての良いスーツを着ては口元にはゆったりとした髭をたくわえている。この人物を、センチナル市だけでなくこの国の人間であれば顔ぐらいは知っているもだ。コーダーが近寄り挨拶を交わす。


「よろしく、大臣殿」

「――君が」


低くどっしりとした声は思わず耳を傾ける威圧がある。名をサイラミ、国の経済を握る経産省のトップである。


「見つからずに来れましたかな」

「長いことこの仕事をしていれば、少しくらいなら見つからずに動く、そういうことも上手くなるのさ」

「そりゃあいい」

「手早く済ませよう、私も時間が余っているわけではないのだ」


 そう言うと奥に案内し、会議場で向き合って座る。サイラミの横には護衛を兼ねたヒーロー、クルーガーが立っている。黒いダブルスーツを着て、同色のシルクハットを被る白肌の男。長く魑魅魍魎の蠢く世界に身を置く彼にとって、本能的なイービルへの殺意を収めるのは容易い。


「さて、始めよう」


 サイラミが口火を切る。


「先ずは報告を聞こうかな」

「弾圧の意見は根強く、大勢を占めている。介入は避けられまい」

「おい、話と違うぞ」


 ルドルが口をはさむがコーダーに制される。


「それじゃあそっちの要求には答えられないが」

「無論、手ぶらで来たわけではない。軍にはこちらの賛同者もいる、戦争の折には“加減”もしよう」

「信用するに足るものは?」

「……来い」


 現れたのは体躯の良い男、ルドルには見覚えがあった。


「ケニー・グラス……、対イービル部隊の参謀長が、まさか」


 ケニーは陸軍大佐であり、サイラミと通じている。彼の掲げる『能力者優位』の社会に賛同しているのだ。


「彼が件の作戦で指揮をとる。ここに彼が来たこと、それが証にはならないかね」


 サイラミだけでも見つかれば途轍もないスキャンダルだが、ここにケニーが合わされば国内切っての歴史上まれに見る大事件となるだろう。それだけの危険を犯してこの場に姿を表したのにはサイラミの本気が覗えた。


「まあいい、当日になればわかるし、俺達も黙ってやられもしないさ」

「ではそちらの状況は」

「八割ってところか、その日には仕上げて見せるよ」

「……信じよう、他に手段も無い」

「引き渡しは?」

「ここでいいだろう、私は行けないが、手の者を寄越そう」


 沈黙が訪れる、ごく短い会話だが話すべきことは話した。


「ではこれまでだ、引き上げるとしよう。細かいことはクルーガーに聞いてくれ」

「護衛を置いていって良いのかい」

「変わりはいる」

「そりゃ羨ましい」


 ルドルが複雑な顔をした。

 サイラミとケニーは車に乗り込むと、あっという間に去っていった。クルーガーはルドルと共に別の部屋へと消える。静かになった頃合いを見てミシェリがコーダーに尋ねる。


「奴は信用出来るのか?」

「出来るわけない、向こうも同じだろうさ」

「……」

「持ちつ持たれつ、上手いこと利用してやろう」






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 センチナル市街をサイラミが乗るリムジンが走り、車内でサイラミが零す。


「……ふん、イービル風情が」

「ですがあの男、コーダーとかいう。油断ならぬ気配を感じました」

「イービルだ、当然であろう。だからこそ、話すに足る」


 極度の能力者主義者であるサイラミは、イービルであってもある程度の、尊敬に似た念を抱く。勿論彼自身も能力者であるのだが。


「ああ、楽しみだ。早く、浄化を……」


 恍惚の表情で語るサイラミは、どんな夢を浮かべるのか。

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