ブンヤ
仮設住居の間を通り抜け、進んだ先は工業地帯、三人は労働者が多くいる住宅地の周りを歩き回っている。
「あの、一ついいですか」
クレインが言う。
「一つだけだな」
「……」
「虐めなさんな、隊長」
デットがフォローをする。
「……被害にあっているのはイービルばかりなんですよね」
「そうだと言ったろう」
「じゃあなぜここに?」
クレインが疑問に思うのは、イービルがいるのであればもっと街が荒れるのではということであるが、ここはそういった気配はなく、穏やかに人々が歩いている様子が伺える。
「お前のイービル像は知らんが、奴らの中にも色々いるってことだ」
「『クラッシュ』はこの辺りの工場を掌握しているんですよ」
「え?」
やはりデットは事情に聡い、クレインは呆気にとられる。
「あそこの工場あるだろう、会社の社長はイービルだぞ」
「小さな会社ですけどね」
「ええ?」
衝撃的な話を聞かされ硬直するクレイン。二人はなんとも思っていない様子で、それが更に不思議である。
「イービルとは言え、まともに働いてるのでは手は出せないさ」
「そんな……」
「じゃあ乗り込みます? 働いている人には無能力者もいれば、その家族もいますけれどね」
デットの言葉は紛れもない真実であり、それらが路頭に迷うのはクレインも望むところではない。
「そういうことだ、もっとも裏でなにをしているか分かったものじゃないがな」
「そんなことが、今まで知りませんでした」
「そりゃあそうだ、知っているのは警察のごく一部だけだ」
驚き狼狽えるクレインを、オブレイナがため息混じりに慰める。
「私達と働いていけば、そういうことも詳しくなっていくぞ」
「隊長たちは一体何処でそれを」
「隊長の伝手と、後は概ね盗聴ですかね、それとハッキング」
クレインには遊んでいるようにしか見えないが、その実、デットはその技術を活かしてあらゆる電脳空間に出入りしている。当然非合法であるのだが。
「は?」
耳を疑うような言葉。デットを丸い目で見つめるクレイン。
「直になれる、というか慣れろ」
「良い子ちゃんではやっていけませんよ」
「ええ……」
そうして雑談混じりに歩いていると、ふと見られている気配を感じたクレイン。見回すと五十メートルほど先の、住宅の囲い、コンクリート壁の曲がり角から何者かがこちらを見ていた。
「隊長」
「ああ、捕まえてこい」
オブレイナの見る目は確かだが、それでも相手がイービルであれば危険は避けられない。意を決しクレインは影を追う。八割ほどの力で走るクレインだが、それでも百メートルを九秒台で走れる。それは能力者の中では平均値なのだが想像とは裏腹に、容易く回り込むことが出来た。向こうも振り払うような素振りを見せたが、クレインは腕を取って足を払う。組み伏せることに成功した。だがその顔を見て驚愕に目を細めた。
「……老人!?」
「……失礼な、そこまで年は取ってないぞ」
「あ、済みません!」
慌てて手を話すクレイン。影の正体は初老の男、顔の皺の感じでは六十代後半。茶色いハンチング帽を被り、背にはリュックを下げている。クレインが離れると、男も立ち上がりその風貌が更に明らかになる。来ているチェック柄のシャツ、ズボン、全てが綺麗とは言えず、男の経済状況を伺わせる。髪に到っては、数日は洗っていないようで脂ぎっており全身からは不潔感のある匂いがし、クレインは表情を崩さないように堪えた。
「どうした、逃げられたか」
追いついて尋ねるオブレイナ。
「い、いえ……。捕らえたのですが」
「ふん」
男は不愉快に鼻を鳴らす。が、オブレイナと目が合うと、顔色が変わった。
「げ」
「相変わらず、仕事熱心なことだ」
「……ども」
二人は知り合いのようで、気楽に声を掛ける。男は嬉しくはなさそうで、顔が引き攣っていた。
「お前も、抜け過ぎだ」
「え?」
「ポケット」
デットの指摘を受け、ズボンのポケットに手を入れると入っていたはずの携帯がない。
「あれ」
「返してやれ、ブンヤ」
「へいへい」
「今日も絶好調なようで」
デットが称えるがいつの間にか、ブンヤと呼ばれた男が懐からクレインの電話を取り出した。
「まったく……、油断が過ぎるぞ」
「……済みません」
「まあ最初は仕方がないですよ、彼は“手が三つ”ありますから」
「デットの旦那、あんまりそう大きな声で言わんでくださいよ」
ブンヤは帽子を脱ぐと頭をぼりぼりと掻くが、そのたびに頭垢が舞う。オブレイナは顔の前で手を振り、ブンヤに話しかける。
「さて、無駄話は好かん」
「あいあい、用件は」
「お前なら言わんでも分かるだろう」
「まあ、今ホットな話題っちゃあ一つですからね」
「話が早くて結構」
どうやらブンヤは情報屋のような立場のようで、オブレイナの顔の広さに感心するクレイン。
「まあここでするような話じゃなしに、行きましょうや」
「ああ、嫌だなあ」
ため息を吐くデット。
「私達の事務所も似たようなものだろう。と言うよりはお前のガラクタのせいだが」
「ガラクタじゃありませんし、あれには私なりの秩序があるんですよ」
「……違いが分からん」
会話の意味がよく分からぬまま、クレインは三人に付いて再び来た道を引き返していく。
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