談笑
「『ダスト』だあ? どこのどいつだ、んな馬鹿見てえな名前したのは」
「港区の連中だろう」
レナードは薄暗い室内に立っていた。何時ものハットを脱いでいるが、目を隠す真っ黒いマスクを外してはいない。部屋を照らす裸電球がレナードの影を濃くする。
「また下だんねえこと考えてんだろうな、全く」
「良いから手を動かせ」
「わあかってるよ、……ほら」
スキンヘッドの老人から手渡されたワイヤーフックを受け取り、腰に下げるレナード。老人は西区で古書店を営んでいるジョルンジャック。作業着に身を包む油断ならぬ眼光の持ち主は元々民間の警備会社に努めていたが、定年を迎えてからは趣味の延長でこの店を開いた。その一方で仕事の中で培った技術と、育んだ伝手で雑貨を販売している。今いるのはその雑貨を売る部屋、本屋の奥にあり普段は見えないようになっていて客は別の建物から入るようになっている。地下にある部屋は手狭で、油の匂いとコーヒーの香りが混ぜ理合い、普通のものには辛い環境と言える。一面には工具やジョルンジャック手製のアイテムが雑多に並ぶ。品の用途はどれも物騒なもので、ナイフなどの他一般には入手できない重火器も置いている。とはいえ売る相手はジョルンジャック自身が選び、彼基準でなしと判断されたものには売らないでいるが、実際に売り渡しているその人数は両手で数える程しかいない。レナードはその数少ない顧客の一人で、戦いに使うワイヤーや銃弾、軍用の衣服などを手に入れている。
「しっかし、前に直してから一週間だぜ。相変わらず、どう使ったらこんな消耗の仕方するんだよ」
「少し無茶をしたからな」
「おめえの言う無茶がどんなもんか、想像したくもねえが。……それでだ」
あまり金を持たないレナードは、支払いの代わりにジョルンジャックから頼み事を受けることがある。
「その変な連中のことか」
「まあ、ただのゴロツキだと思うがよ、今は時期が悪い」
「……確かにな」
ダストとレナードが出会った港区だが、ここはセンチナル市でも市街から切り離された場所にあり、工場の密集地である事がその理由にあげられるのだが、結果として軍や警察の目が届きにくいこの地区はイービルやその手下ともなる輩、ジョルンジャックの言うゴロツキが居着く、センチナル市指折りの危険区域になっている。今では大企業などは工場の場所を移して住民が激減している。
「その代わり武器は仰山売れるだろうよ、俺も手を広げてみっかな」
「やめておけ、直ぐに軍にしょっ引かれるのがオチだ」
そうした理由で、軍がその腰を上げ警察との共同で大規模な殲滅作戦を考えていると、一部界隈で噂になっている。港区に近いここ西区などではピリピリとした空気が漂い始めている。
「だからよ、あんまり分けわかんねえことされっと俺も困るわけだ」
「そうか」
「あんまし派手なことは慎めよ、無駄に戦争の始まりを早めることもねえ。こちとらまだ引っ越しの準備も終わってねえんだ」
「その割には本の数が増えてるようにも見えるが」
本屋と別の部屋になっているというのに、ここにも多くの本が置いてあるが、これは特にジョルンジャックの趣味に寄った内容となっている。
「気のせいさ、まあ頼むわ」
「ああ」
「なんかいいことあったかい」
「?」
「妙に機嫌が良さそうじゃねえか」
実際に表情が変わったかと言えば、戦闘時のマスクをしていなくとも喜怒哀楽の表現が乏しいレナードの顔は、いつもの仏頂面だ。いわゆるジョルンジャックの“勘”である。
「言いたくねえならいいけどよ」
「……馬鹿の息子は大馬鹿だった。そういうことだ」
「そうかい」
「まあ、あいつとは違って……」
そこまで言ったところで、言葉を切ったレナード。ジョルンジャックも追求はしない。飲み込んだ言葉にはなにかを案じるような気配があった。それからは言葉を発さずハットを被り直すと足早に部屋を出て行く。
「達者でな」
「……」
返事をせずに居なくなったレナードを確認すると、ジョルンジャックは再び書店の方へ戻っていった。
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