未来ある若者 ダイ編

放課後

「よーし、今日はこれまでだ!次は体育館で体を動かすぞ!」


 カビラーンの大声が教室中に響く。聞き取りやすくて評判は悪くないのだが、声が大きすぎて他の教室まで響いてしまうのが玉に瑕である。


「え、先生次も教室で授業だって最初に……」

「ははは! 分かっているとも、ジョークだ!」


 本気かどうか分からないのがカビラーンの怖い所だと、まだ一月しか付き合っていない生徒たちでも知っている。


「まあでも、確かにそろそろ実技も良いよなー。体動かしてえよー!」

「ええ……、でも今の勉強も大事だよ……。特に能力の系統とか、事件のよくあるシチュエーションとか」

「けどそれも実践で学ぶのが一番だろ」

「そういうところもあるけどさ……」


「テツ君、ノート見せてくれない?ちょっと確認したいことがあって……」

「う、うんいいよ」

「俺のは見なくていいのかよ」

「ダイのはちゃんと書いて無さそうだし、それに字が汚さそう」

「そんなこと……、無くもないけどよ」


 テツと呼ばれた赤い癖っ毛の少年はテッカ・サレアノ、このトップ・ザ・ヒーロースクールの新入生だ。横にいる目付きの悪い金髪はディアント・ニーコック、あだ名はダイ。両者ともに、十三歳である。

 話しかけた女子生徒はそのままダイを置いてきぼりにテツと話し込んでいる。


「けっ、ホントに早く実践練習したいぜ……」


 次も教室で授業だ、それまでの僅かな間ダイは夢想する。一月前、入学式の折に起きた事件。自分たちを襲うために現れたイービル。後から判明した犯人は、殺人で指名手配されていたクーピーという男と、それが引き連れていた透明人間のゴロツキ六人。多くの生徒が恐れる中でカビラーンは勇ましく飛び出していった。

 それで生徒は皆、無事に解決すると安心していたが、蓋を開けてみると実際にクーピーを倒したのは別の男、通称『断罪人』。ダイは知らなかったがその男は昔一部界隈で世間を賑わせた者だと、ヒーローマニアのテツから聞いていた。詳しくはテツも分からないと言っていたが。

 少ししか姿が見られなかったが、その男からは圧倒的な迫力があった。薄汚い、浮浪者のような恰好であったが教師たちが敵わなかった者を、それも七人を相手にして勝ったのだから相当の実力者なのは間違いがない。

 だがそれはヒーローが放つ、眩いオーラとは全く違う。怖気が奔る冷たい眼は、見る者が畏怖するに十分過ぎる。女子生徒の中には結果として助けられたにも関わらず泣いているものもいたという。

 ただ、ダイには彼が生徒やカビラーン先生が言うような、恐ろしい人間には思えなかった。テレビで見たことがあるイービルたちとは何かが違った。


「――よし、皆いるねー。授業を始めるよー」


 はっと意識を戻され、ぼんやりとする中で仕方がなくペンを取り授業に集中しだす。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 その日の夕方、ダイは人気のない公園にいた。


「ふっ、はあっ!」


 そこで彼は日課のトレーニングをしていた。この公園は中心街から離れており、特にこの時間は人がいないので昔からのトレーニング場として利用していた。


「たぁっ、や……、いでっ!」


 尻もちを付いて転んだダイ。今行っているのは、障壁を活用した空中戦闘の練習だ。彼の能力は『障壁』と『肉体強化』。世にも珍しい『ダブル』、二つの能力を持つ者なのだ。両親の持つ能力を両方受け継いだが、ダブルは概ね喜ばれるものではない。それは二つになった分、それぞれの能力は力が落ちるのだ。彼の場合、単純に肉体強化の度合いが弱まり障壁は耐久度が減る。今の失敗は脚の強化が足りなく、上手く障壁を蹴られなかったのだ。


「糞っ、どうして俺は……」


 座り込み鬱屈とした気持ちを抱え込む。そうして悶々としていると、ふと人の気配に気がついた。


「クソッタレが!」


 公園の街灯を蹴りつける男。横にはもう二人男がいて計三人の、見るからに質の悪そうな男達。しかし問題があった。蹴った街頭は、金属製にも関わらず“へし折れた”のだ。つまり能力者、そしてイービルだろう。それも殆どチンピラまがいの集団であり、確実に危険な輩だ。それらは怪我をしている様子で、ヒーローにやられたのだろうか。

 焦るダイ。すぐにもこの場を離れたいが、見通しの良い公園で見つからずに逃げられる気がしない。事実、目が合ってしまった。


「こんなところにガキが一人でなにしてんだよ」

「あ、あの制服。ヒーロー学校の生徒じゃね」

「目つきの悪い餓鬼だなぁ」


 迂闊だった、制服を見ればどこの者か明らかだ。先日の事件の通り、イービルには目の敵にされがちなのにも関わらず。

 近づいて来る三人に後ずさるテツ。


「へへへ、ビビらせてやーろ」

「性格悪いなぁ」


 男の手には稲妻が奔っている。それはダイの足元を打ち抜き、小さな穴が出来た。


「うーん。あんまビビってねえな、ムカつく」


 理不尽な理由で怒り出すイービル。手を更に上げ、顔に向かって稲妻を放った。それを障壁で防ぐ。だがたった一撃で打ち破られてしまった。


「ちっ防ぎやがった」

「でも弱っちいな」

「くっ……」


 一瞬の隙を付いて障壁を作り出しそれを蹴って上空へ、そのまま逃げようとする。しかし背中に衝撃、振り返ると礫が宙にあった。


「逃げるなよー、俺にも遊ばせてくれよ」


 横にいた軽薄そうな男が放ったものだ。その衝撃と落ちた痛みで悶えるダイ。


「うぐっ……」


 頭を踏みつけられる。


「俺達よ、さっき嫌なことがあって。悪いが憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ」

「死んだら御免なー」


 軽い調子で言う男達、これが悪魔(イービル)と呼ばれる所以だ。


「くそっ、くそお……」


 涙が出てくる、なぜこんなにも自分は無力なのか。力がほしい、敵を倒せる。あの男のような――。






「――よう、探したぞ」


 ハット帽を被ったトレンチコートの男。目には真っ黒なマスクをつけている。


「……て、テメエ!」

「どうしてここに!」


 一人の男がどこからともなくやって来た。それはイービルが恐れる、断罪人だった。

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