第6話 すきなひと
土曜日が来て日曜日を挟み月曜日の朝に篠原かなでは登校した。
いつの間にか季節は流れ、半袖のままでいることが辛くなる。箪笥の奥で眠っていたパーカーは僕の成長に耐えることができずにぴちぴちになっていて、足りない袖の裾を見た母さんは「あら、もうそんなに小さくなっちゃったの?」と目をぱちくりさせた。
「渉は手と足がでかいから、きっと身長だってでかくなるぞ」
父さんは言った。
身体測定の結果、僕の身長は春と比べて六センチ伸びていた。
そのくらいになると、男子の間でも女子の間でも「好きな子」の話が頻繁に出るようになって、その時僕たちの間で話題になっていたのが土田幸樹。
給食のとき、ざわざわと騒がしい教室の隅でランドセルにいらない道具を詰めていた僕の所に、なにやらにやついた顔で畠山康則が寄ってきた。意味ありげに僕の耳元に顔を寄せると、
「ツッチーは、矢沢さんのことが好きなんだって」
と一言呟いて去っていった。
突然の告白に呆然とする僕の眼には、真っ赤な顔で「言わないでっていったじゃーん」と叫ぶ土田幸樹の顔が映った。
僕は大急ぎでランドセルの蓋を閉めると、廊下の隅でつつき合っているツッチーとノリの方へ走り寄った。
「ツッチー、矢沢さんのこと好きなの?」
僕が興奮気味にそう聞くと、ノリの両肩を握っていた土田幸樹は赤い顔をさらに真っ赤に紅潮させて、「ほら、なんでいっちゃうんだよー」と叫びながら畠山康則の体をぐらぐらと揺すった。
矢沢萌は可愛い。
それは認めよう。頭もいいし、運動神経だっていい。運動会でリレーのアンカーを務めたのも彼女だし、ある意味女子の中心人物だと言っても過言ではない。性格だって悪くない。 でも、他の女子に比べて少々はっきりしすぎているし気が強い。
彼女はクラスの女子で一番背が高くて、まだ僕よりも二センチくらい背が高い。僕よりもまだ3センチくらい背の低い土田幸樹とも五センチは差があるだろう。
土田幸樹だって、それほど女子と、矢沢萌と絡んでいるようなイメージはなかったのだが、僕の知らぬ場所でそんな水面下の恋のメロディーが奏でられているとは。
「だって、ツッチーわかりやすいんだもん。矢沢さんの方見て、にやにやしたりしてるし」
「うそー。マジでー?」
「わかりやすすぎるんだよ、おまえー」
人を弄るのが大好きな畠山康則は、ここぞとばかりに土田幸樹のことを弄って遊んだ。
へぇ、まさか、この土田幸樹が。ほとんど無関係に近いともいえる矢沢萌に、そのような淡い恋愛感情を抱いてしまっているとは。
僕は驚愕すると同時にほんのすこし感動をしてしまっていた。
ざわざわとつつき合っている二人を内輪から、ほんのすこし遠巻きに見ていて。
その話題は次第に僕に移る。
「あゆむは今、好きな子いないの?」
「え?」
ツッチーの質問に、僕は平静を装いながら内心ものすごい焦りを覚える。
ばれた?やばい、やっぱりばれてる?
とか思うが、それは次の畠山康則の一言で前言撤回される。
「いるわけないじゃんー。だって、あゆむだよー?」
そうだよー。あゆむにいるわけないってー。
だよねー。
僕が普段どういう目で見られているのかわからないが、そうだよー。おれに、いるように見えるー?などと適当に答えておいて、とりあえずその場は凌げたようだ。
「なぁ、あゆむ。お前、結構矢沢さんと仲いいじゃん。ツッチーと矢沢さんの仲取り持ってやれよ」
「えー?」
「ちょっ……いいよ!そんなことしなくて!」
それから、先生の僕らを呼び声が聞こえてきて、僕たちは大急ぎで教室に入る。
給食の並んだ席に座る瞬間、畠山康則はこう言った。
「いいこと教えてやるよ」
「え?」
「茂木のやつ、篠原さんのこと好きらしいよ」
いや、それ、全然いいことじゃないよ。
僕は給食のコーンスープを啜りながら、斜め前にいる茂木和義のことを盗み見る。
茂木和義はでっかい口を更にでかくこじ開けると、それこそまるで動物園の肉食獣のようにして大盛りの給食をかきこんでいた。
隣の席の女子がやっと半分くらい食べ終わったころに茂木和義はお代りのために席を立った。
(篠原さんに、好きな人ができるのはしょうがないことかもしれないけど)
僕に、女の子の気持ちなんてわかんないし。
篠原かなでは可愛いから、彼女のことを好きなやつが僕の他にもひとりやふたりいたってしょうがないのかもしれないけど。
(でも)
でも、茂木和義に取られるのだけは。
(それだけは、ちょっと)
ちょっと、嫌かもしれない。
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