初場所・十四日目【業務】

 水曜日、マネ連の集まりがあったあと、演劇部のマネージャー古堂宮こどうぐさんに連れられて演劇部の見学。

 木曜日は吹奏楽部の朝練を見学して、昼休みに放送部を見学。放課後は天文部を見学したものの、どの部活も相撲部の勧誘は不発。


 そしてついさっき園芸部の朝練…というか、朝の水やりを見学してきたのだが…。


「なかなか相撲やるって言うヤツいないね、マエミツくん…」

「あのさ、しきりちゃん…ひとつ聞きたいんだけど…」

「なぁに?」

「どうして…こう、地味というか、大人しめな文化系の部ばっか行ってるのかなぼくたち…」

「え?だってマネ連のあと木暮先輩に言われたじゃない、体育会系は後回しにしてまずは文化系から見てみなさいって」


 確かに演劇部に向かう前、木暮先輩に呼び止められ、ひとまず文化系の部活をひと通り見学しなさいって言われてはいたんだけれど。


 さっきの園芸部なんて部員はたった4人。顧問の先生が男女ひとりずつ、合わせて6人で花壇に水を撒いてるとこを見ながら

「相撲に興味ない?」

「今度相撲部作るんだ」

 なんて話しかけてみたんだけど、返事はおろか、顔を上げてもくれなかった。

「この水やり、毎朝やってるんですか?」

 顧問の先生のひとりに聞いてみると

「誰がやってもいいんだけどね、この子たちコレが好きみたいだから、ねぇ…」

「教師がやることないと思うけど、いつのまにか毎朝やらされてて。それに、各学年ひとりずつと、マネージャー担当がひとり。誰かがやめたら部として成り立たないから。」

 と言われ、勧誘どころではなかった。


 木暮先輩には「金曜の放課後、陸上部にいらっしゃい」と言われていたので、昼休みにもうひとつ文化系を覗いてから、放課後先輩に聞いてみよう。

「これじゃ誰ひとり集まりません」って。


「アタシだってさ、柔道部とかラグビー部とか、相撲の強そうなのいる部活を見に行きたいんですよー!ただでさえ今んとこヒョロヒョロな男ばっかなんですから!」

「ごめんね…ぼくも身体鍛えたいんだけどね…」

「ち、ちがいますよ!マエミツくんのことじゃないですよ!魁皇ちゃんが連れてきた美術部の3年たちのことで…マエミツくんはヒョロヒョロだけど、相撲すごい詳しいし、ヒョロヒョロなのに名前カッコいいし、ヒョロヒョロだからってマネージャー引き受けてくれたりして、尊敬してますから!同じヒョロヒョロでも!」

「ありがと、しきりちゃん…もう大丈夫だから。じゃ、また昼休みに…」

「元気出してください!ヒョロヒョロ嫌いじゃないですから!」

 ぼくは諸手突きの突っ張りを何発も食らったようにグッタリして教室に向かった。

 突っ張りの連打に対しては『いなす』のが常套手段なんだけど、さすがにダメージが大きかったせいか、自分の席についたところでほんのちょっと、涙がでた。


 気をとりなおして、ぼくたちは囲碁部を見学して、また午後の授業をそれぞれのクラスで受けた。

 授業後、クラスメイトたちは口々に気になる部活動の話題を交わしながら散って行った。新入生への勧誘は禁止されているが、見学は自由。来週からは本格的に勧誘も始まるとあって、人気の部には今から人が殺到していた。


 陸上部のグラウンドは校庭をまるごと占拠している。テニスも野球もサッカーもラグビーも専用のコートを使っているが、立派な設備があるわけではない。その点、クラブハウス、照明、グラウンド整備など、学内で最も恵まれた環境にあるのは明白だ。全国的にも名前が知れ渡っており、私立の高校としては力を入れるのは当然とも言える。部員数も多い。それでいて、たったひとりでマネージメントを引き受けている木暮先輩は、やはり只者ではない。


 ぼくたちが余程暗い表情で現れたからだろうか、先輩はそそくさとクラブハウスへと案内した。「暗い顔の人間を見ると練習効率が下がる」のだそうだ。


「しかたないじゃないですか…先輩が地味なとこばっか勧めるから…」

 ついつい恨み節のような口調になってしまった。


「で、その地味な部ばっかり見てきて、アナタたちどう思ったの?」

「どうって…つまんねえ男ばっかだな…と」

 しきりちゃん、言い方!

「でもみんな楽しそうだったでしょう?」

「そうですね…運動部みたいに汗流したり対決したりってのは無いですけど、放送部も演劇部も天文部も、自分たちのジャンルを語るときはイキイキしてましたし。でも人数が少なすぎますよ。校則のノルマギリギリのとこばっかりで。とても相撲部に来てくれとは言えない雰囲気でした」

「園芸部ね?」

「そう!なんなの4人って!それなのに顧問が2人って」

「ハッキヨイ!」

「なに?マエミツくん?」

「先輩、もしかしてぼくたちに見学させたのは…」

「さすがマネ連会長!するどいわね!」

「え?え?何がするどいって?F-1相撲?」

「琴錦じゃないよ」

「違うの?」

「顧問の先生、のことですよね?」

「そう。すでにいろんな部活に入ってる二、三年生を引き抜くのも大変だろうけど、この学校の先生は全員、すでにどこかの部の顧問になっているわ。余ってる先生なんていないの。生徒と違って業務だからね、二つ返事で引き受けてくださる先生がいるとは思えなくて」

「そもそも校長が嫌っている部活動ですもんね、相撲部は。ボスに逆らうようなマネしづらいですよね」

「で、どうかしら?それでも相撲部に力を貸そうっていう男気のある先生、見つけたかしら?」

「男気のなんてどこにも感じなかったわ!どいつもこいつも暇そうな部の顧問いやいややってるってカンジで…」


 ここでぼくの脳裏に朝の光景が浮かび上がった。


「暇そうな…いやいややっている…いましたよ!いました!部員ひとりずつしかいないのに顧問が2人っていう、いかにも余ってるカンジの先生!」

「他の文化系の顧問たちと比べて、どうだったかしら?」

「みんなそれぞれの部活に思い入れもってやってるみたいでした。引き抜くなら今朝の園芸部の先生しかいないと思います!」

「しきりさん。もうひとつ確認ね。あなたがもし相撲部を男女に分けて作りたいなら顧問の先生が2人必要よ。そのへん、どうお考えかしら?」


 そこだ。


 先輩は直球で尋ねた。さすがだを

「…女子相撲部、ってこと?」

 しきりちゃんは深く息を吐き、目を閉じて顔を振った。

「マワシして、土俵に上がったら男も女もないわ。勝つか負けるか、よ。アタシどんな男にも負けるつもりないから。顧問はひとりで十分」


 男らしい!


 つまりしきりちゃんは女子として男子相撲部に入るわけだ!

 これで堂々としきりちゃんと相撲がとれる!

 …いや待てよ?ぼくマネージャーだっけ…え?見てるだけ?


 つづく

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